第122話 放心状態

 その日、城の大広間ではハイポーションお披露目のパーティーが開催されていた。多くの貴族が紳士服やドレスを着飾り出席している。男女比の割合は男が7に対し、女性が3といったところ。やはりただ歌って踊るようなパーティーではないために男の割合が大きい。

 そこでナナは大人の女性を感じさせるワインレッドのドレスを着用していた。いつもはツインテールにしていた髪も今日だけは降ろし、より女性としての魅力を引き立たせている。

 そんな魅力的な女性を1人放っておくわけがなく、貴族の男たちが立ち替わりナナへと挨拶をする。


(くぅ~、これよこれ。たまに女を味わうのも悪くないわ)


 そう優越感に浸りながら1本何千Jもするであろう赤ワインの入ったグラスを口へと運ぶ。だが時間が経過すると共に相手をするのも面倒になって来た。


(これじゃあ全然ご飯が食べられないじゃない。あっち行けって言いたいけど貴族だから無碍に出来ないし。それにモニカもどこか行っちゃうし)


 当初モニカはナナと一緒にいるつもりであったが、開発者として簡単に説明を求められたためにその準備でパーティーを楽しむどころでは無くなった。研究所の制服を身に纏い、完全に仕事モードである。


「ナナ、今日は着飾っているな」

「…アレス、あんた来たの。それに体はもう大丈夫なの?」

「なんとかな」


 この男は以前ルーと対峙した男である。ルーの美貌に見惚れ、ルーの力量を測る事が出来ずに一発で沈められた哀れな男である。高レベルの開拓者であり、一目置かれた存在であったが、あの日、多くの開拓者に醜態をさらし、別の意味で注目されるようになってしまった。だが今日はあの時の醜態を忘れるような自信に満ちた顔をしており、タキシードが見事に決まっている。


「あっ、ルーさんだ」


 アレスの自信に満ちた表情は一瞬にして曇る。それを見てナナは笑いながら「うそうそ」と答えた。


「今日、彼女は来ないのかい?」

「えぇ、ルーさんは来ないわ。残念ね、今日はお腹に一撃をもらう事は出来ないわよ」


 それを聞いてアレスは肝を冷やす。


「もう二度とごめんだよ。あの時の俺は開拓者の頂点になった気分でいたけど、見事にそれを彼女に折られたよ。思い知らされたよ、自分よりすごい奴なんていくらでもいるってね」


 それを聞いたナナも同感であった。


「う~ん、そうか。彼女は来ないのか………ドレス姿を目にしたかったな————!」


 その時、会場の入り口で女性の歓声が沸き起こるのが聞こえる。


「どうやら主役の登場みたいだな。貴族の女の子を適当にひっかけようと思ったんだけど今日は無理そうだ…どうだナナ、この後俺と」


 それを聞いたナナは舌を出して中指を立てる。


「あんたみたいなクソとは一晩過ごすのもパーティーを組むのもごめんだわ」


 そう言われたアレスは「残念だ」と言って、軽く笑うようにしてナナの元を去って行った。

 一部始終を見ていた貴族たちはナナの立ち振る舞いに少し驚いていた。だがナナはあくまでも開拓者。貴族ではない。淑女であろうなどとはこれっぽっちも思っていなかった。

 ナナはそんな貴族たちの目を気にせずまた料理を楽しみ始める。その目で先程から騒がれている会場の入り口の方へと目をやる。


(やっぱりアドニスね)


 アドニスは貴族家の娘であろう者たちから囲まれ黄色い声を浴びている。甘いマスクからこぼれる屈託のない笑顔。金色に輝く髪が彼女たちを魅了する。客観的にもそして主観的にもいい男である事は十分過ぎるほど理解出来る。だがナナはそれ以上にあのアドニスに腹立たしさを覚えるのであった。


(あんな何の取柄もないクソ女どもに笑顔なんて振りまいて、バカじゃないの?)


 舞踏会のようないつものパーティーであるならばこのような気持ちは湧かなかったかもしれない。だが今日はハイポーションのお披露目を兼ねてのパーティーだ。半分はお遊びかもしれないがもう半分は仕事である。だが今アドニスを囲っている女たちは全てが遊びだ。貴族という恵まれた環境に生まれ、そして絶対に危険を犯す事のない彼女たちにとってハイポーションとは無縁の存在だ。それにも関わらずパーティーと聞きつけて参加しているのだ。

 アドニスが開拓者であるならば自分と同じような感情を持ってもいいはずだ。だがアドニスは目の前の貴族の娘たちに愛想良く笑顔を振りまく事にやはり腹立たしさを覚えてしまう。

 自身も先程貴族の男たちに笑顔を振りまいていたが、彼らは商いの関係で来ている。何らかの後ろ盾を得られる可能性もあり、ちゃんと意味がある。アドニスとは違う……となんとかアドニスと自身を区別化し、湧き起こる矛盾の感情を抑えていた。

 そんなアドニスは笑顔を振りまきながら怪しい人物がいないかアンテナを巡らせていた。強者たる者はそう簡単に無防備にはならない。

 アドニスは遠くから少し違う視線を送る者を感知する。そちらに視線を向けると、その存在がナナである事に気付いた。

 気付かれたナナはすぐにそっぽを向いて再び料理を口にし始めた。


「失礼」


 アドニスは周りの貴族の娘たちとの会話を中断させ、ナナの方へと近づく。

 女たちはアドニスが1人の女性の元へ向かったと知り、どこの女の元へ向かったと視線をナナの方へと向ける。普段見かける事のない女。考えを巡らす………第一階貴族でもなければ第二階貴族でもない。という事は開拓者の女である。

 自分たちより格下の女にアドニスを取られたとなるとより一層悔しさが増す。

 アドニスを引き留めたいが、アドニスは明確な目的を持ってナナの方へと向かっている。黙って見ている事しか出来ない。

 だがそんなもどかしさもアドニスの表情を見て解放された。ナナへと話しかけるアドニスの表情に笑顔はない。どうやら同じ開拓者としての挨拶をしているようだ。そこに男と女のやり取りはない。

 女たちは手に取ったグラスのワインを口へと運ぶ。再びアドニスが戻って来た時、次は何を話しかけるか考えを巡らす事にした。


「やあ、ナナ。君も来たのかい?」

「どうも、意味のない女性たちへ媚びへつらうのがお上手な英雄アドニスさん」


 ナナはケンカを吹っかけるようにして語り掛けた。だがアドニスはそんな安い挑発には乗っからない。ナナにはもっと重要な事を訊かなければならないのだ。


「今日、ルーは——」

「——来ないわよ」


 ナナは被せるように答えた。


「ルーさんはラルフに付きっきりよ」


 その言葉にアドニスは一瞬表情を曇らせる。それをナナは見逃さなかった。


「何?あんたラルフに嫉妬してるの?ルーさんを取られたとでも思ってるの?」

「ち、ちが——」

「——っは!あんた、ルーさんが竜血樹を取りに行くためにちょっと一緒になっただけなのにもう仲間になったつもりでいるの?とんだ勘違い野郎ね」


 ナナはアドニスの一瞬の変化を見て、ルーへ好意を寄せているのではないかと感じた。これは開拓者としての経験ではなく、女の勘である。ナナはその女の勘に従い、弱ったアドニスに畳みかけるようにきつい言葉を発したのだった。


「何で、何でルーはラルフ君のような子と一緒にいるんだ」

「は?」

「ルーのしている事は勿体ないって思わないか?」

「ルーさんが誰といようと、ルーさんの勝手でしょ?………あんたもしかしてルーさんは自分と居る方が正しいなんて思っているんじゃないでしょうね?」


 アドニスは一瞬うろたえるが、


「そうさ、ルーは僕と一緒に居る方がいい。ルーと僕が一緒に居れば遥かな高みに登って行ける」


 それを聞いたナナは呆れる。


「ルーは僕と一緒にいる方がいい?あんたそれをルーさんが一度でも口にした?」

「………えっ?」

「竜血樹を取りに行った時だってルーさんがあんたに協力を頼んだ?違うでしょ?あんたはこの国の偉い人たちがお願いして同行する事を許してもらった。そうでしょ?」


 アドニスは記録が甦る。ナルスニア騎士団のキルギス団長は当初、自らの騎士団を旅に同行させようとしていた。しかし、冥王がそれを拒否したために自身が同行することになった。すっかりその記憶が抜け落ちていた。ルーとの旅があまりにも自身の人生で濃かった時間があったために。

 いつもは頼られ守る立場であったアドニス。しかし、あの時だけは守られ、そしていろんな事を学んだ。自身が抱える胸の内を吐露し、ルーはそれを解決してくれた。アドニスにとってルーは手を引いてくれる心の支えのような存在になっていたのだ。

 そんな時にラルフがゴブリンに怯える姿を目にした。何でこんな奴と一緒にいるのだと。自身が一緒に居ればルーはもっと有意義な時間を過ごし、開拓者として登り詰める事が出来ると。その感情はルー本人に赤の他人と言われた今も持ち続けている。


「あんた、みんなに英雄視されて知らずの内に気が大きくなっているのよ。自分は特別な人間だって」

「そんな事は…」

「ルーさんもあんたの事はすごいって言ってた。それは確かよ………でもルーさんにとってあんたは特別な人間なんかじゃない」

「————!」


 ナナの言う通りであった。竜血樹を取りに行く時も、ルーに一緒に付いて来て欲しいとは言われてない。そればかりかアドニスがルーに頼られた事はないのだ。


「この際はっきり言っておいた方がいいわね。ルーさんは超越者クラスの人間よ。超越者クラスの人たちは特別な人間どころの話じゃない。彼らは次元の違う存在なの。そんな人たちからしたらあんたも私もさほど変わらない、有象無象なの。それを理解しなさい。そうすれば自分と居れば有意義な時間が過ごせるなんて言葉出てこないはずよ」

「僕は…」

「それにラルフを安く見ているようだけど、そんな事はないわ。あんたこそラルフの魅力が分かっていない。ルーさんはラルフの魅力が分かっているからこそ一緒にいるのよ」


 この時もうアドニスにナナの言葉は届いていなかった。心を折られたアドニスは放心状態となり、その場に立ち尽くしていた。

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