第109話 稽古をつける
「ルー、本当にいいのかい?」
アドニスはルーに確認する。
「いいですよ、遠慮せず全員でかかってきて下さい」
ルーの言葉を聞いてアドニスは横にいる2人と目を合わし、頷く。そして3人はルーへ攻撃を仕掛けた。
薬液から脚を抜き、包帯を巻くラルフ。今日は城へと赴き、脚の治療を受けていた。
脚の治療と言ってもまだ竜血樹を使った治療は始まっていない。今の医療技術を使っての治療だ。
「どうですか?痛みや熱さは落ち着きましたか?」
医療従事者が声を掛ける。ラルフは「はい、ありがとうございます」と返事をした。
まだ脚の治療が始まっていないが、ラルフはそれほど落ち込んでいなかった。それは医療従事者に「脚に痛みがあるのは辛いかもしれません。ですがそれはまだ脚が死んでいないという証拠。希望を持ち続けて下さい」という言葉を掛けてもらったからだ。その言葉がラルフを前向きにさした。気持ちは焦るが、自分の脚はまだ死んでいない。きっとまた歩く事が出来ると希望を持ち、気長に待つことにした。
脚の治療は昼前に終わったが、今日の活動を終えるにはまだ早い。いつものように鉱山へと足を運ぼうかと考えていた時、医療室のドアが開いた。
「ラルフ、治療は終わりましたか?」
扉を開けたのはルーであった。その横にはアドニスが居る。
「あぁ、ちょうど今終わったところだ」
ルーたちも聞き込みが終わったところであった。3人はそろって城を出る。城を出るや否やアドニスはルーに声を掛けた。
「今日はどうするんだい?いつものように鉱山へ行くのかい?」
「ラルフ、どうしましょうか?今日も行きますか?」
「あぁ。家に居てもやる事ないし…行こう」
「ラルフ君、ちょっとお願いがあるんだ」
「…何でしょう?」
ラルフはお願いと言われて少し疑問を持ちながらもアドニスに聞き返す。自身がアドニスのお願いを聞けるような事があるのだろうかと。
「鉱山へラルフ君を送ったら、ルーを貸してくれないかい?」
「ルーですか。なぜ俺に確認を?」
「それは…君がルーの仲間だからさ。一応許可を取らないと」
「ルーさえよければ俺は別に構いませんよ」
「そうか、ならよかった」
そう言ってアドニスはルーの方へと向き直る。そこには自身の心情を隠し切れないルーが居た。出来ればラルフから離れたくないと、そんな表情をしていた。しかし、アドニスは構わずにルーに話しかける。
「ルー、実は僕たちに稽古を付けてほしいんだ」
「…僕たち?」
ルーは不思議そうな顔を浮かべる。
「僕が魔界へ赴くとき、いつも一緒に旅をする仲間が2人いるんだ。その3人の稽古をつけてほしい。ダメかな?」
ルーはそう言われて少し困った顔をする。自身を頼ってくれるのは嬉しいが、やはり気後れしてしまう。
「ルー、行って来いよ」
「でも、ラルフ。あなたの世話をする人が。それに何かあったときに守れる人がいないと」
「ナナがいるだろ。あいつ今日は家で寝ているはずだ。家に寄って連れて行けば問題ないよ。それにお前も体を動かしたいだろ?昨日も夜に家の前で訓練していたじゃないか」
「それは…そうですけど」
「俺の事は気にしなくていいよ、行って来いよ」
ラルフにここまで言われてしまってはしょうがないとルーは割り切り、分かりましたと答えた。アドニスは喜んだ顔をして仲間を呼んで来るとルーたちの元から離れた。
お昼を回った後、ルーはラルフを鉱山へ送り届け、アドニスと約束した魔界のゲート付近へと赴いた。そこにはアドニスと2人の仲間が居た。慌てて駆け寄るルー。
「ごめんなさい、アドニス。待ちましたか?」
「いや、僕らも今来たところだよ。紹介するよ、僕の仲間のクラファムとレスカだ」
ルーは2人の顔を見る。そこには驚きの面持ちで佇む2人がいた。しかしこれは大概ルーを始めて見た者がする反応だ。クラファムもレスカも例外ではなかった。
((きれいな人)だ)
だがこの次の反応は男女で差異が生じだ。
男のクラファムは顔を赤らめ、そして女のレスカは焦りを感じていた。アドニスを取られるのではないかと。ちなみにこれがまだアドニスへの恋心とは気が付いていない。
「彼らは僕の幼馴染でずっといつも一緒に居た。親友でかけがえのない仲間さ」
アドニスはさわやかに答えた。そんな言葉に2人は恥ずかしそうに笑う。そして自己紹介を始めた。
「初めましてルーさん。僕の名前はクラファム。僕は戦闘がそんなに得意じゃないけど後ろから後方支援をしている。普段はみんなの雑用などをこなしている。まぁこっちがメインかな」
「そんな事ないよ。ルー、クラファムは本当にすごいんだ。旅の準備や物資の調達。交渉事だって何だって出来る…というかやらせちゃっているってのが現状かな。でも戦闘だって後方から的確な指示を出してくれるんだ。それに戦闘中だって道具をいろいろ使って敵をかく乱してくれる」
「縁の下の力持ちって事ですね」
ルーはうんうんと頷く。
「次は私ね。私はレスカ。クラファムが戦闘得意じゃない分、私はガンガン前に出て行くタイプ。2人の事は私が守らなきゃ」
「ルー、レスカはいつも僕よりも先に魔物に突っ込んで行っちゃうんだ。僕らのパーティの特攻隊長だよ」
「それは頼もしいですね。私も負けていられません」
クラファムは黒いローブを羽織り、赤みがかった茶髪のおかっぱ頭でメガネをかけており、博学が滲み溢れている。また、レスカは鎧を身に付けず動きやすい服装を取り入れているが、手には籠手を身に付けている。そこから強力な拳を繰り出すのであろう。また彼女の髪は黒く、長さもルーと同様に肩に掛かるか掛からないかの長さである。
「それじゃあ早速手合わせを願いたいんだけど…」
「えぇ、時間が余りありませんからすぐにでも——」
「——ちょっと待って、アドニス。本当にルーさんと戦うの?」
レスカがアドニスに確認を取る。
「あぁ。本当さ。ルーはとんでもなく強いんだよ」
「とんでもなく強かったら有名なはず。でも私は彼女の事は知らないわ。ねぇ、ルーさん開拓者レベルはいくつ?」
「え~と、まだ登録したばかりでレベル1です」
その事実はアドニスも知らず驚愕を受ける。だがレスカはレベル1と言われてさらに躊躇する。漆黒の鎧を身に纏う金髪の絶世の美女。鎧は着慣れた感じがしており、そして妙に落ち着いた感じが素人ではない事は判断出来る。だからと言って、自分たちを相手に出来るかどうかは半身半疑だ。
「とりあえず僕から行くからそれを見ていれば分かると思う」
アドニスが2人にそう言うが、
「えっ?3人で来ないのですか?」
「「「えっ?」」」
理解の相違によりその場の全員が固まる
「3人一緒に来なければ連携も取れませんので。3人一緒にお相手します…大丈夫です、心配なさらないで下さい」
「ルー、本当にいいのかい?」
「いいですよ、さぁ遠慮せず全員でかかってきて下さい」
ルーの言葉を聞いてアドニスは横にいる2人と目を合わし、頷く。
「ケガをしても知らないからね」
そう言ってレスカを先頭に3人はルーに攻撃を仕掛けた。
レスカは猪のように突進してくる。そのスピードはアドニスに後れを取らない。特攻隊長と言うだけのことはある。そしてぴったりくっつくようにアドニスが続く。おそらくレスカとアドニスが怒涛の攻撃を繰り出すのであろう。この攻撃スタイルに彼らは絶対的な自信があり、そして勝ちパターンなのだろう。ルーは冷静にそう判断した。
(さぁ、打撃の方はどうですか?)
剣を握る力を強くしようとしたその時、突然の閃光が起こり、目の前が真っ白になる。
(これは!)
閃光が起きた理由、これを仕掛けたのはクラファムだ。クラファムは閃光玉を投げたのだ。ルーは戦闘力に自信のある彼らが突っ込んで来るスタイルと思っていたために意表を突かれた形となった。
単純に閃光玉を投げただけだが、レスカがルーに到達する直前に閃光玉が届くように投げている。尚且つルーに動きを悟られないようレスカとアドニスの死角に入ったところで肩を大きく振りかぶらずコンパクトに投げた。これは計算しつくされた動きだ。
(ルーさん、アドニスがあなたの事をとんでもない実力者だと言っていたけれど、これには反応出来ないでしょ?混乱した状態で私たちの攻撃はさばけるかしら?)
閃光が止み通常の視界に戻る頃には、レスカはルーが居るであろう場所へとたどり着く。そして鋼の籠手で覆われた渾身の右をルーに喰らわせようとするが、
(いない!)
レスカは足を止める。顔を左右に動かし、ルーがどこにいるか確認をする。しかし自身の半径10m以内に彼女の姿はない。
(上?)
今度は上を見上げる。しかしそこにもルーの姿はない。レスカは見上げた首を戻している時に彼女の姿を見つける。ルーは自身が思っているより遥か後方へと移動していたのだ。
(あの一瞬で、あそこまで移動したっていうの?)
しかし、ルーは未だに目をしっかり開けていない。閃光玉で目をやられている、かろうじて目を開け、敵に対応しようとしている状態だ。
そのルーに向かってアドニスが全力で駆ける。今がチャンスだと言わんばかりに。レスカもそれに倣い自身も駆ける。ルーは迫って来る敵から離れようと、地面を蹴って2人からさらに10m程度離れる。
(あんな簡単に蹴るだけであれだけ距離を取れるの?)
ルーのバックステップにレスカは内心舌打ちをしながらも必死で駆ける。そして2人がようやく追いつこうとした時、ルーの挙動を注視する。ルーは一度目を瞑り、首を小刻みに振った。そしてもう一度目を開くとその目は回復し、アドニスとレスカの姿を映した。
カッと見開いた大きな瞳は確実に自分たちを捉えている。2人は体が強張るのを感じた。ルーの殺気に当てられたのだ。攻撃を仕掛けようとしたが、態勢が整ったルーを見て、思い留まり迫り来る攻撃に備えようとした。
しかしその時、後方から2発の球が自身らを追い越し、またルーの手前ではじけた。砂埃が起こり、視界が遮られる。
これを行ったのはクラファムである。クラファムは後方から冷静に戦況を見極め、ルーが状態を整えたのを見て対応した。今度は投げては遅いと判断し、先程ローブで確認出来なかったが、腕に装着させたスリングショットを用いて飛ばしたのだ。
ルーはまたもやクラファムに足止めを食らう。レスカとアドニスに攻撃が出来ない。
その隙に2人は一度距離を取り、冷静になる事を選んだ。だが、その砂煙が落ち着く前にルーが飛び出して来た。防御態勢に転じるが2人に目もくれず後方のクラファムの方へと突進していく。クラファムは慌てて閃光玉をスリングショットで飛ばすがルーはそれが弾ける前に上空へと蹴り飛ばした。こんな芸当が出来るのはルーだけである。
そんなルーの動きにクラファムが驚きの表情をしている間にルーは眼前へとやって来て、
「見事にやられました、素晴らしいです」
その言葉の後、クラファムは腹に重い一撃を食らい崩れ落ちた。残るは2人。
レスカはルーの動きに驚嘆しながらも落ち着きを取り戻していた。
(アドニスの言った通り、この人すごく強いわ。だったらもう胸を借りるつもりで)
気持ちを切り替え、単純に自身の腕を観てもらおうとただ突っ込んだ。そして今度こそ渾身の一撃を振るう。ルーはそれを剣で受け止める。
「良い一撃です。魔物もこれを食らってはひとたまりもありませんね」
と微笑み返す。
あなたはそれを普通に受け止めてしまうんだと思いながらバックステップを踏む。入れ替わるようにしてアドニスが剣を振り被ってルーへと襲い掛かった。ルーはそれもまた難なく剣で受け止めた。そしてアドニス、レスカの2人掛かりで攻撃を仕掛ける。
「良い連携です。息がぴったりです」
次から次へとやって来る攻撃にルーは頷きながら対処した。2人は呼吸を止め、全力で繰り出すがルーに入る事はなく、全てかわされたり、受け止められたりした。
(このぅ!)
レスカは腹が立ち、大振りになって攻撃をした。そこをルーに突かれる。
ルーはそれを難なく躱し、先に横に居たアドニスを軽く蹴り、重心を後方へと傾かせこちらに攻撃出来ないようにする。そして大振りで次の攻撃も防御も出来ないレスカへ攻撃を仕掛ける。
「ちょっと痛いですよ、食いしばって下さい」
剣で斬ってしまうわけにもいかないので、剣を縦にして腹に打ち付けるように剣を払った。そのままレスカは吹き飛ばされ、ダウンした。
「あと1人」
ルーはアドニスを見定める。アドニスは苦笑いしながらもルーに1人突っ込んだ。
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