第118話 超一流の素材
バチバチと音を立てる焚火。
ハンティングウルフとの戦闘を終えたその日の夜。冥王とアドニスが眠る傍ら、ルーは1人焚火を見ながら今日の戦闘を思い出しながらある事を考えていた。
(今日の戦闘、アドニスではなくラルフであったらこのような楽な戦闘では無かったでしょう。私はラルフを守りながら戦わなければなりませんでした)
ラルフは動きに長けている。それは認める。だが他はからっきしだ。本人も魔物と戦った事がないと言っていた。
ハンティングウルフは群れとして行動をしていた。数匹程度であればラルフに離れてもらえばよいが、今日のような何十匹を相手にするとなると何があっても対処出来るように自分の横に居てもらわなければならない。
ルーは自身がずっと愛用してきたミスリルの剣を手に取る。
(これでは攻撃出来る範囲が心許ない感じがします。もう少し攻撃の間合いを広めたい)
「…ルー?」
「えっ?ごめんなさい」
「今のその装備じゃダメなのか?その剣、お前ずっと使って来たんだろ?」
「それはそうなのですが………」
ルーは口ごもる。
「どうした?なんか言いにくそうだが」
「…その………ラルフを守りながら戦う事を考慮すると、もう少し間合いを広めたいと言いますか」
俺の事か…ラルフは自分のためにルーは悩んでいた事を知り、急に申し訳ないという顔をする。
「俺のためか…そうか、そうだよな。なら何も言えないな」
「ご、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。俺は臆病でずっと戦闘は避けて来たから。たとえ脚が治ったとしても自分が戦えるようになるまで時間が掛かる。ルー、お前の思った通りにしてくれ」
ラルフはもう何も言うまいと心に決めた。
「ルーさんは具体的に次の武器のイメージはあるの?」
ナナがルーに訊く。
「確かに誰かを守りながら戦うってものすごく大変よね。行動が制限されるから。それも…戦闘力がゼロに等しい人間になると」
「悪かったな」
ラルフは突っ込みを入れるが、ナナとルーは全くその言葉に反応しない。
「私としては槍を使ってみようかと考えています」
「槍ねぇ。確かに攻撃範囲は剣よりずっと伸びるし、魔物の攻撃も柄で受け止められるし…でも使った事はあるの?」
「はい、私は一通りの武器は触って来ましたから」
「簡単に言うわね」
オールラウンダーである事を平然と言ってのけるルー。ここでも自身とルーの力の差を感じてしまうナナであった。
「それで冥王さん。あなたの最も硬い素材となると」
「私もどの部分が一番硬いのかよく分からんが、やはり角だろうか。でも角は私にとって変えの効かない重要な部分だから避けたい。となると、牙がいいのではないだろうか?
「牙ですか…」
ルーはそれを聞いて渋った顔をする。人間だと乳歯から大人の歯へ生え変われば、それから歯は生えて来ることはない。
「心配するな。私たちは何度も歯が生えて来る」
「ありがとうございます!」
それを聞いたルーは安心した顔をした。
少しした後、ウルベニスタとモニカが戻って来る。
「待たせたな。中庭で素材の採取をさせてもらう。もう夜だ。あまり人の出入りはない。冥王殿が城の中で本来の姿に戻ったとしても問題はあるまい」
一方モニカはラルフへの体調を伺う。
「どう?体に変化はない?」
「あぁ、変わったところはない。これは予定通り明日まで様子見なのか?」
「いえ、ここまで変化がないから所長も切り上げていいんじゃないかって。明日からいよいよ樹液とポーションを混ぜた新薬を投入するから今日は久しぶりにゆっくり休んで」
「悪いな。お前は休めないのに」
「気にする事ないわよ。これが私のすべき事なんだから。じゃあまた明日ね」
ラルフを病室に残し、ルーたちは中庭へと移動する。
中庭へは極力人を通さないよう通路には騎士たちが配置されている。
冥王は人間の姿から本来のブラックドラゴンへの姿へと戻る。その場に居合わせた者たちは冥王の本来の姿を見て、すぐにでも立ち去りたいと思うほどの恐怖感を覚える。また冥王の姿を見た事がある者たちもやはり恐怖を感じ得ずにはいられなかった。
「それで私はどれほど鱗をとればよい?」
冥王はルーへと確認する。それを聞いてルーはランバットへ尋ねる。
「ギルド長、冥王さんの鱗はどれほどの値段を付けていただけるのでしょうか?」
「悪いが今は値が付けられん。それほど貴重な素材なのだ。値は相談して決める事になる」
その言葉を聞いたルーは焦る。家賃の支払いは明日の昼。このままでは間に合わない。
「明日に昼までにどうしても1700J必要なのですが」
「1700Jは超える事は明らかだ…しかしだな、そんな簡単に決められんぞ」
ランバットは失笑気味に答える。ルーは困った反応をしようとするが、冥王に急かされる。
「ルー殿、どうするのだ?」
「あっ、ごめんなさい。冥王さん、私は一枚で十分です。後はウルベニスタ様へご確認下さい」
「そうか。とりあえず一枚」
冥王は自身の取りやすい場所から一枚鱗を剥がす。重量感のある音と共に鱗は地面へと落ちる。人間の顔ほどある黒光りする鱗を見てルーはかつて冥王と一戦交えた記憶がよみがえる。
(この硬い鱗に阻まれ、私の剣は通らなかった)
素材としては超一流品である事が見て取れる。ランバットが簡単に値を決められないと言うのも納得が出来る。
その横ではウルベニスタは2人の男を引き連れていた。男たちはその鱗を触るなり、難しい表情をする。
「これほどの素材…ウルベニスタ様。申し訳ないんですが、加工が出来るか分かりません」
「それほどか」
ウルベニスタが引き連れていた男たちは鍛冶師である。どちらも名の知れた鍛冶師だ。
超一流の素材である冥王の鱗は加工するのにも超一流の腕を求められる。名の知れた鍛冶師であっても難しいと言わざるを得なかった。
ウルベニスタは少し考えるようにして、
「ランバット君、この素材君はルー君から買い取ってどうするつもりだ?」
「本来普通の素材ならば私たちが繋がっている店に卸す事になるでしょう。しかしこのレベルの素材となると、おいそれと店に卸す事は出来ません。それに店としても扱いに困るでしょうから。となると私たちは国へお渡しするしか手立てはございません」
どんどん雲行きが怪しくなる。ルーはギルドから報酬はもらえない事を悟る。
「ルー君、君がランバット君へ売る素材は私たちが直接買い取ろう。それで構わないか?」
ウルベニスタはルーが金をもらいたいだけと思っていたため、すぐに同意すると思っていた。しかし、少し考えるような素振りをして、
「いえ、私の知り合いの鍛冶師に直接持っていきます」
「ちょっと待て。君も我々の会話は聞いていただろう?この素材を取り扱う事が出来る者はそうそう見当たらないぞ」
「分かっています。ですが、私の知っているその方なら大丈夫な気がするのです」
この時、ルーが想像していた鍛冶師はズーの事である。今、ルーが着こんでいる漆黒のミスリルの鎧はズーによるものだ。既存の鎧をアレンジしたものであるが、ルーの要望をしっかりと聞き入れてくれた。ズーなら対応してくれる気がしたのだ。
だがそれをウルベニスタは簡単に聞き入れられない。
「ルー君、我々としてはこんな代物、市場に出回る事は避けたいのだ。回り回って悪党の手に渡るのは避けたいのだ」
先日の超越者の襲撃の件。未だ正体不明であるが、牙を向ける敵が存在するのは確かな事である。ウルベニスタは警戒心を高く持っている。
「ズドン!」
何かが音を立てて落ちると共に、会話が強制的に切られた。そしてそれを見たルー以外の者たちは目を丸くした。
「ルー殿、牙はこれを使うとよい」
冥王はルーのために一番大きな牙を抜いた。長さ50センチほどの大きな牙だ。これほどの大きさであれば槍の穂として十分に機能する。
「ありがとうございます。冥王さん」
「おやすいごようだ」
ルーは鱗と牙を先程城の者に頼んで用意してもらった白い布にくるもうとする。
「牙?ルー君、これは一体どう言う事だ?」
素材をくるみ終えたルーはウルベニスタへと声を掛ける。
「ウルベニスタ様。牙は私の武器として使用します。武器を新調したいと思っていましたから。売りませんのでご安心下さい」
「いや、先程も言ったが」
「大丈夫です、私の知っているその人はきっとこの素材を加工してくれるはずです。それに私のお店は非合法のお店ですから。だから簡単に出回る事はないと…あ、非合法の方が出回りやすいのでしょうか?でもあの人に限ってそんな簡単に素材を手放す事はないと思いますよ。ではこれで失礼します」
そう言って、ルーはその場から立ち去ってしまう。
ウルベニスタは渋った顔をしていると、いつの間にか1人の男がウルベニスタの近くに居た。
「…あの娘の後を追いますか?」
男は低く小さな声でウルベニスタに話しかけた。周囲の者たちはそれまで全く存在に気付かなかったために驚いていた。この者たちはゾルダンとカルゴと同じ暗部の者たちである。
「無駄だ。彼女の実力はお前たちとは次元が違う。撒かれるか、倒されるかのどちらかだ。彼女の言葉を信じるしかあるまい」
「分かりました」
そう言うと男はまた姿をくらましてしまった。
「おい、お前たちにやれるのは鱗だけだがどうする?3枚ほどでいいか?」
ウルベニスタは冥王に声を掛けられる。ウルベニスタは鍛冶師たちの顔を見ると、「十分だ」と言うように頷いていたためそれを冥王に伝える。
「あぁ。十分だ。感謝する」
冥王は言われた通り、自身から3枚の鱗を引きはがした。
「それで、次は血を与えればいいか?」
研究所の者たちが慌てるが、恐る恐る冥王に近づいていた。
それを他所に名のある鍛冶師たちは冥王の落とした鱗を丁重に拾い上げ、感触を確かめるように触って話しかけた。
「ウルベニスタ様。大丈夫です。何度も言いますが、これほどの素材を扱える者はいませんから。武器になる事はありませんよ。それに有名な鍛冶師なら私たちと繋がっているからどことなく情報が入って来ます」
「そうか、ならいいのだが」
「こいつの言う通りです。闇市を開くような鍛冶師がこんな代物扱えるわけねぇ。あぁ…でも」
「ん?どうしたんだよ」
「いやぁ、昔、俺たちの見習い時代にすごい人がいたろ?あの人だったらなぁって。工房辞めなかったら今頃すごい人になっていただろうに」
「あぁ、いたな。でもあの人ある日ふらっと居なくなっちまったじゃねぇか。そんな居なくなった人の事まで考えていたらきりがねぇよ」
「それもそうだな。でもあの人にもっと教えてもらいたかったなぁ。元気でいるかな?…ズーさん」
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