第84話 女王陛下への謁見その3
「それで冥王。これはわらわから…いや、大規模侵攻を担う1人としてのお願いなのだが…これからおよそ一ヶ月先に大規模侵攻がある。その時の侵攻の際、そなたも同行してはくれまいか?」
ヴィエッタの言葉に家臣たちは驚くがすぐにその提案に賛同する。冥王ほどの実力者がいれば問題なく進む事が出来る。まだ冥王の事が心から信用出来ないにしても、自分たちの遥か先の力を秘めた者が随行してくれるのは非常に魅力的であり助かるからだ。
だがそんな願望は一瞬で消え去る。
「断る」
冥王ははっきりと答えた。そこには何の躊躇もなかった。
「そなたらに手を貸す義理がない。それに私とて暇ではないのでな。これから生まれて来る我が子を守らねばならん」
「そうだな。おこがましい頼みをしてしまった。忘れてくれ」
ヴィエッタ自身も本気で頼んでいるわけではなかった。もしかしたら頼まれてくれるかもしれないと半ば願い事のように冥王に訊いたのだ。断られて当然であり、やっぱりなという気持ちしか湧かなかった。
「それと、そなたの番は元の場所に戻ってはいないだろうか?今回の関係者がまたそなたの卵を奪い取ろうとしているやもしれん」
「別の場所だ。安心してよい」
その言葉を聞いたヴィエッタは安心したように頷く。
「ゾルダンと言ったな?」
「はっ」
「今回のフォレスター家への潜入ご苦労であった。それで、確認だが今回の件はフォレスターの単独ではないのだな?」
「はい。少なくともフォレスターはラルフさんたちが相手をした超越者2人を抱えてはおりませんでした。何者かが糸を引いていたに違いありません」
「超越者か…それで遺体の回収は?」
それについてはマスクが答える。
「2人の超越者の内、ウォッカという男については第1セクターで遺体に回収しております。しかし、もう一方のエッジという男については自爆したために回収は出来ませんでした。そのためエッジを見た者を集め、現在顔を描かせております」
「では確認が終わり次第、奴らの正体を探れ。もちろん我が国だけでなく他の3国に情報を伝達しろ。開拓者ギルド経由でも探れ」
多くの者がヴィエッタの言葉に頷いた。
「冥王、1つ問いたい。そなたの番が卵を奪われた場所は私たち人間がそんな容易く行けるような場所であったのか?」
冥王は首を振って否定する。
「環境は穏やかな場所だが、周辺に住む魔物はある程度の強さがあった。卵を奪い取った者は少なくともそれに対処出来るほどの強さがあったという事だろう」
「魔物に対処するにはどの程度の強さが求められる?」
「超越者と言ったか?…私が知っているのは自身の体に爆薬を仕込んで自死した者だけだが。そのくらいの実力が無ければ対処出来まい」
ヴィエッタは冥王の返答を聞いて、騎士団長であるキルギスを見る。そのキルギスは険しい表情を浮かべながら、
「はっきり申し上げますが、超越者の実力はこの国、いえ、この大陸トップレベルだと考えてよいと」
開拓者ギルドはホープ大陸にある4
か国すべてに設けられる共通の組織。強さの指針を表すにはちょうどいいのだ。
「冥王から卵を奪った者たちは少なくとも今回襲ってきた超越者に匹敵するレベルかもしれないという事。それにそのような実力の持ち主を動かす事が出来る者が裏に潜んでいる…思ったよりも敵は強大だ。フォレスターのようなただ権力に飢えた者ではないのだろう。ちなみに冥王、そなたが卵を盗まれた時、その人間を目にしたか?」
「私はその場にいなかった。妻が少し目を離した隙に盗られてしまったそうだ。戻って来た時に残り香で人間だと分かったそうだ」
「ゾルダン、もう一度聞くが裏で糸を引く者について何か分かった事はあるか?」
「申し訳ございません。それに関しては何も」
「謝罪などしなくてもよい。それに大きな成果など求めておらぬ。どんな些細な事でも構わん。何かないか?」
そう言われてゾルダンは自分の記憶をたどる。何とかヴィエッタに有益な情報を渡そうと自分の頭を絞り出すように眉間に皺を寄せる。だが、やはりこれと言ったものは出てこない。
「お前がフォレスターの屋敷に居た時、奴に変わった態度はなかったか?」
「はい。追い込まれる状況になるまでフォレスターはいつもの通り傲慢で強欲な態度は変わりませんでした」
それを聞いたヴィエッタは頭を巡らす。
「ふむ…それから考えるに奴は自分よりはるか上の立場の者から命令されたというわけではなさそうだな。フォレスターの性格を熟知した上で上手く翻弄した可能性が高い。フォレスターを動かした者は恐らく同等の存在か。奴のプライドの高さから自分より下の者の意見には聞く耳を持たんだろうからな」
「それでは黒幕は第二階貴族ですか?」
ウルベニスタがヴィエッタに尋ねる。
「あぁ…いや、まだ分からん。フォレスターを唆したのはあくまでも第二階貴族であって、そのさらに裏で糸を引く者。その者は第一階貴族やもしれぬ…国家転覆を狙ってな」
「なんと!?」
その言葉に一同が驚愕する。そしてすぐさまウルベニスタがその意見に反論した。
「陛下。我々第一階貴族はソナディア王国建国以来、ずっと王家に忠誠を誓い仕えて来ました。それを今になって裏切るなどと…」
「分かっている。だが、この300年。ホープ大陸に来てからの我らは多くの犠牲を払い過ぎている。そんな我らの失態を芳しく思わない者が居ても当然だ」
「痛み無くして得るもの無し。我々はソナディア王国に還ることを目指して共に頑張ってきたのではありませんか?」
ウルベニスタの熱意の籠ったその一言は、胸に迫るものがあり、ヴィエッタを含めた家臣全員が賛同する。
「そうであったな。失言だった。我々は…一丸となって頑張って来たのだ。ソナディア王国に還る事を目指して」
その一言でまたその場に居た一同の目に力が宿った…3名を除いて。
1人…1匹は冥王である。自分とは全くの無関係である。無関心ではないがどこか他人事だ。
もう1人はルーである。
(以前の私ならウルベニスタ様の言葉に感銘を受けて奮い立っていたでしょう。ですが今は)
ルーはそっと横に居るラルフの顔を覗いた。案の定ラルフは少し険しい表情を浮かべていた。
(こいつらは前しか見ていないんだ。だから俺たちを…)
「陛下、よろしいでしょうか?」
マスクが声を上げた。
「なんだ?申して見よ」
「はっ。今度の大規模遠征。そこに居るルー殿に随行をお願いしてはどうでしょうか?」
「————!?」
視線がルーへと集まる。マスクは続ける。
「ルー殿はここに居る冥王殿が実力を認めたほどの者。大規模遠征に少しでも戦力は増強しておくのが良いかと」
その言葉にキルギスが賛同する。
「陛下、これは良い考えです!聞くところによればアルフォニアのレオナルド副団長が忽然と姿を消したと聞いております」
「————!」
何とか声を出す事は抑えたが、ルーとラルフは驚きのあまり思わず目を見開してしまう。
「レオナルド副団長が消えた?その話はどういう事なのです?」
この事実を知らなかった貴族がキルギスに尋ねる。
「いや、それがアルフォニアでも状況が掴めていないようだ。ある日、忽然と姿を消したと。聞くところによると、アルフォニアではシンシア王女が体調を崩し、最近城に籠っているという話だ。それと何やら関係があるやもしれん」
ルーとラルフは険しい表情を浮かべる。その2人をヴィエッタは黙って見ていた。そしてまた冥王もレオナルドという名を聞いて1人自分の記憶をたどり、「あの男か」と頷いていた。
「陛下、マスク副団長の言う通り。レオナルド殿は大陸一の実力者。レオナルド殿が抜けた穴埋めはアルフォニアだけでは到底無理です。ここは、こちらにいるルー殿に大規模侵攻に協力をしてもらうのが賢明かと?——」
「——お言葉ですが!」
ルーが急に声を張り上げる。
「私は大規模遠征に参加するつもりなど毛頭ございません!」
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