第110話 トラウマを植えつけた魔物
3人は寝転んでいた。ルーに完膚なきまでに叩きのめされた。
「強くなったと思ったんだけどなぁ」
アドニスはそう愚痴をもらしながら大の字になって空を見上げる。
「僕、今日ご飯が食べられそうにないよ」
「私も」
腹に攻撃を食らったクラファムとレスカが腹を抑える。クラファムは先程のルーの一撃で吐いてしまった。
「3人共素晴らしいです。連携がしっかり取れていますね」
寝転ぶ3人にルーは立って余裕の表情で答えた。3人は悔しさを滲ませつつも、素直に褒められた事を嬉しく思った。
「それにしてもルーさん、閃光玉を食らったのにどうしてあんなに早く目を回復する事が出来たの?」
腹の痛みが引き、起き上がったレスカは必勝パターンを破られたのが悔しく、ルーへと問いかけた。
「あの時、レスカさんの視線が私から下へと動いたからです。それで何か来るのだろうと思いまして」
「そんな所まで見てるなんて…それにあの動き…ねぇ、ルーさんってどうしてそんなに強いの?」
レスカは思った事を素直に口にした。
「単純さ。ルーは僕らより強い魔物と戦って、そして僕らより訓練をしたって事だよ」
ルーの代わりにアドニスが答えた。
「一体どんな魔物と戦ってきたのよ」
再びレスカは仰向けに転がった。
「…私から1つアドバイスよろしいでしょうか?」
ルーが口を開く。全員が耳を傾ける。
「クラファムさんの後方からの支援は素晴らしいと思います。ただご本人がおっしゃるように2人に比べ戦闘力が落ちると思います。ですから先程私がしたように狙われてはすぐにやられてしまいます」
3人は話を聞きながら、普段は勝ちパターンでほぼ勝負が決まるのだがと思っていた。それにクラファムもある程度なら対処出来る。ルーが強すぎるのだ。だがそれは各々の胸の内に秘め、ルーの話を聞き続ける。
「これは簡単に言える事ではないのですが…今、見た感じでは2人がクラファムさんの事を考えて守りに入るのは、こう勿体ないというか、せっかくの攻撃パターンが潰れてしまうのでそれは残しておきたいと思うんです。ですから後もう1人、もう1人居れば、このパーティのレベルはまた格段に上がるのではないかと…ごめんなさい、簡単に言い過ぎですよね私」
3人はルーに反応を示さず黙って聞いていた。なぜなら常々そう感じていたからだ。もう1人仲間が欲しいと。自分たちに付いて来られる仲間が後もう1人いればこのパーティは揺るがないものになると。
アドニスたちは魔界での探索を終え、反省会を兼ねて食事を良く一緒に取る。彼らは実力があるのでピンチになる事はそうそうないが、それでももう1人いればと思う事が多々あり、それを口にしていた。だが彼らは高レベルの開拓者。高レベルの開拓者などほんの一握りであり、そして開拓者になる者たちは癖のある者たちが多い。簡単に仲間を増やす事が出来ないのだ。
しかしクラファムとレスカにはその千載一遇のチャンスが今やって来ているように感じた。アドニスが連れて来た絶世の美女は他を寄せ付けない強さを持ち、尚且つ一瞬の内に自身らの連携プレーを見抜く力をも持ち合わせている。そして先ほどから見せる彼女の人となりは非常に印象が良く、傲慢さは微塵も感じられない。
「あのさぁ、そのもう1人ってルーさんじゃダメなのかい?」
思い切ってクラファムが声を掛ける。
「私も!私もそう思った!」
2人はルーが仲間になれば何と心強いかと感じていた。レスカとしてはアドニスを取られるかもしれないという一抹の不安はあるが、それを抜きにしてもぜひとも仲間にしたいと思っていた。
「おい、2人共!ルーには開拓者として別に一緒に活動をする仲間が居るって言っただろ」
アドニスが慌てて止める。
「でもアドニス、こんなチャンス滅多にないじゃないか!下手したらもう二度と来ないかもしれない。それはアドニスにも分かっているだろ?」
クラファムの言葉はアドニスにも十分に理解出来た。2人にルーには仲間がいると伝えてあるが、ルーから直接聞いたわけではない。ルーがラルフに見せる表情や声を直接目にしたアドニスとは決定的に違うのだ。
「2人共、勝手な事——」
「——申し訳ありません、私はあなた方の仲間になる事は出来ません」
アドニスが諭そうとした時、ルーがきっぱりとクラファムとレスカの申し出を断る。
「私には仲間が居ます。その者と共にすると決めておりますので」
俯くアドニス。ルーを自分のパーティに入れたいと幾度も願った。だが必死でその気持ちを抑えた。ルーにはすでに仲間がいると。その願いは諦めなければならないと。
自身で必死に抑えていた思いを、今日自分の仲間があっさりと口にした。やはりクラファムとレスカが同じように抱きそれを口にしたのだ。若干の期待はあったがやはりダメだった。分かっていた結果でもやはりショックは大きい。
「じゃあさ、ルーさんの仲間も私たちのパーティに入ってもらうってのはどうなの?」
レスカの思い切った提案に少々驚きながらも
「レスカ、何を言ってるんだ。ルーを困らせるんじゃない」
「ちぇ。でも惜しいなぁ。ルーさんが仲間になれば私たち盤石なパーティになるのに、まぁ無理な話よね。ルーさんがこんなすごい人なんだもん。放っておかないわよね。でもルーさんの仲間の人もきっとものすごく強い人なんだろうなぁ」
「えぇ。私にはない強さを持っている人です」
とルーは微笑んで答えた。そんなルーをアドニスは黙って見つめていた。
「じゃあさ、ルーさんの仲間の人が万が一私たちの仲間になるって言ってくれたら、ルーさんも仲間になってくれる?」
レスカはルーの事はほぼ諦めている。これは軽い気持ちで訊いてみた
「彼がもしそう言うならば私は従うまでですが、ごめんなさい。まずあり得ないかと」
「えっ?本当に?ダメ元で声を掛けてみようよ、ね?アドニス。私たちもルーさんの仲間のいる鉱山の方へと向かいましょうよ」
アドニスはその言葉に返事をせず重い足取りで鉱山の方へと足を運んで行った。
鉱山へと向かう途中、ルーたちは向こうからアッザムの組織の連中が来るのが見えた。その中にはサラたちの子供たちも含まれている。
(今日の作業はもう終わったのですね)
しかしサラたちは後ろを気にしながら少し急いでいる様子だった。
「よぉーし、この辺りまでくればもう大丈夫だろ。お前たち歩いてもいいぞ」
アッザムの部下の1人が声を掛ける。全員が軽く息を整えながら速度を緩める。
「あっ、ルーさん。お疲れ様です」
部下の男はルーに挨拶し、頭を下げる。
「お疲れ様です。少し急いでいるように見えたのですが、何かあったのですか?」
「いえ、何て事ないですよ。鉱山を出て少ししたところでゴブリンが出たので。念を入れて俺たちだけ先に来たんです。今頃はボスたちが対処していますよ」
「そうだったんですか。私は先ほどまでゲート近くにいたのですが、特に魔物は見当たりませんでしたので大丈夫かと思いますが、子供たちを連れていますので一応注意して下さい」
「はい、ありがとうございます」
そう言ってルーは部下たちと別れ、ラルフたちのいる方へと向かう。ルーはこれと言って心配していないが小走りになっていた。つられてアドニスも続く。
「アドニス、あなた方は別にゆっくり来ていいのですよ」
「分かっている。でもルーが急ぐなら僕らもそうするさ」
クラファムとレスカはゴブリンごときで何をそんな過敏にと思いながらも後へと続いた。
ルーはラルフたちを発見する。
アッザムを含む男3人でゴブリンと戦闘をしている。数は後2匹。すでに死体は8匹ほど転がっていた。規模としては小規模から中規模の間であり、やはり気にする事はない。アッザムも後は部下に任せたといった感じが見受けられる。
ルーは状況を見て安心し、速度を緩めようとしたが、ラルフの表情を見て一変する。ラルフは体を小刻みに震えさせ、ひどく怯えた表情をしており、ナナが心配そうにしている。
ルーはすぐにラルフの元へ駆け出す。
「ラルフ!大丈夫ですか?ケガでもしたのですか?」
「いいえ、ケガは何もしていないわ。ずっと私が近くにいたもの。でもゴブリンを見かけてからずっとこの調子なのよ」
その頃にはゴブリンの討伐を終え、アッザムもラルフの元へ来ていた。
「なんだ、ラルフ。おめぇゴブリンなんかにびびっちまったのか」
冷やかすように声を掛けるアッザム。だがラルフは反応せず未だに怯えている。
「お、おい」
「ゴブリンは?ゴブリンはまだいるのか?」
「ラルフ、ゴブリンは退治を終えましたよ。もう大丈夫ですよ」
ルーが膝を付きラルフの目線に合わせ、手を握って優しく答えた。
「あっ、ルーか…そうか、ゴブリンは退治したのか」
ようやくここでラルフは大きく息を吐いた。額からは汗が滲み溢れている。
「おい、ラルフどうしちまったんだ」
アッザムも心配して声を掛ける。
「俺は、ゴブリンだけは、ゴブリンだけはダメなんだ。まぁ他の魔物も一匹も倒した事がないんだけどな。でもとにかくゴブリンだけはダメなんだ」
そう言いながらラルフは転がった死体のゴブリンを見て、
「悪いけどここから早く離れたい」
死体を見てもまだ怯える始末。
「あんた何かトラウマでもあるの?」
「小さい頃に一度追い掛けられてな、それ以降ダメなんだ」
ナナの問いに息を乱しながら答える。
「超越者と戦った男がこんなゴブリンを嫌がるとはね。まぁいいわ、とにかく戻りましょう…ルーさん?」
「…えっ?あっ、はい。ゲートへ戻りましょう。ナナさん変わります」
ルーはナナと代わり、ラルフの車いすの手持ちを握る。
この時、ルーはラルフの言葉にひどくショックを受けていた。
(ラルフがゴブリンに襲われた幼い頃…それはやはり)
久しぶりに蘇るとてつもない罪悪感にルーは打ちひしがれていた。
しかし、ここに来てもう1人ショックを受けていた人間がいた。それはアドニスである。
アドニスたちは3mほど離れた所でラルフの様子を見ていた。ゴブリンに怯えるラルフを。それを見て愕然としていたのだ。
(こんなゴブリンに…ゴブリン程度に怯える男がルーの仲間?)
先程のルーの言葉が甦る。「私にはない強さを持っている」と。確か以前にも同じような事を言っていた。
(こんな奴のどこが強いんだ?)
どう考えてもルーがラルフの仲間である事に疑問を感じざるを得ない。はっきり言って邪魔者である。
(どうして?どうしてルーはこんな奴と仲間なんだ?こいつのどこが強いんだ?)
湧き起こる猜疑心。次々と湧き起こる感情がもう止められない。
(もしかして…ルーは弱みを握られて?)
ラルフに対し、負の感情を抱かざるを終えなかった。
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