第111話 赤の他人
「悪いね、ルー。わざわざ来てもらって」
ゴブリンが現れた次の日の夕暮れ、アドニスはルーを呼び出していた。呼び出したのはギルドの隣にある飲食店。活動を終えた開拓者たちがこぞって集まる場所である。アドニスは店主にお願いし、個室を用意してもらいそこへルーを呼んだ。個室にはアドニスとルーの他にクラファムとレスカも同席している。
今日の魔界での鉱石の採掘は行われなかった。これはラルフに考慮したわけではない。アッザムが別にラルフの組織の一員ではないのだから一々ラルフに気を使う事はない。単に体を休ませるためであった。
そんなラルフは昨日の一件があったが精神的に参る事はなく、意外と平気な顔をしていた。ゴブリンが視界に映ると焦るが、居無くなれば全く問題無いとの事。魔界での活動を嫌になる事は絶対にないという。だがルーはラルフ以上に昨日の出来事を重く捉えており、気が気でなかった。今日は研究所からの呼び出しは断ろうと思ったほどであったが、ラルフに行って来いと言われ、仕方がなく城へと向かった。
研究所での聞き取りが終わった後すぐに帰ろうと思ったが、アドニスに声を掛けられた。もちろん断りを入れたが、今日のアドニスは食い下がらなかった。あまりの真剣さにルーは折れ、しぶしぶこの店に足を運んだのだ。
テーブルには飲み物とつまみ程度の料理が運ばれていた。ルーは料理に手を付ける気は毛頭なく、話を聞いたらすぐに帰る気でいた。またアドニスたちも料理や飲み物には全く手を付けておらず、黙ってルーが着席するのを待っていた。ルーはそれを見て軽い話ではないのだと気持ちを引き締める。
「アドニス、それで話って何ですか?」
その言葉を聞いてアドニスはクラファムとレスカと顔を見合わす。そして互いに頷き合って、口を開いた。
「ルー、単刀直入に言う。僕たちの仲間になってくれ」
「————!」
ルーの大きな瞳はその言葉を聞いてさらに大きく広がる。そのままの目で3人を一瞥してから答えた。
「また昨日と同じ事を言うのですか?私は昨日断ったはずです」
「僕らは昨日のような冗談で言っているんじゃない。今日は本気で言っているんだ」
その言葉にクラファムとレスカも頷く。瞬きを許さないほどの真剣な3人の目がルーへと向けられる。
「3人の気持ちは分かりました。ありがたいお話ですが丁重にお断りさせて頂きます」
「…それは、君がもうラルフ君と仲間だからかい?」
その言葉を放ったアドニスの目は鋭さを増していた。
「えぇ、そうです。私にはラルフという共に歩むと決めた仲間がいます。ですから——」
「——彼とは離れるべきだ」
アドニスはルーに最後まで話させない。話し終えるまで待てなかった。言葉を強く放ち、ルーの言葉を断ち切る。
「アドニス、どういう事です?なぜ私はラルフと離れなければならないのですか?」
「それはルーとラルフ君では釣り合わないからだ」
互いにヒートアップしていく。
「昨日の件を見て僕は確信に変わった。昨日のラルフ君、あれは何だ?たかがゴブリンごときに怯え切ってしまって…情けない。あんな奴がルーの仲間だなんておかしいよ」
その言葉にクラファムとレスカも頷き、続く。
「僕も同意見だ。ルーさんの仲間と聞いてどんな人なんだろうって期待していたのに…蓋を開けてみれば、初心者装備を身に付けた魔物を倒した事がない人だなんて。正直がっかりしたよ」
「ほんとよね。ゴブリンなんて極めて討伐が楽な魔物よ。おかしいわよ、あんなのに怯えるなんて。はっきり言って開拓者の適性があるとは思えないわ」
ルーは3人の言葉を黙って聞いた。反論することなくただ黙って聞いた。しかし、ルーの大きな目だけはじっと3人を見ていた。
「ルー、もう一度言う。ラルフ君とは離れるべきだ」
「…アドニス、おっしゃりたい事はそれだけですか?他の2人ももういいですか?」
3人はルーの全く動じていない毅然とした態度にクラファムとレスカは少し動揺していた。
「それだけじゃない。ラルフ君は以前からおかしいと思った。常識が無さすぎる。ウルベニスタさんのような国政を担う人に対して敬語がない。他の人に対する敬いが全く感じられない。それに彼はアッザムというスラムのボスと関係を持ち、彼の味方をするような発言が見られた。ルー、悪いけどラルフ君ははっきり言って僕らとは違う人種だ。彼は他人を欺き、利用するような人間だ。ルーが一緒に居るような人間じゃない…というか僕は不思議なんだ。どうしてルーはラルフ君のような人間と関係を持っているんだい?…もしかして君もラルフ君に何か弱みを握られているんじゃないのかい?」
アドニスは心配な眼差しをルーへと向ける。だが、その表情もルーの怒りを露わにした表情ですぐに一変し、ついにアドニスも動揺する。
ルーは一度大きく息を吐く。感情のままに言葉を発しないように。自身を落ち着かせてから口を開いた。
「100歩譲って、ゴブリンを見て怯えたラルフを情けないと思うのは仕方がありません。ですが!」
やはりルーは感情を抑えられない。声は次第に大きくなり、言葉には棘が生えて来る。
「ラルフの事を悪く言うのは私が許しません!」
ルーは3人を見渡しながらその言葉を放った。クラファムとレスカはそれに気負いされ勢いを失う。だがルーの事を人一倍強く思っているアドニスは引き下がらなかった。
「ルー、僕は君のためを思って言っているんだ!君はラルフ君と一緒にいるのは良くない。君はもっとするべきことがあるはずだ。あんな奴の傍にして世話をする事が君のする事じゃない。君はもっと輝けるはずだ!」
アドニスは懇願するように話した。どうか目を覚ましてくれ。自分のすべき事、どうすべきかを考え直して欲しいと。しかし、
「私はラルフと共にあります。それが私のすべき事であり、私の願いです。それ以外は何もしたくありません!」
「ルー、僕は——」
「——赤の他人にとやかく言われる筋合いはありません!」
「赤の他人」その言葉がアドニスの胸に深く突き刺さった。アドニスとしてはルーといい関係を築けたつもりでいた。そしてその関係をより深く、そしてかけがえのない存在へと深めていくつもりであった。だがそれは杞憂であった。ルーにとって赤の他人だと。
崩れる表情。悲しみが溢れ出る。とどめの一撃であった。
そんなアドニスを見て、レスカが眉間に皺をよせ、ルーに詰め寄る。
「ちょっとあんた、言い過ぎじゃないの!?アドニスは竜血樹を取って来るためにあんたに協力したのよ。それを赤の他人だなんて。ひどいんじゃない!?」
それを聞いてルーは一度目を瞑る。そのまま一呼吸置く。
「確かに…そうですね。アドニス、あなたは私たちのために協力をして下さったのでした。謝罪します。申し訳ございません」
頭を下げるルー。
「ですがラルフの事を何も知らないあなた方にとやかく言われる筋合いはございません。私はラルフの元を離れるつもりは決してございません。そしてあなた方の仲間になる事も…これも決してございません」
ルーはきっぱりと言い放った。
「話はそれだけですか?」
3人に返事はない。アドニスは俯き、レスカは眉間に皺を寄せてこちらを見ている。クラファムはそんな2人を気配りするように見ている。
「話は終わりですね。では失礼します」
ルーは椅子から立ち上がり、部屋を去ろうとするが、
「1つだけ私からよろしいですかアドニス」
ルーに声を掛けられ顔を上げるアドニス。
「アドニス、あなたと過ごす時間は私にとって、とても有意義な時間でした。感謝しています。ですが私たちはこの短期間で急に仲を深め過ぎたのかもしれません。今後は少し距離を取った方がいいでしょう。それがお互いにとっていい事だと思います。では失礼します」
ルーは一礼し、個室を出て店を後にした。
「何よ、あれ。せっかく私たちが親切で言ってあげているのに。アドニス、気にする事なんてないわよ」
「………」
アドニスは返事をしようと思ったが声を出そうにもその気力さえ残っていなかった。
「とりあえずさ、冷めちゃったけどご飯を食べよう。それからこれからの事を考えようよ」
クラファムの提案にレスカが頷き、2人は食事を始めた。アドニスはスープのスプーンを持ったまま、そのまま時が止まったように動かなかった。
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