第171話 アジトへ移動

「おい、ちょっとはこっちにも回せ!」


 アッザムはラルフに文句を言う。


「言っただろ、早い者勝ちだって」


 ラルフは文句を聞き流し、素早く走りながら次のゴブリンへと向かって行き、そしていともたやすく狩って行く。


「すげぇ」


 アッザムの部下がそれを見てポツリとつぶやく。

 確かにすごいとアッザムは思う。少し前にゴブリンに異常なまでに怯えていたラルフを覚えているために今のラルフがまるで別人のように見える。

 だが別の観点でも疑問を抱く。それはラルフの動きが想像以上に速いのだ。


(あいつ、あんなに速く動いて平気なのか?この間まで足が壊れていたんだぞ)


 アッザムが心配するほどに今のラルフの動きは速い。

 ラルフから戦闘に参加するようになったのはごく最近で極力戦闘は避けていたと聞いている。通常、そういった者たちは魔力の扱い方が下手である。

 人類は魔素と相性の悪い生き物であるが、この300年の間にその魔素をなんとかして克服しようとしてきた。魔界へ足を運ぶようになったこの100年は特に奮闘してきた。

 これにより、人間は魔素を取り込み、『魔力』として身体能力を向上させる事が出来るようになった。

 だがこの魔力の扱いは簡単に出来るものではなく、鍛錬が必要である。もっとも手っ取り早いのが戦闘に身を置く事である。特に魔物と戦う事が望ましい。命のやり取りの中に身を置く事で、人は生き残るために身体能力を極限にまで高める。その過程で魔力の扱いが出来るようになって行く。

 魔力を扱える者、扱えない者とでは身体能力はかなり違ってくる。その最たる者がルーである。見た目は可憐であっても誰よりも強い。


(だとしたらラルフはブーツの魔石の力を使用しているのか?こんな初めから飛ばしたらへばっちまうぞ)


 アッザムは鍛冶師のズーに魔石を多用したブーツを用意させた。これにより、魔石の力を利用して速く動けるようになる。だがこれは当然諸刃の剣で、魔力が扱えない者が自分の能力以上の動きをすれば当然負担は足に掛かり、最終的には壊れてしまう。

 ラルフが戦闘に参加するようになったのはごく最近であるために、その短期間で魔力が上手く扱えるようになるのは無理がある。

 基本的に魔力は使いこなすほど、扱い方が上手くなると同時に容量も増えて行くと考えられている。もちろん人それぞれ才能の良し悪し、限界はある。

 ラルフの才能の有無はアッザムには分からないが、ラルフの戦闘経験は明らかに乏しい。それにも関わらず俊敏に動けるのはやはり疑問が浮かぶ。


「お前、いつからそんなに動けるようになったんだ?また痛みとか我慢してるんじゃないのか?」

「いや、そんな事はない。平気だ」


 ラルフはゴブリンを倒しながら、あっけらかんと答える。


「お、大物!」


 ラルフはボブゴブリンを見つける。表情は嬉しそうだ。その反対にアッザムの部下たちは恐怖し、青ざめる。ボブゴブリンは簡単に勝てる相手ではない。


「おい、ラルフ待て!あのボブゴブリン、剣を持ってるぞ!」


 向かって行こうとするラルフにアッザムが注意をする。ここでもボブゴブリンが人間の武器を持っていた。アッザムはそれに気づいて危険視したのだ。

 だがラルフは全く怯むことはなく、


「別に避ければ良いだろ。二速!」

「————!」


 アッザムの制止を無視して、加速してボブゴブリンの方へと向かって行く。

 一気にボブゴブリンに詰め寄るラルフ。

 ボブゴブリンはラルフが一瞬で距離を縮めた事に驚き、全く攻撃の姿勢になっていない。まだ剣を振り上げようとしたところである。

 そんなボブゴブリンにラルフは躊躇なくカランビットナイフで3か所素早く攻撃を入れる。

 まずは左手でボブゴブリンが剣を持つ右手を斬り、そして右手で右首の頸動脈を斬りつける。そして最後にもう一度左手でボブゴブリンの胸にカランビットナイフを思い切り突き刺し、そしてバックステップで後ろに下がった。

 ラルフが下がると同時のボブゴブリンの3か所から血が噴き出す。ボブゴブリンは何も出来ずに終わり、そして地面へと倒れ込んだ。


「念のために二速にしたけど、別に二速じゃ無くても良かったな」


 そう言って次のゴブリンに目掛けてまた走って行く。

 アッザムとその部下を含める者たちはただ呆然と見るしかなかった。そして部下たちは再認識した。ラルフはアッザムが認めずとも間違いなく『強者』であると。


 しばらくしてからラルフはアッザムに話しかける。


「増えて来たな」

「あぁ。前線はもっとひでぇことになってると思うぜ」


 アッザムはルーやナナたちの心配をするが、「まぁ、行かねぇけどよ」と笑いながら付け加えた。


「アジトの方は大丈夫かな?」

「俺たちのアジトはスラムの奥の方だ。ゴブリンたちもまだ向かってねぇだろ。それにガキたちは俺の部屋の隠し部屋みたいなところに突っ込んである。見つかる事はねぇ」


 ラルフはアッザムの言葉に反応せず少し考えるような素振りを見せ、


「アジトに信用出来る奴はいるのか?」

「あ?あぁ。俺の側近を置いて来た」

「あぁ、あの人か。確かにここにいないな。他には?」

「いや、あいつだけで十分だろ。あいつは実質ナンバー2だしな」

「……サラたち心配だな。ちょっと見て来る」

「あ、おい!待てよ!」


 ラルフはアッザムの言葉を無視してアジトの方へと向かって行った。


「くそっ。行っちまいやがった。おかげでこっちの戦力は大幅ダウンだ——おい、てめぇら!俺たちだけでなんとかするぞ!」


 部下たちは声を張り上げ、ゴブリンたちに向かって行った。


 一方、ラルフが向かうアジトでは、問題が起きていた。

 アジト周辺にもゴブリンが現れ始め、アッザムの側近が対応せざる得なくなった。部下たちを呼びつけ、ゴブリンを倒しに向かう。

 部屋を出て行く際、側近はサラたちに注意を促した。


「ここに居れば誰かに見つかるような事はありません。何があってもここから出てはいけませんよ」


 だがサラたちはこの言いつけを守る事が出来なかった。

 アッザムの部屋に2人の男たちが入り込んで来たのだ。


「おい、入ってくる奴は?」


 1人の男がドアを少し開け、外の様子を伺う。


「大丈夫だ。ゴブリンの対応で人がこっちに来る様子はねぇ」

「よし、早く金目の物を見つけてずらかるぞ!」


 そう言ってアッザムの部屋を物色し始めたのだ。

 この男たちは最近アッザムの徒党に仲間入りした者たちだ。具体的にはフォレスター家の件で絡んだグエンという徒党にいた者たちである。

 グエンの徒党が潰されたため、なし崩し的にアッザムの徒党に入った。そのためアッザムに対しての忠誠は無い。

 男たちは貴金属や酒などの金目の物を袋の中に詰め込んでいた。ボスの部屋は権力を見せつけるために良い代物がたくさん置いてあるのだ。

 そんな男たちの姿をサラたちは隠し部屋の中から見ていた。サラの仲間たちは怯えていた。どうか見つかりませんようにと。見つかれば大変な目に合わされてしまう。

 だが1人だけ、サラだけは怯えながらも怒りを覚えていた。


(あいつら…ボスの物に手を付けて)


 サラはアッザムに頼み込んで自分を含め仲間たちを徒党に入れてもらえるように頼んだ。

 徒党に入るために5000Jを渡したが、アッザムにとって自分たちは5000Jでは到底足りないほどの重荷でしかない。それでもアッザムは自分たちの面倒を見てくれている。サラは次第にアッザムに対しての忠誠心が湧いた。

 アッザムの徒党に入ってからサラは子供たちの中で実質的にリーダーになった。責任感を人一倍持つようになっていた。

 その責任感と忠誠心がサラの心に怒りの炎を付けたのだ。

 サラは厳しい表情を仲間たちに向け、そして小声で話し始める。


「あいつら、私たちでなんとかするわよ」


 灯りの無い暗い部屋の中でも仲間たちがびっくりしているのが分かる。


「無理だよ。あんな大人たちを俺たちで相手に出来るはずがないよ」


 1人の仲間がそれを否定する。そして他の仲間たちそれに賛同する。


「それに側近の人だって何があってもここに残るように言ってたじゃないか」


 別の仲間が口にする。そしてまたそれにサラ以外の全員が賛同する。


「じゃあこのままボスの宝が奪われるのを黙って見てろって言うの?ボスは私たちの面倒を見てくれているんだよ?恩を感じてないの?」


 仲間たちはそれを聞いて黙る。

 アッザムの徒党に入ってから生活は飛躍的に向上した。

 徒党に入る前までは、一日飲まず食わずが当たり前だったが、今は必ず食事が出る。そして部屋まで与えられて温かい毛布にくるまって雨風を気にする事無く眠る事が出来る。

 そして何より、他の子供たちのコミュニティーから襲われることが無くなったのだ。

 これも全てアッザムのおかげである。

 サラの仲間たちもサラほどでは無いにしろ、アッザムに対し感謝と忠誠心が湧いているのだ。


「分かった。よし、やろう」


 1人の仲間がそう口にする。そして次第に他の仲間たちも頷き始める。それを見てサラもうんうんと頷く。

 意は決した。男たちを自分たちで撃退する。

 サラは飛び出すタイミングを伺う。だがその前に言っておくことがある。


「メグ。あんたはここに隠れていなさい」


 このメグとはサラの妹である。サラとは4つほど離れており、まだ5歳にも満たない。


「お姉ちゃん…」

「絶対ここから出ちゃダメ。何があっても。いい?」


 側近が口にした言葉と同じことをサラはメグに言った。

 メグは震えながら黙って頷いた。

 サラはもう一度黙って外を伺う。


「みんな、行くよ!1、2,3!」


 メグを除いた6人は一斉に男たちへと飛び掛かった。


「うわ!何だこいつらは!どこに隠れていやがった!?」

「ボスの物を盗るな!返せ!」


 10歳にも満たない子供たちは必死に男たちへと飛びつく。それぞれに3人ずつ。


「くそ!放せ!」


 男たちは必死に抵抗しようとする。サラたちは放されまいと必死に抵抗する。

 サラはしがみついた男の腕を思いっきり噛む。遠慮なく嚙み千切る勢いで。


「いってぇーーー!このクソガキ!」


 他の子供たちも同じように噛みつき始めた。

 男たちは痛みに苦しみながらなんとかサラたちを引きはがそうとやみくもに体を振り回す。それにより事態が動く。


「あっ!」


 サラの仲間の1人が偶然体を壁に打ち付けられた。痛みで口と手を放してしまう。

 1人離れたことによって男は自由になった腕でもう片方の腕にしがみつく子供を引きはがし、そして残りの足にしがみついた子供も蹴り飛ばした。

 自由になった男はまだ3人しがみつかれている仲間を助ける。


「おぉ~、いてぇ。噛まれたところから血が出てやがる」


 1人の男が噛まれた場所を痛々しく見ていた。


「てめぇら、覚悟は出来ているんだろうな」


 サラの仲間たちは震えている。だがサラは男たちを睨んだ。


「ボスの物を返せ!」


 サラは1人で突撃していく。男はそんなサラを遠慮なく蹴り飛ばした。


「返せと言われた盗んだ物を返すコソ泥がいるか!」


 うずくまるサラ。1人の男がそんなサラにさらに蹴りを入れる。


「おい、どうする?こいつら」

「どうするって口封じするしかないだろ」


 口封じ。それは即ち殺すという事である。その言葉を聞いたサラの仲間たちは青ざめる。


「黙って隠れていりゃあ生きてられたものを」


 男はさらに蹴りを入れる。その時である。


「お姉ちゃんを蹴らないで!」


 メグが飛び出して倒れているサラをかばうように覆いかぶさる。


「なんだ?まだガキが隠れていやがったのか?」

「メグ………隠れていなきゃダメって…言ったじゃない」


 サラは弱々しい声でそう言った。


「お姉ちゃん」


 メグはポロポロと涙をこぼしていた。


「涙ぐましい姉妹だな」


 そう言いながら男は盗んだ物を入れた袋に手を入れた。

 そして装飾品が施されたナイフの鞘を取り出し、そしてギラついた目をサラたちへと向ける。

 死という現実が間近に迫って来ており、少しでも生き延びたいと後ずさるサラの仲間たち。


(くそ。失敗しちゃった)


 サラは自分の行動を後悔した。側近に言われたようにおとなしく隠れていれば良かったと。

 力が無いのにも関わらず、半端な責任感から無責任な行動を取ってしまった。それによって仲間が命の危険に晒されている。

 何とかしたい。でも自分には何も出来ない。

 このまま途絶えてしまいそうな意識の中でサラはポツリとつぶやいた。


「助けて…お兄ちゃん」


 その時、部屋の扉が開いた。

 男たちが後ろを振り返る。

 だがその時にはラルフは男たちの首にナイフを当てていた。

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