第170話 ルー、再び参戦

「ちょっとどういう事よ!?」


 ナナが声を荒げて驚いたのは、ボブゴブリンが次々と現れたためだ。その声は困惑を物語っている。

 現在ゲート側のゴブリンは全て始末していた。全員がゲートを取り囲むようにし、次のゴブリンが出てくるのを待っていた状態で、出て来たらすぐに叩けるような体制を組んでいた。

 しかし次から次へと現れ、10体ほど出現するのを見ると、やはり二の足を踏む。加えて攻撃を躊躇したのはさらに別の理由がある。


「おい、あれ見ろよ」


 1人の開拓者がボブゴブリンを指しながら驚く。


「なんでだよ、なんで人間の装備を身に付けているんだよ!」


 ゴブリンたちは自然界に落ちている石や木の棒を武器として持ち、それを使用して攻撃してくることがある。しかし、ゴブリンたちは装備を創り出すまでほどの賢さや技術は持ち合わせていない。


「あれは…」


 その時クラファムが感づいたように声を出す。


「あれは…ゴブリンたちに殺された者たちの装備だ」

「————!」


 その場の全員が驚く。

 先ほどナナが魔界側へと向かった時、何人もの開拓者やまだ開拓者になれない者たちがゴブリンたちの犠牲になっていたのだ。

 ゴブリンたちは人間たちが武器を扱っていたのを見ている。自身たちもそれを使う事にしたのだ。

 1匹のボブゴブリンが大きめのサーベルを振り回す。きっと屈強な男が使っていたのであろう。ボブゴブリンにはちょうどよいサイズで違和感がない。

 アドニスがそのサーベルの攻撃を受け止める。


「めちゃくちゃに振り回しているだけで剣筋がよめない…それに攻撃が重たい」


 ボブゴブリンが武器を持っている事は滅多になく、素手である事がほとんどだ。よって、武器を持っている時は注意しなければならない。

 今回は人間の武器を持っているがために、一撃食らう事が深手を負う事になる。慎重にならざるを得ない。

 アドニスの状況を見ていたナナがすぐさま手助けしようとするが、ボブゴブリンは他に9体存在する。そのナナに向かって近くのボブゴブリンが襲い出す。

 ナナに襲い掛かるのはナイフを持ったボブゴブリンだ。サーベルほど間合いは広くないが、同時に2体が襲い掛かる。ナナはそれを三節混で受け止める。


「かぁ~!めんどくさい」


 アドニスの方へはさらに1匹襲い始める。

 そして残りの6匹が他の開拓者たちに襲い掛かり始める。

 他の開拓者たちは1匹につき、2人で対応し、その場を凌いでいる。

 そうこうしているゲートからさらにゴブリンが溢れ始める。

 開拓者たちは自然と後ずさってしまう。

 形勢は優勢から一気に劣勢へ。


「ギルドの職員さん!」

「はい!」


 ナナが強めの口調で呼ぶ。


「もうここを離れて!何かあっても守ってあげられる余裕がないわ!」


 ベテランのギルド職員は近くに留まっていた。それは律儀な男で逐一城に居るであろうシュバルツに報告するためであった。だが死んでしまっては元も子もない。


「分かりました。騎士団の方々は今こちらに向かわれているようです。私が言える立場ではありませんが、皆さんも手に負えない状況であればすぐにでもお逃げ下さい」


 そう言うと、ベテラン職員は駆けてギルドの方へと走って行く。だがそれを追い掛けようとゴブリンが現れ始める。戦闘に参加していないゴブリンたちの視野に入ったのだ。

 ナナが舌打ちをする。ベテラン職員を追うゴブリンを対処しないとベテラン職員は襲われてしまう。危険に身を晒すことになるが、ベテラン職員を追いかけ始めたゴブリンに強引に攻撃を仕掛け、3体を倒す。アドニスも同様な事をしていた。

 だが他の開拓者たちはやはりボブゴブリンの攻撃を受けるのに精いっぱいでゴブリンに攻撃を仕掛ける事ができない。

 ナナとアドニスにより、ベテラン職員を追い掛けるゴブリンを5体倒す事が出来た。しかし、まだ10体が追いかけている。どうにかしてゴブリンを阻止したいが、身を危険に晒した事で防御に徹するので精一杯だ。


「みなさん!3つ数えたら目を瞑って!」


 突然、そう叫ぶのはクラファム。


「閃光玉を投げます!僕とレスカでギルド職員さんを追うゴブリンは対処します。その隙に各々の対処を。3…2…1…」


 クラファムが放り投げた閃光玉が宙を舞う中で弾ける。そして強い光がそこから放たれる。

 ゴブリンたちを除くその場の全員が目を瞑ったり体を背けたりなどしてその光から逃れる。そしてゴブリンたちは目をやられ混乱している。

 全員が瞬時に動いた。開拓者として経験を積んだ者たちはこの隙を逃さなかった。

 苦戦していたボブゴブリンであったが、致命的なダメージを負わせ無力化する。これで10体のボブゴブリンは全て倒す。

 アドニスはサーベルを持ったボブゴブリンを倒した後、ナナに「ここは任せた」と言って、後方へと走る。

 ベテラン職員を追うゴブリンの方へと向かったのだ。

 このゴブリンたちは閃光玉に背を向けてる形をなっていたので、影響がない。クラファムとレスカで何ら問題ないが、念のために助太刀に向かったのだ。

 だがそれは徒労に終わった。加えて言うと、クラファムとレスカも何ら手を出さずともそのゴブリンたちは絶命していた。


「ルー…」


 追い付いたアドニスは呟くように言った。


「お待たせしました」

「ルー、まだ休んでいないと」

「大丈夫です。呼吸は整いましたから。それに少し状況が悪いと思ったので…ですが、それは杞憂でしたね」


 ルーは遠くからボブゴブリンに苦戦していたアドニスたちを見ていた。

 それを見てすぐに駆け付けねばと急いだルーであったが、クラファムの功が奏し、見事に対処したのだ。


「相変わらず閃光玉を投げるタイミングが上手いですね、クラファムさん」

「あ、ありがとう…」


 クラファムは言葉がしどろもどろになっていた。なぜならそれは目の前に起きた光景に唖然としていたからだ。それは横に居たレスカも同じである。

 2人はギルド職員を襲おうとしているゴブリンに追いかけていた。幸いにもゴブリンとベテラン職員とはまだ距離がある。自分たちが先に追いつき、対処出来ると。

 だがその前にルーが現れ、ベテラン職員の前に立った。


(あれ?ルーさんがもう戻ってきている)


 クラファムがそう思った瞬間だった。

 ルーはゴブリンたちに対し、槍で突きを放った。それは今まで見た事も無い、目視出来ないほどの速さで。

 その突きは速いだけでなく、的確にゴブリンの急所を貫いていた。刺されたゴブリンはバタバタと倒れる。


(人間業じゃない)


 レスカは動揺していた。静寂の中に佇む目の前の美しい金髪をなびかせた美女が人間の皮を被った別の何かと思わせるほどに。静けささえも気味悪さを覚えるほどであった。


「職員さん、早くお戻りください」


 静寂はルーの落ち着いた声で破れる。話しかけられたベテラン職員はただ「はい」と答えていた。ベテラン職員も目の前の光景が未だに理解出来ていないようで時が止まったままであった。そしてもう一度ルーに「職員さん?」と言葉を掛けられ、思い出したようにギルドの方へと向かって駆けて行った。

 ベテラン職員の背中を見送ったルーはアドニスたちの方へと向き直り、口を開く。


「さぁ、皆さん。行きましょう!」


 ルーは駆けて行く。それに続くようにアドニスも。

 アドニスだけは動揺していなかった。なぜなら先ほどルーの凄さを目の当たりにしていたからだ。逆に悔しいと感じていたほどだ。自分も早く追いつきたいと。

 クラファムとレスカは2人の後ろを慌てて追いかけ始めた。


「ボブゴブリンに手こずり過ぎたわね」


 ナナを含む開拓者たちはたくさんのゴブリンに囲まれながら奮闘していた。先ほどのボブゴブリンたちに時間を取られた影響ですでに100匹以上のゴブリンが外に溢れ出ていたためだ。

 散開を始めるゴブリン。もう全てのゴブリンに対処するのは不可能である。

 そして所々ではあるが、ボブゴブリンも再び現れ始めている。

 そして足場には無数のゴブリンの死体。

 ゴブリンたちも動きにくいが、開拓者たちも思うように動けない。

 思うように動けないために討伐のスピードも落ちていた。


「全員、足場が自由になるところまで一度下がって下さい!」


 ゴブリンに対応しながら全員が声のする方へと顔を向ける。


「ルー!?」


 ナナは驚く。声の主はルーであった。


「あんたまだ休憩してたんじゃ——」

「——もう大丈夫です」


 他の者たちに下がれと言ったがルーは前に突っ込み、そして槍を振り抜いた。ゴブリンたちは勢いよく吹き飛ぶ。

 その吹き飛ばされた中にはボブゴブリンも含まれている。


「おいおい、あの姉ちゃんにとっちゃゴブリンもボブゴブリンも関係ねぇのかよ」


 1人の開拓者が目を丸くしながら呟いた。それほどルーの攻撃は豪快である。

 ルーはそのままバックステップし、ゴブリンに囲まれ苦戦している開拓者たちを次々と救って行く。

 アドニスはナナの周辺にいるゴブリンたちを討伐し、それを終える頃にルーが戻って来た。

 ルーは息が上がるナナへ労いの言葉をかける。


「ナナ、大変でしたね」

「不甲斐なくてごめんね」


 多勢を相手にするのはやはり多くの体力を消費する。カルロッサムの蜂から逃げていた時よりもずっと消耗は激しい。

 ルーは現れ討伐スピードは上がったが、ゴブリンの数は減っていない。寧ろ増えている。


「もうゴブリンをここにとどめておけられなくなっちゃったわね」


 ナナが大きく息をしながら話しかける。


「えぇ。どれだけ外に出て行く数を削る事が出来るかの段階ですね」


 ゴブリンたちが四方八方に散っていく。ラルフたちの居るスラム街にもゴブリンは向かって行く。

 ラルフの元へ向かうゴブリンの数を少しでも減らさねばという思いから、ルーは槍を握る力を強くする。

 再び突撃しようとする中、ナナがアドニスに声を上げた。


「アドニス、ルーにあまり負担かけさすんじゃないわよ!ルーはゴブリンキングっていう親玉と戦わなきゃいけないんだから」

「分かってるさ!」


 ルーという心の拠り所が戻って来た事でナナとアドニスの士気は上がっていた。

 2人は魔力を回復させるためのポーションを飲み、ルーより早くゴブリンたちの中へ突撃して行った。



 ほどなくして、スラム街の入り口付近。


「来たな」


 口を開いたのはアッザムである。

 部下を引き連れたアッザムはゴブリン襲来に備えてスラムの入り口で待機していた。

 アッザムは目に数匹のゴブリンたちが確認出来た。


「アッザム、サラたちはどうした?」


 そう確認するのはラルフである。

 部下たちはラルフを後ろから見る。

 屈強な体格をしたアッザム横に、まだ子供にしか見えない体が成長しきっていないラルフが仁王立ちをしている。傍から見れば滑稽にしか見えない。


「ガキたちはアジトの俺の部屋に避難させてある」

「お前の部屋?もっと安全な場所はないのか?」

「スラムに絶対な安全な場所なんてねぇだろ。俺の部屋が一番マシだ」


 ラルフが身に纏うのは開拓者の初心者装備。

 スラムで『狩る者』、『狩られる者』と分けるなら誰もが『狩られる者』と呼ぶだろう。どこからどう見ても弱者である。

 そんな弱者にしか見えないラルフが、自分たちのボス、スラムの支配者に何ら遠慮することなく意見を述べている。

 認められているのだ、スラムの支配者に。それは即ち強者である。


「ギルドがゴブリン1匹討伐ごとに50J出すだってよ」

「それ本当か!?10倍じゃないか!」


 ラルフは見開いてアッザムに確認する。


「あぁ。間違いねぇぜ」


 そう言ってアッザムはナックルを装着する。

 そしてラルフも腰からカランビットナイフを2本取り出す。


「じゃあ早い者勝ちだな」


 そう言ってラルフは飛び出した。


「そういう事だ——おい、野郎ども!金を稼ぐ時間だぁーーー!」


 アッザムの声に部下たちは呼応し、ゴブリンたちの方へと向かって行った。

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