第184話 目覚める
ゴブリンキング襲来から3日が経とうとしていた。ルーは未だに意識が覚めないでいた。
ルーは、ナルスニア城の特別病棟で隔離された状態で秘密裏に治療を受けていた。
この特別病棟を使える者は王族のみ。つまり、ヴィエッタしか使うことの出来ない病室である。これはヴィエッタの指示でルーをこの病室に入れることになった。ただの個室では秘密が漏れるからである。これほどまでにルーは特別待遇を受けるほどに、大事になっていたのだ。
だが当の本人は未だに目が覚めず、眠りについたままであった。
そんなルーは夢を見ていた。夢の中でもルーは眠っていた。だがその寝ている場所は少し特殊で仰向けになって水面に浮いていた。とても心地が良いと感じると同時に自身がリラックスしている事に気付く。心の安らぎを覚えるのは一体いつぶりであろうと。
夢の中のルーはそこでゆっくりと目を開ける。すると視界に映るのは輝きを放つ球体のようなものがあった。光を放っているが、まばゆい光ではなく、どちらかと言えば温かみのある優しい光だった。その見たことも聞いたこともないような生き物かも分からないような存在。
『………誰?』
それでもルーにはその球体が何か意志を持った生き物である確信のようなものがあった。ルーはその球体にテレパシーを送るように話しかける。
『………もしかして、私を助けてくれた方ですか?』
ルーには心当たりがあった。それはレオナルドが登場した際に、パニックに陥った時だ。呼吸さえもままならなくなり、意識を失ってしまう寸前の状態であった。そんなときにどこからともなく『お願い』という声が聞こえてきたのだ。
『………ごめんなさい』
球体がそのようにメッセージを送って来ているように感じた。
ルーは首を振って否定する。
『やっぱりあの時助けてくれたのはあなただったんですね。私はあなたのおかげで倒れずに済みました。大切な人を守ることが出来ました。謝罪をして頂く必要はありません』
ルーは精一杯感謝の意を込めてテレパシーを送る。
『………ありがとう』
球体のメッセージにルーは微笑む。ルーも改めて感謝の意を込める。
ルーは球体に訊きたいことがいっぱいあった。この場所や球体の正体だと。しかし、球体に尋ねることはしなかった。
今一度目を瞑り、心地よさに浸る。優しさと温もりがルーを包みこみ、何とも言えぬ安心感を覚える。それはまるで子供の頃、母に抱きしめられたような感覚。目の前の球体は母ではないと分かっているが、どこか懐かしさを感じていた。
ルーは再び球体に話しかけようとしたが、そこで意識を失い、再び眠りにつく。
「もうこの変にしておきましょう。これ以上は患者に悪影響が出かねません」
「そうは言ってもだな。もう少しやらせてくれ」
再び意識を取り戻したルー。今度は何やら話し声が聞こえる。
だが先ほどとはどうやら違う場所のようだ。水に浮かんでいるような心地よさを感じない。とは言ってもふかふかのベッドの上で寝ていることは分かる。
(えっ?ベッド?)
目を覚まさなければと意識をするルー。
「あっ、ルーが!」
この声に聞き覚えがある。この声の主にはルーにとって絶対に無視してはならない存在だ。
まだまだ意識が朦朧として、再び眠りにおちてしまいそうであったが、しっかりと意識を強く持ち、ルーは目を開けた。
「ルー!ルー!」
興奮して嬉しそうに声を上げるのはラルフである。
「……ラ、ル、フ」
ルーの言葉は音になって出ていなかった。口の形でラルフと言っているに過ぎなかった。
だがラルフはそれにうんうんと頷いた。
「そうだ俺だ。よかった」
ラルフの反応にゆっくり微笑み返すルー。
(あぁ、ラルフが生きてる。よかった。私たちは生き延びたのですね)
「ルー、冥王も戻って来てるぞ」
「久しぶりだな、ルー殿」
ルーはラルフの横に視線を動かす。そこには冥王がいた。
「ちょっといいかな」
そこへ割って入って来たのは見慣れない男。この者は医師であり、先ほど冥王と会話をしていた人物である。
医師は光をルーの目にあて、何やら確認している様子。
「本当に目覚めるなんて…君!」
医師は慌てた様子で助手の医師を呼び、ルーが目覚めたことを知らせるように指示した。その助手は慌てて医務室を出て行った。
「ルー、お前が目覚める事が出来たのは冥王のおかげなんだぜ?」
そう聞いてルーは再び冥王の方へ見返す。
「そなたの魔力の流れを正してみたのだ」
ルーはゴブリンキングとの戦いで右腕に全ての魔力を集約させた。リミッター解除をしても10秒も状態を維持できないと踏んだルーは一撃に全てを懸けたのだ。これはルーにとっての初めての試みであったために、その反動で魔力が正常に体の中を巡らなくなってしまったのだ。加えて無理な戦いを繰り返していたためにルーの体は本人が思っている以上にボロボロな状態であった。
本来であるならば体を休ませれば体力は回復する。だが、ルーの魔力の流れが正常でなかったために思うようにそれが阻害されていたのだ。
それに気づいた冥王は魔力が正常に流れるように外から冥王の魔力を流した。これは魔力の操作が上手く扱える者しか出来ない。
魔力を魔法という力に変換できる冥王にしか出来ない芸当であり、人間には決して出来ないレベルだ。
ルーは感謝の意を込めて冥王に頷く。
冥王もそれに微笑み返す。
「おい、ルー!ルー!」
そんなやり取りをしている最中にまたルーは意識が遠のく。ラルフが心配そうに声を掛ける。
私は大丈夫ですと声を掛けたいが、声が出せない。すると医師が代わりに答えてくれた。
「休ませてあげなさい。眠るだけだ」
そう言ってラルフを制した。ラルフはそれを聞いてホッとしたようだった。
ラルフのその安心した顔を見届け、ルーは再び眠りについた。
3日後。
ルーは完全に意識が戻り、日常生活をこなせるまでになっていた。
ラルフ、ルーはヴィエッタ女王陛下に呼ばれ、玉座の間に居た。
玉座の間にはヴィエッタの他に重役のウルベニスタ宰相、キルギス団長。
「キルギス」
「はっ」
ウルベニスタの指示で護衛として玉座の間に居る騎士を退出させようとする。
「しかし」
騎士たちは自身が退出することを懸念するが、
「この者たちは大丈夫だ。それにいざとなれば私が命に代えても陛下を守る」
キルギスの言葉に騎士たちは頷き、退出する。
「よし、これで私たち3人だけだ」
ウルベニスタはそのように口にしたが、
「本当に3人か?」
とラルフは口にする。ウルベニスタは「本当だ。私たち以外はいない」と答える。
「いや、気配はしないんだ。でもなんか視られている気がするんだよ。なんかな」
とキョロキョロと辺りを見渡す。
「ラルフ、お前が感知する能力は素晴らしいな。確かにお前の言う通りだ。私のような立場になると常に暗部が付いて回る。今この部屋にはいないが、常に私の動向を探れるように繋がっているのだ。これを外せば暗部たちは私の身を案じて飛んで来てしまう。悪いがそれは勘弁してもらえないか?」
「いや、俺は3人だけだってウルベニスタさんが言ったから指摘しただけで、別に人払いなんかしてもらわなくたっていいんだ。気を遣わせたなら悪かった」
ラルフは謝罪し、ヴィエッタはそれを受け入れた。
そのやり取りを見た後、ウルベニスタは本題に入ろうとしたが、
「陛下、まずは」
ラルフが先に口を開く。そしてなんと跪いたのだ。
「「「「————!」」」」
その場に居た全員が衝撃を受ける。横に居るルーでさえも。
「ヴィエッタ女王陛下。倒れた俺の傷の手当をして頂き本当にありがとうございます。それに…」
ラルフはここで一度ルーに視線を向け、再びヴィエッタの方へ向き直る。そしてルーも慌てて跪いた。
「仲間のルーの傷の手当てをして頂いたこと、本当に感謝しています」
その場に静寂が訪れる。
「………あれ?俺の敬語、なんかおかしかったか?精一杯頑張ったつもりなんだけど」
ラルフの言葉を聞いて、ヴィエッタは高らかに笑う。
「はっはっはっは!いやいやそんなことはないぞ。貴族たちの流ちょうな敬語よりもよっぽど気持ちが感じられた。お前の拙い敬語なれど、感謝の想いはしかと私の胸に響いた」
「そうか」
ラルフはそれを聞いて微笑む。
「病み上がりの状態はその姿勢は辛いだろう。楽にして良い」
ラルフとルーはそれを聞いて立ち上がる。
「ウルベニスタ、私から話そう」
「はっ」
「ラルフ、ルー。お前たちを呼んだのはそなたたちに礼を言おうと思ったからだ。ゴブリンキング討伐の件だ。この国を救ってくれたことに深く感謝する」
「勿体ないお言葉——」
ルーがそう言って再び膝を付こうとしたが、ヴィエッタは「——大丈夫だ。わざわざ膝を付くことはない」とルーたちの体を気遣ってそれを制した。
「陛下、なんで俺とルーだけなんだ?他の奴らも頑張ったじゃないか?」
ラルフは疑問を投げかけるが、ウルベニスタが「他の者たちはすでに済ませた。お前たちは倒れていただろう」と答え、ラルフは「そうなのか」と答えた。
「ただ1人、城に来るのを拒んだ者がいたぞ。それはスラムの支配者アッザムだ。俺が城に行くのはいろいろとそっちの体裁が悪くなるだろうとな……そんな小さなことこだわらなくても良いのにな」
「じゃあ、その言葉を俺がアッザムに伝えるよ。きっとあいつ、喜ぶよ」
「そうか、では頼む」
ラルフは頷く。そしてまたラルフが口を開く。
「あれだよな。人払いをさせたってのは、やっぱりルー絡みのことだよな?」
「察しがいいな」
ウルベニスタはラルフとルーが気絶していたために礼を言うのを後回しにしたと言ったが、もし2人の容態がそこまで悪い状態で無くとも、きっとこのようにしたであろうとラルフは考えていた。
「陛下」
ルーがここで一歩前に出た。
「レオナルドの件で私たちに訊きたいことがあるとお思いにあるでしょうが、申し訳ございません。いくら陛下であろうと私は事情を話すことが出来ません。以前にも話しましたが、私に言えること………今の私はルーです。アルフォニア王女、シンシアではございません。ラルフの横に立つ以上、私はルーとして生きてまいります」
ルーはヴィエッタを強い瞳で見つめる。そしてヴィエッタもルーから目を反らさず、見つめ返した。
そしてしばらくした後、
「分かった」
とだけ答える。それは決して不満気ではなく、納得した様子だった。
「陛下、しかし!」
「良いのだ」
キルギスが意を唱えるが、ヴィエッタがそれを制した。そして、ラルフに問う。
「ラルフ、お前はどうなのだ?」
その問いにルーも緊張した面持ちでラルフを見る。そんなラルフは頭を掻きながら答えた。
「最初は面倒くさい奴が勝手に付いて来やがったと思ったよ。俺は迷惑だとルーに言ったしな。でも断ったら後をずっと付いて行くって脅されるような事も言われたし。まぁでも今はこうやって隣に居てくれる。それに何度も命を助けてもらった。もう一生掛かっても返しきれない貸しが出来ちゃったよ。しかもたった数か月の短期間でだ。陛下には言えないけど、俺とルーは歪な関係だ。この関係は運命なんじゃないかってくらい。でも今はそういうのを抜きにしても、ルーと俺は仲間だって思っているよ」
ラルフは自分の思いを正直に吐露した。
「これでいいか?」
「あぁ、十分だ」
ヴィエッタは大きく頷いた。
ラルフとルーは退室し、残された3人。
「いいのでしょうか、これで」
キルギスは心配そうに尋ねる。
「ラルフが言ったであろう。これは運命だと。じゃあ私たち人間が逆らえるものではないだろう」
ヴィエッタが感慨深そうに答える。
「運命か。これからも多くの者がその運命に振り回されるのでしょうな」
「我々もその中の1人だな」
ヴィエッタがウルベニスタの言葉に笑って答えた。
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