第178話 魔力の錬成
アッザムが動き出す前に、ゴブリンキングが動き出す前に、ラルフは電光石火の如く駆け出す!
((消えた!?))
アッザムとナナにはそのように見えた。
「————!」
そしてゴブリンキングは目を大きく開けていた。単純に驚いていた。
取るに足らない存在だと位置付けた人物が何故か目の前にいる。だが次の瞬間、激痛と共に視界が真っ暗になった。
おそらく体の部位の中で一番刺されたくない場所であろう眼球にラルフはカランビットナイフを突き刺した。
先ほど自身の攻撃ではゴブリンキングにはまともにダメージを与えられないと理解したラルフは、ここしかないと考えていた。
喚き叫ぶゴブリンキング。その叫びから相当の痛みを伴っているのだろうと推測する。この場所なら早々に回復はしないであろうと
「えっ?」
だが予想外の事が起きる。
激痛に悶えながらもラルフが居た場所に手を払って攻撃を仕掛けていたのだ。
「あっぶね、この状態で反撃かよ」
カランビットナイフを両目に突き刺し、抜いたときに、何も考えず反射的に後ろへと退いていた。これは単なる偶然だ。ゴブリンキングが反撃してこようものなどこれっぽっちも考えていなかった。
ラルフの場合はゴブリンキングに捕まることが死に直結する。
「ラルフ!どけー!」
そんな事を考えている内に後方から声が届く。
「おっと!」
突進してくるのはアッザムで、ラルフはそれを巧みに躱す。そしてアッザムは自身の巨体をゴブリンキングに向かって思いっきり体当たりをくらわせた。
「今度はくらわせてやったぜ」とアッザムは満足そうな表情をする。
目の激痛に悶えている中でアッザムの捨て身を食らったゴブリンキング。いくら巨体であろうとこれには耐えられるはずがない。
後へと吹き飛ぶ。
「追撃だぁ!」
この機を逃すまいとアッザムは吠え、駆け出すが、
「分かってるよ、そんな事」
ラルフはそんなアッザムをあっさりと追い越す。そしてゴブリンキングに攻撃を仕掛けようとするが、
「————!」
慌てて下がるラルフ。
ゴブリンキングの目を覆う手の割れ目から、黄色い眼球がギロリとラルフを捉えていたのだ。
「こいつ、もう目が再生しやがった!」
呆れた回復力。これは回復というより再生と表現した方が適切である。
さらにある事を気づく。先ほどルーに体中を槍で貫かれたのにも関わらず、ほぼ塞がってしまっているのだ。
「どうすりゃいいんだよ」
そう言いながらもラルフはゴブリンキングに再度攻撃を仕掛けるために向かって行く。攻撃を止めるという選択肢はない。
アッザムの突進。まだ体を起こしただけの状態であるゴブリンキングは再びこれを食らう。
地面に倒れ込んだところでラルフは再びゴブリンキングの眼球にカランビットナイフを突き刺す。そして喚き叫ぶゴブリンキング。
アッザムもドラゴンクローを装着し、ラルフと一緒にゴブリンキングに攻撃を仕掛けようとする。しかし、
「ちっ!」
その前に近くに居たボブゴブリンがアッザムに攻撃を仕掛けていた。アッザムはこれを寸での所で受け止め、反撃する。
一撃で仕留めが、また次のボブゴブリンが襲って来る。
「なんで急に俺たちを襲って来るんだ!」
「………今の叫び声だ!」
ラルフはそう答えた。自身にも数多のゴブリンたちが襲って来ようとしていた。
先ほどラルフに目を刺され、痛みから出していると思われた叫び。実は仲間へ標的を変える指示であったのだ。
あっという間に囲まれるラルフたち。当然無視できるものではなく、対応をしなければならない。
ゴブリンを撃退していく中でゴブリンキングに目をやるラルフ。体を起こし、首を振っている。
(あいつ、食らっても食らっても元通りかよ………あぁ、足が痛みだして来た。やばいな)
まだ動き始めて1分も経ってない内に足が痛みだしたのだ。やはりオーバートップはかなりの負担が掛かる。
しかし、これを止めるわけにはいかない。
ゴブリンたちの急所をいち早く刺し、撃退するラルフは再びゴブリンキングの方へと向かう。
目が完全に回復したゴブリンキングはラルフを捉える。このときまだ体を起こすことは出来たが、立ち上がれてはいない。
しかし、この座った状態でボブゴブリン程度の高さがある。それほどまでに巨体なゴブリンキングは座った状態で手を振り回しても十分過ぎる程の攻撃範囲になる。ラルフは避ける主体になってしまうが、その合間に攻撃を繰り返し、カランビットナイフで切り刻む。
出来ればもう一度眼球を攻撃したいが、ラルフの攻撃を警戒し、左腕を常に顔の近くに持っているような状態だ。こちらの攻撃を狙っている箇所がバレているため、下手に攻撃しようとすれば捕まるリスクがある。
「くそっ!」
やはり急所でなければさほどのダメージもならず、ゴブリンキングは完全に立ち上がってしまう。
アッザムも周囲のゴブリンを蹴散らし、こちらへ駆け寄ったが、ゴブリンキングがアッザムにこん棒を振り下ろす。
振り下ろされたこん棒を腕の籠手で受け止めるアッザム。しかし衝撃は非常に大きい。
「こんなに一撃が重てぇのか。やべぇぞ。何発も耐えられるもんじゃねぇぞ」
歯を食いしばりゴブリンキングへドラゴンクローを突き刺す。
「おい…小僧!」
「はぁはぁ、なんだ!?苦しいから声を掛けるな」
「分かってると思うが………狂人薬の効果はもうすぐ消えるぞ。もって後1分だ」
すでに2人の体は限界が来ており、立っているのがやっとの状態だ。血液がものすごい勢いで体中を駆け巡っているために酸素を多く必要とする。
どれだけ呼吸を早く行おうとも、心臓のポンプが異常にまで速く動いているために取り入れる酸素量より消費する酸素量が多い。そのため常に酸素不足の状態なのだ。
それでも攻撃の手を止めるわけにはいかない。手が止めたとき、それは死を意味する。
一方、ゴブリンの攻撃対象が変わったことで騎士たちや開拓者もまた動きを変える必要があった。
だが猛攻撃にケガ負った負傷兵も多く、戦力も半減した状態である。
「僕も…狂人薬を!」
「ダメよ、アドニス!」
レスカが声を荒げてアドニスを止める。
「でも、このままじゃ!」
打開策が無い状況。ゴブリンはかなり数を減らすことが出来たが、未だゴブリンキングは健在だ。このままいけば人間側が敗北してしまう。なんとしても避けなければならない。
もう1点。アドニスはラルフに敗北感を抱いていた。
それはアッザムが持って来た狂人薬を使い、ゴブリンキングへと立ち向かっていったことだ。
命のリスクを伴う狂人薬。正常な判断が出来る人間ならばそれを使用することを躊躇い、別の道を探す。
だがラルフは平気でそれを使用した。まるで平気で死地に足を踏み入れるように。しかも初心者装備を身に纏った明らかに自分より格下の存在であるのにも関わらず。
「アドニス!」
いつの間にかレスカが自身の前に立ち、手を握っていた。
「あなたはここで死んでいい人間じゃない。あなたの英雄伝説はこれからも続くの。あなたはこれからもっともっとたくさんの伝説を残すような人間なの!」
レスカは必死に訴えるようにアドニスへ言葉を掛ける。
最悪の場合、アドニスをこの場から逃がす。何があってもアドニスは死なせてはならない。他の何を犠牲にしても。自身が嫌われても構わない。自身を犠牲にしても構わない。それほどまでの覚悟を持っていた。
そんなレスカの両肩にアドニスは手を置く。
「ありがとう、レスカ。でも僕は逃げないよ」
慈愛に満ち溢れた優しい表情のアドニス。しかし帰って来る答えは真逆であった。
「僕が英雄かどうかなんてどっちだっていいんだ。僕は名乗ったことなんかないし、決めるのは僕じゃない。ただ僕が思うに、英雄は…こういう場面で逃げ出しちゃいけない。一緒に戦わなきゃいけないんだ!」
レスカはアドニスの表情を見て悟った。
レスカが覚悟を決めたようにアドニスも覚悟を決めた表情をしていた。戦うと決意に満ちた表情である。そしてそのアドニスの表情はレスカの大好きな表情でもあった。
アドニスはレスカに背を向け、ゴブリンキングの方へと向きを変える。
そこでは勢いが衰えて来たラルフとアッザムがゴブリンキングの攻撃をかいくぐりながら攻撃を続けている。
かなりダメージを与えているように見えるが、決定打にはなっていない。やはり回復能力ならぬ再生能力が異常なまでに高いからであろう。
レスカはやはりアドニスを行かせてはならないと思う。それを感じ取ったのかアドニスは顔だけをレスカの方へと向ける。
「大丈夫。今回も乗り越えてみせるさ……あ、狂人薬は使わないから安心して。なぁ~に、戦いの中で成長して見せるさ!」
そう言ってアドニスはゴブリンキングの方へと突進して行った。
急に加勢したアドニスにラルフとアッザムは驚いていた。加えてアッザムはうっとうしい奴が来やがったとしかめっ面をしている。だが今はアドニスに構っている場合ではないと今一度気を振り絞ってゴブリンキングに攻撃を加える。
3人からの猛追により、さすがにゴブリンキングも防衛に回ざるを得ない。攻撃をしてもラルフは悉くよけ、アッザムは耐えた。そしてアドニスはいつもの極限にまで集中力を高め、受け流しという高等技術でゴブリンキングの攻撃を防いでいた。
(3人共……いえ、皆さん。ありがとうございます)
一番後方で休んでいたルー。呼吸は落ち着き、今はゴブリンキングを倒すためにもう一度魔力を高めていた。
ルーは高めた魔力をどうするか考えていた。
3度目のリミッター解除、そんな事をしたところでまた10秒程度で体力の限界が来てしまう。
自身の体はもう動かないに等しい。そう考えると勝負は一撃。生半可な攻撃ではならない。圧倒的な一撃でゴブリンキングを葬る。
(こんなこと、出来るか分かりませんが)
ルーは高めた魔力を冥府の槍を握る右腕へ行くようにイメージしていた。
全ての魔力を右腕へ。上流から下流へ水が流れるようなイメージで、右腕に魔力が流れ込むように。
「よし…」
ルーは魔力の全てを右腕に集めた。右腕だけ魔力が溢れ出ている状態だ。
でもまだ甘い。何かが足りない。そしてルーは冥府の槍に目を向ける。
(この…冥府の槍も自身の体の一部だと思って)
「アッザム!」
ラルフの声が響いた。
前線で戦っていたラルフたち。ついにアッザムの狂人薬の効果がついに切れてしまった。膝を付くアッザム。気力だけ動くには限界であった。
(もう少しなのに…もう待っていられない)
ルーは魔力の錬成を中断しようとする。その時偶然にもラルフと目が合った。
ラルフは首を振っている。お前は自分の事に集中しろと言っているようだった。
気持ちばかりが焦る。だがここはラルフたちに任せるしかない。
魔力の錬成を再開する。
ルーは冥府の槍までが自身の右腕だと思い、魔力を流す。するとどうだ、魔力が冥府の槍へと流れているのが分かる。
これは冥府の槍の柄がミスリルであったのが幸いした。ミスリルは魔力を非常に伝達しやすい金属なのだ。
(…よし!出来ました!)
「ラルフ!」
大きな声でラルフを呼ぶ。
今度はルーが自信を持って大きく頷いた。そしてラルフも頷き返した。
ルーは冥府の槍を投げるための姿勢になる。
「アドニス!」
「なんだ!」
ラルフの声に余裕なく苛立って反応する。
こんな時でもルーが自分にではなく、ラルフを頼っていることがやはり気に障ってしまうのだ。
「ルーの一撃が来るぞ。せーので下がるぞ。せーのっ!」
ラルフとアドニスはバックステップをする。アッザムはナナが抱えて避難している。
ゴブリンキングの前は急に開けた。
「行きます!」
ルーは全ての力を振り絞り、冥府の槍をゴブリンキングへ向けて放った。
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