第107話 打算的な考え

 竜血樹を持ち帰って早数日経過していた。ルーは連日のように城に呼び出され、研究所の所長シュバルツ他、その研究員たちにとり囲まれ、連日のように今回の旅について話をしていた。

 竜血樹の環境やハンティングウルフ、また新大陸について。どう考えても同じ質問ではないかと思うような事を何度も聞かれたが、ルーは丁寧に答えた。


「…あの、回復薬の開発はいつ頃始められるのでしょうか?」

「まだ解析を始めたばかりですので。その後、さまざまな動物の実験を得て、最後に臨床実験に移ります。また当分は先かと…あの、次の質問よろしいでしょうか?」

「あ、ごめんなさい…」


 ラルフの足が治るのはまだまだ時間が掛かりそうだとルーは自覚した。


 その日も城を出たのは昼をすでに過ぎていた頃であった。それでもまだ早い方である。


「ん~、やっと終わりました」


 ルーは城門前で背伸びをする。ただ背伸びをしただけなのに、門兵はルーの姿に釘付けになっている。


「あ、ごめんなさい」

「「いえ、今日もお疲れ様です!」」


 兵士たちはルーに声を掛けられ、顔を赤らめながら答えた。


「ルー、今日も疲れたね」


 そう声を掛けるのはアドニスである。当然の事ながらアドニスも連日のように呼び出され、旅の詳細を聞かされていた。


「ルーも真面目だね。報告は僕に任せてくれればいいのに」

「いえ、そういうわけにも行きません。私も旅をした一員なのですから」


 アドニスはその言葉を嬉しく感じていた。なぜなら一緒に旅をしたという事が実感出来るからだ。

 だがルーは別の事を考えていた。思い出すのはかつての自分。アルフォニア王国の騎士時代、魔界遠征をした後は研究所の職員たちから連日のように取り囲まれ、遠征の詳細を事細かに報告した。この報告が次の遠征に繋がり、自身の生存率を上げる。たとえ新大陸の事で自身が再び足を踏み入れるかどうかは分からないとしても、この報告が魔界の解明に繋がり、未来の自分たちを助けるかもしれない。決しておろそかには出来ない。


「ルー、早く終わったんだ。今日こそ一緒に食事でもどうだい?」


 アドニスは城での報告が終わる度に食事の誘いをしていた。


「ごめんなさい、ラルフの元へ急ぎますので」


 しかしルーはアドニスの誘いを断っていた。


「彼は今日も魔界に行っているのかい?あの足で」

「えぇ。鉱山の方へと足を運んでいるみたいです」

「じゃあ僕も一緒について行ってもいいかい?今日は何も予定がないんだ」


 ルーは先日の件以来、アドニスと距離が近くならないように気をつけていた。自身の仲間はラルフであり、アドニスではない。ラルフはルーとアドニスが一緒に過ごす事は何も思っていないが、ルー自身がアドニスと仲を深めれば深めるほど、ラルフが離れていく、そんな気がしてならなかったのだ。


「別に構いませんが…いいのですか?」

「あぁ。ルーと一緒にいると勉強になるから」


 逆にアドニス自身はルーとなんとかして時間を作ろうと躍起になっていた。少しでも関係を深めたいと。


「分かりました、では行きましょう」


 ルーたちは魔界へと向かう。

 道中、アドニスは幾度となく声を掛けられた。それはかつてルーがアルフォニアの王女、シンシアであった時のように。アドニスは手を振ったり、少し立ち話をしたり、足を止める事を余儀なくされた。その中で幾度となくルーについて触れられた。


「この人はアドニスの?」

「いや、ちょっと前の旅でパーティーを組んだ仲さ。それ以来こうやって仲良くさせてもらっている。彼女からは学べる事は多いんだ」

「へぇ~」


 アドニスはルーを自慢するように話した。そしてルーに尊敬の眼差しを向けられると自身も嬉しく、誇らしかった。


「正に美男美女でお似合いだな」


 相手は何も悪気なしに口にする。アドニスは照れる。だがルーにとってその言葉は素直に受け止められない。


「アドニス、私は仲間の元へ急ぐので先に行きます!」


 ルーは「ラルフ」と言わずに敢えて「仲間」と言った。それは「あなたとは仲間ではない」というけん制のつもりで。突き放した言い方に申し訳ないと思いながらもルーは駆け出した。


「ルー、ちょっと待って。僕も行く——」

「——アドニスさん」


 アドニスは掛かる声に行く手を阻まれ、ルーを追いかける事は出来なかった。


 鉱山の中でラルフはアッザムの部下に混ざり、サラを含む子供たちが懸命に魔石を採掘している姿を見ていた。


「てめぇら、掘って掘って掘りまくれよ」


 アッザムが発破をかけるように声を出す。


「お前も手伝えばいいじゃねぇか、アッザム」

「何言ってんだ、俺は監督だ。監督は手を出さねぇんだよ」

「それで、今日はどんな案配だ?」

「見ての通り…まぁまぁってところだな。でも油断ならねぇ、今はいろんな連中が魔石の採掘に来てやがるからな」


 ラルフは辺りを見渡す。アッザムが言ったように魔石を採掘している人間が他にも大勢いた。特にここはゲートから一番近い鉱山だ。人が集まるのも無理はない。

 この魔石を採掘している人間が多いのには理由があった。

 現在、ギルドでは魔石の買取り額が割増するキャンペーンを行っていた。公に理由は公表されていないが、ラルフたちはその理由を知っている。それは竜血樹だ。

 研究所の職員たちが竜血樹を手に入れ、最初に行った事は竜血樹の環境の再現だ。竜血樹を植えた周りに結界を張り、その中を魔素で満たす事を試みた。ホープ大陸はこの世界で一番魔素の影響の低い場所である。そのため結界の中だけとはいえ、魔素を満たすに大量の魔石を使用した。そして竜血樹自体も抜かれて何日も水も魔素も与えられない状態で運ばれたのでその飢えを取り戻すかのように水と魔素を必要としていた。以上の事から現在魔石がいくらあっても足りないというほどに魔石を必要としている状態なのだ。ナルスニアは他国から支援も要請したが、それだけでは心もとないと感じ、ギルドに魔石買取りのキャンペーンを要請したのだ。

 アッザムはそのキャンペーンを聞くや否やすぐに採掘へ取り掛かり出した。組織の人員のほとんどを割いて。


「なぁ、ズーのじいさんは怒ってなかったのか?鉄鉱石が必要なんじゃないのか?」

「今はじじいのわがままを聞いてる場合じゃねぇ。黙らせた」

「じいさんが黙るような奴か?」

「だから言ってやったよ、欲しいなら自分で掘れってな」


 そう話しているとタイミングよくズーが弟子を連れて戻って来た。


「おう、じじい。鉄鉱石は取れたか?」

「ったくこんな老いぼれに働かせよって。わしは疲れた。先に帰るぞ」


 そう言って鉱山を後にした。その姿を見てラルフは言う。


「なんだ、自分たちで採れるなら大丈夫そうだな」

「そう言う事だ。俺たちは金稼ぎ。そっちの方が大事だ」

「なぁ、ナナ。お前も一緒に採ればいいじゃないか」


 ラルフは現状車いすである。1人ではこの場所に来る事が出来ない。本来ならルーがこの役目を買うのだが、ルーが連日城へと向かうためにナナが代わりにラルフの補助をしていた。


「私みたいなか弱い女性が採掘なんて出来るわけないじゃない」

「何がか弱いだよ」

「あんたをここに置いて帰ってもいいのよ」

「わ、悪かったよ。置いていかないでくれ」


 アッザムは2人のやり取りを見て笑っていた。


「なぁ、アッザム。魔石の採取ってこうやって鉱山から掘り当てるしかないのか?」

「いや、他に魔物から刈り取る手段もあるぞ」

「へぇ、魔物からも採れるのか」

「あぁ、魔物の中には石を食う奴が居てな。そいつの背中は背びれみたいなものがあって、そこが全部魔石だ。純度が高くて値が付く。だが、そいつはこんなゲートの近い場所じゃ出て来ねぇ。もっと奥に行かねぇとな」

「ふ~ん、じゃあ普通の魔物からは取れないのか」

「いや、そうでもねぇ。強い魔物は魔力を多く宿しているからな。魔力が結晶になっているはずだ」

「強いってどれくらいだ?」

「この前、嬢ちゃんたちがハンティングウルフを倒したろ?あれは結構な強さのはずだが、それでも魔石があるかどうかだ。だから確実にあるとなると言うと——」

「——冥王クラスね」


 ナナが口を挟む。


「冥王クラス!?化け物クラスじゃないか!」

「そう言う事だ。俺たちが敵う相手じゃねぇ。他にも普通の魔物も極稀に魔石が採れるみたいだが、そんなのは狙っても無駄だ。だからこうやって地道に採掘するのが一番なんだよ」


 ラルフは納得したように頷いた。

 自身も足が治ったら少しの間、魔石を採取して金を稼ぐのも手ではないかと考えていた。しかし、1つの懸念がある。


「魔物は現れないのか?」


 ラルフは辺りを確認しながら訊く。


「これだけ人がいりゃあな。迂闊に飛び出しては来ねぇだろ」


 アッザムは魔物が来ても対処出来るように何人も連れていたが、今は全員採掘に回している。かと言って監視をする人間をゼロにするわけには行かない。そのため魔物が出て来てもすぐに対処するためアッザムは何もせずにいた。とは言っても作業をしたくないという気持ちも本当である。

 そこへルーが到着する。


「ラルフ、ただいま戻りました」

「ルー、お疲れ。今日は早く終わったんだな」

「えぇ。ですので急いで戻ってきました。まだ作業途中かと思いまして」

「別に気にする事ないのに。お前はアドニスさんと一緒に食事でもしてゆっくりしていいんだぞ。高い食事はあんまり勘弁してほしいけどな」


 ラルフは冗談交じりに答える。しかしルーは真剣な表情で


「いえ、ラルフが魔界にいるのに私だけ遊ぶわけには行きませんので」

「真面目だなぁルーは」

「確かにそうね。連日のように城へ呼び出されてもちゃんと行くんだもの。私だったら理由を作ってサボっちゃいそうだわ」

「そういうわけにも行きません。新大陸の情報を報告するのは義務ですから。それに今は彼らにはラルフの足を治してもらわねばいけません。彼らの頼みを無碍に扱うよりもここはしっかり答えて恩を売る方がいいかと…————!」


 ルーはここで自身の言った言葉にハッとする。その表情にラルフが気付き、


「ルー、どうした?」

「…いえ、今の私は随分打算的だったなと」


 ルーはまだ驚いた表情を崩さない。


「ラルフのために、城からの呼び出しに応じた方がいいって事?」


 ナナの確認に対し、ルーは「えぇ」と短く答えた。

 ルーという人間は基本善意の塊のような人間である。困っている人間がいたら助けて上げたい。誰かの役に立ちたいと、心からそう思い、そして行動に移す人間であった。今もその根本は変わりないが、少しずつ変化が生じている。ラルフのためにここは言う事を聞いておいた方がよいと計算して行動を取っていた事に自分自身が驚いていたのだ。


「別に悪い事でも何でもないんじゃない?」


 ナナは何をそんな事で驚いた表情をしているんだと逆にキョトンとした表情でルーに問いかける。それにはアッザムも賛同する。


「逆にいい事じゃねぇか」

「…そうでしょうか?」

「あったりめぇだ。深くは追及しねぇが嬢ちゃんはどうせ良いところの本当にお嬢さんだろ?」


 その言葉にピクッと反応を示すが、そのままアッザムの話に耳を傾け続ける。


「この世にはな、人の善意にとことんつけこむ連中がいる。さもそれが当然であるかのようにな。そんな奴らには骨の髄までしゃぶられる。だから打算的な考えを持つって事はある程度必要なんだよ。生きてくためには必要な事だ」

「さすが人の善意にとことんつけこむ奴が言うと説得力があるわね」

「うるせぇ!黙ってろ、ナナ」


 ルーは今のアッザムの言葉がとてもしっくりと来ていた。以前は王女という強い立場であったがために、王女の善意に対し、対価が感謝や人気と言ったように全てプラスとして返って来た。王族の善意につけこめば待っているのは破滅だとバカでも理解できる。そんな無謀な事は誰もしない。

 だが今のルーは王族という身分を捨てている。そんな人間が善意を奉仕しても必ずプラスで返って来る事はなく、アッザムのいうように善意をむしり取られる運命が待っているかもしれないのだ。打算的な思考を持ち行動することは自身を守るためにもこれから必要なのだ。ルーはそれを今、身に付けつつあるという事なのだ。

 ラルフと仲間になって日は浅いが、付き合う人間も変化し、学ぶ事は多々あった。これを「成長」と言っていいのかは分からないが、「適応」と捉えても問題ないだろうとルーは感じていた。


「ルー、俺の脚は陛下が治すって約束したんだ。だからそこまで気にしなくていいからな」

「はい、分かっています」


 ルーは自身の気持ちに納得し、そしてラルフの言葉に感謝し、笑って答えた。

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