第117話 客人

「ただいま戻りました」


 ルーは元気が無さそうに戻って来た。ラルフはその様子を見て察する。


「金は…無理そうだったみたいだな」

「はい。ごめんなさいラルフ」

「いや、急だったからしょうがないよ。でもルーの強さなら魔物を平気で狩れると思ったんだけどな」

「それが…」


 ルーはすぐに魔界へと向かった。向かいながら金の稼ぎ方を考える。

 ラルフのように回復草を採取してはどうか?だがこれはすぐに却下した。ルーは薬草の採取をした事がなくラルフのように回復草の良し悪しを判断できない。

 アッザムの所へ行って一緒に魔石を採掘してもいいが、運ぶ事が出来ない。

 そもそもこれらの2つの手段では必要とされる額を集める事は出来ない。

 明日までに必要とされる額はおよそ2000J。絶望的な額でもないが、かと言って簡単に集まる金額でもない。

 ラルフ、ルー、ナナ。この3人は全く家事が出来なかった。ラルフは貧乏過ぎてまず家が無かった。ルーはお嬢様育ちで周りの人間が全て用意した。そしてナナはというとそのような事をする性格では無かった。また開拓者として外で活動する事が多いため、自然と家事はして来なかった。

 そのため食事だけでなくあらゆる家事をサービスに頼らざる得なく、出費はかさんで行ったのだ。以上の事からルーは明日までに2000Jをかき集めなければならない。

 やはり手っ取り早いのは魔物を狩る事だ。ルーはそれしかないと思い立った。

 魔界に降り立ったルーは辺りを見渡し、魔物を探す。少したまたま離れた場所にゴブリンを見つける。しかし、ルーはそのゴブリンに見向きもせず他の魔物を探していた。

 なぜルーはゴブリンを無視したのか?理由は簡単だ。1Jにもならないからである。

 魔物は素材になる。これは事実である。現にドラゴンは頭から足の爪の先、さらにはヒゲさえも貴重な素材になるほどである。

 だが反対に素材にならない魔物も存在するのだ。それの典型的な例がゴブリンだ。

 ゴブリンは魔界に広く生息する魔物であるが、素材として使える事はほぼ皆無である。そのためギルドでは討伐依頼により報酬を出す事はあっても素材としての買取りは一切行っていないのだ。

 ルーは今まで金に困った事はない。というより、金が絡んだ生活をして来なかった。必要な物がある時は声を掛ければその品物が用意される。もっと言えば頼んでもいないのに勝手に用意されている事がほとんどだ。

 そのため今回のように金に圧迫される事は初めてであり、非常に焦っていた。

 現在ルーのいる場所はゲート周辺。強い魔物は存在せず、弱い魔物しか存在しない。言い換えれば簡単に狩る事の出来る魔物ばかり。

 素材として使える魔物は存在するが、弱い魔物のために買取り金額も小さい。それでは今日中に2000J稼ぐ事は出来ない。


(早くしないと、早くしないと)


 ルーは冷静に努めるが、気持ちは焦るばかり。そしてその焦りは本人の気づかぬうちに殺気となって周囲に漏れる。それが原因となってルー周辺には魔物が近づかないようになってしまった。

 試しに冥王と入った西の森へと足を運ぶ。だが結果は同じ。この辺りでも魔物はそれほど強い魔物ではない。ルーの殺気に追いやられて自然と逃げてしまう。


(アドニスの言っていた、ハンティングウルフのいる狩りの谷に行ってみては?…でも、たどり着くまでに時間が掛かってしまいますか)


 結局ルーは少し遠い場所で素材になりそうな魔物を見つけて数匹狩りを行った程度で夕方を迎えてしまった。

 ルーが手にしたのは角の生えたウサギに硬い甲羅を持つ亀を2匹狩った。ルーはそれらを抱えて持ち帰り、ギルドで買取りを行ってもらう。たまたまルーの狩った魔物は稀に出るレア素材に当たり、報酬が上乗せされたが、それでも300J程度であった。


「それで…足りないのは後1700Jか」

「はい、明日のお家賃の支払いが…たしか前はお昼前あたりに徴収に来られていました…ラルフ、私もう一度魔界に行ってきます。そしてなんとかして1700J集めます!」


 するとラルフは首を横に振る。


「いや、いいよ。ルーが頑張ったとしても1700Jは集まらないかもしれないし。ここはナナに頭を下げて貸してもらおう。多分貸してくれるさ。ここは甘えよう。ルー、ナナをここに呼んで来てもらえるか?」

「ラルフ、それなら私が——」

「こういうのはしっかりとお願いしたいしさ、2人でお願いしよう」

「…分かりました」


 ナナに金を借りる。そのような方針に決まった時、来客が現れた。


「お邪魔するわよ~」

「「ナナ!」さん!」


 渦中の相手が自ら現れた事に驚く2人。だがナナは1人ではなく、


「お客さんよ」

「しばらくぶりだなラルフ殿、ルー殿」


 現れたのはなんと冥王であった。横には宰相のウルベニスタが付いていた。


「冥王なんでここに?」

「子育ての邪魔だと追い出された」

「「————!」」


 ラルフとルーは顔を見合わす。


「という事は生まれたんですか!?」


 ルーは興奮気味に冥王に尋ねる。


「あぁ、おかげさまでな。無事に生まれた」

「おめでとうございます!」


 ルーは感情を隠さずとても喜び、ラルフはその横で微笑むように笑った。


「生まれたのはいいが、我が子は母親の妻にべったりでな。そして妻も私の相手をちっともしてくれん。邪魔な私はまたこちらにお邪魔する事にした。礼も兼ねてな」

「ははは。こういう時は人間もドラゴンも変わらんようだな。私も自分を思い出すよ」


 ウルベニスタは自身の子供が生まれた時の事を思い出しながら語る。


「…それで、ラルフ殿。脚の具合はどうだ?竜血樹の投与を始めたと聞いたが」

「あぁ、少しずつ様子を見ながらって感じかな。俺には分からないけど、こういうのは薬にも毒にもなるらしい」

 

 ここでナナが口を挟む。


「ふ~ん、まだそんな感じなんだ。って事はまだまだ治療はかかるわけ?」


 ラルフはちょうどいいと思い、ナナに金を打診することにした。


「あぁ。まだしばらくはな…ナナ、別件で悪いんだがちょうどお前がいるわけからちょっとお願いがあるんだが」

「ん?お願い?」

「…ちょっとこっちに来てくれないか」

「何よ、言いにくい事なの?」


 ナナはラルフの元へ近づく。そしてラルフはナナに小声で話し始めた。


「これだけ人がいる前で申し訳ないんだが…金を貸してくれないか?家賃の支払いが明日なんだけど1700Jほど足らないんだ」

「なんだ、家賃の事」

「お、おい」


 ナナは冥王やウルベニスタにも分かるような普通の声で話し始める。


「そんな事気にしなくていいわよ。一緒に住んでるわけだし。今月は私が払うから気にしなくていいわ」

「お前は俺の介護してくれるからしょうがなく一緒に住んでいるんだから、お前が払うのはおかしいだろ」

「あんたってそういう所はくそ真面目ね。面倒くさいと思うくらいだわ。私がいいって言っているからいいの!」


 ナナはこれ以上この話をするつもりはないと言わんばかりの言い方だった。


「…分かった。ごめん、ありがとう」


 ラルフは大人しく引き下がる事にした。そして横に居たルーも「ありがとうございます」と答える。だが2人は各々に絶対にナナへ金を返そうと思っていた。


「ラルフ、金の事だけじゃなく何か困った事があれば私に声を掛けるといい」


 ラルフはウルベニスタの発言に意外な顔をする。


「ウルベニスタさんに?それはちょっと変だろ」

「その顔を見ると分かっていないかもしれんが、私たちはお前に借りがいくつもある。頼って来ても無碍にはしないぞ」


 するとラルフは首を横に振り出した。


「ウルベニスタさん、俺はあんたを個人的には信用したいと思ってる。でも悪いがあんたらはその前に貴族の偉い様だ。俺は貴族が大嫌いなんだ。悪いな」

「…そうか。でも困った事があったら何でも言ってくれ」


 今のやり取りを引いた顔をしながらナナはルーに小声で話しかける。


「ねぇ、ちょっと。あの人はこの国の宰相。ナンバー2よ。その人になんであんなでかい態度が取れるのよ」

「それはラルフというか、常識がないと言いますか」


 ナナは呆れたように「そうね」と答えようとした時に、病室の扉を開ける音がした。その場に居た者たちは扉の方へと目を向ける。


「ラルフー!時間よ。調子は…ウ、ウ、ウ、ウルベニスタ様!ど、どうしてこちらへ?」


 日々城の中で活動するモニカはウルベニスタの顔を何度も見かけたことがある。だがこのように面と向かって対面するのは初めてである。それほどのウルベニスタは大物である。そんなモニカを見てナナはルーに


「あれが普通の反応よね」


 と呟いた。


「…君は研究所の子か?」

「は、はい!私が今回ラルフの担当になっております」


 モニカは恐縮しきったように直立不動で答えた。


「そうか。よろしく頼む」

「はい!」


 モニカは空気の塊を一緒に吐き出すように返事をした。続いてウルベニスタの横に居る長身の男、冥王の方へと顔を向ける。モニカは冥王を見るのは初めてである。だがきっと自分が忘れてしまっているのだろうと一生懸命目の前の貴族であろう男の名前を思い出そうとする。しかしやはり思い出せない。


「あの、私研究以外の事をほとんど知らなくて…あなた様の事はあまり見かけた事がないのですが、お名前を教えていただけないでしょうか?」

「モニカ、この人は貴族じゃない。というか人じゃない。ドラゴンの冥王だ。ほら、頭を良く見てみろ。角があるだろ?」

「えっ?」


 モニカはメガネを掛け直すようにして目を細めて長身の男の頭を見る。すると、髪の毛から2本ほど黒い角が生えているではないか。


「あっ、あっ、あっ………あなたがあの…冥王様…」


 モニカは言葉を失ってしまって固まってしまう。


「おい、モニカ、モニカ」


 ラルフの声で我に返るモニカ。


「1時間ごとの経過観察をしに来たんだろ?とりあえず、俺の調子は変わらない。変化なしだ」

「わ、分かった。変化なしね。それじゃあまた1時間後…」


 本来ならモニカは忙しいのですぐに病室を出て行くのだが、あまりの顔ぶれにそのまま立ち尽くしたままで主に冥王をずっと見たまま立ち尽くしていた。

 冥王はそんなモニカに気にせず近くにあった椅子を手に取りそれに腰を落とす。ルーは慌てて椅子を探し、それをウルベニスタの方まで持って行き、座るように促す。ウルベニスタは少し困惑しながらもその椅子へと腰かけた。

 この時ウルベニスタが困惑した理由、それはルーがアルフォニアの王女シンシアであると気付いているためだ。王女に椅子を差し出させてしまった事に内心申し訳ないと思っていたが、それを表に出す事も出来ずやむを得ず腰かけた。


「それで、冥王。お前はどうするんだ?」

「どうも何もしばらくこっちで厄介になるつもりだ。それで竜血樹の治療はいつまで続くのだ?」

「まだしばらくはかかりそうだな。今は樹液を原液のまま脚に塗っているところだ。そして次はいよいよ体内に入れていく事になる」

「随分ゆっくりだな。でもこれが人間のやり方なら仕方ない」

「それでちょっと聞きたかったんだけど、この竜血樹って名前、お前たちドラゴンの間で呼ばれる名称なのか?」

「あぁ。傷を癒すために我々は昔から飲んでいてな。この樹液は赤いであろう?その樹液を血と見立てて、竜血樹と呼ぶようになった」

「ふ~ん…で、実際どうなんだ?竜血樹はお前たちには効果てきめんなのか?」

「それはもう。簡単な傷ならこれを飲めば次の日には治るくらいだ」


 ラルフはそれを聞いて「そんなにか」と驚く。そして何かを考えるかのように首をかしげ腕を組む。

 それを見ていたルーは察した。これからラルフは普通の人間では決して口に出さないような事をこれから発すると。そんなラルフは1人頷いた後、口を開く。


「よし、冥王。お前の血を俺にくれ。俺はお前の血を飲む」

「ほぅ」


 冥王はまた面白い事を言い出したと笑みをこぼす。だが人間たちの反応は違う。


「何を言っているの!」


 声を荒げたのはモニカだった。先ほどまでボーっと突っ立ているだけであったが、ラルフが馬鹿げたことを発言したおかげで我に返った。


「ドラゴンにとって竜血樹の樹液はものすごく効くんだろ?だったら俺も竜血樹と一緒にドラゴンの血を中に取り入れたら効くんじゃないかって思ってな」


 ラルフは単純に思いついたことを口にした。それで脚が治るのならばと。そこに自身の身を案じる危険性への考慮は一切入っていない。

 モニカはルーの方へと向く。


「ルーさん、竜血樹を取りに行った時、魔物たちは樹液を舐めていたんだよね?」

「…はい、そうですね。傷口に塗り込むような行動は取っていませんでした」

「まぁ単に頭が働かなかったかもしれないけど、でもやっぱり竜血樹は体内に取り入れる事で力を発揮すると思うの。だからこれからが本番だと思っていい。ラルフ、まだこれから樹液を飲む実験が残っているのにドラゴンの血も飲むなんて私はそんなの許さないわよ」

「分かってる、分かってるよ。でも1つの選択として一緒に飲む事もありかなって思っただけだ。効果が倍増するんじゃないかってな。素人の考えだよ。そんなに怒るなよ」


 ラルフは必死になって弁明する。それを聞いてモニカは少し落ち着きを取り戻しラルフに愚痴を言い出す。


「こっちは寝る間を惜しんで必死になってポーションと竜血樹の樹液を掛け合わせた新薬を用意してるっていうのに」

「ほんとか?樹液を薄めて飲むって作業じゃないのか?」

「それも考えたけどちょっと効率が悪いかなって。私たちには先人が築き上げたポーションという傷を癒す薬があるの。それを使わない手はないじゃない」

「そうか、ならここからは早そうだな…なぁ、でもドラゴンの血ってお前たちは興味あるんじゃないか?研究材料として欲しくないのか?」

「死ぬほど欲しいわよ!」

「よ、よし…分かった——おい、冥王お前の血をやっぱりくれ」

「はははは、分かった。好きに使ってくれ」


 ここでラルフはハッとした顔をする。何かを思いついたようで、


「冥王、ついでにお前のうろこや爪をちょっとばかしくれないか?素材として売れば金になる。ナナに金を借りなくていいかもしれない——ナナ、ドラゴンの素材は高く売れるんだろ?」


 それを聞いたナナは急な発言に驚いていた。そして呆れかえったように返事をする。


「高いどころの話じゃないわよ。めっちゃくちゃのめちゃくちゃに高いわよ。それにドラゴンといっても冥王よ。そんな大それたことを簡単に口にするあんたの気がしれないわ。それより、冥王さんの素材ってそもそも値がつくのかしら?」

「値がつかないほど高いのなら出来る限り高い値段で買取ってもらおう——という事だ、冥王。悪いけどお前の体から少し素材を分けてもうぞ」


 冥王は微笑みながら頷いた。


「冥王殿。そなたの素材、私たちにも少し分けてもらえないか?」


 ウルベニスタが咄嗟に声を上げる。


「ん?そなたたちもか?悪いが私も自分の身を守らなければならないためにそんなに分け与える事はできないぞ」

「分かっている、少しでいい、ほんの少しでいいのだ」

「………ラルフ殿と違ってお前たちにはそれ相応の対価を要求する事になるぞ?」

「ああ…ちなみに要求とはなんだ?」

「良質な食事、そして良質な睡眠が取れるベッドを所望する」

「…承った」


 ウルベニスタは無理難題ではなく安堵の表情を漏らす。そしてラルフの方へと向き直り、


「ラルフ、また借りを作ってしまったな」


 ウルベニスタはこのような機会を与えたくれたラルフにまた感謝をした。だが当の本人はなぜ感謝されたが理解出来ておらず、困惑していた。


「では私はギルド長へ連絡を入れよう。それと素材が取れる場所を準備しておく」


 ウルベニスタは足早に病室を出て行き、


「私も所長たちに報告して血を採取する準備をしてくる」


 とモニカも慌てて飛び出して行った。


「よし、金はなんとかなりそうだな」


 ラルフは悩みが消えたようなスッキリした顔をする。


「だから今月分は私が払うって言っているでしょ」

「いや、いいよ。金に目途が立ったんだから」

「強情ね本当に………ん?ルーさん、どうしたの?そんな考え込んで」


 ルーはラルフが素材の話をし始めてから急に考え込んでいた。ナナに振られてその考えを口に出す。


「あの…冥王さん、私もあなたから素材を分けてもらってもいいでしょうか?」

「あぁ、そなたなら別に構わんぞ」

「めずらしいな、ルーが素材を欲しがるなんて。でもルーの装備ってとてもいい奴なんだろ?確かミスリルっていう素材だって」

「えぇそうです。私も今のミスリルに不満は何もありません」

「だったらどうしてだ?」

「新しい武器が欲しいのです、冥王さん。あなたの中で一番硬い素材を下さい」

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