第182話 秘密の集会
「ボス、ナナさんが参られました」
アッザムの部下が声を掛ける。アッザムが反応する前にナナが勝手にずかずかと部屋に入って来る。
「ちょっと、ナナさん。困ります!」
部下が慌てて止めるも、
「いいからいいから、そういうのは。私とこいつは腐れ縁なんだから」
「っち。行儀がなってねぇ女だ」
アッザムがそう答えた。舌打ちをしたが一切怒っている様子もない。ちなみに他の者がこんなことをすればただじゃおかないのはスラムの者なら誰でも知っている。部下はナナとアッザムが腐れ縁なのかどうかは知らないが、本当に特別な関係なのだと思った。
「ちょっと話がしたいの。人払いしてくれる?」
アッザムは何も言わずただ黙ってナナの顔を見つめる。そしてナナもまた無言で見つめ返す。
「おい」
アッザムがそう言うと、部屋の中に居た側近が短く返事をし、部屋の外に出て行く。
「誰もこの部屋には近づかせるな」
側近の背中にそう声を掛け、側近はそれに応えるように礼をして、部下と共に部屋を後にした。
「もう誰も隠れていないでしょうね?その部屋の奥、隠し部屋みたいになってるんでしょ?」
「なんでお前がそれを知ってるんだよ」
ナナが隠し部屋の存在を知っていることに愚痴をこぼしながらも「今は誰もいない」と答えた。
「それで話はやっぱりあれか」
ナナはため息を吐いた後、「そうよ。ルーたちのこと」と答え、アッザムもまたため息を吐き、そして2人は天井を仰ぐ。
激動の一日だった。
ゴブリンキングが率いる大量のゴブリンがゲートを渡り、人間たちの住む世界へと足を踏み入れる。なんとか勝利も収めたものの、そこに現れたのは武神と呼ばれたアルフォニア騎士団、副団長のレオナルド。人類最強と呼ばれたその男はラルフとの因縁があった。
「そして嬢ちゃんの正体は……」
「アルフォニアの王女様だもんね」
2人共口をぽかんと開けていた。
冗談にしか聞こえないような話は真実であった。だがその真実を未だに受け入れることが出来ない。
「どこかの育ちのいいお嬢様だとは思ったんだけど、まさか本当の本当にお姫様だったとはねぇ」
「最初に嬢ちゃんと会った時、俺の女になれみたいなことを言っちまったよ」
ナナはそれを聞いて呆れたと言わんばかりの表情をアッザムに見せる。それを見て、「王女だなんて思うわけねぇだろ」と反論する。
「その王女様が事もあろうにスラム街出身のラルフと共に旅をしている」
「嬢ちゃんの身に付けてた鎧、最初は真っ白だったんだ。じじいに加工させて今の真っ黒になった。あの鎧はアルフォニアの騎士団の装備だったってわけか」
ルーの異常なまでの強さ。それはルーがアルフォニア騎士団に所属していたからだ。あの武神レオナルドと共に魔界の最前線で活躍していたのだ。十分に説明が付く。
「その嬢ちゃんが身分を偽ってまで小僧と一緒にナルスニアへとやって来たわけだ。あの武神野郎は小僧が嬢ちゃんの弱みに付け込んで無理やり従わせたって言ってたな」
その言葉にナナが眉間に皺を寄せ、強めの口調で問いただす。
「あんた、それ本気で言ってるの!?
「まさか!」
そんなこと思っているわけないとアッザムも睨み返す。
「ただ、小僧が武神野郎に向ける殺意は生半可じゃなかった。その小僧を見て嬢ちゃんはすんげぇ怯えていた。そして武神野郎はラルフが邪魔で仕方ならねぇ。歪な関係だぞこれは。簡単な話じゃねぇ」
「そうよねぇ。普通に考えたら、スラムのガキがそのスラムとは正反対の立場にある王女様と一緒にいるなんてあり得ない話だもんね………」
ナナはここで息を吐き、ある単語を呟いた。
「………『運命』としか言いようがないわよね」
あり得ない出会い、あり得ない関係。その言葉を表現しようにもどこにも見つからず、『運命』という言葉で片づけるしかなかった。アッザムもその『運命』という表現が一番しっくり来るようでただ頷いた。
「でもこの噂、すぐに広まるわよ」
「それについては一応出来るだけのことはした」
「————!」
ナナは隠し部屋の場所から急に気配を感じた。咄嗟にアッザムを睨む。
「まぁ待て。そんな怖ぇ顔すんな。おい。もう出てきていいぞ」
そう言われて出て来た2人の男たち。
ナナは目を丸くして「あんたたち」と呟いた。その男たちには見覚えがあった。
「お久しぶりです、ナナさん」
2人の内の1人がナナに挨拶をし、丁寧に頭を下げる。もう1人のアッザムほどの体格のいい男は無言で軽く頭を下げる。
「たしか……ゾルダンさんに、カルゴさん、だったっけ?」
「さんは不要だ。呼び捨てで構わない」
不愛想にカルゴが答えた。
ナナは不思議そうな顔をしながらもアッザムへ向き直る。
「どうしてあんたがこいつらとつるんでるのよ?」
「さっき答えただろ?出来ることするために協力したんだよ」
「どういうこと——」
「——鈍い女だなぁ、お前は。噂を広げないために俺たちが動いたんだよ」
ナナは訝しげな顔をしたままアッザムとゾルダン、カルゴを見返していた。どう言う事だと。
「ゾルダン」
カルゴが説明してあげろと言わんばかりに声を掛ける。
「ナナさん。私から説明しましょう」
今回の一連の騒動。まずはゴブリンたちがゲートを渡ったことについてはこの国の女王陛下であるヴィエッタが包み隠さず国民へ情報を開示することを決めた。ゴブリンに襲われた者がいる時点で隠し通せるものではないと。そんなことをすれば信用は地に落ちると。それならば全てを話してしまった方が良いとのこと。
「こんなことを一晩で即決するなんでさすが女王陛下ね」
ナナも頷きながらヴィエッタの判断は英断であると感想を述べた。
近頃起きていたゴブリンが大量に発生していたことから始まる未知の魔物、ゴブリンキング。そのゴブリンキングがゴブリンたちを従え襲来した。これは全くの想定外の事件であり、対応が遅れてしまった。
今後はゲート周辺の調査を徹底的に行い、第二、第三のゴブリンキングが存在するのかを確認する。そしてもし、確認されたならばナルスニアのゲートを一時的に閉鎖する措置もとるとのこと。
この判断がかなりの思い切った内容で、現在のホープ大陸に住む者たちは魔界で得られる資源で生活が成り立っていることを重々承知している。そのゲートを封鎖することは自分たちの生活が成り立たなくなることを意味する。だが脅威から身を守るにはこの方法しかないという決断であり、ヴィエッタの思いとしては、国民を必ず守るという意志表示でもあるようだ。
「でもこんなことをして第二階貴族あたりは黙っちゃいねぇんじゃねぇか?」
アッザムがそう問いただすが、
「黙らせる…だそうです」
とゾルダンが答える。アッザムはこの答えに痺れたようで「いいねぇ」と笑みをこぼした。声には出さなかったがナナも同意見でニヤリとしていた。
ちなみにゾルダン、カルゴは暗部の人間。ナルスニアに忠誠を誓っているため個人の感情は押し殺すように努めている。だがヴィエッタの判断に嬉しがる2人を見て、笑みをこぼしていた。気持ちは同じだ。
「で、こっからよ、本題は」
ナナが切り込む。
「私たちが知りたいのはその先」
「ルーさん………アルフォニア王女のシンシア様のことですね?」
ナナは頷く。先ほどまでの笑みはすっかりと消えている。
「ルーさんの正体に関しては決して他言しないようにとかん口令が敷かれています」
「かん口令って言っても——」
「——だから暗部と俺の出番なんだよ」
アッザムが入って来る。ゾルダンが頷く。
「かん口令を敷くので破れば罰則を与えます。騎士たちについてはこれで大丈夫でしょう。元々彼らはモラルの高い者たちですから。言うなと指示があれば口を割ることはありません。開拓者たちについてもあの場に居た者たちはそれほど心配していません。今回の討伐も有志で集まったような者たちですから」
「開拓者たちには逆に報酬を与えるとか?」
「お見事です。黙っていてくれれば、討伐報酬を増やすと約束を取り付けました」
「確かにそれはいいわね。罰則より報酬の方が私たち開拓者はよっぽど口を割らないわ。となると情報が漏れる心配はな——」
「——我々が動く理由はそれ以外の者たちです」
「……それ以外?どういうこと?」
ナナが首をかしげる。それ以外の者とは一体誰を差しているのだろうか?あの場には開拓者や騎士以外の者たちは見当たらなかったはずだ。
「いるんだよ、いろんな輩が」
そう言ってアッザムが葉巻を加える。
「少し離れた場所からな、状況を把握している奴がいるんだよ。なぁ?」
「えぇ、特に第二階貴族あたりが。あの者たちは情報を常に求めていますから。動ける者をゲート周辺に寄こしていたはずです………決して戦闘に参加させずに」
「裏社会の人間も同じだ。その情報で金を得ようとしている奴なんていくらでもいる。俺がその1人だからよ」
ナナは両腕を組む。そんな者たちがいるとは分からなかった。アッザムは「お前は戦闘に参加して必死だったから分からなかったんだよ。それにそういう奴は気配を消すのがうまい」と付け加えた。
「で、そういう奴らはどうすんのよ?」
「こっちは言いふらさねぇように締め上げる」
裏社会のアッザムは暴力と恐怖で口封じをすることを選ぶ。
「じゃあ貴族たちは?」
ナナがゾルダンへと顔を向ける。
「私たちもアッザムさんと同じような手法を取ることもありますが、別の方法がございます。特に貴族たちには効果絶大でしょう」
「何よ、別の方法って?」
「権力の行使です」
女王陛下、ヴィエッタが動く。
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