第179話 ゴブリンキングを倒した者
ラルフ、アッザム、アドニス。
ゴブリンキングはこの3人に足を止められていた。
一撃自体はたいしたことのないが手数が多いラルフの攻撃。自身の回復力を考慮すれば無視できるレベル。だが時々隙あらば急所を狙って来る。こちらが反撃しようにも余りの速さに捉えず事が出来ず目障りな相手。
ラルフに気を取られている間に強力なパワーで押し込んで来るアッザム。真っ向に対峙すればパワー負けすることは決してないが、前述のラルフに気を取られている隙に食らうアッザムのパワーは決して無視出来ない。ダイレクトに当たれば自身の巨体が飛ばされるほどである。その上、こちらの攻撃にも何発か耐えるほどのタフさを兼ね備えており、非情に厄介だ。
そして2人のスピードとパワーを兼ね備えたアドニス。アッザムほどではないが、一撃が重く、ラルフほどではないが、素早く動く。こちらの攻撃を躱しもすれば技術で受け流すこともしてくる。
1体1では特に苦労することなく勝てる相手だが、これが3人まとめてとなると、そうもいかない。空くことなく絶えず続く攻撃がゴブリンキングを苛つかせる。
自身の同胞たちにこの3人の相手をさせようとしたが、他の人間たちが示し合わせたようにゴブリンたちの相手をする。おかげで休むことなく3人は攻撃を仕掛けて来る。
だが変化が起きた。こちらが攻撃をしたわけでもないのに、巨体の男が膝をついた。
これで残るは2人。2人であるならば倒せる。
ゴブリンキングはこん棒に力を込めて振り上げる。地面へと叩きつければ当たらずとも叩きつけた衝撃で隙が生じるはずだ。そこを攻めれば良い。
しかしゴブリンキングは自身の意志とは裏腹にこん棒を落としてしまう。
ゴブリンキングはアドニスを睨む。この時アドニスはゴブリンキングの腕の腱を切っていた。すぐに腱は回復することは確かだが、再生するまでのほんのわずかな時間は腕の自由が利かない。アドニスはそれを狙ったのだ。
「アドニス!」
「なんだ!」
人間が何やら話している。そう思っている矢先にその2人も退いたのだ。うっとうしいと思っていた3人が自ら退き、急に前が開けた。
なぜだと思う前に全身に悪寒が走る。
(ナンダ…アレハ?)
前が開けたことで少し離れた距離から見えるルーの姿。それは数多の人間の中で唯一自身を脅かす存在である人間。
ルーのするどい視線もさることながらゴブリンキングが恐怖したのはルーの右腕であった。
禍々しいほどの魔力が右腕から溢れかえっている。
奴は脅かす存在どころではない。自身の命をもぎ取ろうとする存在であった。
そのルーが槍を構えた。直感がゴブリンキングに告げる。あれを食らってはいけないと。
(マズイ……ニゲナケレバ)
全力で回避行動に移ろうとした瞬間、ルーの右腕が光ったように見えた。そして同時に胸に衝撃が貫いた。
ゴブリンキングは首を下げ、自身の胸を確認する。そこにはぽっかりとした穴が空いている。
ルーの自身に持てうる限りの魔力を込めて放った冥府の槍。それは閃光の速さでゴブリンキングに向かって行き、避ける間もなくゴブリンキングの胸を貫いたのだ。
胸に出来た空洞。そして時間が動き出したかのようにそこから血があふれ出す。
立ったままの状態のゴブリンキング。だが貫かれた場所は人間では心臓がある場所だ。それはきっとゴブリンも同じであろう。
そして巨体な体は傾き始め、バタンという音と共にゴブリンキングは仰向けに倒れた。
「やった!」
アドニスが大きな声を上げる。
それを聞いて周囲も歓声を上げる。
そしてゴブリンたちにも変化が訪れる。一種の洗脳状態であったがゴブリンキングが倒れたことで洗脳が解かれ我に返り、一目散に散開し始めた。
「ゴブリンたちを絶対に逃がすな!全て討ち取れ!」
騎士団の団長であるキルギスがこの好機を逃すまいと声を上げ、団員がそれに応え、士気を高める。
開拓者たちは後のことは騎士団に任せればよい、ようやく肩の荷が下りたと安堵の息を吐いた。
もちろんラルフやルーも例外ではない。
ラルフなど狂人薬の効果が切れた上に足を酷使したためにたっていられる状態ではなかった。
ルーも地面に腰を降ろしたかったが、ラルフの容態が心配でなんとか立っている状態を保ちゆっくりとラルフの向かおうとしていた。
そんなルーの様子にラルフは気付き安心させるためにルーに向かって親指を立てる。
「ルー!心配するな!今回は大丈夫だ!足の感覚はしっかりある!」
それを聞いたルーも笑みをこぼす。ラルフなりの気遣いなのだろう。わざわざこっちに来なくていいと言いたいのだろう。その優しさを嬉しく思う。
「————!」
だがそのラルフの表情が一変するのが見える。
険しい顔つきでラルフは倒れたゴブリンキングに目を向けている。
いつものラルフの驚異的な直感が何かを感じ取ったのであろうか?
だが今回ばかりはそれは外れるはずだ。なぜなら自身が投げた冥府の槍は間違いなくゴブリンキングの胸を貫いたのだから。
その時倒れたゴブリンキングのすぐ横を駆け抜けようとするゴブリンが居たが、ゴブリンキングの腕がゴブリンの足を掴んだ。ゴブリンは驚くと共に掴まれた手をほどこうと、もう片方の足で踏みつけるが決して掴んだ足を離そうとはしない。
腕はゴブリンを持ち上げ、そして口の方へと運ばれる。悲鳴が響きわたるが、それは次第にか細くなり、代わりに骨をかみ砕く音が聞こえる。
一般的に心臓が停止すると、血液が巡らなくなるために脳は10秒程度で意識を失う。だが脳の活動が停止するまではもう少し時間がかかる。
ゴブリンキングが胸を貫かれて間違いなく10秒は経過していた。意識が無ければ体は動くことはないが、なぜかゴブリンキングは体が動いたのだ。
そして心臓を回復させる、再生させるために外部からのエネルギーを取り込むために通りがかったゴブリンを捕食したのだ。
さらにゴブリンキングはさきほどとは別の左手でまたゴブリンを掴む。
全員が固まる。絶望的な捕食音。
「嘘だろ…勘弁してくれよ」
1人の開拓者が絶望のあまりに膝をつく。
ここで1人の騎士が勇敢にもゴブリンキングに突撃していく。倒れている今の状態ならまだ刺し殺せると思ったのであろう。
「止まれぇ!」
それをキルギスが制止させた。なぜ止めるのかと騎士はキルギスを見るが、キルギスは正しかった。
ゴブリンキングはゆっくりと体を起こした。
未だ胸に穴が空いているが、心臓らしきものが鼓動を始め、全身に血液を送り始めている。
動く者は誰もいない。すでに力は全て使い切ってしまっている。そして何よりも絶望感が彼らを動けなくしていた。
心臓が完全に再生され、徐々に胸の穴が塞がりつつあったゴブリンキングはゆっくりと立ち上がり始めた。
笑みを浮かべていた。それは自身の勝ちを確信したようであった。
ゴブリンたちは逃げ続けている。もはやゴブリンキングには必要ないのだろう。地面に転がるこん棒を拾い上げ、そして周囲をキョロキョロと見渡す。
どの人間から殺そうか撃しようか考えているようだ。
その時ラルフは立ち上がった。痛みに耐え、全身震えながらもカランビットナイフを握りしめ、戦闘態勢を取る。黙ってやられるつもりはなど毛頭ない。
だがそれを制する者がいた。ルーである。
「あなたは死なせません」
ルーはいつの間にかラルフの方へと歩み寄っており、そして何が何でもラルフだけは守ると宣言した。
武器はない。体力も魔力も底を尽きている。
だがら自身の命を削ってでも逃げ切ってみせると覚悟を持っていた。
もう一度気力を振り絞り、ラルフを担ごうとする。
「おい!ルー、止めろ!」
「やめま…せん」
2人がそんな言い争いをしていたその時である。
後方から全身布で覆われた何者かがゴブリンキングへ向かって一直線で駆けて行く。
その者は大きく跳躍し、そしてゴブリンキングを頭から一刀両断する。
脳や体を真っ二つにされたゴブリンキングもさすがに絶命し、肉塊となって地面に崩れ落ちた。
一瞬の出来事であった。周りはただ呆然とすることしか出来なかった。
布で覆われた者は、振り返ってフードを外す。
「————!」
正体不明の者の名がルーの口から明かされた。
「………レオ…ナルド?」
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