第87話 300年前

「ラルフ、以前私たちは魔界から逃げて来た話は覚えていますか?」


 ルーが唐突に話を始める。


「あぁ、覚えているよ。人間は基本的に魔素に合わない体質だったか。それで魔素の影響が少ないこのホープ大陸に逃げて来たんだよな?…まぁ、なんでこんな名前を付けたんだってツッコミを入れたくなるよ。この大陸に希望なんか見当たらない」


 ラルフは失笑しながら言う。現にラルフの言う通りで大陸の半分以上が荒野を占めるこの大陸は緑豊かな魔界に比べ自然環境は乏しいと表現されてもおかしくはない。

 だがホープという名が付いたのには理由があった。


「人間にとって魔素の影響が少ない場所。それは魔素中毒を起こす当時の人間たちにとっては願ってもいない場所なのだ。それでホープという名が付いた。そしてこれから新天地で生きて行くことに対して希望を絶やさないために、それでこの名が付いたのだ。物事にはちゃんとした理由がある」


 成り立ちを知っている人間として、ヴィエッタは一応ラルフに説明した。だがそれに食いついたのは冥王であった。座っている場所を移動し、ヴィエッタの近くへと座り直す。


「そういう話が聞けるのはなかなか面白いな——あぁ、割って入ってすまない。さぁ私に構わず話を続けてくれ」

「…だそうだ。2人とも続けてくれ」


 ルーはラルフの言葉に頷き話を続ける。


「今からおよそ300年前。私たちは現、魔界にあるソナディア王国から一部の民が移住してきました。それはこの星に襲来する彗星に備えて」

「彗星?」

「彗星とは宇宙空間に漂う水や岩石などの塊だと思って下さい」

「その水や岩石の塊がどうして俺たちに影響を与えるんだ?」

「魔素だよ」


 ヴィエッタが答える。


「魔素は300年周期がやって来る彗星が運んできている。彗星は宇宙空間にたくさんの塵を撒き散らしながら進んで行く。その300年周期で来る彗星は私たちの住む星のすぐ近くを通って行くのだ。そのため彗星が撒き散らす塵が地表に降り注ぐのだ。そこに魔素が含まれていて地表に降り注ぐ」


 スケールのでかい話でラルフは頭が追い付いて行かない。無理もないと思いつつもヴィエッタは話を続ける。


「およそ300年前、この時も彗星がやって来ると騒がれていた。魔素が地上に降り注がれるとき、私たちの中で魔素中毒を引き起こす者が現れる」


 もちろん魔素を魔力に変換出来る人間もいる。しかし、それが出来ない者は魔素に苦しめられる。


「特に耐性の無い者に対しては魔素中毒を起こし、死に至らしめるほどだ。それでジェルム様が立ち上がった。世界中を旅して最もこの大陸で魔素が少ない土地を。それが今、我々の住むホープ大陸なのだ」


 ラルフはようやくそこで納得した。このような荒廃した土地がなぜホープ大陸と呼ばれるのかと。


「魔素の影響が少なくて、魔素の耐性の無い奴らが暮らしていくための土地、だからホープという名を付けたのか?」


 そう言う事だとヴィエッタは頷く。


「だが300年前、想定外の事が起きた」

「想定外?」

「あぁ。まさかの彗星爆発だ。よりによって300年に1度の時にそれは起きた。彗星爆発によって大量の魔素が地上に降り注いだ。生態系に影響を与える程にな」

「生態系に影響?」

「魔素を大量に浴びた動物たちの一部は変化を遂げた。それが今、開拓者たちが日々相手をしている魔物たちだ」


 ラルフは目を見開く。自分はこれまで一匹も魔物を倒した事はない。しかし、何度も目にしてきた。その正体は魔素を浴びた動物の成れの果てだとは知る由もなかった。そして気になった事を口にする。


「人間は?相性の悪い人間たちはどうなったんだよ」

「…全滅だ」

「————!」

「生き残ったのはホープ大陸に生き残った人間だけだ。あの時、ホープ大陸では魔素を遮断する装置も使用していたからな。そのために生き永らえる事が出来た。そして生態系にも影響は無かった」

「…その魔素を含んだ彗星の300年周期がもうすぐやって来るという事か?…でも彗星は爆発したって、無くなったんじゃないのか?」


 2人は深刻そうに首を振る。


「彗星爆発はしたが、爆発したのは彗星の一部だ。また彗星はやって来る。もちろん彗星爆発を起こすなど天文学的な数値だ。また爆発するなど思ってはおらぬ。だがまた耐性の無い者たちに対して魔素の影響がある事は間違いない。我々はホープ大陸に生き残った人間たちの子孫なのだからな」


 ラルフはヴィエッタたち王族や貴族が人類の存亡に掛けて魔界侵攻をしている事は理解した。しかし疑問が浮かぶ。


「でもなんで滅びたソナディア王国を目指しているんだ?そこを目指す意味があるのか?」

「彗星が来る時、ホープ大陸に魔素を遮断するための装置をもう一度起動させる。装置自体は300年前の物がまだ動く。魔石も開拓者たちの協力もあって集まりつつある。しかし肝心なコアな部分、そこには特殊鉱石を使用しているのだ。300年前にその装置を使用した時にその部分が壊れてしまったのだ。それを取りに行かなければいけないのだ」

「予備は無いのか?それに他の場所で取れないのか?」

「300年前も急遽こしらえたものでな。予備はない。それに貴重な鉱石だ。その鉱石が取れるのは私たちが知りえる限りはソナディア王国しかないのだ」

「その鉱石ってミスリルか?」


 ラルフは鉱石の知識など全く無い。だがルーの装備をメンテナンスしたズーがミスリルである事に大層驚いていた。その事を思い出し、訊いてみたのだ。


「ミスリルだったらよかったのだがな」


 ヴィエッタはため息交じりに答えた。


「私たちが求める鉱石はアダマンタイト。ミスリルでは代用が効かないのだ」


 ヴィエッタたちはラルフが言ったようにミスリルを使って魔素を遮断する装置を作るのを試みた。ミスリルだけでなく、あらゆる金属を使用して試みた。しかし結果は上手く行かず。やはり魔素を遮断する装置のコアの部分は超硬度を誇るアダマンタイトで無ければ対処出来ないと。


「とは言っても、装置が壊れたのはここ100年前の話だ」

「100年?じゃあ200年間ずっとその装置を使い続けていたのか?」

「あぁ、空気中の魔素が落ち着くのは時間が掛かるからな。それで我々は勝負に出た。アダマンタイトを使用し、ゲートを作った。普段開拓者たちが何気なく使用しているあのゲートだよ」


 ラルフは驚きながらも大きく縦に首を振って頷いた。ラルフはゲートを何度も通った事がある。何百回、何千回と。ゲートは違う場所に設置されたゲートへと通じており、ラルフを含む開拓者たちはそのゲートを通っていつでも簡単に魔界へと移動する事が出来る。なぜこんな物が作られたのか?いつからある物なのか?生まれた時からゲートはそこにあるもので何も疑問を持たなかった。


「ゲートは半永久的に使用出来る代物。もちろん大量の魔石を使用する。そしてそれに耐えうる鉱石はアダマンタイトのみ。私たちは100年前、もう一度ソナディア王国へ足を運ぶ事を決意したのだ。我々の使命、少しは理解してもらえたか?」


 ヴィエッタの言葉にラルフは神妙な面持ちで頷いた。王族、貴族たちが背負っているものを少しだけ理解出来た。ルーをあれほど大規模侵攻に加えさせようとしたのも今なら納得が出来る。人は基本己の立場で物を考えるが、相手の立場になって考えた時、見えない物が見えてくるのだ。


「王族、貴族たちはやがてやって来る彗星のために奮闘しているのです…ですが多くの物を犠牲にしていたのです」


 ルーは悲しそうに言った。そしてヴィエッタも暗い表情をしていた。

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