第67話 超越者

「当主様、侵入者です!」


 警備の1人が慌ただしくフォレスターの元へやって来る。それに反応するようにフォレスターは体をびくりと反応させる。


「おい、ゾルダン。どうなっている?お前の予想では奴らが来るのはもっと後だと言っていたではないか!?」


 ラルフたちの襲来に恐怖しながらもゾルダンへの怒りを露わにするフォレスター。そのゾルダンはというと、意外にも落ち着いた様子だ。


「おや、思っていたよりも早い到着ですねぇ。向こうが準備を整えている間に万全を期す作戦でしたが…こちらの意図がバレたのでしょうか?」

「お前が私に任せろと言ったんだぞ?この責任をどうしてくれる?」

「まぁまぁ落ち着いて下さい。まだ侵入者の面子次第でどうにかなります。それよりも今はこんな所にいないで急いで身を隠す事の方が先決では?」


 冷静に的を射た事をゾルダンに言われ、舌打ちをするフォレスター。だがいつまでも怒りをぶちまけているわけにもいかないと一旦自らの気持ちを静めた。


「それで、フォレスター様。卵はどこに?」

「部屋全体が金庫になっている場所がある。そこに置いてある」

「ほう。ではあなたもその金庫部屋に逃げた方がいいでしょう。そこが一番安全ですから。あなたはいろんな方から恨みを買い過ぎです。あのスラム街で徒党を仕切るアッザムからも恨みを買っているのでしょう?」


 淡々と事実を話すゾルダンに再び腹を立てる。だが再びその怒りも抑え、ゾルダンに話す。


「お前はどうするんだ?一緒に来てくれるのだろう?」

「いえ、私は一緒には入りません」

「なっ!?お前だけ逃げるつもりか?」

「そうじゃありませんよ。私は金庫部屋の前でカルゴと一緒に時間を稼ぎます」

「そ、そうか」


 先ほどからゾルダンの他人事のような態度にフォレスターは「自分を切り捨てるつもりではないのか?」と疑念を抱いていたが、身を盾にして自分を守ってくれる事に驚いていた。少し安心したフォレスターはゾルダンの言う通りに金庫部屋へと移動する事にした。


「おい、カルゴの奴はどうしたんだ?」

「カルゴならすでに侵入者の足止めに向かっております…それで、フォレスター様。先日話した女性の開拓者が居た場合になりますが」

「あぁ、ものすごく強いのだろう?おまけにとてつもなく美しいと聞いたが」

「はい、あの方が居た場合、我々ではどうする事も出来ません」

「…そんなに強いのか?」

「えぇ、私とカルゴなど一瞬で倒されてしまうでしょう。ですから金庫に入って頂きたいのです。そうすればいかに女が強かろうとも中に入る事は出来ませんから」

「分かった」

「それと金庫に入ったら援軍の要請をお願いします。持っているのでしょう?「魔伝虫通話機」を」

「お前…どうしてそれを?」


 魔伝虫。

 魔界に生息する虫の一種で、自分の体内にある魔素を利用し、離れている仲間に自由に伝達する事が出来る非常に特殊な虫である。魔伝虫通話機とはその魔伝虫を利用し、離れた相手とも連絡が取る事が出来る画期的な道具なのである。

 この魔伝虫通話機はとても高価な代物で所持している者はごくわずかである。またそれ以前にこのような道具が存在することさえも世間一般には知られていないのである。それ故にフォレスターはゾルダンがこの事を知っている事に驚いたのだ。


「私が知っているという事実はとりあえず置いておきましょう。それよりも私たちが時間を稼いでいる間に呼んで下さい…「超越者」を」



 屋敷の中へと入ったラルフたちはフォレスターがいると思われる屋敷の奥へと駆けながら向かっていた。


「五体満足で家に帰りてぇなら向かって来るんじゃねぇ!」


 アッザムは怒気と殺気を含ませながら警護の者たちに言い放つ。それを聞いて体を強張らせる警護の者たち。

 本来であるならば、主人の敵である者たちをここで捕まえなくてはならない。しかし、圧倒的な実力差と脳裏に浮かぶ「死」という文字を前に動けないでいた。その上、フォレスターに雇われてはいるが、忠義があるわけではない。自分の命を犠牲にしてまでフォレスターを守りたいとは誰一人として思わなかったのだ。

 そのため、アッザムたちは戦闘をする事無く屋敷の中を移動する事が出来た。


「無駄に広いわねぇ」


 ナナが駆けながらぼやく。


「それだけ金があって有力って事なんだよ。まぁ別に戦闘がなけりゃあすぐに見つかるだろうよ。助かったぜ、フォレスターに忠誠を誓う者がいなくてよ」


 アッザムは皮肉を交えながら言った。これにはナナも笑って答えた。どうやら卵は以外にもすんなりと取り返す事が出来そうだとこの2人は思っていた。しかし、ラルフとルーは違った。

 ラルフは自分が臆病なくらい慎重である性格である事と、こんな簡単に行くはずがないという気持ちから、何か見落としているような気がしてならなかった。


「ドラゴンから卵を盗んだ者…」

「————!」


 ラルフは大きく目が見開く。自分の見落としていた答えをルーが口にしたのだ。


「ドラゴンから卵を盗んだ者がここに現れるかもしれません」


 深刻そうな顔をしたルーを見て、アッザムとナナは表情を硬くする。


「確かにドラゴンの卵を盗んで来た奴らの存在を忘れていたわ。一体どんな奴らのかしら?でも、間違いなく実力があるわよね」

「…なぁ、嬢ちゃん。ドラゴンから卵を盗むっていうくれぇだから」


 嫌な予感がしたアッザムは、それを確かめるようにルーに訊く。ルーは頷き、そして予想通り答え始めた。


「えぇ、間違いなく強いでしょう。ドラゴンの網の目をくぐって卵を盗むくらいですから。言い方がちょっと悪くなってしまいますが、おそらくナナさんやアッザムさん。あなた方よりも実力は上です」

「それって…ルーさん、もしかしてあなたと同じくらい強いってこと?」

「私はそう思っています。少なくとも、「超越者」である事は間違いないと思われます」


 超越者。

 その言葉を聞いて、思わず足が止まってしまうナナ。またアッザムも止まりはしなかったものの明らかに動揺していた。だがナナが足を止めてしまったので、結果的にその場で全員が足を止めてしまった。


「おい、ルー。なんだ超越者って大層な名前は?」


 無知なラルフはルーに問いただす。だがそれを答えたのはナナであった。


「超越者ってのは、私たち高レベルと言われる開拓者のさらに上の存在の事をいうのよ。もう普通じゃない、尋常じゃない人たちを指すの。高レベルの開拓者は20後半からの事を指すんだけれど、超越者は50以上を指すのよ。超越者か…う~ん、まずいわ」


 言い終えたナナは危機感を露わにした。


「要はルーみたいな強さかもしれないってことか?」

「あぁ。早ぇ話、そういう事だ」


 アッザムも汗を滲ませながらラルフの問いに答えた。


「もしかしたらすでにフォレスターのすぐ横に超越者がいるかもしれません。ですがこちらが急襲したので、まだこの屋敷にはいない可能性もあります。いち早く卵を取り返してこの場を離れれば不要な戦闘は避けられかもしれません」


 ルーの言葉に3人は頷き、再び足を進めようとした。だが、


「————!」


 行く手を阻むようにラルフたちの前にカルゴが現れた。舌打ちをするアッザム。


「俺たちを通さないつもりか?」


 アッザムはそう言うと、身構える。同じく他の3人も。だが、肝心のカルゴは身構えようとしない。


「俺について来い。フォレスターのいる元に案内をする」


 それを聞いて驚くラルフたち。思わず顔を見合わす。


「何しているんだ?早くしろ。時間がないぞ」


 ラルフたちはもう一度、顔を見合わせ、お互いに頷くと、カルゴの後を付いていった。


 言われるがまま、カルゴの後を付いて行くラルフたち。地下へと通され、そして突き当りの部屋へと案内された。その扉の前にはゾルダンがいた。


「初めまして…あっ、この間一度お会いしていましたか。ですがこのようにお話するのは初めてですよね?」


 笑みを向けるゾルダン。その表情には余裕が見える。


「おい、その薄汚ねぇ笑いを止めろ!それになんだ?いきなり俺たちを案内しやがって。何の意図があって俺たちを案内した?罠か何かあるのか?」


 アッザムにそれを言われても笑みを崩そうとしないゾルダン。


「いえいえ、そんな罠など——」

「——おい、ゾルダン。いい加減にしろ」


 ゾルダンを止めるのはカルゴ。カルゴの言葉でゾルダンはため息を吐き、そして笑みを浮かべるのを止めた。そして真剣な表情に変わり、


「私たちはこの国の暗部の者です。皆さんに害を加える事はありません。ご安心下さい」

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