第70話 超越者現る

「どけどけどけ!」


 行きと同様、アッザムがフォレスターの屋敷にいる警護の者たちに声を荒げる。警護の者たちはフォレスターの抱えたカルゴを見て驚くがそれ以上は何もしない。何かしたところで返り討ちに遭うだけである。またフォレスター家で働く侍女や執事たちに至っては恐怖に怯えている状態だ。


「こういうとき悪役がいるって頼りになるわね」


 ナナは笑ってアッザムに話しかける。


「うるせぇ!俺は悪役なったつもりはねぇ!」


 心外だと言わんばかりに反応するが、


「その顔でよく言うわよ」


 と追い打ちを掛けられ、アッザムはさらに腹を立てる。やり場のない怒りがアッザムの表情をより険しくし、その表情を向けられた警護の者たちはさらに震えあがる。


「おい、殺されたくなかったらさっさと道を開けろ!」


 こうして戦闘を避けながら、出口へと足を運ぶことが出来た。

 ナナとアッザムの後ろにゾルダンとカルゴが続き、そして殿はラルフとルーが務めていた。正直な話、ラルフに殿が務まるわけがない。したがってルーが全てに対処しなければならないが、そのルーに至っては超越者の急襲よりラルフの事を心配していた。


「ラルフ、先ほど魔石を使ったようですが、足は大丈夫ですか?」

「あぁ。3速だったし、それに一瞬だったからな。なんともないよ」

「ドラゴンの卵は重くありませんか?私が持ちましょうか?」


 いくら心配してもし足りないといった表情をラルフに向けるルー。それを見て、ラルフはため息を吐く。


「ルー、お前が卵を持ったら超越者が現れた時どう対応するんだ?」

「あっ…そうでした」

「俺の方は大丈夫だから、今は周りを警戒してくれ」

「分かりました…でも何かあったらすぐに言って下さい」


 ラルフはやれやれと、もう一度小さくため息を吐いた。


「おい、外に出るぞ!」


 アッザムの声と共にラルフたちは屋敷の外へと出た。ここで一度足を止め、周囲を見渡す。


「おい、ゾルダンっつったか。仲間は来てねぇのか?」

「そろそろ来てもいいと思うのですが…どうやら来ていないようですね」

「ここで待っているわけにもいかねぇ。とにかくここから離れるぞ」


 アッザムが言い終え、再度移動を始めようとした時、


「言っておく事があります」


 ゾルダンが真剣な面持ちで若干声を低くくし、話始めた。


「私たちはこのフォレスターから事情聴取を行い、裏で動いている者の情報を掴みたいと思っています。ですから私たちは何としてもこの者を国へ持ち帰りたいのです」

「…何が言いたい?」


 アッザムは真相を訊く。


「超越者の目的は2つあります。1つは、ドラゴンの卵の奪還。そしてもう1つは——」

「——フォレスターの奪還か…」


 アッザムは割ってそう答えるが、ゾルダンは首を振る。


「証拠隠滅のため、フォレスターの抹殺…多分こちらの方が現実的かと」

「そうなれば我々はまた一から敵を追う事になる」


 フォレスターを背負うカルゴが神妙そうに答えた。


「要はあれだな、お前たちはもし超越者がドラゴンの卵を奪うのを優先して来たら、その隙にフォレスターを連れて帰るってこったな?」


 ゾルダンはアッザムの言葉に頷く。


「そう言う事です」


 それに反論するのはナナ。


「ちょっと、それってないんじゃ——」


 だがそれを制したのはラルフであった。


「——それで構わない。その代わり俺たちもフォレスター抹殺が優先されるならお前たちを犠牲にしてドラゴンの元へ向かわせてもらう」


 ラルフは遠慮なくはっきりと答えた。その言葉にゾルダンはフッと笑い、


「強いお方だ。本当は助けてもらいたいのですが、しょうがありません。卵を優先していただいて構いません」


 それを聞いてラルフは頷いた。


「よし、決まりだな。さっさとこんな所はおさらばだ。おっ、いいところに馬車があるぜ」


 アッザムが指差す方向には1台の馬車があった。それはラルフたちが来た時に乗って来た馬車である。未だにウロはその中で気絶していた。

 ラルフたちはその馬車へと素早く乗り込む。ウロが気絶しているので代わりにアッザムが運転する。


「飛ばすぜ」


 まだ全員が座るか否かのタイミングでアッザムは2馬に鞭を入れ、馬車を急発射させた。門扉に一直線へと向かって行く。


「どけぇーーー!」


 ついさきほどまでウロとやり取りをしていた真面目な門番。本来ならアッザムたちを止めなければならないが、「止まれ」と言ったところで止まりそうにもない馬車。それ以外に止める術は知りえない上、おまけに運転しているのはあの恐ろしいアッザムである。素直に道を譲る他なかった。


「おい、コイツの事頼むぜ」

 アッザムはこの時、ウロを門番に向かって片手で放り投げた。門番の2人はなんとかウロを受け止める事が出来た。


 屋敷を後にしたアッザムは貴族たちが住むセクター1を走り回る。貴族街であるため、平民たちの住む場所と違い閑静な場所である。それに加え、陽が沈んでいるために人通りは少ない。そのような場所で1台の馬車が音を立てながら道の真ん中を突き進んでいた。

 だが少し進んだ所で道の真ん中に1人の男が佇んでいるのをアッザムは確認した。


「おい、ひき殺されたくなかったらそこをどけ!」


 アッザムは脅しに近いような声を上げるが、その男はそこから動こうとしなかった。馬車と男の距離はみるみると縮まる

 …男は笑みを浮かべていた。


「————!」


 アッザムは男の笑みを見た瞬間、寒気を覚え、そして確信した。


「超越者だ!」


 次の瞬間、男は半歩分左に移動し、右腕を出した。男はアッザムやカルゴに負けないほどの大きな体格の持ち主であり、男の右腕はまるで丸太のような腕であった。


「くるぞぉーーー!」


 アッザムが叫ぶなり、男は馬車を引く馬にめがけてラリアットをかました。本来であるならば質量とスピードを兼ね添えた馬車が男を吹き飛ばすのが物理の法則であるが、男は微動だにしなかった。逆にラリアットを食らった馬が悲鳴を上げながら馬車と共に吹き飛んだ。

 一方馬車の中では、アッザムの声にルーがいち早く反応し、すばやく剣を抜き、横に振りぬいた。外から来る衝撃と共に、ルーが切ったとされる馬車の上半分が分離した。各々は立ち上がり、その場から跳んで移動した。


「はっはっは。なんとか間に合ったみてぇだな」


 着地したラルフは男を見る。大きな声を出し、笑う男。まるでこのトラブルを楽しんでいるかのように見えた。


「————!」


 ルーが咄嗟に見上げる。


「皆さん、下がって下さい」


 ルーは飛び上がると共に剣を抜き、上空から剣を振り下ろす新たな超越者の攻撃を受け止める。そしてルーはそのまま力任せに剣をなぎ払った。超越者は後方へと飛ばされるが、バク宙をしながら、先ほど馬車を止めた男の横に降り立った。


「エッジの攻撃を受け止める奴がいるのか?信じられねぇ」


 馬車を止めた男は驚いている。


「あぁ、どうやらお相手の1人は俺たちと同等な存在の用だ。ウォッカ、これは少々予定に変更が生じるぞ。先ほどの騎士たちのように簡単には倒せなさそうだ」


 それを聞いたゾルダンは顔をしかめる。


「どうやら私の呼んだ応援はあの2人に倒されてしまったようですね」

「これって逃げる事出来ない?戦わなきゃならない?」


 ナナがルーに尋ねる。


「無理でしょう。あの2人、向き合って話しながらも私たちへの警戒は一切怠っていません」


 この時、ルー自身もいつ超越者の攻撃が来ても対処出来るように身構えていた。


「それでルー、どうなんだ?あいつら2人は強いのか?」


 ラルフの問いに、全員がルーに注目する。


「えぇ、先ほどの太刀を受けた感じ、間違いなく強いと思われます」

「はぁ…覚悟を決めるしかないわけね」

「格上相手か。正直あんまりやりたくねぇぜ」


 ナナとアッザムは共に苦笑いをし、武器を構えた。

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