第121話 パーティーのご案内

 新薬を飲んでから早数日。


「ラルフ、ゆっくり…ゆっくりですよ?」

「あぁ、分かってる」


 ラルフは久しぶりに自分の脚で立ち上がり、一歩一歩、ゆっくりと歩き始めた。ルーはその横でラルフを支えている。


「どうせ毎日薬液治療があるからまだ病室に居ればいいのに。モニカさんもそう言ってたんでしょ?」


 頭の後ろで手を組みながらラルフたちの後ろに付いているナナ。ラルフが退院と聞きつけて姿を見せた。


「早く元のように動けるようになりたいからな。今の内からこうやって歩いておくんだよ。それに毎日通えばそれがリハビリになる」

「真面目ねぇ」


 ナナはラルフの愚直さに半分呆れていた。


「お~い、ちょっと2人とも~」


 遠くから呼び声が聞こえる。声を掛けたのはモニカだ。


「モニカ?どうしたんだ?」

「何、もう歩いてるの?せっかちねぇ——あぁ、そうだ。ちょっと2人に連絡があって。あなたたちにパーティーに出席してほしいのよ」

「パーティー?何だそれは」

「ハイポーションが発明されたお祝いよ。関係者に周知させるために開かれると思ってもらえればいいわ」


 確かにハイポーションが開発されたことを周知させるのは必要だ。それはラルフにも理解出来る。しかし、なぜそのためにパーティーを開くのかが全く理解出来なかった。やはり貴族の考えている事はよく分からないと。


「でも何で俺たちが呼ばれるんだ?居ても意味ないだろう」

「それはラルフやルーさんが功績者だからよ。ルーさんは竜血樹を取って来てくれた。そしてラルフは自らの体を差し出して実験に関わってくれた。そんな立役者の顔を見てみたいってわけ。まぁ一種の余興みたいなものね。ちなみに私も呼ばれた」

「すごいじゃない!いいなぁ私も参加したいなぁ」

「じゃあナナさんも来る?」

「えっ!?いいの!?」

「ナナさんは高レベルの開拓者だから。高レベルの人たちは一通り声が掛かる事になってるの」


 それを聞いてナナは一気に上機嫌になる。ナナがパーティーに出席するのは久しぶりだ。


「ドレスなんて久しぶりに着るわ。あ~、何を着て行こうかな?」

「ナナさん美人だからきっと多くの貴族から声を掛けられるわよ」

「いやいやそれほどでも………でもこの人が横に居たら全部持って行かれそうだわ」

「あー………」


 ナナとモニカはルーの他を寄せ付けないほどの端麗な容姿を見つめる。普段の鎧を纏った状態で見た者を魅了しているのだ。そんな者が着飾ればどのようになるかは容易に想像がつく。

 だがそんな事はお構いなしにラルフとルーは渋い顔をしていた。ちなみに2人が思っている事は同じ内容だ。

 ルーは「どうしますか?」と視線を送る。ラルフはそれを読み取り「行くわけがない」と首を振る。


「モニカ、悪いけど俺たちはそんなものは参加しないぞ」

「えっ?どうしてよ」

「何でも何もパーティーだなんて俺には性に合わない。それに貴族たちが参加するんだろ?俺は絶対に参加しない」

「そんな事言わないでよ。しかも性に合わないとかそんな理由で。こういうのってほぼ強制みたいなものなんだから。それにこういう所で貴族に顔を売っておいた方が後々いい思いをするのよ」


 貴族に顔を売る。モニカは自身の口からそう発したが、モニカ自身もそういう事は苦手であり、やろうとしなかった。


「悪いモニカ。お前には恩になった。お前の頼みなら参加したいが——」

「——だったら!」

「ん~…あー………」


 ラルフはここで頭をぼりぼりと掻き始めた。ただ参加したくないでは納得してもらえそうにない。


「モニカだから話すけど、俺たちは参加するわけに行かない事情があるんだ。俺たちにはな。だから参加出来ない」

「えっ?何?」


 状況が掴めないモニカ。


「何だったら陛下に言ってくれてもいい。陛下なら参加出来ないと言えば事情を分かってくれるはずだ」

「……あんた………陛下って。どう言う事よ?それに私みたいな一研究者が謁見出来るはずがないでしょう」


 ラルフがこの国のトップである女王陛下の事を口に出す事にモニカは付いて行けなかった。


「じゃあ、所長やウルベニスタさんに伝手で言えばいいさ。納得してくれるはずだ。とにかく俺たちは行かない。」


 雲の上のような存在を上げてでも行かないと意志表示を見せるラルフ。そして横に居たルーも「すみません」とモニカに頭を下げる。この謝罪はラルフの行き過ぎた言葉ではなく、パーティーには本当に参加出来ない事への謝罪だと分かり、モニカも「分かった」と言わざるを得なかった。

 モニカは理由を訊きたかったが、ラルフの表情が訊くなと言っているようであったのでそれを察した。

 ちなみにラルフたちが参加しないのはもちろんルーの事である。

 ルーがパーティーに出席し、アルフォニアの王女である事がバレる事を防ぐためである。

 パーティーはもちろんドレスアップする。そして参加するのは貴族たち。今まではルーが鎧や剣を纏っているため、傍から見れば1人の開拓者としか見られなかった。しかしドレスアップしたルーを見て、貴族たちはルーの存在に気付く可能性があるからだ。そんな事は絶対に避けたい。

 またラルフだけが参加してしまえば、参加出来ない事情があるのはルーだとバレる事も避けたかった。そこから勘繰られる事も回避したい。だから2人共参加出来ないと口にした。


「でも貢献者ならアドニスさんや冥王も参加するだろ?余興には十分じゃないか」

「アドニスさんは参加するそうだけれど、冥王様は多分参加されないというか、こっち側が遠慮する方向みたい」

「ん?何か変な言い方だな」

「冥王様が「俺を利用しようと近づいて来た者が分かった瞬間にそいつを食い殺す」って脅したらしいわ。冥王様は笑いながら冗談で言ったつもりなのでしょうけど、それを聞いた関係者はみんな真っ青になっちゃって…それで丁重にお断りする方向で話が付いたみたい。それにあんまり冥王様の事は広めたくないしね」


 横で聞いていたナナは失笑気味に笑っていた。


「あんたたちが参加しないのは心細いけれど、ナナさんが参加してくれるのが救いね——ナナさん、正直言うと私こういうのは苦手だから一緒に居てね」

「えぇ、いいわよ。美味しい物も食べられるし………でもその代わり」


 ここでナナはモニカへ卑しい顔を向ける。


「ハイポーション、こっそり2,3本私に融通しなさいよ」

「え~、それは……まだ市場に回るのはだいぶ先になるし」

「いいじゃない。あんたなら開発者としてどうとでもなるでしょ?難しい事は言っていないはずよ」


 それを聞いたモニカは両腕を組みながら唸りながらも最後は「分かったわ」とナナの頼みを受け入れた。


「よし、決まりね。そうと決まれば私はアッザムの所へ行ってくるわ。あいつから金をふんだくれる気がする。じゃあモニカさん、いえ、モニカ。当日はよろしくね」


 そう言って走り去ってしまった。


「アッザムから金をふんだくれるってどう言う事?それにアッザムってあのスラム街の!?」


 モニカは驚きながら答える。


「あれだよ。アッザムは高レベルの開拓者だけどその前にスラム街のボスだろ?そんな奴、貴族たちが招待するわけがない。アッザムはハイポーションの情報が欲しいけど、パーティーに行けないから情報が得られない。だからナナが参加して、その情報をアッザムに売るのさ。ナナめ、考えやがったな」


 悪知恵を働かせるナナを思い浮かべ、ラルフは口角が上がる。その横でルーはそう言う事かと感心した様子で聞いていた。



 宰相ウルベニスタと女王陛下ヴィエッタは2人だけの個室に居た。


「………という事だそうです。ラルフとルーは参加しないと」


 モニカから研究所所長シュバルツへ。そしてシュバルツからウルベニスタ。そして今、ウルベニスタからヴィエッタへとラルフたちが参加しない意向が告げられる。


「ん、分かった」


 参加しないと聞いて、簡単に納得しているヴィエッタにウルベニスタは以前浮かんだ疑惑を思い出す。


「………陛下、1つよろしいでしょうか?」


 ウルベニスタは少し迷いながらその疑惑をヴィエッタに尋ねる事にした。


「ルーは…アルフォニアのシンシア王女ですな」

「………お前も気づいていたのか?」

「…はい」

「ならばお前も参加しない理由が分かるな?2人は正体がバレる事を避けたいのであろう。だったら仕方あるまい」

「でもなぜシンシア様は正体を隠しているのでしょう?」

「それは私にも分からぬ。理由は聞いていないのでな」

「アルフォニア騎士団のレオナルドの副団長も失踪したとの話も聞いております………それも何か関係があるのでしょうか?」

「…おそらくな。だが私たちが何かする事ではない。もし問題があればハワード(アルフォニア国王)が対応しているはずだ。それにラルフとルーはこの国を救ってくれた恩人だ。彼らの意を汲もうではないか。私たちは内に秘めて置くだけでよい」

「はっ」



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