第69話 ドラゴンの卵奪還

「ひぇぇ」


 フォレスターはアッザムの顔を見るなり、怯えた声を漏らす。


「ちょ、あいつ、漏らしてない?」


 ナナがフォレスターを見ながら不快感を前面に出す。


「あぁ、まぁでも無理はねぇんじゃねぇか。絶対に安全の金庫の扉をこじ開けられたんだからよ。俺があいつの立場だったら正直自信はねぇぜ」


 アッザムにそう言われたナナは一度振り返り、金庫の扉を見返す。強引に引き裂かれた扉を見て、アッザムの言う通りだと思った。


(私だったらそこら中がびっしゃびしゃになるわね)


「ゾルダンとカルゴ、あの2人はどうしたんだ?」


 震えながら自分の味方となる者を必死で探すフォレスター。


「私たちならここに居ますよ、フォレスター様」


 ゾルダンが笑みを浮かべながら部屋の中へと入って来る。


「お前たち…どうして?アッザムたちを止めに行ったのではなかったのか?」

「申し訳ございません、フォレスター様。いろいろと予定に変更がございまして」


 切羽詰まった状況にまくしたてるように話すフォレスターに対し、ゾルダンは変わらぬ調子で淡々と話す。


「私はお前たちに高い金を払っているんだぞ!どういう事だ?」

「護衛の件についてはキャンセルさせて頂きます。カルゴ」

「あぁ」


 そう言ってカルゴは自身が来ている鎧から金の入った袋を取り出し、それをフォレスターの方へと投げ返す。その金を見てさらに血の気が引くフォレスター。


「金が不満だったのか?それなら2倍、3倍…いや、お前たちの好きなだけ金を払おう。だから私を守ってくれ!」


 懇願するようにフォレスターはゾルダンに頼み込む。しかし、


「フォレスター様、私たち、実は暗部なのです」

「————!」


 その瞬間、フォレスターの目が大きく見開く。


「私たちは国に害を為す者を捕らえにきたのです。フォレスター様、あなたはその捕縛対象です」

「そんな…」


 それを聞いたフォレスターはうな垂れた表情をする。だがすぐに


「まだだ!超越者と連絡を取った。こちらにすぐ向かうと言っていたぞ」

「それは少し困りましたねぇ」


 するとゾルダンはおもむろに魔伝虫通話機を取り出す。


「それは!?」

「私も暗部ですのでこれくらいは…あっ静かにしてもらえますか?」


 ゾルダンは静かにというジェスチャーをする。


「私です。ターゲットの1一人、フォレスター様を確保しました。ですが超越者がこちらに向かっているとこのこと。至急応援をお願いします…これでよしっと」


 ゾルダンは魔伝虫通話機を切り、ゾルダンに話しかけようとするが、ラルフたちが部屋中を見渡しているのが目に入る。ラルフたちが卵を探していたのを思い出した。


「皆さん、すぐに吐かせますから大丈夫ですよ。さて…」


 ゾルダンはゆっくりとフォレスターの元へ歩み寄る。


「フォレスター様、ドラゴンの卵はどこへ隠しました?」


 ゾルダンは笑みを浮かべたままフォレスターに話しかけた。フォレスターにとってその笑みが非常に不気味に感じられた。しかし話すつもりなど毛頭なかった。話してしまえばこの場にいる必要はないのだ。それは即ち超越者たちがここに来ても無駄に終わることを意味する。


(何としても時間を稼ぐんだ。そうすれば私にもまだ生き残る道はある)


 フォレスターは断固として口を割らないつもりであった。


「おい、こういうのは俺に任せときな」


 アッザムが得意げな顔をしてフォレスターの元へ近寄る。だが、


「いいえ、こういうのは私のお仕事ですので」


 そう言うなり、ゾルダンは剣を抜き、フォレスターの眼前で剣を薙ぎ払った。その瞬間フォレスターは鼻から熱いものを感じ、悲鳴をあげる。


「ぐぎゃああああ」


 すぐに鼻の先に手をやるフォレスター。鼻は切れ、そこからは血が溢れ出ていた。


「お前…よくもこの私に…」


 フォレスターは怒りをぶつける気でいたが、すぐに恐怖がそれを凌駕した。ゾルダンは変わらず不敵な笑みを浮かべていた。


「次は耳です。耳はしっかりとそぎ落とします」

「分かった、言う。言うから…止めてくれ」


 フォレスターは懇願する。つい先ほどまでは口を決して割らないと思っていたが、それはいともたやすく崩れ去った。痛みが恐怖を助長させ、その恐怖がフォレスターを飲み込んだのだ。

 このような拷問に近い行動をアッザムとナナとラルフの3人は割と平然と見ていた。アッザムに関してはこういうのは慣れていた。正直徒党との揉め事でこのように脅した事はいくらでもある。またラルフとナナに至っても、慣れてはいないがこういうものだと割り切っていた。しかし、ルーだけは違った。ラルフに出会ったその日から人間の暗い部分を知ったが、まだまだ自分の目にした数は少ない。人間の残忍性に対して、免疫がなく、目の前の光景に思わず目を背けていた。


「それで、どこにあるのです?」

「そ、そこの立てかけてある鎧の像の左の手首を右に回してくれ」


 このやり取りをこれ以上見たくないルーは自身が動いて終息を図ろうとした。しかしそれをラルフに止められる。


「ルー、止めろ」

「どうしてです?」


 ラルフがルーを止めた事にゾルダンは一瞬驚き、すぐに称賛の笑みを向ける。


「素晴らしい。ラルフさんのその危機管理意識、素晴らしいですよ。さぁ、フォレスター様。鼻が傷むかと思いますがご自分で仕掛けを解いてもらえますか?」


 フォレスターはゾルダンを睨む。


「こんな状況で罠など仕掛けるか」


 そう言って、重い体で立ち上がり、フォレスターは鎧の像の手首を回す。すると、壁の一部分が動き、そこからさらに奥へと通路が開けた。


「本当に大切な物はこの奥にあるってことね」


 ナナは半笑いで答えた。


「さぁ、案内してください」


 フォレスターは諦めたようにゾルダンたちを奥へと通した。

 奥へ行くと、そこには台座に乗った大きな卵が置いてあった。両手で抱えないと持つことが出来そうにないほどの大きさである。その場にいた全員が間違いなくドラゴンの卵だと認識した。


「さぁ、フォレスター様。仕掛けを解除してください。何かあるのでしょう?」

「…待っていろ」


 フォレスターは台座に乗った卵の裏側へと回る。そして裏側から卵を持ち上げた。すると次の瞬間、左右天井から台座の正面に目掛けて槍が放たれた。正直、アッザムやナナはもう仕掛けはないと踏んでいた。しかし、目の前で仕掛けが発動したのを見て、肝を冷やした。


「これでもう安心ですね」


 その言葉と共にゾルダンも警戒を緩め、剣を納めた。それを見て今度こそアッザムやナナも気を緩める。ルーに至っては大きく息を吐いた。フォレスターはそんな表情を見て、思いがけない行動に移る。


「こんな物!」


 自分の野望が潰えるならもうどうでもいい。そんな心情になったフォレスターは卵を大きく振り上げ、床に叩き割ろうとした。フォレスターは自分が不幸になるくらいなら、周りも不幸になればいい。そのような考えを持った人間なのだ。卵が手に入らないのなら、壊してしまえばいいと思ったのだ。油断していた全員が「しまった」と顔をしかめる。フォレスターを止めようにも、このような行動を取ると思っていなかったために反応が出来ない。

 だが1人だけそれを見抜いていた者がいた。それがラルフである。

 人一倍警戒心が強く、人一倍人間の暗い部分を見て来たラルフは、フォレスターがこのまま終わるはずがないと見抜いていた。


「…3速」


 ラルフはつぶやくと同時に瞬間的に爆発的に加速し、フォレスターに向かってダイブした。そしてフォレスターが卵を床に叩きつける前に卵を奪い取り、そして卵を守るように着地した。


「くそっ!」


 フォレスターは悔しさに打ちひしがれる。そして他の者たちは唖然としていた。そんな者たちに向かってラルフは喝を入れる。


「おい、早くしないと超越者っていうバケモノが来るんだろう?さっさと出るぞ」

「あ、あぁ」


 我に返ったアッザムが反応する。


「それで…このクソ野郎はどうするんだ?」

「面倒ですが、私とカルゴで連れて帰ります。洗いざらい吐いてもらわねばなりませんから。カルゴ」


 少し離れて周囲を警戒していたカルゴがゾルダンに呼ばれ近づいて来る。カルゴはフォレスターを抱えて運ぶつもりだ。しかし、


「あぁ、ちょっとだけ待ってくれ、いいか?」


 アッザムがそれを止める。そしてもはや気力の無いフォレスターに向かい、


「どうやらおめぇを殺す事は出来ねぇらしい。だからこれで勘弁してやる」


 そう言って右手のドラゴンクローを外し、素手となって右手でフォレスターのみぞおち目掛けて拳をねじ込ませた。フォレスターは嗚咽を吐くと共にぐったりとした。


「これでちったぁ気が晴れたな。よし、早くずらかろうぜ」


 と晴れ晴れとした表情をしていた。


「これで俺も運びやすくなった」


 カルゴはぐったりしている肥えたフォレスターの体を軽々と持ち上げ、金庫扉の方へと向かって行った。


「ルー、ナナ」


 ラルフが2人に声を掛ける。


「卵は戦闘が出来ない俺が抱えて運ぶ。もし、攻撃を受けた時はお前たちが俺を守ってくれ」


 その言葉にルーは「分かりました」と大きく頷く。ナナも


「了解よ…ん?」


 ナナは卵が置いてあった台座の布に気付く。


「これ、衝撃とかを吸収するすごくいい布よ。これを卵に巻いていった方がいいわ」


 ナナは急いで卵に布を被せた。


「よし、行こう」


 こうして全員が金庫部屋から出て、屋敷の出口へと向かって行った。

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