第180話 響き渡る真実

未だゴブリンたちが奇声を発しながら逃げ惑う中で、その場に居合わせた者たちは音の無い世界にいるかのようにただじっと固まってレオナルドの姿を見ていたが、少しの沈黙の後、歓声が沸き起こった。

 絶望に追い込まれた状況の中で颯爽と現れたものがゴブリンキングを一刀両断した。目の前に映る屈強な男は窮地に陥ったこの状況を打破したのだ。声を上げられずにはいられない。

 この中に居たナルスニア騎士団キルギス団長はハッと自身の立場を思い出し、すぐに部下を出した。

 1人の騎士団が緑色の信号弾を打ち上げる。これは勝利を意味する信号弾である。

 ちなみにもう一色の信号弾も携行していた。その色は赤色。それはゴブリンたちに敗北したことを意味する。それを使わずに済んだことにキルギスは安堵する。

 だがまだやり残したことがある。ゴブリンキングを討ち取ることが出来たが、未だこちらには多くのゴブリンやボブゴブリンが逃げ回っている。1匹をも残らず倒すようにと魔伝虫を使って警護にあたる騎士たちに追加の指示も出す。

 指示を出し終えるまで約30秒。歓喜の声が小さくなると共に徐々にゴブリンキングを倒した男の正体に興味を抱き始める。あのゴブリンキングを倒した者は一体誰なのだと。

 最初は一緒に喜んでいた騎士たちも今は指示に駆り出され、余裕はない。

 魔伝虫を切ったキルギスは一息漏らし、男を見て、目を見開く。

 副団長としてキルギスのサポートに回っていたマスクも同様に目を見開く。そして「お前は……」と呟いた。

 そして英雄アドニスもまるで疲れを忘れてしまったかのように目の前の男に目を奪われていた。


「あの人は……武神レオナルドだ」


 その言葉に全員が驚いた。

 誰もが耳にしたことのある人物であり、そして武を志した者ならば一度は憧れる人物。

「高潔であり、豪傑の男。この男に敵う者はいない」

 以前、ホープ大陸の4か国の武芸を見せる機会があり、レオナルドは王の命によりしぶしぶそれに参加したことがある。

 このレオナルドの勇姿を見たディファニアの王、ドドルク・ド・ディファニアがそう口にした。

 これによりレオナルドが魔界で魔物と遭遇した際、レオナルドが勝てないと判断した魔物は人類がどう足掻いても倒すことの出来ない魔物と判断するようになった。

 よってその地は「禁足地」となり、ギルドが開拓者たちに注意を促すこととなるほどだ。それほどまでにレオナルドは圧倒的であるのだ。

 そんなレオナルドを前にして、アドニスは震えていた。これは疲れからくるものではない。憧れの人物に会えたことに全身で喜んでいるのだ。普段、アドニスからレオナルドの話を聞いていたクラファムとレスカも同じように興奮している。


「あんたがレオナルドか!」


 1人の開拓者が興奮気味に声を発する。そして周りの者たちもそれを聞いて興奮する様子である。


「へぇ~、あの人がレオナルドか。あんた知ってた?アッザム」

「…まぁな」


 肩を借りているナナがアッザムに訊く。

 アッザムもレオナルドのことを知っていたが、興奮はしていなかった。自身は裏稼業の人間。陽の光を浴びるような人物とは無縁であり、もしかしたら将来脅威になる存在になるかもしれないと心に留めておく程度であった。

 そのため周りのように興奮することは無く、少し冷めた様子で伺っていた。その冷静が故に最初に気付いた。ゴブリンキングを倒したはずなのに未だ空気が張り詰めていることを。

 そして興奮気味だった周りの者たちも徐々にその異変に気付き始める。

 振り返ってこちらに目を向けているレオナルドは厳しい表情をしている…ある1人の人物を見つめて。


「————!」


 アッザムはレオナルドの視線の先の人物を見て驚く。


「ゔゔゔぅ……」


 言葉にならない獣のような声を発するラルフ。間違いなくそれはレオナルドに向けられている。


「何よ、なんであの子は怒っているのよ」


 ナナは混乱した様子でアッザムに訊く。そしてナナだけはなく、周囲の者たちもその状況に困惑していた。


「知らねぇよ。それに…あいつ、怒ってるどころじゃねぇぞ」


 全身が震え、レオナルドを見るその目からは血の涙が零れそうなほどにラルフは憤怒している。


「それによう、嬢ちゃんを見てみろ」

「ん?」


 ナナはラルフのすぐ横に立つルーの表情を見る。

 そこにはひどく怯えるルーの姿。なぜルーはそこまで怯えているのか?だがルーの表情を見て、記憶が甦る。


「以前カルロッサムの調査に行った時、夜のキャンプで武神レオナルドの話をしたことがあったの。その時のラルフもものすごく機嫌が悪かったわ。そしてルーは今のように怯えていた。絶対になんかあるのよ」


 アッザムはそれを聞いて訝しそうに3人を見る。

 レオナルドはアルフォニア騎士団。ラルフはスラム街出身。普通に考えれば一生接点の無い関係だ。だが現実はお互いが睨み合っている。そしてその横で怯えるルー。

 アッザムはルーの立ち振る舞いや言動を見て、ルーがスラム出身とは考え難い。寧ろスラムとは無縁の者。高貴な生まれでさえ思わせる。

 さらに思考を巡らせようとする中、ラルフが口を開いた。


「どうして…どうしてお前が…」

「どうして…か。それは…お前を殺しに来たからだ」


 そう言ってレオナルドは全身を覆ったマントから剣を取り出し、構えた。


「————!」


 アッザムはレオナルドの剣と、そのマントから見え隠れする鎧を見て思い出した。

 レオナルドが持っている剣は以前ルーが使用していた剣とどことなく似ている感じがする。

 そして今のルーの鎧はズーによって漆黒の鎧へと変化を遂げたが、加工する前の真っ白な鎧、つまり今レオナルドが身に付けている鎧をズーの鍛冶屋で目にしていたのだ。


(嬢ちゃんはレオナルドと深い関係があるってことか!?)


「レオナルド…止めて…止めて下さい」


 ルーは震える声で止める。その口調はやはりレオナルドと関係のあるように伺える。


「止める?なぜ見ず知らずのお前の指図を受けねばならんのだ?」


 その言葉にルーは驚愕する。そのような答えが返ってくるとは思いもしなかった。

 知らないはずがない。なぜならレオナルドは常に自身の横に付いていたのだから。

 レオナルドの目つきが鋭くなる。本当にラルフを殺すつもりである。

 ラルフは変わらず怒りに震えながらカランビットナイフを握りしめている。

 殺し合いになれば勝負は一瞬で決まるだろう。何もせずにラルフは心臓を一突きされて殺されてしまう。


「おい!」


 アッザムが声を上げた。ナナから離れ、自力で立ち上がっている。


「武神だかなんだか知らねぇが、俺の連れを殺そうとしている奴を放っておくわけにはいかねぇ。俺はアッザム。この国の裏稼業を仕切っているボスだ。なぁ武神さんよ。小僧に手を出したらただじゃおかねぇぞ」


 アッザムは凄みを利かせて脅した。脅したつもりでいた。向こうが少しでも面倒と思ってくれればいいと。


「この者に手を出せば、お前とお前の仲間が黙ってないのか?」

「あぁ…」

「ならばまとめて踏み潰すまでだ」


 レオナルドはアッザムを一睨みした。その瞬間にアッザムはダメだと悟った。

 初めてルーと対峙して圧を掛けられた際、自身が狩られる立場であると瞬時に理解したが、今回も同様に…もっと言えば絶望を感じた。

 本能が最大限のアラームを鳴らしている。レオナルドとは決して争ってはいけない絶対的な存在であると。


「アッザム!」


 割って入る様にラルフが叫んだ。


「狂人薬を寄こせ!」


 ラルフはレオナルドを殺すだけのことを考えていた。そのためレオナルドが何か話しているように見えたがそれがアッザムとやり取りしていたとは分かっていない。ただレオナルドと戦うために力が渇望していた。そこから狂人薬のことを思い出し、アッザムに偶然声を掛けたのだ。


「小僧、おめぇはさっき狂人薬を使ったばっかりなんだぞ。その状態でもう一度狂人薬を使ったら。それに——」


 使ったところでお前は絶対にこいつは殺せない。その言葉を口にしようとしたがラルフに遮られた。


「——いいから寄こせ!」


 怒りと憎しみに全てを飲み込まれたラルフが目の前にいる。


「頼むよ!」


 レオナルドとラルフに何があったかは知らない。だがその姿を見れば、ラルフにとって全てをかなぐり捨ててまで許せないことがあったのだろう。たとえ他がどうなろうと、そして自分の命がどうなっても…決して許容できないことがあったのだ。


「……ほらよ」


 アッザムはポケットから狂人薬を取り出し、それをラルフへ投げた。


「ちょっと!」


 ナナがアッザムを責め立てる。しかしアッザムは「無理だ」と首を振った。その悲しそうなアッザムを見て、アッザム自身も渡したくなかったのだとナナは悟った。その姿からは諦めのようなものが伺えた。

 狂人薬を受け取ったラルフはそれを口へ運びかみ砕いた。そして同時に隠し持っていたハイポーションを口にし、狂人薬と一緒に流し込む。

 ——ドクン!

 ラルフの心臓が大きく鼓動する。そしてその鼓動は尋常じゃない速さで鼓動を始める。

 ただでは済まない。だがその先のことは知ったことではない。ただレオナルドを殺すことだけを考える。


(俺は母さんを殺したお前を…絶対に許さない)


 闇に深く沈んで行こうとしているその時、ラルフの耳にもある者の声が届いた。


「アルフォニア王女、シンシア・ド・アルフォニアの名において命ずる!レオナルド!この方に危害を加えるのは止めなさい!」


 ルーこと、シンシアの声が、真実と共に周囲に響き渡った。



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