第79話 もう1人の最後

「私はこれからこの卵を盗んだ者の始末をする。そなたらは先にゲートをくぐってもらって構わんぞ」

「ラルフ、私たちは母親のドラゴンの元へ向かいましょう。見ても面白いものではありません」


 ルーは提案するが、


「いや待ってくれ…なぁ、冥王だっけ?ちょっとこいつと話をしてもいいか?」


 冥王はこの問いに対し、


「そなたは卵を取り返してもらった恩人だ。別に話をするのは構わないが、殺すなという願いだけは聞き入れることは出来かねる。この者はここで殺す」


 抑揚のない声で言った。


「…あぁ、分かっている。俺に止める権限はない。ただ最後にこの男に訊いてみたい事があるんだ」

「別に構わん。だがなるべく手短にな」


 ラルフはその言葉に頷き、そしてエッジに話しかける。


「最初に卵を盗んだのはお前じゃないな?」

「————!」


 エッジは反射的に目がピクリと動いた。ラルフはそれを見逃さなかった。


「合っているな。卵の盗んだのはお前の手練れの仲間だな」

「………」

「まぁ俺にとってはそんな事はどうでもいいんだ。俺が聞きたかったのは、もっと根本的と言うか、何と言うか…こんな事をする必要があったのかって。なぁ何でこんな事をしたんだ?」


 ラルフにとってエッジは敵であった事に間違いはない。しかし、エッジを悪人と捉えることは出来なかった。これまで出会った自分の欲望のままに相手を踏みにじろうとする人間では無いという事を理解していた。それ故にエッジが人を殺してまで卵を奪い取ろうとする事が理解出来ないでいた。ラルフはエッジがこれまでもこれに近い事を行っていたのだろうと踏んでいた。なぜそんな事を続けるのか?


「…愚問だな」


 そう言ってエッジは失笑した。だがすぐに真剣な表情に戻し、


「じゃあ逆にお前に問おう。お前はなぜ卵を守ろうとした?俺に殺されかけたのだぞ?初心者装備を身に付けたお前が足だけ身の丈に合わない装備をして…その挙句にお前は足を壊した。なぜそこまでする必要があった?」


 それを言われたラルフはハッとする。


「そう言う事だ。お前にとってすべき事があったように俺にとってもすべき事があるのだ。たとえ俺の行う行為が周りからは非情な行為だと捉えられたとしても、俺たちはお前たちから卵を奪う事がすべき事だった」


 エッジの揺るがない表情をラルフもただ黙って見つめた。


「もういいか?」


 冥王が割って入ってラルフに訊く。ラルフは我に返り、


「…あぁ、悪かった」


 そこで2人の会話は終えた。


「ではこれから私はこの者を殺す。お前たちは先に妻の元へ行け」

「ラルフ、行きましょう」


 ルーはラルフに促す。するとラルフは


「なぁ、やっぱりこいつを殺すのか?」


 と冥王に問いただす。先ほどまでは殺す事に関して口を挟むつもりはないと言っていたのに。


「やっぱりこうなるか」


 ラルフの問いに冥王はため息をついた。こうなることを見抜いていた。いくら殺そうとしてきた相手であっても会話を通じてその相手の人間性が見え、情が湧く。そして殺す事に躊躇してしまう。

 だがそんなラルフに冥王は毅然として答えた。


「この男は殺す」


 揺るがない決定事項のように強く。


「…そうだよな、悪かった」


 ラルフは冥王に謝罪した。

 この時エッジは自分が助かるのでは?などとは思わなかった。冥王から感じられる雰囲気ですぐに分かる。殺すのを簡単に止めるような甘い男ではないという事を。

 加えて先ほどから切断された右腕から噴き出す血で自分の命はそこまで長くないだろうと感じていた。


(血を流し過ぎたか…視界が霞む。殺されなくてもどっちみち俺は死ぬな)


 冥王はエッジを見ながらラルフたちに声を掛ける。


「そなたらはもう行け」

「…いや、俺はこいつの最後を見届ける」

「ラルフ?」


 またもや突然の申し出。その上ルーにとっては理解しかねる内容。


「俺は最後まで見届けなきゃいけない気がするんだ。ルー、お前が見たくないなら俺を置いて行ってもらって構わない。お前はゲートをくぐって先にドラゴンの元へ行って、もうすぐ行くと伝えてくれ」


 ルーはラルフの愚直と言えるまでのまっすぐな性格に惹かれている。しかし、今回だけはその性格を疎ましく思った。人を殺される瞬間をラルフに見せたくなかった。もしかしたらラルフはスラムという生い立ちの中で人が殺される場面を見てきたかもしれない。だが今回は少し違う。敵なれど、ラルフにとって影響を与えた者が殺されるのだ。それはラルフの心に影を落とすかもしれないと不安になっていた。


(私はここから無理やりにでもラルフを離すべきなのでは?)


 とりあえずもう一度ラルフにこの場を去るように再度説得を試みようとする。その時、


「待ってもらいたい!」


 声がする方向を見ると、そこにはゾルダンの姿があった。他にも十数名の装備を身に付けた者たちを連ねている。

 ゾルダンはフォレスターを連れ帰り、すぐに応援を求めていた。一緒に現れた者たちはナルスニア騎士団の者たちである。


「ルーさん、ラルフさん」


 ゾルダンが駆けて来る。


「…命はあるようですね、よかった」

「えぇ、男は無力化しました。でも、あなたのお仲間のカルゴさんが」

「カルゴは大丈夫です。先ほど医療班が彼を救出しました。もちろんアッザムさんとナナさんも同じです。あなた方も…特にラルフさんあなたの治療が急務です」


 ゾルダンはルーが抱えるラルフの足を見る。もう自力では立つことが出来ないほどの状態であることは容易に分かる。


「それと…この男も我々が収容し、治療します」

「どういう事だ?」


 ラルフがゾルダンに尋ねる。


「治療してこの者から事情聴取し、裏に隠れている者を暴きます」

「そういう事か。だが俺たちにその決定権はない」


 そう言うと、ラルフは冥王の方を見た。


「この者は一体…」


 この時、ゾルダンが引き連れて来た騎士団たちもラルフたちの元へ寄って来た。話に入るためだ。今はその全員が冥王に目を向けていた。冥王の圧倒的な存在感に釘付けにされていた。


「こいつは話題に上がっていた冥王だ。この卵の親だ」

「————!?ということはドラゴン?なぜ魔物が!?」


 ゾルダンの「ドラゴン」という言葉に騒然となる。なぜ魔物がゲートをくぐって来られるのか?エッジと同様、驚きを隠せない。


「この男の命の決定権は冥王にある。交渉するなら冥王としてくれ」


 ラルフはゾルダンにそう言った。

 すると冥王が明らかに不快な表情を浮かべた。非常に面倒な事になったという顔をしている。そこへ騎士団の1人が前に出て、声を掛けて来た。


「私はナルスニア騎士団で副団長を務めているマスクだ。お前のような者がなぜここにいるかは分からんが、この男の——」

「——断る」


 冥王はマスクの会話を途中で遮り、端的に答えた。マスクは驚いたが、


「断ると申されても、我々にはこの者を連れ帰らねばならない。異論は認めない」

「なぜ私がお前たちの都合に合わせねばいけない?」


 冥王の声には明らかに怒気が含まれていた。場に緊張が走る。

 ここでゾルダンがそっとルーに尋ねる。


「ルーさん、この冥王の強さは?」


 ゾルダンはナルスニア騎士団が自分を凌ぐ強さを持つ者たちである事は理解していた。我が国最強の部類に入ると言っても過言ではないと。しかし、それでもルーの実力の方が上回ると感じていた。


「私たちでは相手にならないとだけ言っておきます」


 ルーは冥王に既視感を覚えていた。そして今はその既視感に見当がついている。かつて一戦交えた相手であると。


「それほどまで…ですか」


 ゾルダンはルーの実力を前にしても冥王には歯が立たないと知った上でいよいよ冥王の存在が脅威に感じた。


(このエッジという男の確保は諦めねばならないな)


 ゾルダンはマスクに副団長に諦める事を伝えようとする。だがここで事態が急転する。


「「————!」」


 冥王とラルフが、エッジが不敵な笑みを浮かべた事に気づく。

 ラルフはこの場に居てはまずいと直感的に感じた。


「ルー!まずい!ゲートの中へ——」


 だが冥王がすぐに動いた。瞬時にエッジの体を掴み上げる。


「貴様!何をする!?」


 マスクが声を荒げたが、冥王はそれを無視する。そしてエッジを空へと高く高く放り投げた。

 高く舞い上がったエッジ。そして次の瞬間、閃光と共に大きな音と共にエッジは爆発した。エッジは一緒に心中を図るつもりで自分の体に仕込んでいた爆弾を起動させたのであった。

 冥王以外の者は反射的に身をかがめた。ルーもラルフの身を第一に考えながら身をかがめた。

 爆発が落ち着き、全員は起き上がる。そして同じように空を見上げる。そこにはいつもと変わりない星が輝く夜空が広がっている。

 ほとんどの者が呆然と見上げる中で、


(ここまで…ここまでする必要があったのか?)


 ラルフだけは夜空を睨んでいた。そしてルーはそんなラルフを見つめていた。そこに冥王が話しかけて来る。


「これで要は済んだ。行こう、妻があちらで待っている」

「おい!待て!」


 マスクは止めるがまたもや冥王はそれを無視して、ゲートをくぐって行った。そしてラルフを抱えたルーもそれに続いた。


「副団長、今は被害の確認と報告を。あの者たちは私が後を追いますので」


 ゾルダンの提言にマスクはしぶしぶ了承し、部下に指示を出した。そして自身は城へと戻って行った。

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