第64話 門番とのやり取り

 日が沈む。陽を失った町に人間たちが自ら灯を灯す。明暗が織り交ざる夜の町は魅惑を感じさせる。

 ウロはそんな夜の町の中でフォレスター家に向かって馬車を走らせていた。

 馬車は荷馬車となっており、入り口は布で隠れている。その馬車の中でラルフたちが声を潜めながら話をしていた。


「おい、アッザム。これで本当にバレないのか?」

「バレるかバレないかで言ったらバレるだろうな」

「それじゃあ意味ないじゃないか」


 ラルフは声が出せない分、表情を激しくさせ、アッザムに抗議した。


「そう言うけどよ、生身で堂々と向かうよりいいだろ?どこに敵がいるか分かりゃあしねぇんだ。この馬車で行けば少なくとも屋敷前まではバレずに向かえるはずだ。どっちみち監視役は倒してるんだ。いずれはバレる」

「ルー、監視役はどれくらいで目を覚ますんだ?」

「少なくともすぐには目を覚まさないように攻撃を加えました。ですがもうそろそろ起きてもいいかもしれません」


 ルーたちがスラム街を移動してから1時間ほどの時間が経過していた。


「一応、嬢ちゃんが倒した監視役は部下が拘束しているはずだ。だからそいつらが襲撃を受けたことを話すことはねぇ。だが奴らが定時連絡をすると考えると、その報告が無くてそろそろ勘づき始める頃かもしれねぇ」


 アッザムが冷静に考え、そして冷静に答えた。


「どっちみち戦闘は避けられないってことね。それよりもアッザム、ドラゴンの卵はどこにあるか見当はついてるの?」


 ナナが思い出したかのように問う。


「あ~見当はついてないが、屋敷の中にあるはずだ」

「えっ?あんた場所、分かってないの?これで屋敷になかったら私たちはただの強盗になっちゃうのよ?」

「おいおい、声を荒げるな。大丈夫だ。卵は絶対に屋敷にある」

「…どうしてそう言い切れるのよ?」


 ナナは不満そうな顔をしながら訊く。


「あいつがフォレスターだからだ」

「???」


 ナナを始め、アッザム以外の3人は疑問の表情を浮かべる。だがアッザムは自信を持って答えた。


「フォレスターの野郎は自分以外の人間を全く信用しねぇ。そんな奴が誰かに卵を預けると思うか?あいつは絶対に自分の手元に卵を置いているはずだ」


 そう言い終えた時、ウロが声を掛けて来た。


「皆さん、そろそろフォレスター様の屋敷に着きます」

「おっと。おい、隠れるぞ」


 アッザムたちは予め馬車の中に用意しておいた空の箱の中に身を隠した。


「お~い、止まれ」


 ウロはフォレスター家の屋敷に着き、門の前で馬車を止める。


(いつ見てもでけぇ屋敷だ)


 財力にものを言わせたような面構えの屋敷が優雅にたたずむ。ウロは門番に声を掛ける。


「どうも」

「あぁ、なんだ。宝飾店の人じゃないか。どうした?」

「いや、何、金儲けの話をしに」


 ウロは不敵な笑みを門番に向ける。


「はっ、あんたも好きだなぁ。でも当主様に約束は取りつけているのか?」

「悪いがしてないんだ。急に金の成るアイデアを思いついてね。熱が冷めないうちにフォレスター様に助言を頂こうと思ってね」

「鉄は熱いうちに打てってか。まぁあんたなら問題ないんだが、今日は当主様に会えないかもしれないぞ。ここ最近急に慌ただしくなってな」

「そう言えば、なんだか今日はやけに厳重な警備だね。何かあったのかい?」


 ウロは門の外から中を伺う。幾度もフォレスター家に訪れた事があるウロは多少なり警備の者の顔を覚えていたが、今日は知らない顔ばかりであった。一見、いつもと違ってガラの悪い男たちばかりである。それはアッザムのようなスラム街の者たちを連想させる風貌だ

 ウロは中を覗きながら、警備が厳重になる要因が自分の馬車の中にいるアッザムたちなのだろうと察しがつく。たじろぐウロ。


(どうすりゃいいんだ?ここで今、門番に告げ口するか?でもそうしたところで、後でアッザムたちをほう助したって言われて殺されるんじゃねぇのか?)


「どうした?なんか汗かいているな」

「あ…あぁ、さっきまで馬車の中に物を積み込んでいてな。これがなかなか重くてな」


 ―馬車の中—

「おい、アッザム」


 ラルフが声を掛ける。


「なんだ、静かにしろ」

「どうする?ここでもう飛び込むか?」

「待て、もうちょっと様子を見る」


 ―馬車の外—


「で、どうする?今日は帰った方がいいと思うが」

「だったらせめてこの持って来た荷物を屋敷の倉庫に入れさせてくれないか?また持ってくるのは少々骨が折れる。フォレスター様に話をするのはまた今度でいい」

「分かった。じゃあ悪いが一応中を確認させてもらうぞ…ん?どうした?」


 ウロの表情が強張る。


(どうする?どうするどうするどうする?)


「金の成る木だからな。あんまり見せたくないんだ」


 ウロはもっともらしい言い訳を考え、それを口にする。


「う~ん、気持ちは分かるが俺たちも仕事なんだ。分かってくれ。何、他言はしねぇさ。どっちみち分からねぇしな」

「分かった…」


 ウロは観念したかのように馬車の中を見せる。そこにはいくつもの木箱が乗っていた。その木箱の中にラルフたちは息を殺し、身を潜めていた。だが同時にいつでも飛び出せるようにもしていた。

 門番が馬車の中を覗く。


「やけに今日はたくさん運んできたんだな——おい、お前も手伝え」


 門番はもう1人の新人に向かって中身の確認を手伝うように指示を出す。


(頼む頼む頼む。見つからないでくれ)


 ウロは天にも祈る思いであった。


「なんだこれ!?」


 新人の門番が声を上げる。ウロは思わず体をびくつかせる。


「ただの石ころじゃないですか?こんなものをどうして?」

「あ、あんまり見せたくなかったんだが…」


 ウロは困ったという表情を浮かべる。表面上は中を見られてしまったという事だが、この表情の真意はアッザムたちが隠れている事がバレる事を危惧した表情であった。


「俺たちにはよく分からんが、これが金に化けるんだろ?」


 いつもの門番が口角を上げてウロに訊く。


「あぁ、そう言う事だ」


 ウロは平静を装って答えたが、実際は肩で呼吸していた。


「うん、全部見なくてもいいだろ。行っていいぞ」

「分かった。助かるよ」


 ウロは大きく息を吐いた。

 門番は門を開け、ウロの馬車を中へと入れる。


「おい!」

「————!」


 馬車が中へ屋敷の中へ入った所で門番がまた声を掛けて来た。ウロは恐る恐る後ろを振り返る。


「ど、どうしたんだ?」

「一応聞くが、倉庫の位置は分かるか?」


 ウロは門番のただのお節介だと知り、強張った表情を緩めた。


「あぁ、大丈夫だ。何度も行った事があるからな」

「荷を降ろすのにこいつに手伝わせるか?」

「いや、大丈夫だ。警備が厳重になってるんだろ?持ち場を離れない方がいい」

「それもそうだな。悪いな。まぁ倉庫番もいるからな。そいつに手を貸してもらってくれ」


 ウロはやっと門番から解放された。その時のウロは全身から汗が噴き出していた。

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