第113話 運命の相手
「ルー…」
声を発したのはアドニスである。連日の聞き取り調査はすでに終えている。だがアドニスは城へと訪れていた。ここに来ればルーに会えると思ったからだ。
案の定、ルーは現れた。ラルフの脚の治療のために。
ルーは医師にラルフをお願いする。「すぐにそちらに行きます」と伝えて。ラルフはそれを聞いて「俺に気にする事ないからゆっくり話してこい」と返事をした。
「アドニス、少しお話をよろしいですか?」
「…あぁ」
アドニスは答えにくそうに返事をしてルーの後へと付いて行く。
2人は中庭が見える廊下まで移動した。時々人は行き交うが、別に秘密の話をするわけでもないので聞かれても構わない。
ルーはまずアドニスへと頭を下げた。
「昨日は感情が先走ってしまい、心にもない事を言ってしまいました。反省しています。本当にごめんなさい」
アドニスは少し困惑するが、すぐにルーに頭を上げさせようとする。しかし尚もルーは謝罪する。
「赤の他人などと酷い事を言ってしまった事、後悔しています。ごめんなさい。私はアドニスの事を他人だと思っていませんから」
アドニスにとって昨日のルーの言葉はとても辛いものであった。言葉は槍となって心に深く突き刺さり、一晩中彼を苦しめた。
ルーの謝罪で心は幾ばくか軽くなったがまだその槍は抜けていない。
「私はどうもラルフの事になると頭に血がのぼってしまって…制御が効かなくなるみたいなんです」
その言葉を聞いたアドニスは悲しげな表情をする。だがルーは気が付いていない。なぜならルーは首をかしげ、やってしまったという表情をしながら別のところを見ていたからだ。
「ルー…」
アドニスは静かに口を開く。ルーはアドニスを見て、覇気がない事に気付く。やはり昨日の事にショックを受けているのだと。ルーは再び謝ろうとするが、
「ルー謝罪はもういいんだ。それはもう受け取ったから…それに、僕が欲しいのは君からの謝罪じゃない」
ルーは下げようとした頭を止め、アドニスの顔を見つめる。
「もう一度聞きたいんだ。ルー、僕の仲間になってくれないかい?僕たちには…いや僕には君が必要なんだ。これからの開拓者としての活動をするにあたって僕には君が必要なんだ。だからお願いだ、僕の仲間になってくれ」
それを聞いたルーは姿勢を正す。今度は感情的にならずに落ち着いて。
「アドニス、申し訳ありません。私はあなたの仲間になる事は出来ません」
頭を下げ、はっきりと断る。
「どうして…どうしてだい?ルーは僕と一緒なら君はのびのびと活動出来る。だって竜血樹を取りに行った時、あんなに君はイキイキしていたじゃないか」
アドニスは胸に詰まった感情を吐き出すように言葉を話す。どうして分かってくれないんだと。
「えぇ、確かに。アドニス、あなたとの旅はとても有意義でした。あなたの成長が目覚ましく、見ている私までもワクワクしました——」
「——だったら!」
「ですが、私はアドニスの仲間にはなれません。なぜなら私はラルフと共に歩むからです」
「なぜ彼と一緒にいるんだい?彼が弱いから君が守らなきゃいけないからかい?ルーは一生彼のおもりをしていくつもりなのかい?」
ルーは首を横に振る。今日は感情的にならず冷静である。
「いいえ、違います。ラルフはとても強い人間です。寧ろ弱いのは私の方です」
「何を言って…」
アドニスはルーの言っている事がよく理解出来ない。冥王と戦闘を繰りひろげ、人間離れした動きをする卓越した実力を持っている自分自身を弱いと言い、反対にゴブリンのような魔物に怯えるラルフを強いという。
「強さっていろいろとあると思うんです。戦闘に強いのももちろん強さだと思います。その点に関しては今のラルフはからっきしです。最弱もいいところです。ですが、ラルフは心が強いんです」
「心?」
「えぇ、他の人間なら絶対に諦めてしまうような状況、安きに流されそうな場面でもラルフはそうなりません。彼には絶対に折れない信念があるのです。それがラルフの強さです」
「ルーはそれに惹かれたと?」
「…えぇ、そうだと思います」
「そんなに2人は長い付き合いなのかい?」
尚も食い下がるアドニス。
「いえ…正直言いますと、ラルフの仲間になってまだ日が浅いです」
アドニスは正直そうだろうなと思った。なぜならラルフは初心者装備を身に纏っているのだから。雰囲気からもラルフが開拓者に成りたての人間だと分かる。開拓者としての2人の活動期間は短いはずである。
「じゃあ仲間になるまでが長い?」
「いえ、そういうわけでも…私がラルフを知ったのは今から1年前ほどで。もちろんその時は仲間ではありませんから。私はラルフの事を時々見かけるくらいでした」
アドニスは解せない表情をする。時々顔を見かける程度なのに、どうしてラルフにそこまで惹かれるのか?どうして信念があると分かるのか? 遠くから見つめるだけの存在にも関わらずなぜ惹かれる存在なのか。
ルーはそんなアドニスの解せない表情を読み取る。
「…何と…何と言いましょうか」
ルーはここで言葉を考えあぐねる。ラルフとの出会い、過去をここで口にするわけにはいかない。どう答えようかと迷っている時、アドニスが先に口を開く。
「じゃあ、もしルーがラルフ君と出会っていなければ、ルーは僕の仲間になっていてくれていたかい?」
「————!」
ルーは少し驚いていた。自身も昨日考えていたが、アドニスもそんな事を考えていただなんて。
昨晩のルーはラルフと出会っていなければ、喜んでアドニスの仲間になると思っていた…だが今は違う。昨日ラルフと話してルーは考えを改めた。
「その質問にはお答え出来かねます」
「どうしてだい?」
「だって今の私はもうラルフと出会ったのですから。それにラルフと出会っていない私は今の私とは違います。それは別の人間です。だから答える事は出来ません」
(ラルフ君はそれほど…それほどの影響をルーに与えたという事なのか?)
心に突き刺さった槍は再び奥へと奥へと入って行く。
アドニスはそれでもルーから自分好みの言葉を引き出そうと試みる。
「今ちょっと考えるだけじゃないか。ラルフ君がいなかった自分を想像するだけじゃないか」
「いえ、想像出来ません。なぜならそのラルフと出会っていない私が想像出来ないのです」
ルーは昨日と考え方が違っていた。昨晩はラルフのいない自分を想像したのに。今はそれが出来なかった。
「私がラルフと出会わない人生は存在せず、ラルフと出会う人生しか存在しない。会うべくして会う人物だったと…はっきりと言えます。運命だと」
ラルフが昨晩自分たちの関係を「縁以上のものを感じる」と言っていた。それがルーの頭の中には強く残っていた。そして導き出した言葉、それが「運命」。
ルーは自身が至った結論に満足していた。妙にしっくり来ていた。
一方アドニスは返す言葉が見つからない。ラルフに惹かれたと言っていたルーに対し、自身の魅力はどうだというニュアンスの問いかけをした。ラルフと出会っていなければ僕に惹かれており、仲間になっていたはずだと。だがそれも悉く否定され、挙句の果てに「運命」という言葉までも使い始めた。全ては決まった出来事であり、それに従っているだけだと。もう何も言い返す事が出来ない。
「ルーの意見は分かったよ」
「ごめんなさい、アドニス」
「…僕は謝罪はいらないと言ったはずだよ、ルー」
その場を去ろうとするアドニス。だがもう一度振り返り、ルーに言葉を掛ける。
「だが僕はやはり、君がラルフ君といるのは間違っていると思う」
そう言い残してアドニスは去って行った。ルーはそれを黙って見送る。
(アドニスにはアドニスの意見があるのでしょうが、私は私の意志を曲げるつもりはありません)
申し訳ないという感情は湧くがそこからどうしようと事は考えなかった。
以前の自分なら、他人の顔色を窺うように、アドニスに嫌われたくないがために何か温かい声を掛けたかもしれない。しかし今はそのような気持ちは湧かなかった。しょうがない事なのだと割り切れていた。
ルーはラルフの元へ向かいながら、少しだけ成長したかなと感じていた。
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