第174話 驚異的な再生能力

信じられない光景が目に映る。ルーが攻撃され、吹き飛ばされている。

 その衝撃の光景は時の流れを濃密に圧縮され、コマ送りにさせるほどであった。

 ルーが前線に復帰してから破竹の勢いでゴブリンを討伐していった。思わず手を止めてしまうほどの者もいたほどで、ルーを止められる魔物はいないと、そう感じさせるほどのものであった。

 だがそんなルーが敵の攻撃を受け、宙を舞っている。その光景を釘付けになって見ていた。

 そんな中、アドニスはその中で誰よりも早く我に返り、ルーに向かって駆け出す。

 圧縮された時から解放されるアドニス。ルーが飛ばされる勢いは思った以上に速い。


「ルー!」


 声を上げるアドニス。どうやら意識はあるようだ。


(届くか?いや、ちょっと遅い)


 アドニスはスピードを上げたいが今はこれが全力である。このままではルーを受け止める事は出来ず、地面に叩きつけられてしまう。だがどうする事も出来ない。

 届かないと分かっていながらもルーに向かって走った。アドニスとはそういう男である。

 ルーも体制を変えたいが、それは困難であった。それならばせめて衝撃に備えようと背中に力を込める。


「————!」


 だが襲って来た衝撃は自身が想像したものよりずっと優しかった。

 走って追いかけるアドニスはルーを受け止めた人物を確認した。


(ラルフ!)


 ラルフは前方から吹き飛ばされて来たルーを体全体で受け止めようとする。その時、自分が走ってきた衝撃を与えないようにちゃんとスピードを殺した。ラルフは受け止めようとしたが、思ったよりも衝撃が強く一緒に後ろに吹き飛ばされるような形となり、そして地面へと叩きつけられた。その時ルーに負担を与えないようしっかりと抱きかかえている。


「……ルー、大丈夫か?」

「その声は…ラルフ!?」


 ルーはすぐに起き上がり、体を反転させた。

 そこには自分を受け止め守ってくれたラルフがいた。


「大丈夫そうだな…いてててて」

「ラルフ!」


 ルーは慌てて体をどかせ、そしてハイポーションを取り出す。


「バカ、どうってことない。ちょっと体を地面に打ち付けただけだ」


 そう言って体をゆっくりと起こす。


「ほら、もうなんともない」


 ラルフはルーを安心させるように微笑んだ。それを見てルーもようやく安堵する。


「ルー、大丈夫かい?」

「アドニス?」


 追いついたアドニスが声を掛けて来る。


「心配で駆け付けてくれたのですね。でも大丈夫です。ラルフが守ってくれましたから」


 ルーの屈託のない笑顔。それは自分に向けられものであるが、その笑顔を作らせたのは自分ではない。それを作らせたのはルーの真横にいるラルフである。この表情は心底信頼しきっている者がいるからこそ出来るものである。

 非常時にも関わらず、アドニスはその対象が自分で無い事を悔しく感じ、そしてラルフを妬ましく思う。

 もう少し早く動いていればルーを受け止めたのは自分であったと。そうすればまた違う状況がまっていたかもしれない…そんな事を考えていた。

 妬みの対象となっている事など知る由もないラルフはルーと状況の確認をする。この時、ラルフと一緒に並走していたマスクの騎士たちもようやくこの場に駆け付けた。


「それで、お前を吹き飛ばしたとんでもないゴブリンは?」


 ラルフはルーに訊く。それを訊いてルーはゲートの方へと向く。


「あのゴブリンかと思われます」


 ルーが見据えた先、そこに映るのは1体のボブゴブリンをさらに二回りほど大きくした体長3mを優に超えるゴブリンである。それに倣って全員もそのゴブリンに注目する。


「おそらくあれがゴブリンキングです。他のゴブリンたちを従える今回の元凶かと」


 ゴブリンやボブゴブリンが開拓者や騎士たちと戦う中、ゴブリンキングはニヤリと笑いながらただ立っていた。

 まるでルーが戻って来る事を待っているかのように。


「あのゴブリンキングは強いのか?」

「はい、まず間違いなく。私は攻撃を咄嗟に槍で受け止めたのです、それでもここまで飛ばされました」


 ラルフはルーから視線を変え、マスクの方を見る。


「マスクさん」

「なんだ」

「騎士でも開拓者でもどちらでもいいんだが、この国にルーより強い奴はいるのか?」

「嫌なことを訊いて来るなお前は」


 マスクは一瞬表情を曇らせるが、すぐに「いない」と答える。

 それを聞いてラルフはルーの肩にパンと手を置く。


「…という事だ。あのゴブリンキングはお前が倒すしかない。お前が負けたらお終いだ。ルー、行けるか?」

「ラルフ、そんなルーに押しつけて——」


 アドニスはルーを気遣う。だが、


「——勝ちます!」


 そんなアドニスの気遣いを無視するかのようにルーはラルフに返事をした。それを聞いてラルフも「よしっ」と笑い返した。そして立ち上がる。


「まぁでもちょっと待ってろ。もしかしたら力になれるかも」


 するとラルフはブーツの魔石を触り始める。それを見て、ルーは慌て始める。「ちょっとラルフ!何をするつもりです!?」と。アドニスや騎士たちは状況が掴めない。


「トップ!」


 そしてラルフは地面を蹴った。その瞬間にものすごいスピードでゴブリンキングの方へと向かって行く。


「ラルフ!」


 ルーは慌てて立ち上がる。ラルフを止めたいが、もうすでに止められない場所にまでラルフは進んでしまっている。ルーは駆け出す。それに遅れてアドニスも。

 残されたマスクたちは少し固まっていた。先ほどルーも助けに行った時もそうであったが、ラルフがあのように速く動けることが信じられないと感じたようである。だがすぐに我に返り、「私たちも行くぞ!」と声を掛け、騎士たちを引きつれ、他の開拓者や騎士たちに加勢しに行く。

 駆けるラルフはカランビットナイフを取り出した。


(通用するかな?)


 ゴブリンキングもラルフの存在に気が付く。ラルフが自身に向かって来ていると。開拓者から奪ったであろうこん棒を振り上げる。

 ラルフは向こうも攻撃態勢に入った事を理解し、どこを攻撃しようか考える。

 当然であるが、ラルフの武器はナイフであるがために刃渡りが短い。

 そのため本来であるならばラルフはゴブリンキングの急所に目掛けて攻撃を仕掛けるが、攻撃を仕掛ける瞬間にそれを止めた。いつもの直感がまずいと告げていたのだ。

 ラルフはそのままスライディングをし、ゴブリンキングの股をくぐる。その直後にゴブリンキングの放ったこん棒が地面へと叩きつけられる。紙一重の差であった。

 ラルフはくぐり抜ける際に2本のカランビットナイフでゴブリンキングの足の腱を切った。これでルーも少しは戦いやすくなるだろうと。

 すばやく立ち上がり、ゴブリンキングを見る。痛がる様子は全くない。そのまま反転して、ラルフに向かって攻撃を振るう。ラルフはバックステップでひらりと躱す


(あれ?俺ちゃんと足の腱を切ったよな?)


 そこから2、3度攻撃を躱しながらゴブリンキングの腱の部分を見る。


「————!」


 自分の目を疑った。


「治ってる」


 なんと傷を付けたゴブリンキングの足の傷が治っていたのだ。驚異的な再生能力。まるで何事も無かったような状態である。

 ゴブリンキングは治った足で一気にラルフに間合いをつめる。


(やばい!)


 ラルフは注意がゴブリンキングの足に行き過ぎた。すぐにバックステップしたが、こん棒が避けられそうにない。

 咄嗟に両手のカランビットナイフで受け止めたが、先ほどのルーのように後ろへと吹き飛ばされる。

 ラルフは吹き飛ばされる状態で宙返りし、なんとか地面に着地する。

 そこへルーたちが駆けつける。

 ルーが何かを言おうとする前にラルフはルーにしゃべり始める。


「悪い、少しでもお前の手助けになればと思ったけど、無理だった」

「そんな事よりラルフ、けがは?」

「大丈夫だ。後ろに飛びながらだったから勢いは殺した。それよりも突っ込んで行って、分かったことがあるぞ。あいつは再生能力が異常だ。簡単な傷ならすぐ治る」


 ラルフはまだ説明したかったが、ゴブリンキングがそれを許さなかった。

 手下を引き連れ、集団となって襲って来る。

 全員が武器を持つ手に力を込める。

 ルーが一際大きな声で周囲に声を掛ける。


「ゴブリンキングの相手は私がします!皆さんは他のゴブリンたちの相手を!」

「「「「了解!」」」」

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