第173話 トラブルの配達人

「…本当に騎士たちが戦ってるな」


 スラムを入り口、つまりセクター4とセクター3の境目のあたりでラルフは騎士団たちがゴブリンたちに奮闘している姿を見つける。

 ラルフの故郷はナルスニアではなく、アルフォニアである。国は違うが、スラムに感じた空気はやはり同じであった。

 汚い、臭い、悪人が多数いる…それは確かにそうなのだが、それは結果論だ。ラルフが感じたのは、どこか国に放っておかれたようなそんな感じがすると思ったのだ。ここも同じだなと。

 だが今の目の前に広がる光景は、国が見捨てたであろうスラムを騎士たちが守ろうと戦っていることだ。

 魔界と繋ぐゲートはセクター3のスラム寄り(セクター4)にある。よってゲートから出たゴブリンは必然的にスラム寄りに向かう量が多くなるが、ラルフの考えではてっきりスラムなど守ることはせず、金を持っている平民や貴族を守る方に守備を割くと思っていた。だが騎士たちの数を見るにかなりの人数がいる。

 何を今さらとツッコミたいところであるが、守ろうとしている姿を見て、決して不快な感情を抱くことはない。


「二速…」


 ラルフはすぐに加速し、カランビットナイフを持つ。自然とさきほど人を刺し、後味の悪さを感じた右手に目が行ってしまう。


(まだ嫌な感触は残ってるけど、ちゃんと動く)


 ラルフは騎士たちが相手をしているボブゴブリンへと一気に詰め寄って行く。跳躍して、ボブゴブリンに飛び乗るような形になり、胸と首にナイフを突き刺し、そしてバク宙して着地する。

 騎士たちもいきなりのラルフの登場に少し驚いた様子だった。

 騎士たち一人ひとりは開拓者のベテラン(レベル20)以上の力を有している手練れだ。それでもボブゴブリンに躊躇なく飛び込んで行くラルフの俊敏さに驚いていた。

 ラルフは視線を向けて来る1人の騎士を見返す。


「お前は…」

「マスクだ!」


 ラルフにお前呼ばわりされたことに腹を立てつつも、ランスで目の前のボブゴブリンを突き刺し、そしてもう片方の手に持つ縦で払いのけた。


「あんた…強いんだな」

「チッ!」


 大きな舌打ちをするマスク。マスクはナルスニア騎士団の副団長を務める身。本来なら羨望の眼差しを向けられる立場。この国の騎士の中では一番の実力者であり、開拓者の上級者レベルの実力に匹敵し、ボブゴブリンを相手にしてもそう簡単に遅れは取らない。

 それにも関わらず、格下のしかも初心者レベルの装備を身に纏った者に「強いんだな」と意外そうな声で言われるのは不快である。

 だがそうは言いつつも先ほどのラルフの動きの速さには驚きを覚えていた。

 瞬間的に加速し、一気に間合いを詰めて攻撃を仕掛ける。ボブゴブリンはラルフの存在に気付いておらず、一瞬にして目の前に現れたように見えたはずだ。あれでは成す術もない。

 もう1点評価するべき点は度胸である。ボブゴブリンに対し、臆すことなく突っ込んで行ける部分はなかなか出来ることではない。

 初心者装備を身に纏った開拓者であるが、その実力は決して初心者ではない。


「マスクさん。教えてくれ。状況はどうなんだ?」


 ラルフはマスクに尋ねる。


「副団長!」


 その時3人の騎士団が駆けつけてきた。きっと変な輩に話しかけられていると思ったのであろう。そしてラルフに睨みを利かせる。

「何者なんだお前は」「気安く話しかけるな」言葉に出さずとも表情ですぐに分かる。


(めんどくさいな。それにこいつも俺のこと見下してた感じだし。興味本位で話しかけたけど、訊く相手を間違えたな。もう行くか)


 そんな風に思っていたところ、


「止めろ。お前ら。俺とこいつとは知り合いだ」


 3人の睨みが解かれ、代わりに「こんな奴と知り合い?」と言った表情を見せている。


「こいつは超越者と渡り合って、ドラゴンの卵を守った奴だ」


 ドラゴンの卵の件については公には秘密にされているが、冥王の存在を騎士たちは知っているために事情を知らされていた。そのため、こんな奴と思ったラルフが、国家の存亡を脅かす事態を救った実はすごい人物だと聞いて驚いているのだ。


「ほら、またゴブリンが湧いて来たぞ。お前ら、俺がこいつと話をしている時間を稼げ」

「「「はっ!」」」


 返事をすると、また騎士たちはゴブリンの方へと向かって行く。去り際に1人の騎士がラルフに向かって軽く一礼をする。ラルフはそれを見て、あまりの変わりようにフッと笑った。


「あいつらの事を悪く思うなよ。みんな固いんだ。融通が利かないくらいな」

「別になんとも思ってないよ」

「そうか…」

「それで状況は?」

「最悪には最悪だ——」

「——最悪?」

「最悪というのはこの前代未聞の事態だ。魔物がゲートを渡ってくるなどここ100年間無かったのだぞ。最悪に決まっているだろ…でも、そこまで事態が混乱しているわけじゃない。我々騎士たちがこうやって抑えているからな」

「まぁ確かにこんなスラムに配備されるくらいだからな。もう貴族たちがいる場所はガッチガチに守りが固められているんだろうな」

「おいおい勘違いするな。スラムとセクター3への騎士は最優先事項だ。セクター1はこれから配備する」

「えっ?本当か?」

「本当だ。陛下の意向でな。第二階貴族たちは真っ先に自分たち貴族を守れと言って来たらしいが、陛下が一蹴されたよ。それよりも民たちのところへ真っ先に配備せよとのお達しだ」

「…そうか」


 ラルフはこの世界は何もかも貴族優先だと思い込んでいたので、ヴィエッタの行動に驚愕していた。身分の低い平民を優先させるなど何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうほどに。


「それにしてもお前の仲間は何者なんだ?」

「仲間?もしかしてルーのことか?」

「あぁ。あの娘だ。ゲートから湧き出てくるゴブリンのほぼ半分を1人で倒しているぞ。正直言って、あの開拓者たちが善戦してくれているおかげで我々もこうやって配備出来たのだ。被害もほとんど出ていない」


 それを聞いて嬉しそうにするラルフ。


「そうか。じゃあ俺も早く行って加勢しに行かないとな」

「お前もあそこへ行くのか?」


 ラルフがゲートへ向かうと聞いて驚くマスク。確かに先ほどの動きを見て、ラルフに実力があることは伺える。ただ、多勢を相手に出来るのかと聞けばそれは疑わしい。


「大丈夫。無理をするつもりはない。それにルーたちが頑張っているのに自分だけ隠れているわけにはいかないだろ」


 その時魔伝虫からの連絡が入る。マスクはラルフを手で制し、黙らせる。


「はい…はい………かしこまりました。私たちもすぐに向かいます」


 通話が終わり、マスクはラルフを見る。


「思ったより善戦しているみたいでな。この好機を逃さずに、必要最低限だけ残して一気に畳みかけるみたいだ」


 そしてマスクはもう一度魔伝虫を使い、今度は別の場所に配備されている騎士に連絡を取り出す。第一セクターにはほほぼ騎士の配備は不要だと聞こえて来た時は少し笑ってしまった。

 そして通話が終わるや否やこの場に居る騎士たちに指示を出した。どうやら残る騎士とゲートへ向かう騎士とを分けているようだった。

 しばらくラルフは見ていてもしょうがないと思い、ゲートの方へと向かおうとする。


「待て、私も行く」


 そう言ってマスクが部下を引きつれて来た。

 なんで一緒に行かなきゃならないんだとラルフはマスクの制止を無視して、走り出す。


「おい、待てと言っているだろう!」


 マスクはムキになって付いて来ようとする。そして釣られるように他の騎士団たちも走り出す。


「全く、お前たちと関わってから変な事ばかりだ」


 マスクは愚痴をこぼすようにしゃべり始めた。


「俺たち?偶然だろ」

「偶然じゃないだろ。お前はトラブルの配達人か?」


 マスクにそう言われ、ラルフはそこで考えてみる。

 ナルスニアに付いた途端にゲート周辺にドラゴンが現れ、成り行きでドラゴンの卵を奪還することになった。

 そしたらその卵の親は冥王という今の人間たちでは歯が立たない屈指の存在であり、その冥王がこのナルスニアと関わりを持つようになった。ちなみにマスクは冥王に殺されかけており、トラウマのような存在だ。

 加えて今度はゴブリンがゲートを渡って来るという前代未聞の事態。


「はははっ」


 ラルフは思わず声を出して笑ってしまう。


「何がおかしい!」


 マスクは明らかに不満そうな顔をしていた。


「まぁ、あれだ。今度もなんとかなるさ。ほら、ゲートまでもうすぐだ」


 ラルフはマスクから視線を変え、前を向く。

 そこには開拓者と騎士たちが数多のゴブリンたちと戦っている姿が見える。

 だが様子がおかしい。

 善戦していると聞いたが、今、その状況は変わりつつある。

 その瞬間、ラルフにとんでもない光景が映り込んだ。


「ルー!」


 ゴブリンの攻撃を受けたとされるルーが吹き飛ばされていた。

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