第53話 ギルドの方針

 これまでルーに向けられる目はどれも見惚れた視線であった。当然その中には不埒な視線も合った。だがアレスを一撃で倒した事により状況は一変する。今のルーを見る目はどれも畏怖する視線であった。


「あの…イリーナさん。確認なんですけどルーの奴、何も罪に問われないですよね?アレスって奴運ばれちゃいましたけど」

「それに関しては大丈夫だと思うわよ。だってアレスは後でとやかく言わないってそう言っていたし。でもこれでルー様の名は知られる事になるわよ」


 そんな会話をしている所でルーが駆け寄って来た。


「ルー、とりあえずお疲れ…なぁもうちょっと手加減出来なかったのか?」


 ルーは苦い顔をする。


「ごめんなさい。アレスさん、あれくらいなら耐えられると思ったんですが…」


「想像以上にアレスが弱かった」と発言したいルーであったが、ここは言葉を濁した。心では思っても、口に出してはならないと自覚していた。


「でもこれでルーがドラゴンと戦って抑えたっていう話は信じてもらえそうだな」


 ルーが周囲を見渡すと未だ唖然としている開拓者たちの視線がルーに集まっていた。だが同時にラルフにも視線が集まっていた。それは何か不思議な物を見るようで、高レベルの開拓者を一撃で倒すほどのルーが、なぜ初心者装備を身に纏う正真正銘のなりたて開拓者に従順な態度を取っているのだと、2人の関係性に疑問を持つものであった。

 そこへさらにアッザムが話しかけてくる。


「あの時身を引いたのは間違いじゃなかったな。お前の強さがここまでとはな」


 アッザムは顎を触りながら爽快な笑顔でルーに言った。


「それよりも10000Jは良かったのか?」


 ラルフがアッザムに聞く。


「あぁ、気にするな。この間の金の指輪のおかげでちょっと臨時収入があったからな。その礼だと思ってくれ」

「ん?という事は、お前はやっぱりまがい物を掴まされたのか?」

「さぁ、どうだかな」


 アッザムは皮肉っぽく笑いを浮かべる。そこへまた会話に割り込んで来る者がいた。ギルド長と話をしていた高レベル開拓者たちである。


「ねぇ、あんた。一体何者なの?」


 そう話しかけて来たのはアレス以外に3人居た高レベル開拓者の内の1人、ナナであった。彼女は好奇心旺盛な性格をしており、遠くから黙って見ている事が出来ないタイプである。今はルーの事が気になって仕方がない。


「何者と言われても、あなた方と同じただの開拓者ですが」

「ただの開拓者って、あんたレベル1だって言うじゃない?そんなの信じられないわ。一体どういう事よ?あんたどこで何をしていたわけ?」


 そう問われたルーは静かに笑う。


「…過去は捨てましたので」


 そう言うとルーは背中を向け、イリーナの方を向いてしまう。


「イリーナさん、先ほどの話をもっと詳しく話したいのですが」

「え、えぇ。分かったわ。とりあえず戻りましょう」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。まだ話は——」

「——ナナさんたちも一緒に付いて来てください。ギルド長を含めて今後の対策を練りましょう」


 話をイリーナに遮られ、舌打ちをするナナ。


「分かったわよ」


 不機嫌そうにイリーナたちの後を付いて行った。


 個室に移動したラルフたち。そこにはギルド長のランバット、イリーナ、ナナを含む高レベル開拓者3人。そしてなぜかアッザムもいた。


「なんで部外者のあんたがここにいるのよ?」


 ナナがアッザムに食って掛かる。


「別にいいじゃねぇかよ。それに俺は小僧たちの連れだ。なぁ?」


 ラルフは一瞬面倒くさそうな顔をしたが、


「…まぁ、さっき助けてもらったしな。連れという事にしておくか」

「だぞうだ」


 アッザムがナナに皮肉めいた笑みを浮かべる。それを聞いたナナは怒りの矛先を今度はラルフへと向ける。


「あんたもさっきからなんなのよ。レベル1の分際で偉そうにしちゃって。本来はあんたみたいなガキが居ていい場所じゃないのよ」


 ラルフを貶された事に一瞬眉がピクリとするルー。だが、当の本人であるラルフは気にしていない。


「そんな事は分かっている。でも当事者の1人なんだからしょうがないだろ」

「っは!当事者かなんだか知らないけど、それであんたに何が出来るってのよ。見るからに弱そうなあんたに。あんたが居たって邪魔になるだけよ」


 これを言われ、さすがに今度は黙っていられなかった…それはラルフではなくルーだが。


「ナナさん?…でしたか?今、何とおっしゃいました?」


 その瞬間、ルーはナナに向かい威圧した。ルーの鋭い視線がナナへと突き刺さる。


「————!」


 ルーはナナへ威圧を飛ばしたが、ラルフへの侮辱に対する怒りのためか、若干周囲へ漏れていた。一瞬で場が張り詰め、凍り付く。


「ほら、この程度でナナさんも。私から言わせてもらえばナナさんも全然強そうに見えないのですが」


 威圧されているナナは全身が硬直し、固まっている。


(何よ、こいつ…ちょっとからかっただけじゃない。しかもこの程度って)


「——パン!」


 ギルド長のランバットが両手を叩く。それと同時にルーの威圧は解かれる。


「いいかな?」


 ギルド長のランバットは50代の半ばに差し掛かる男である。すでに頭は全て白髪になっているが、きれいな白髪で逆に男の渋さを引き立たせている。この男はこのような張り詰めた空気の場数は何度も経験しており、慣れていた。そんなランバットのおかげで緊張は解かれ、ナナは大きく息を吐いた。


「今は事を争っている場合じゃない。ドラゴンの件をなんとかするのが先決だ…それでラルフ君と言ったかな?」

「はい…」


 ラルフはランバットの雰囲気に圧されていた。これはランバットが威圧しているからではない。彼の威厳から来ているものであった。


「まずは先ほどの手合わせ、見させてもらった。ルー君の圧倒的な実力からして、ドラゴンを止めたのは本当なのであろう。問題はその後だ。ドラゴンが人を襲わないと言ったのは本当かね?」

「はい、間違いありません。でも人間が襲い掛かって来るなら容赦なく反撃すると言っていましたけど」


 腕を組むランバット。


「疑うようで悪いが、その話は本当に信じていいのだね?」


 ラルフは頷く。


「はい…もし信じられないのであればこれからドラゴンの元へ連れて行きましょうか?多分奴は卵の事が心配だ。ゲートの近くから離れようとはしないでしょう」

「分かった。私もギルド長として担保が欲しい。後でドラゴンの元へ向かおう。それと卵…か。こちらも問題だ。君はその卵を取り返すと約束したのだな?」

「はい」

「どうやって?」


 ランバットはさらに続ける。


「当てはあるのかい?それに約束が果たせなかった時の事は考えて返事をしたのかい?」


 ラルフを責めるつもりはなかった。寧ろ話を付けた事に対し感謝したいくらいである。だが、ラルフは初心者装備を身に纏うなり立ての開拓者である。そんな者が卵を取り返すはずなど出来るはずもない。それは即ちドラゴンが再び暴走することを意味するのだ。


「そ、そうよ。あんたみたいな奴が卵を取り返すだなんて、どうするのよ?安請け合いも良いところよ」


 先ほどルーに威圧され、萎縮していたナナだが黙っている事は出来なかった。普段は物怖じせず思っている事を口にするタイプであり、開拓者に適したタイプだ。今もルーを気にしながらラルフに問い詰めていた。

 正直、これについてはイリーナもそしてアッザム、他の2人の高レベルも思っていた。無理があると。視線がラルフへと集まる。だがラルフは臆することなく、真面目な表情を崩さずに強めの口調で答えた。


「だからギルドに報告しに来たんです」


 はぁ?という顔を向けるナナ。


「あんた責任をギルドになすりつけようとしているの?」

「違う!そんなんじゃない!俺はギルドに頼ろうとしているだけだ!」


 ラルフはきっぱりと否定した。


「俺は…やっと開拓者になったんだ」


(そういうことか)


 その言葉を聞いてイリーナは察した。

 イリーナは以前ルーの髪飾りを売却した時に人に頼ることを提言していた。ラルフのこれまでの境遇を考えれば仕方のない事だが、何でも1人で解決しようとする傾向にあったからだ。イリーナはそれを心配していた。

 実際ラルフもイリーナに指摘された事を覚えており、またドラゴンの事は自分の手に余る事案だと感じていた。自分だけではどうする事も出来ないと。

 だがラルフの事を知らない者は訳が分からない。


「何が言いたいのよ?」


 真意が分からないナナ。


「俺はスラム出身だ。俺たちの国ではスラム出身者ははぐれ者って呼ばれるんだ。みんな蔑んだ目で見て来て相手もしてもらえないんだ。誰かに助けて欲しくても誰も助けてくれない。頼るべき場所も、人も、何もない。何もなかったんだ。母さんが居たけれど、死んでから俺はずっと1人だったんだ」


 その言葉に一瞬胸が締め付けられるルー。またアッザムもスラム出身ため、当時の自分を思い返していた。


「でも今は開拓者になった。俺にとって頼るべき場所がやっと出来たんだ。だからギルドにまず報告して頼ろうと思ったんだ。それが間違いなのか?」


 その言葉を放った時、ラルフはちょうどナナに視線を向けていた。ナナは反応を返す事が出来ない。


「俺みたいな新米が1人で卵を取り返すだなんて、無茶どころかそれを通り越して無謀だって言いたいんだろ?そんな事は分かっているよ。でも俺はその判断をした事は間違いだなんて思ってない。思いたくないんだ。本当ならドラゴンを追い払うか、殺すのが通常の判断なんだろう。でも俺はドラゴンの悲しむ姿を見た。俺たち人間と同じように悲しんでいた。それを見ていたらなんとかしてやりたいと思ったんだ。バカな選択かもしれないが、俺はそれが一番の選択だと思ったんだ」


 出来る、出来ないで判断する。後先の事を考えて行動する。これはごく普通の事であり、ラルフ自身もそう考えて生きている。そうでなければすでにスラムで死んでいる。だが今回に限ってはそうしなかった。助けたいという衝動がそれに勝ったのだ。


「俺は開拓者として、ドラゴンを殺すという選択より、ドラゴンを助けるという選択を選びたい」


 まくしたてるように自分の気持ちを吐き出すラルフ。冷静にあらず感情のままに話しているために支離滅裂な部分がある。しかし、それが時に人の心届くという場合がある。今のラルフの言葉に対し、誰も言い返す事はなかった。

 少しの間、沈黙が流れる。


「ドラゴンを殺すという選択は通常の判断だ」


 口を割ったのはランバットであった。その言葉に視線を落とすラルフ。


(やっぱりそうだよな)


「だがその選択は少し安易過ぎたかもしれん」

「————!」

「ドラゴンがいつまでああやって大人しくしているかは分からんが——」

「——ドラゴンは卵が孵るまで20日はあると言っていました。俺はそれまでに取り返すと言いました。少なくともそれまでは暴れないかと」

「20日か…よし、分かった。ならばまずは卵の情報を洗い出そう」

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