第83話 女王陛下への謁見その2

「では早速聞かせてもらう。まずは冥王、そなたがゲートを通れたことだ。私たちの中では魔物は通って来られないという常識があった。それはなぜだ?」

「その事に関しては先程戦った相手にも聞かれた」


 エッジに聞かれた内容を冥王はまた問われるのかと少々面倒に感じていた。だが人間側からしてみればそんな冥王の感情を慮る余裕などない。

『魔物はゲートを通る事が出来ない』これが常識であり、これによりホープ大陸で人間たちは生きて来られた。それが常識であった。しかし、今日冥王がゲートを通った事でその常識が覆されてしまったのだ。なぜ冥王が通る事が出来たのか?それは絶対に追求しなければならない事であった。


「…確かにゲートには異様なものを感じる。それは多分ゲートから発せられる魔力が漏れているからだ。大方お前たちはこのゲートを維持するために膨大な魔石を要しているのだろう?」

「その通りだ」


 この場には学者も居合わせたが、学者に確認するまでもなくヴィエッタは答えた。王たる者としてある程度の知識は頭の中に入っている。そして情報の取扱いにも慎重にならねばいけない事も。ヴィエッタは冥王にゲートの内容をしゃべったとしても何ら問題ないと判断していた。


「その魔力に畏怖し、魔物たちは近づこうとしないのであろう。加えて魔物たちが不快に感じる気を発するなど細工がしてあると思うが」


 それを聞いたヴィエッタ、そして学者も驚いていた。正にその通りであった。


「それでなぜ私がこのゲートを通れたという点になるが、単純な話、私ほどの強さになるとゲートから発せられる魔力に恐怖を感じなくなるという事だ」

「ではそなたほどの強さが無ければゲートを通る事はないという事だな?」


 ヴィエッタは少し安堵した様子でこの言葉を発した。その理由は冥王がゲートを通過出来た理由が明確に分かった事。そして冥王ほどの強さを持つ者でなければゲートを通る事が出来ないと判断したためだ。

 しかし冥王は嘲笑う。ヴィエッタの問いに対してというよりは、ヴィエッタの内心を真っ向から否定するためであった。


「ヴィエッタ殿。そなたたちの目線で物事を考えるのはよくないぞ」

「どういう事だ?」

「そなたの物言いだと、私のような強さを持つ者がごくわずかしかいないと捉えてしまう」


 冥王の言葉にヴィエッタは頬杖を突くのを止め、思わず身を乗り出す。


「違うのか?」

「そなたたちが呼ぶ魔界という世界は思っている以上に広いのだ。私ほどの強さを持つ魔物などいくらでもいるぞ」

「————!」


 衝撃の事実。受け入れ難い事実が重しとなってヴィエッタにのしかかり、乗り出していた身を重力に従うようにドシッと腰を深く玉座に降ろしてしまった。そしてそのまま口をぱっくりと開けてまるで時が止まったように放心状態となってしまう。また、家臣らもその事実を受け絶句していた


「それは真なのか?お主が冗談で言っているのではないのか?」


 我に返り、ヴィエッタは絞り出した声で確認を取る。


「こんな冗談を言って何になる」


 冥王は再び笑って答えた。


「だが安心してよい」

「???」

「いくらゲートを通れたとしてもそのような者たちがゲートを通る事はないだろう。ゲートに異様な雰囲気を感じるのは皆同じだ。わざわざそんな所へ行ってみたいなどとは思わん。安心してよい」

「そうか」


 ヴィエッタと家臣らは安堵の声を漏らす。だが一様に心のモヤは晴れないでいた。


「次の質問に移らせてもらう…冥王、そなたはこの世に生を受けて何年になる?」

「わらわの年齢?そんな事はいちいち数えておらぬ。だがお前たち人間が言う魔界に住んでいた頃から私は生きているぞ」

「————!?」


 ヴィエッタは再度身を乗り出す。


「そうとすればそなたは少なくとも300年は生きているという事になる。冥王、そなたはソナディア王国を知っているか?」

「ソナディア?いや、私はそのような場所に赴いた事はない」

「…そうか」


 ヴィエッタは肩を落とす


「…いや、待て。ソナディア。聞いた事があるぞ。あぁ、私はその国の王と一度会ったことがある」

「何!?」


 ヴィエッタは女王と立場を忘れ、声を大にして驚いた。


「そなたはジェルム様…ソナディア国王と面識があるのか?」

「ジェルム?そうだジェルム。思い出したぞ」


 周囲がざわつきを始める。ラルフはそれを他人事のように見ていたが、


(ジェルム?ん?聞いた事があるぞ…あっ!金だ!)


 その時ふとルーに視線が行く。


(ルーも驚いている。一体何が?)


「静かにしろ——冥王、我々は現在ソナディア王国を目指しておよそ100年前から行動を開始している。我々の使命であり、悲願だ。そなたに訊きたい。今の私たちにそこへ到達する事は可能か?」


 場が静寂とした中で異様な緊張感が漂う。その場に居る者が緊迫した面持ちで冥王を見つめる。


「そのソナディア王国がどの場所にあったのか私には分からない」

「大雑把で構わぬ。魔物の強さと我々を比較して予想して欲しい」

「そなたたちの実力は分かりかねるために正確な事を言う事は出来ぬ…だが、厳しいだろうな」


 その声に落胆する一同。冥王は貴族たちの方に向きを変える。


「私が先ほどどうやってあの壁に傷を付けたのか、ここに分かる者はいるか?」


 その声にヴィエッタが反応し、家臣に問う。


「誰か分かるものはいないか?マスクどうだ?」

「申し訳ございません」

「そうか、ではキルギスどうだ?」


 このキルギスとはナルスニア王国の騎士団長を務めている。


「私はもう一線を退いた身。腕としてはマスク副団長の方が上です。そのマスクが分からなかったのであれば私に分かるはずがありません」

「他に分かる者はいるか?」


 ヴィエッタは声を掛けたが誰も手を挙げる者はいなかった。すると冥王は向きを変え、


「ではルー殿、そなたはどうだ?」


 言葉と同時に全員の注目がルーに集まる。ルーは困っていた。これ以上注目を集めるのはよくないのではないかと。


「ルー分かるか?」


 それを察したかのようにラルフは声を掛けた。ルーはいいのですか?とラルフに目で訴えかける。そしてラルフは小さく頷いた。注目を浴びたとしても今更であるし、第一、今は冥王がどのように壁に傷を付けたのか知りたいという好奇心の方が強かった。


「冥王さんが軽く手を動かすのが見えました。ですがそれだけです。そこから先が分かりません…」

「ふむ」


 冥王は頷いた。だがルーはまだ考えていた。そして導き出した答えが


「あの…もしかして冥王さんは魔法を使ったのでは?」

「魔法だと!?」


 声を発したのは冥王ではなく、家臣たちであった。冥王自身は聞いた事のない言葉に首を傾げている。


「ルー殿の言う魔法という言葉がいまいち理解出来ないが、とりあえずこのような力だ」


 全員が冥王に注目する。


「…浮いてる」


 真っ先に反応したのはすぐ近くにいたラルフであった。視線が低かったために冥王がゆっくりと宙に浮かび上がったのが分かった。

 周囲はラルフの言葉に反応し、冥王の足元を凝視する。宙に浮いている事が分かるや否や同じようなリアクションをした。


「私は風の力を利用する事が出来るのだ」

「それは魔力を利用しているのですか?」


 ルーは目を大きく見開いた驚きのまま冥王に尋ねた。


「あぁ、その通りだ。これをそなたたちは魔法と言うのか?」


 そしてルーは表情を変えずに頷いた。

 すると玉座に居る者たちが皮切りに「魔法だ」と声を出して驚き始めた。女王であるヴィエッタは、頭に手をやり大きくため息を吐いた。


「今日はそなたがゲートをくぐったという一報を聞いてから驚いてばかりだ。ジェルム様と面識があり、その上そなたは魔法まで使う事が出来るとは」

「驚かせて申し訳ないな」

「いや、気にしなくてもよい」


 冥王も形式的に謝罪し、ヴィエッタも形式的に返した。


「それで…その風の力を利用して私の後ろの壁に傷を付けたのか?」

「そういう事だ。私は風の力を利用し、かぎ爪を飛ばした。飛ぶ斬撃だと思ってもらってよい」


 全員がもう一度壁のかぎ爪の跡を見る。先程までは生々しく見えた跡も、魔法と知った今では少し神々しくも見える。


「話を戻そう。先程、私の手の動きが見えた者がここにいるルー殿しかいないという事だ。私の手の動きが見えぬのであれば実力不足と言わざるを得ない」


 この言葉に玉座に居合わせた騎士たちが眉間に皺を寄せる。国を背負って立つ者として、槍となって盾となって国を守っていると自負している騎士団。正体も分からない女1人に自分たちが劣っているなどと受け入れられるものではなかった。副団長であるマスクが声を上げた。


「割って入るようであるが、たまたま視線が冥王殿の手に行っていなかっただけだ。あの時の私は冥王殿の顔に視線が行っていた」


 マスクの言う事に一理あると皆が頷く。しかし、


「それはルー殿も同じであろう。だがルー殿は気が付くことが出来た。単純に注意力が足らないという事だ。戦いの場で注意力が足らないのは命取りだ」

「それは…」


 マスクはぐぅの根も出なかった。


「それに…私は一度ルー殿と戦った事がある。ルー殿の実力は私が保証する」


「冥王が認めるこの女は何者なんだ?」その場にいた者たちがルーに興味を抱き始めていた。


「ルー殿。今日の動きは良かったぞ。あの時よりも動きが良かった」


 そこでルーはやっと気が付いた。思い出したのだ。そして小さく呟いた。


「あなたは…あの時のブラックドラゴン?」

「…いかにも」


 冥王は笑った。


「私たちはそこの…ルーほどの実力がないとソナディア王国へたどり着けないという事か?」


 ヴィエッタが話を戻すように冥王に問いかけた。


「いや、そうとも言い切れるものではない。ただ、実力不足なのは確かだ。我々魔物はお前たち人間より魔力の扱いに長けている。お前たちの言う魔法という力を行使できるほどにな」


 冥王に言い返す事の出来る者はもう誰もいなかった。その場に静寂が流れる。そしてもう一度ヴィエッタが口を開けた。


「冥王殿。そなたが今回我が国に来訪した件、周囲の国家に伝えても良いか?」

「あぁ、別に構わない」

「感謝する——ウルベニスタ」

「はっ!」


 このウルベニスタとはこのナルスニアでの宰相を担っており、ヴィエッタが信頼を寄せている人物である。


「各国に連絡を取ってほしい。至急四国会議を開きたいと。内容は一か月後に迫る大規模侵攻についてだ」

「陛下、もしや中止を呼び掛けるおつもりですか?」

「中止などせぬ。時間が無い事はお前も分かっているだろう?だが今回の件を伝えずにはいられまい」

「かしこまりました」

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