第56話 ラルフの装備

「おい、小僧。一応言われた通り急ピッチで用意しといたぞ」

「本当か!?」


 ラルフは嬉しそうに装備を受け取る。その横でルーは複雑な表情で眺めていた。


(ラルフにこのような装備はまだ早い)


 ——3日前——


「なぁ、じいさん。俺にも装備を作ってくれ!」

「なんだ?お前も作って欲しいのか?言っちゃあ悪いが、現時点のお前に戦闘が出来るだなんてちっとも思わんわい。悪いこたぁ言わねぇ。武器なんて止めて置け」

「そうですラルフ!ズーさんの仰る通りです。今のラルフに武器など必要ありません。ラルフの代わりに私が戦えばいいのです!」


 ルーも強く否定した。それもそのはず。今のルーにとってラルフは自殺願望のある者にしか見えないのだ。もちろんラルフの気持ちも分かる。ドラゴンのために卵を取り返したい。そして自分が口にした責任を果たすために先陣を切ってこの問題に取組みたいと考えているのだろう。だとしてもラルフには力も経験も何もかもが足らなさすぎるのだ。


「なんか勘違いしていないか?」


 ラルフはいつの間にか武器を頼んだことになっている事に疑問を感じていた。


「俺は武器を作って欲しいなんて一言も言ってないぞ」


 それを聞いたズーとルーはきょとんとした顔をする。


「じゃあ何を作って欲しいんだ?」

「戦闘になっても逃げるための靴を作って欲しんだよ」

「逃げる?」


 ルーはそう聞くと、ラルフは頷いた。


「今日のルーとドラゴンの戦いがそうだ。俺はあの時、その場から立ち去る事も出来なかった。何も出来なかったんだ」


 ラルフは今日の戦闘シーンを思い出していた。ドラゴンが上空から滑空し、隕石の如く地面に落下してきた時のことを。

 小さな少女、サラを助けたために足がしびれ動けない状態にあったが、もし仮に万全な状態であったとしてもそのドラゴンの攻撃を避けきるなど到底出来はしなかっただろう。その場はルーが機転を利かせ、ラルフに被害が出ぬように距離を取ってから攻撃を避けるという選択で事なきを得たが、今後ルーが無傷で守ってくれるという保証はない。ルーは自分を守るためならルー自身が犠牲になる事など何とも思わないだろう。

 それ故に、ラルフは戦闘から離脱するまでには行かなくとも、攻撃を避けるためにスピード向上が急務とされていた。


「今の俺に誰かと戦うなんて無理だ。だから俺は逃げる。1人で逃げるんだ。安全な場所に逃げ切れるための靴が欲しい」

「そういうことか」


 ズーはラルフの話を聞き、少し納得したようであった。

 しかし、ルーの方はまだ納得していない。


「ラルフ、もしかして今日サラを助けた時のような力を望んでいるのではありませんか?」

「サラ?何の話じゃ?」


 ルーはズーにラルフがサラという少女を助けた話をした。ドラゴンに踏み潰されそうになった時にラルフ爆発的に加速し、サラを救った事を。


「小僧、おめぇが本当にそんな事をしたのか?」

「あぁ、自分でもよく分からんが何とか間に合って助ける事が出来たんだ」

「履いているのも今の初心者用のブーツだったんだろう?それには特殊効果は付いてねぇはずだ。という事はおめぇ、自分の体の中にある魔力を使ったって事になるな。お前そんな事出来たのか?」


 ラルフは首を振る。


「いや、そんな事出来たのは初めてだ。とにかく無我夢中で。その代わりにすぐに足が痺れて動けなくなっちまって、ルーに迷惑を掛けたんだ。だからさ、欲しんだよ。ちゃんとした靴が。このドラゴンの素材を使って魔石を組み込めば、早く動けるようになるんだろ?」

「まぁなるようにはなるが——」

「——ラルフ、やはり私は止した方がいいと思います」


 ルーが割って入る。


「あの動きを靴の魔石の力で行ったとしてもラルフの足に負担が掛かる事は何ら変わりません。寧ろ負担は多くなると思った方がいいでしょう」

「多くなる?」

「魔石の力を使うからより長い時間動けるって事だ。そうなれば当然足に掛かる負担も大きくなる。そうだろ嬢ちゃん?」


 ルーは神妙そうな顔をして頷く。


「今のラルフにはあのスピードに耐えられる足ではありません。あの一瞬でさえ、足が痺れて動けなくなったのですから。あの時より長い時間動いたり、さらに移動スピードが上がるなんて事になれば、それこそ足が壊れてしまいます。筋肉が断裂し、骨も折れてしまうような事も起こりえます。だからラルフ、装備の事は一旦保留にして下さい」


 ルーは懇願するような目をラルフに向ける。

 だがラルフは首を振った。


「悪いなルー。もう決めた事だ」

「私が横に居ます。ラルフの事は私がお守りします。それではダメなのですか?」


 なおも食い下がるルー。


「基本はそれでお願いするさ。ルーに守ってもらう」

「だったら——」

「でもそんなおんぶに抱っこの状態じゃダメなんだ。俺も成長しなきゃいけないんだ。お前が動けなかった時、俺は自分自身でなんとかしなきゃいけない。そのための靴だ。まぁ逃げるんだけどな」


 ラルフは若干笑いながら話した。


「だからルー、分かってくれ」

「…わかりました」


 俯きながらルーは答えた。全然納得していなかった。

 本来ならば、魔界の安全な場所でじっくりと手取り足取り教えたかった。実際に騎士団の団員たちもそのように教えて来た。使命を背負うことなく、ただラルフのためにゆっくりと歩みたかった。


(これまでラルフは開拓者になるために大変な思いをして来たというのに、なぜ彼には試練ばかりが降りかかるのでしょう)


 ルーは神の存在を信じている。だがラルフの事を思うと、神に対し、疑問を抱かざるを得ない。それどころか存在さえも疑問に思えてくる。不運と理不尽とトラブルが付いて回るラルフが不憫でならなかった。

 だが当の本人はその運命を受け入れ、愚痴すらこぼさない。今も自分はどうすべきか、或いはどうありたいか最善の道を探し出そうとしているのだ。


「なぁ、じいさん。作ってくれるだろ?」

「まぁ頼まれちゃあ作ってやるが」

「よし、それじゃあアッザムより前に作ってくれ」

「しっかりしとるわい。それでお前、素材はさっきもらったので賄うとして、魔石はあるのか?」

「いや、ない。なんとか出来ないのか?」


 ラルフは装備に使う魔石はなんとでもなると思っていた。


「これくらいの物になると言うと、ちょっとじゃすまん。こっちでなんとかするにしても金がいる」

「金か…やっぱり必要か。いくらだ?」

「10000Jは欲しい」

「1、10000?高いな」

「悪いがまけることなんて出来んぞ」


 ラルフはここで両腕を組んだ。


(あるにはあるが、俺の金じゃないしな。あっ、そうだ)


「なぁじいさん。ドラゴンの素材で払うのどうだ?」

「何!?」


 ズーは思わぬ提言に驚いている。


「いや、なに、事が全て終わったら俺もドラゴンに頼んでアッザムみたいにちょっと素材を分けてもらおうかななんて」

「出来るのか?」

「分からん。でもなんとかなるような気がする」


 するとズーはニヤリと笑い、


「坊主、任しとけ」


 と不敵な笑みを浮かべていた。



「…それで出来上がったのがこのブーツってことか?」


 ラルフはズーが作り上げたブーツを覗き込むように見る。ブーツはドラゴンの飛膜をベースに作られているのだろう。爪やうろこが使われている形跡はない。


「悪いが機能性を重視しているからな。防御はそこまで期待できねぇぞ。とはいっても今、小僧が履いているのよりずっといいけどな」


 ラルフは説明を聞きながらもブーツ見つめている。


「このドラゴンの飛膜。これはなかなかすげぇな。伸縮性が抜群だ。お前の足の負担を軽減してくれるぞ。後は、これだ」


 ズーは足の甲の部分を指した。そこには魔石が装着されている。魔石の大きさはちょうど瞳の黒い部分と同じくらいの大きさであった。


「この魔石の力を使えば速く動けるようになるのか?」

「あぁ、そうだ」


 ズーは頷きながら答える。


「………」


 ルーはやはり心配そうな顔を見つめている。それを見たズーはルーに声を掛ける。


「嬢ちゃんそんなに心配するな。このブーツにはドラゴンの飛膜が使ってあるんだ。この飛膜、なかなかすごいぞ。伸縮性に富んで足の負担を軽くしてくれる」


 ズーはなぜか自慢するように答えた。これは自分の創った物を自慢するのではなく、純粋に素材の良さを教えていた。それを伝えるとまたラルフに説明を始める。


「それでだ坊主、このブーツは5段階にスピードを上げられる」

「5段階?」

「あぁ。5つ魔石が付いているだろう?お前はまだ魔力の操作もおぼつかないのだろうからな。こっちで勝手にそうさせてもらった」


 それを聞いたルーが反応する。ブーツに近寄り、手に取りながら話し始める。


「正直私はラルフにこの装備はまだ早いと思っています。ですがこの装備、正直すごいです」

「どういう事だ?」

「装備に魔石をはめ込むためのスロット、これが5つある点です。通常は1つの装備には1つの魔石にしか組み込みません。増えれば増えるほど、より精巧するのが難しくなりますから。もちろんその上で魔石の仕様に耐えるために仕上げなくてはなりませんから。こんな複雑なのを作ってしまうなんて」

「よ、よせやい」


 ズーは照れている。


「なぁじいさん、あんた一体何者だ?」

「おいおい、詮索は無しにしようぜ。お前さんたちと一緒だ。俺は装備づくりがちと得意なスラム街のじじいって事でいいじゃねぇか——それよりもだ」


 強引にズーに話題を変えられたと思ったラルフであったが違った。ズーは真剣な表情をしており、さらにはルーも真剣な顔つきであった。分かっていないのはラルフだけであった。


「それでズーさん、ラルフはどこまで使用出来るのです?」

「本当なら一速でも使わせたくねぇ。だが、これから何があるか分からねぇ。そうだな…魔力の使った走りは一度体験したんだ。三速までは行けるんじゃねぇか?」


 ルーはその言葉に黙って頷き、


「もし、オーバートップを使用したら?」

「オーバートップ?バカ言うな。トップを使用しても7割近くで足がぶっ壊れるだろう。オーバートップならこいつの足は完全に壊れる」

「おい、ちょっと待て。壊れるって何の事だ?」


 2人で勝手に話が進んでしまうのでラルフが慌てて止める。


「力の代償だよ。今のお前じゃ耐えられねぇんだ。反動でやられちまうんだよ、お前の足が」

「そこまでなのか?」

「お前、この間体験したばかりだろう。痺れちまって動けなかったのをもう忘れたのか?」

「いや、覚えてるけど…」

「ちょっと試してみりゃ分かる」


 そう言うと、ラルフたちを外へと連れ出した。

 ズーはブーツから5つあった魔石を全て取り出した。


「よし、ちょっと履いてみろ」


 ラルフは言われた通りブーツを履く。自分の足を包み込むようにフィットする履き心地の良さはラルフを感動させ、そして驚かせた。本来オーダーメイドという物はそのような物なのであるが、その当然の感覚に初めて出会ったラルフには新鮮だった。

 履き終えたラルフを見て、ズーは魔石を1つ取り出し、ラルフに渡す。


「これをスロットにはめて見ろ」

「分かった…よし、いいぞハメたぞ」

「それでちょっと好きなように動いてみろ」


 ラルフは言われた通りに動いてみる。ブーツがなじむおかげで自分の好きなように動ける。違和感がない。


「小僧、そのまま魔石を使用して動いてみろ」


 だがラルフの足が止まる。


「なぁ魔石を使用するってどんな感じにやればいいんだ?」

「ラルフ、この間の事を思い出すのです。サラを助けた時の事を」

「あの時のこと」


 ラルフはあの時の光景を思い出す。サラが踏み殺されそうになっている場面を。


(そうだ、俺はあの時サラを助けようと無我夢中でただ速く動きたいと)


 ラルフはそこにサラがいるつもりで速く走る事に神経を集中させた。その瞬間、ラルフは魔石の力を使用し、動きを加速させて走り出した。


「————!」


 走り終え、止まったラルフは驚きの表情をして2人を見る。ルーはラルフに反応し頷き返す。


「それが魔力及び魔石を使用した動きになります。その力の使い方を忘れないで下さい」

「分かった…」


 ラルフは自分の足を確かめるように何度か地面を蹴る。


「それで足の方はなんともないぞ?」

「それはラルフが直線的に動き、止まる時もゆっくり減速したからです。もう一度、走ってみて下さい。そして今度はトップスピードの状態になったら方向転換してみて下さい」


 ルーに言われるがままラルフはもう一度走りだした。そしてトップスピードになった時に方向を転換しようと、右足の方向を変え地面に付けた瞬間、右足に衝撃が加わった。


(これは!)


 本来自分では到達する事の出来ないスピードで動いていたラルフ。それを方向転換するために右足で踏ん張ろうとしたため、その負荷が一気に右足に掛かったのだ。

 自分で思っていた想像以上の圧がくるぶしや親指などに掛かる。


「ラルフ、お分かりいただけましたか?」

「あぁ…よく分かったよ」

「一速の状態でこれなのです。二速、三速となればもっとあなたの足に負担が掛かるでしょう。ましてやトップ、オーバートップになれば——」

「——筋肉が断裂し、骨も折れる…か?」

「はい…」


 ルーは深刻そうな顔をしている。ラルフはルーが装備を付けさせたくない意味をやっと理解した。


(確かに…諸刃の剣だな)


「本来であるならば、魔石で加速するのと並行して自分の魔力で足に負荷が掛からないように保護するんです。ですが今のラルフにはそのような技量はありません」

「そうか…」


 ラルフはルーの言葉に自分の無力さを再認識した。ドラゴンに卵を取り返すと豪語したが、今の自分に出来る事は皆無に等しいのだ。


(卵を取り返すか…俺もよくその言葉を言えたもんだな)


 自分がいかに無知で無謀な事を言っているのか痛感していた。


「おい」


 そこへ聞き覚えのある太い声がラルフたちの耳へと届く。後ろを振り返るとアッザムがいた。


「分かったぞ、卵を盗んだ奴が」


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