第54話 再びドラゴンの元へ
「時にアッザム」
ランバットはアッザムに視線を向ける。
「ん?どうした、おやっさん」
「ギルド長と呼べ。確認だがお前が卵を盗んだんじゃあるまいな?」
「はっ、よしてくれ。そんな命がいくつあっても足りねぇ割に合わないことはしねぇ…なぁ小僧?」
「俺に振って来るな。お前とはそんなに親しいわけじゃない」
面倒くさそうにラルフは答えた。
「こんな事を出来る奴は限られているだろう。嬢ちゃんのような圧倒的な力を持った個人かそれとも…」
「…ある程度の人数を動かせる力の持ち主か…アッザム。繰り返し聞くようだが、お前たちスラムの中でそのような輩はおらぬのか?」
「だからそんなことをするバカはいねぇって言っているだろう。スラムの中には俺たち以外にもいくつか徒党はある。だがスラムの中で一番でけぇ俺たちが手を出さねぇって言ってるんだ。他の奴らが手を出すはずがねぇ。なぁ、おやっさん。分かるだろう?」
「…貴族…か」
ため息混じりにランバットはその言葉を吐いた。まるで初めから分かっていたような面持ちだ。
「そういうこった。ただ、第一階貴族がこういう事をするようには思えねぇ。となると、第二階貴族が怪しいだろう」
「分かった。探りを入れてみよう——」
「——ちょっといいですか?」
そこで口を挟んだのは高レベルの開拓者の1人であった。その男は顔が整っており、また鎧がきれいに磨かれ整備されていた。立ち振る舞いも紳士的である。
「ドラゴンを討伐する件は保留になるということでよろしいのでしょうか?」
「あぁ、今は卵を取り返す方向だ」
「それならば私たちは退出して構いませんか?ドラゴン討伐という依頼で参加しようと思っていましたので」
「…そうか、分かった」
すると、紳士的な男と一緒にもう1人の高レベルの開拓者も立ち上がる。この男は不愛想で無口な男であり、すぐに部屋から出て行ってしまった。紳士的な男は部屋から出て行こうとするが扉の前で振り返り、
「ドラゴンを討伐する事になれば、すぐにでも呼んでください」
そう微笑みながら出て行った。
2人が出て行った後、ランバットはナナへと確認を取る。
「ナナ君、君もドラゴンを討伐するという依頼で来てもらった。だからもし卵を取り返す事に気が進まないのなら帰ってもらっても構わんぞ?」
「私はここに残るわ」
「いいのか?」
「残るって言っているでしょ」
「そうか…ありがとう」
「ランバットギルド長、私も残ります」
そう声を掛けたのはイリーナである。
「イリーナ君?君は書類を提出しに来たのだろう?私たちの事は気にせずアルフォニアに戻ってもらって構わない」
「いいえ、残らせて下さい。私の知り合い2人をこのまま残しておけないわ」
そう言うと、イリーナはラルフたちにウインクをしてみせた。
「そうか、恩に着る。それでは早速なんだが、ラルフ君と共にドラゴンの元へ向かって欲しい。そしてドラゴンが人を襲わないという言質を取ってきて欲しいんだ。私はこれから貴族に掛け合って事の次第を説明しに行かねばならん」
ギルドの運営は貴族が行っている。ドラゴンが出現し、人を襲った件、そして卵を取り返そうとしている件を報告しなければならないのだ。
「かしこまりました」
「それでアッザム、お前にも頼みがある」
「ん?どうした?」
「お前の方でもこの件に誰が噛んでいるか、調べて欲しい」
「分かった、報酬は期待するぜ」
打合せはこれでお開きになる。ナナは現状で待機となり、具体的な行動を移す時に再度徴集となった。ラルフたちはギルドを出る。
「じゃあドラゴンの所へもう一度行く…おい、なんでお前まで付いて来るんだ?」
ラルフがそう言った相手はアッザムであった。
「なに、ドラゴンの姿を拝みたくてよ…それに」
そう言うと、アッザムはルーの方を見る。
「ズーにもらった鎧をそんなにベコベコにしちまってどうするつもりだ?」
ラルフとルーは思い出したかのように苦い顔をする。
「それを何とかするために俺も付いて行くんだよ」
「どういう事なんです?」
ルーは意図が分からず問いただす。
「すぐに分かるさ」
結局、ラルフ、ルー、イリーナ、アッザムの4人で再度魔界へ向かう事になった。
ゲートをくぐるなり、すぐにドラゴンの姿を見つける。
「あれが、ドラゴン」
ドラゴンを見たイリーナは迫力におののいた。アッザムも同様である。
「さすがに誰もいねぇな」
アッザムは周りを見渡しながらそう言った。
「みんなはドラゴンが襲って来ないなんて知らないんだもの。ここにいるとしたら自殺願望も良いところよ。それにギルドからもドラゴン出現の情報を出している頃でしょう。寄り付く人なんていないはずよ」
イリーナはドラゴンから視線を外さず、アッザムに答えた。
すると、ドラゴンはラルフとルーの存在に気付いたのかすぐに近寄って来た。大きな地響きと共に。
「ラルフとルーであったな?それと見慣れない者がいるのだが」
ドラゴンはゆっくりと話す。
「あぁ、この2人は俺の知り合いだ。卵の件なんだが、今動き始めたところだ。俺だけじゃどうにもならないからな」
「そうか…済まぬ」
「それでここに来たのは、人間を襲わないって事をもう一度確認するために来たんだ。あれから1人も襲っていないよな?」
「1人も襲っておらぬ。お前と約束したからな。だがもし人間から襲って来るようなら私も容赦はせんぞ。正当防衛であったか?」
「あぁ、それで構わない——イリーナさんどうですか?」
「えぇ、ちゃんと言質を取れたわ。ありがとう」
イリーナはドラゴンに呆気をとられながらも答えた。
「じゃあ、なるべく卵を早く取り返すからな。待っていてくれ」
そう言って立ち去ろうとするが、ここでアッザムがドラゴンに声を掛ける。
「おい、ドラゴン。頼みがある」
「なんだお前は。ラルフとルーの知り合いかもしれんが、私はお前の頼みなど聞く義理はない」
「お前の言う通りだ。だがその小僧と嬢ちゃんが困っているんだよ」
「どういう事だ?」
ラルフとルーもアッザムの言葉を理解しておらず、眉をしかめていた。
「この嬢ちゃん、お前との戦いで鎧がズタボロになっちまったんだよ。この鎧は借り物でこいつらには弁償する当てがないんだ」
「そうか、先ほどの戦いで…それで私はどうすればいいのだ?」
「お前の素材を少し分けてくれ」
「なっ、何言ってんだ、お前は!」
ラルフは驚きの声を出す。だが、ドラゴンは
「そんな事か。それで何が欲しい?申し訳ないが心臓や目玉を渡す事は出来んぞ」
了承を得たアッザムはニヤリと笑う。それもそのはず。ドラゴンは素材の宝庫である。全ての部分が素材となると言ってもよい。それはドラゴンの糞尿でさえも。ドラゴンの糞尿は魔物避けにもなるのだ。
「爪やうろこを分けて欲しい」
「分かった。ちょっと待っていろ」
「おい、大丈夫なのか?」
ラルフが慌ててドラゴンへと声を掛ける。
「爪やうろこなどすぐに生えてくる。安心しろ」
ドラゴンは何枚かのうろこを剝ぎ、そして爪を2本ほど切断した。
またそれに加え、
「これで何か作るのだろう?だったらこれもあった方がいいだろう」
そう言ってドラゴンが飛行のために使う飛膜を切り取り、それもアッザムへと渡した。ラルフは心配しっぱなしで、
「おい、ちゃんと飛べるのか?」
「安心しろ、この程度で飛行に支障はない」
と答えた。
「あの…ドラゴンさん。私の傷は癒えましたか?」
ルーも気掛かりであったのだろう。ドラゴンへ声を掛ける。
「あの脳天への一撃は効いた。未だにクラクラしておる」
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫だ、私もお前の装備を滅茶苦茶にしてしまった。それでおあいこだ」
イリーナはこんな会話をしているラルフやルーに驚いていた。
(こんな短時間に伝説の魔物と打ち解けるなんてすごいわ。普通じゃあり得ない)
と感心していた。
「おい、アッザム。もう十分だろ?」
「あぁ、十分過ぎる。ズーの野郎、驚くぜ。本当は牙も欲しいところだが」
「止めろ!」
ラルフはアッザムを制した。
「それじゃあなドラゴン。俺たちは戻る。悪いが卵を取り返すまで待っていてくれ。後、ゲート近くからもう少し離れられないか?」
「了承した。ラルフ、頼んだ」
4人は魔界から戻って行った。
—とある貴族の屋敷—
「アレスがルーという女の開拓者と手合わせをして、やられました」
そう第二階貴族に報告するのは、先ほどまでギルドにいた開拓者である。この者は紳士的な態度を取っていたあの高レベルの開拓者である。名前をゾルダンという。またもう1人の無口な開拓者、カルゴもその場所にいた。
「なっ、アレスが?一体何者なのだ?」
そう答えるのは第二階貴族のミノ・ド・フォレスター。
「分かりません。ただ恐ろしく強い開拓者です。また美貌も兼ね備えておりました」
「とんでもなく強く美しい開拓者か。一度見てみたいが…それでギルドの方針は?お前たちが戻って来たという事はドラゴンを討伐するのではなくなったのだな?」
「はい、卵を取り返すと」
「何!?」
「ですのでしばらくこのまま大人しくする方がよろしいかと」
「その方が良さそうだな。お前もしばらくは情報を集めろ」
「かしこまりました」
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