第81話 目覚めるラルフ
(…なんだ?)
意識を取り戻したラルフは、足が包み込まれるような感覚を覚えていた。
(すごく気持ちがいいぞ)
先ほどまでは足が焼けるような感覚で、自分の足は限界を超え、完全に壊れてしまったと思っていた。ラルフが意識を失った後もゾルダンがラルフの足を見ては絶句していたほどだ。だが、今は先ほどの事が嘘だったように自分の足が優しい手で包み込まれるような温かさを感じていた。
ここでラルフはようやく目をゆっくりと開ける。視界はぼやけているが、見た事のあるシルエットが自分を覗き込んでいるのが分かる。
「ラルフ!」
目では判断出来なかったが、声でその人物がルーであると認識した。
「ルーか?」
「はい、ルーです!ラルフ…良かった」
ルーは安心したのか、全身の力が抜け、ラルフの胸に顔をうずめるような形になった。
「うっ!」
途端に全身に激痛が走る。
「ご、ごめんなさい」
ルーは慌てて離れる。
「無闇に患者に触れるのは止して下さい」
ラルフは明瞭になりつつある視界で周囲を見渡し、状況を確認する。自身は折り曲がったベッド寝ており、そして足元には見慣れない人物がいた。先程の声は多分この人物から発せられたものであろう。そのままラルフは視線を落としおそるおそる自分の足を見る。
(黒い)
今、ラルフの足は薄黄緑色の液体の中に浸されていた。その中にある自分の足は、まるで焼け焦げたように真っ黒になっていた。
「ラルフさん」
ルーがいる左側とは反対の方向から声がするのでそちらの方を振り向く。
「ゾルダンと…それに冥王!?」
「お目覚めのようだな、ラルフ殿」
「お前…なんでここに?」
「それは私から説明しましょう」
横に居たゾルダンが口を開き、ラルフに説明を始めた。
「…ってことは俺の足の治療のためにゾルダンの話に乗ったって事なのか?なんだか悪いな」
「ふっ、そんな申し訳ない顔をするな。別に話を聞かせてくれと言われただけだ。私に都合悪い事など何もない。それよりも問題はそなたの足の方が問題だ」
そう言うと冥王は小さなため息を吐く。その横にいるゾルダンも険しい表情。そして、反対側に居るルーに至ってはとても辛そうな顔をしていた。
「私から説明しましょう」
足元の方にいる医者と診られる男が口を開いた。
「あなたはラルフさんでよかったすね?」
「えぇ、そうですが」
「今、あなたはこの国…いえ、このホープ大陸で最先端の治療を受けています。ラルフさんが足に浸かっているのはポーションを応用した特殊溶液です。これで著しい傷を負った場合にも体に負担をかけずにじっくりと治す事が出来るのです」
「よく分からんが…とにかくすごいってことだな」
ラルフはどこか身分不相応な治療を受けている気持ちになった。
「………」
ラルフが笑顔を見ていた医者は言いにくそうな顔をしていた。そしてラルフに何か伝えようと口を開いた時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「失礼する」
「…マスクさん!どうしたのですか?」
ゾルダンが少し驚いた様子で声を掛ける。
「今回の件で事情聴取を聞きたい」
「————!?こんな夜遅くからですか?明日ではダメなんですか?彼らは戦いを終えたばかりです」
「そんな事は分かっている。だが時間と共に記憶は薄れて行く。そこに重要な情報が埋もれていたらどうする?」
それはまるで決定事項であると有無を言わさぬような言い方であった。
それでもゾルダンは反論しようするがマスクはそれを制した。なぜならまだ言わなければならない事があったからだ。
「女王陛下が直接貴殿たちと話したいそうだ」
「陛下が!?」
目を丸くしたゾルダンに映ったその時のマスクの顔は「お前も分かるだろ?」と言いたげな顔をしていた。そう、全てはナルスニアの平和のため。それは最優先事項である。
ゾルダンはルーたちに向き直り、頭を下げてお願いした。
「皆さん、申し訳ないのですがこれから玉座の間にて陛下と話をして頂くことになります。こちらの勝手で本当にご迷惑をお掛けします」
「私としては別に構わん。だが、ラルフ殿はどうするのだ?彼はまだ治療中だ」
「私も同感です。医者の立場として、ラルフさんは休ませてあげて下さい」
ゾルダンも同意見のようでそれには頷く。そして同意を得るためにマスクの方を見ると、
「何か勘違いしているようだが、私も鬼ではない。そこにいる女性と冥王、そなたら2人がいれば十分だ」
と了承する。だがラルフは
「いや、俺も一緒に行く」
「ラルフさん、そんな状態で」
医者が止めに入る。そしてゾルダンも
「あなたは先ほどまで気を失っていたのですよ?そんな無茶は——」
「——別に使命感で言ってるんじゃない。ただ国の一番偉い奴なのか見てみたいだけさ。それに治療を受けさせてもらった恩もあるしな。礼を言っておきたい。ダメかな?」
「あなたがそう言うなら…分かりました」
と渋々ながら了承し、マスクとゾルダンは一度部屋を出て行く。
その間にラルフは特殊溶液から出され、足に包帯を巻かれ車いすに乗せられた。
「ラルフ、足はどうですか?」
「焼かれるような感覚はなくなったが、今は痛みがすごいな」
「だったら面会するのは止めにしては?」
ルーがラルフに進言する。
「たとえ面会しなくてもこの痛みが消えるわけじゃないし、これじゃあ眠れそうにない。だったら女王陛下とやらに挨拶した方がいいだろう。それよりも心配なのはルー、お前の方だ」
「えっ?私ですか?」
「女王やこの国の偉い奴らはお前の事を知っているんじゃないのか?」
「あっ」
ルーは思い出したかのような表情をする。
「確かに…私は女王陛下とは面識があります」
「やっぱりか」
ラルフはため息を吐く。
「なんだ?問題か?」
冥王が話に入って来る。
「いや、こっちの問題だ。気にしないでくれ——ルー、お前はとにかく白を切ればいい。いいか、今のお前は俺の仲間、ルーだ」
この時ルーは一瞬目を見開くが、すぐに嬉しそうな顔に変化した。それはラルフが自分を仲間だと言ってくれたからだ。
(そう…今の私はルー。シンシアではありません)
「はい、私はルーです」
と強く答えた。これには自分にも言い聞かせるためでもあり、ラルフもそれを聞いて頷いた。
そこへゾルダンがやって来た。
「皆さん、よろしいですか?それでは玉座の間へ。それと…医師の片も一緒に来ていただきたいのですが」
「私も?」
「陛下がラルフさんの足の容態を聞きたいそうです」
「そう言う事ですか…分かりました——それとラルフさん、少しいいですか」
すると医者はラルフの足に注射をした。
「これで少しは痛みを緩和出来るでしょう」
「助かります」
医務室を出たラルフたちはゾルダンに案内されながら玉座の間へと向かう。この時ラルフは車いすでルーに押されながら移動していた。ラルフは少し辺りを見渡しながら、
「俺が住んでいた世界とは別世界だな」
と皮肉めいて呟いた。かつての自らの生活の拠点であったスラムと見比べていたのだ。
どこまでも続く長い廊下、高い天井、そしてそれを支える柱1本にしても細工が施されている。普通このような光景を目にすれば感嘆の声を出すであろう。城は正に荘厳だ。しかし、ラルフにとってそれらは全く必要性を感じられないものであった。今は客観視出来るが、もう少し自分が幼ければこれを贅沢と捉え、怒りを覚えていたかもしれない。とは言っても、ラルフが貴族や王族を嫌う事には変わりない。ただ、今は国のトップに君臨する者に興味を抱いており、一目見たいと思っていた。
ラルフはこれを単なる気まぐれという言葉で片づけてしまっていたが、実際はそうでもない。環境、立場、人との出会いでラルフは自分でも気が付かない程の心境の変化が少しずつ起きていたのだ。
そうこうしている内に玉座の扉の前に着いた。
「こちらです」
ゾルダンは大きな扉を開ける。
赤い絨毯が引かれた部屋へと足を運び入れる。ラルフたちはナルスニアの女王、ヴィエッタ・ド・ナルスニアと対面する。
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