第63話 宝飾店店主、ウロ

 ウロという男は念願だった宝飾店を開いた。自分の店を前にし、店が繁盛する姿を思い浮かべながらやる気に満ち溢れていた。

 ウロの店は、値段の比較的安い品から高級品まで取り扱い、幅広い客の要望に応えられるようにしていた。また、培ってきた目を活かし、質の良い宝石や貴金属を出来る限り安く仕入れ、出来る限り安い値段で提供していた。本来であるならば、安く仕入れ、高く売る。これが商人のあるべき姿かもしれないが、ウロはそうしなかった。自分の商品を笑顔で購入してくれる客の笑顔を見られるだけで胸がいっぱいになった。

 ウロの店の評判はたちまち貴族たちにも届くようになり、遂には貴族たちも足を運ぶような人気店となった。

 そこに目を付けたのがフォレスター家だった。フォレスター家当主、ミノ・ド・フォレスターはウロを招く。宝石の買い付けはフォレスター家から行う事を指示してきたのだ。もちろんウロはそれを拒否した。しかし、フォレスターは権力を振りかざし、ウロに有無を言わせなかった。


「この値段じゃ無理です!これではうちが潰れてしまう!」

「何、そういうのは上手くやるんだよ。ほら、こちらを見たまえ」


 ウロは別の宝石を渡される。ウロはそれに驚愕する。


「ほう、見抜く目はしっかり持っているようだな」


 ウロは最近偽物が出回っている事を知っていた。人工石やガラスなどを用い、一見宝石とは何ら変わりない代物が出来上がる事を。


「私に偽物を売りつけろと?」

「平民ども限定でな。貴族には売り付けるな。貴族たちは目が肥えているからすぐにバレる。しかし、平民ならバレやしないだろう」

「そんな事出来ません!」


 ウロは怒りを露わにした。そしてすぐに自分の目の前にいる人物が貴族であることを思い出し、表情を戻す。だがそれほどウロはフォレスターが貴族である事を忘れるほど腹を立てていた。誠実に商売をしている自負があった。わざわざ自分の店に足を運んでくれる客を騙す事など出来るはずもない。


「平民など、本物と偽物の違いなんて分かるはずがないだろう。寧ろそんな事どうだっていいんだよ。宝飾品を買うことが出来た。その事実さえあれば、彼らは満足なのだよ」


 フォレスターは笑って言ってのけた。さらに、


「ウロ君…」


 ここでフォレスターはウロの眼前に自分の顔を突き付けた。


「世の中は上手く歩くものなのだよ。正直に生きると損をするぞ」


 その時のフォレスターは何とも卑しい表情をしていた。同じ人間とは思えなかった。まるで人を人と思っていない、欲に取り込まれた者の顔をしていた。

 ウロは結局、フォレスターに従うしかなかった。指示に逆らえば殺されていただろう。

 その後、ウロは平民たち限定で偽物を売り付けるようになった。平民たちは全く気が付かなかった。疑いもせず、終いにはウロに「良い買い物が出来た、ありがとう」という始末だ。ウロは罪悪感で押しつぶされそうになった。だが、その罪悪感とは裏腹に店はどんどん利益を上げた。金は溜まっていく一方だった。

 ある日、鏡の前に立った時、既視感を覚えた。自分の顔を目の前にしているのだから当たり前なのだが、どこか自分以外にこんな顔をしているような気がした。だがすぐに考えるのを止めた。欲に取り込まれたウロは客をどうやって騙して偽物を売り付けるか頭でいっぱいだった。



(そして、騙す事に失敗した俺はスラム街のボスのアッザムの奴隷になり下がった)


 ウロは先日、不純物の多い金の装飾品をアッザムに大量に売り付けた。スラム街の者だからバレやしないと高を括っていた。だが、アッザムはそれを突き止めた。

 大きくため息を吐く。自分の行く末を繰り返し考えていた。何度考えても結論は同じだった。その結論とは自身の死であった。


「おい」


 低く太い声にウロの思考は強制的に停止され、体も強張った。声のする方に目を向けると、アッザムが立っていた。


「アッザムさん…」


 ウロの声は震えていた。アッザムを前にするとすぐに自身の死を連想してしまう。


「ひどく衰弱しているな。ここ数日で随分と老け込んだな」


 アッザムはウロの顔を確認するように近づいて来る。

 アッザムが自分の衰弱した姿を見て笑っていた。だが腹は全く立たなかった。なぜならアッザムに対する恐怖心がすべてを埋め尽くしていたからだ。


「おい、アッザム。ここへ来てどうするっていうんだ?」


 ウロはここでアッザム以外に人が訪れていた事に気が付いた。アッザムが後ろを振り返るので自然とウロも来訪者を確認する。


(あいつらは、確か)


 ウロの目に入って来たのはラルフたちであった。ウロはラルフたちの事は明確に覚えていた。それはルーがいたからであった。ルーの美貌はそれほどウロにとって強烈な印象に残ったのだ。


「ちょっと待ってろ——おい」


 だがそれもすぐにかき消された。アッザムを前にしてすぐに恐怖に塗りつぶされた。


「おい、個室か何かねぇのか?ここじゃあ話づれぇ」

「す、すぐにご案内します」


 店はもう閉めていたので他に客はいなかったが、ウロはすぐにアッザムたちを個室へと案内した。この部屋は大口の取引の時に使用する個室で主に貴族たちが来店した際に使用していた。

 部屋に入るなり、アッザムは口を開く。


「時間がねぇ、単刀直入に聞く」


 アッザムはウロをまっすぐに見据えた。


「おい、助かりたいか?」

「…はい」


 ウロは精一杯声を出したつもりだった。しかし、その声は絞り出したようなかすれた声であった。


「なら手を貸せ。これから俺たちはフォレスター家に向かう。お前はそれに手を貸せ」

「そ、そうすれば私の命は助かるのか?」


 しどろもどろに話すウロ。


「あぁ、ちゃんと仕事をしたらな」

「わ、分かった。なんでも…なんでもする」

「よし」


 満足そうにするアッザム。


「よし、これで堂々とフォレスター家に乗り込めるぞ」

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