第55話 そんなもん

 ナルスニアに戻り、イリーナはランバットへ報告するためすぐに別れた。

 ラルフとルー、そしてアッザムを引き連れ、ズーの元へと向かう。


「じじい、邪魔するぜ」

「なんじゃ、突然。ワシは今忙しいんだ。ん?小僧も一緒か」

「あぁ…おい、ルー。さっさと入って来い」

「嬢ちゃんもおるのか?」


 ルーは代用として身に付けていた鋼の鎧を無残な姿にしてしまい、罪悪感からか店の中へ入りづらかった。だが、ラルフに急かされ観念したのか、すごすごと入って来る。そんな入って来たルーの姿を見て、ズーは驚きの顔をする。


「おいおいおいおい、嬢ちゃん!どうしたんだよ、そりゃ。昨日の今日でどうやったらそんな状態になるんだ?それ、一応鋼の鎧だぞ?」

「ご、ごめんなさい。ドラゴンとの戦闘でこうなってしまいました」

「ドラゴン~!?」


 もちろんズーは鎧が傷んだ事に驚いていたが、それよりもルーがドラゴンと戦闘した事に信じられないでいた。それは鎧の件が霞んでしまうほどに。そしてしばらくすると大きく笑い出した。


「あーっはっはっはっは。ドラゴンか。そんなのと戦っていりゃあ鋼の鎧がそうなっちまうのもしょうがねぇわな」

「なるべく傷つかないように気を使っていたんですが…」

「そんな余裕がある事に驚きじゃよ」


 そこへアッザムが割って入って来る。


「それでだ、じじい。お詫びも兼ねてこんなもんを持って来てやったぜ」


 アッザムは持っていた袋を開け、その袋の中身を地面へと豪快にぶちまけた。ズーはそれを見た瞬間、地面へと飛びついた。


「そのドラゴンに話を付けてちょっと素材を分けてもらった」


 アッザムは一応説明したが、ズーはほとんど聞いていなかった。今のズーはまるでおもちゃを前にした子供のように目を輝かせていた。ラルフとルーはそんなズーに近寄る。


「おい、じいさん。悪いけどそれで鋼の鎧をダメにしたのを許してくれないか」

「あぁ、あぁ。許してやる。十分過ぎるわい」


 ラルフたちの方を見ようともせず、素材を見つめながらそう答えた。その返答を聞いたラルフたちはホッと息を漏らし、そのままアッザムへ礼を言った。


「悪いな、アッザム。さっきのギルドの手合わせといい、この鎧の事まで」

「いや、気にするな。じじいも一応俺んとこの構成員だからな。俺の利益でもあるんだよ」

「そう言ってもらえると助かるよ」

「ありがとうございます」


 ルーはお礼を言いながら、少し不思議な思いに駆られていた。

 最初はアッザムの構成員に因縁を付けられ、無理やり徒党に連れて来られた。そして理不尽な要求までして来たのだ。そんなアッザムたちの徒党をルーは潰してしまおうと考えていたほどだ。だがそれを実行する事はなかった。

 それどころか今はアッザムに手を借りるという形になっている。運命とは不思議なものだとは感じずにはいられなかった。


「それで、ミスリルの鎧はいつ頃仕上がりますか?」

「ん?急ぎなのか?」


 ルーたちはこれまでの経緯をズーへと話した。


「またお前たちも面倒くさい選択をしたもんだな。嬢ちゃんがドラゴンを倒せばそれで済んだものを」

「俺としてもそっちの方がドラゴンの素材を余すことなく頂ける事が出来たんだけどな」


 ズーもアッザムも他人事のようで少し面白がっているようだった。


「俺だって今になって面倒な事になったって思うよ。でもドラゴンと話したら卵を取り返すって言っちゃったんだよ。あれが別の魔物だったらルーに倒してもらって終わりだったんだけどな。」


 それを聞いたズーは軽く笑い、


「小僧、あんまり深く考えるんじゃねぇよ。別の魔物でもお前は助けようとしたかもしれねぇ。それにドラゴンであったとしてもお前の気分次第でそのドラゴンを助けようなんて思わなかったかもしれんぞ。クソ生意気なドラゴンでお前が腹を立てたりしてな。他の生き物から比べりゃ人間は賢い生き物かもしれんが、俺から言わせてみりゃあ、他の生き物よりも自分勝手で欲張りで生意気であるために身に付けた賢さみたいなもんだ。そんな賢さはその時の心境や状況で簡単に流されちまう薄っぺらな賢さなんだよ。だからあまり考えるな。その時のお前がそのドラゴンを助けたいと思った。それでいいじゃねぇか」


 と答えた。それを聞いたラルフも笑い、


「そんなもんか?」


 と答え、ズーも「そんなもんだ」と答えた。


「まぁとにかく、嬢ちゃんの鎧は急ぎで完成させる」

「すみません、よろしくお願いします」

「ルー、お前には迷惑ばかり掛けて悪いな」


 ラルフはルーに謝罪する。


「いえ、とんでもない。私はラルフの行動に従います。どんどん使って下さい」

「じじい、嬢ちゃんの鎧が終わったら至急俺にも武器を作ってくれ。そのドラゴンの素材を使って」

「お前もか。なんだか忙しくなってきおったわい」

「あぁ、もしかしたら借りを返せるチャンスが巡って来るかもしれねぇからな」


 アッザムは不敵な笑みをこぼしながら答えた。


「なんだ、今回の件に心当たりがあるのか?」


 ラルフはアッザムに尋ねる。


「確信があるわけじゃねぇ。だがドラゴンの卵を盗んだって聞いた時、ある奴が思い浮かんでなぁ。これから調べさせる。それじゃあ俺はもう行くぜ」


 そう言ってアッザムはズーの店から出て行った。


「なぁじいさん、アッザムは貴族とも関わる事があるのか?」

「いろんな貴族がおるからな。それくらい居てもおかしくないじゃろ。まぁでも、あいつが武器を頼むって事はそれなりの事が待っているのかもしれんな」


 それを聞いたラルフは一瞬悩む素振りをしたが、すぐに決心したようで、


「じいさん、俺にも装備を作ってくれ!」

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