第52話 その身を持って証明する

「僕が他の開拓者から聞いた話だと、ドラゴンは怒り狂っていて手当たり次第に人間を襲っていたと聞いた。そんなドラゴンがもう人間を襲わないと?」


 ギルド職員は冷静にラルフに問いただす。だがラルフの言っている事がとても信じられないという意は隠そうとしない。


「はい、俺たちはドラゴンと話をしました。それでドラゴンにもう無闇に人間を襲わないと約束をしました」

「おい、ちょっと待てよ」


 ここで魔界から逃げて来た開拓者の1人が割って入る。鼻には傷があり、体格の良い屈強そうな男だ。名前はフォルネという。


「ドラゴンが賢い生き物だってのは知っている。でも、さっきもこの職員の兄ちゃんが言うようにドラゴンは怒り狂っていてとても会話出来るような状況じゃなかった。それなのにどうしてお前とドラゴンが会話を出来たんだ?お前がドラゴンを止めたのか?こう言っちゃあ悪いが、お前…」


 フォルネはラルフを見た。やせ細ったひ弱な体を。そして身に付けているのは開拓者の初心者装備。それはレベル5未満を意味している。高レベルの開拓者が束になっても敵わないドラゴンを止めるなど、客観的に考えて初心者の開拓者が出来るはずがない。


「嫌、俺はあくまで話をしただけだ。ドラゴンを止めたのは俺の横にいるルーだ」


 すると視線がルーへ注目が集まる。ルーについてはいくらかの開拓者が覚えていた。騒動を起こしたのもあるが、ルーの美貌に見惚れて覚えていたのだ。フォルネもその1人だった。


「ま、まぁこの姉ちゃんがお前よりは強いってのは分かる。装備もしっかりしているようだしな。それでもドラゴンを止められるほどの実力者には見えないぞ。それとも何か強力な武器を使ったのか?でもそんな武器は高レベルの開拓者にしか買う事が許されてねぇ。この姉ちゃんが高レベルなら名前は知れ渡っているはずだ。でも俺はこの…ルーだったか?あんたを知らねぇ」

「知らなくて当然です。私もラルフと同じレベル1ですから」


 それを聞いた瞬間、フォルネを含む話を聞いていた者たちが一斉に失笑する。そしてギルド職員も呆れていた。


「申し訳ない、ラルフさんとルーさんでしたか?開拓者になりたてのお二人がドラゴンを止め、話をつけたなど到底信じられるものではない。悪いが——」

「——ちょっと待って」


 今度はイリーナが割って入る。


「まずは話を最後まで聞きましょう。それでラルフ君、ドラゴンと話をしたのよね?」

「はい」

「どんな話をしたの?話してちょうだい」

「ドラゴンが人間を襲っていた理由、それは卵を盗まれたからなんだそうです。それで卵を取り返そうと人間たちを追って来たと。でも卵を奪った奴らはゲートを通って諦めるしかないと。その腹いせに人間たちを片っ端から襲っていたそうです。ちなみにドラゴンはゲートの事を知っていました」


 イリーナは頷く。


「だから人間を襲っていたのね。説明がつくわ。でもどうやってそのドラゴンの怒りを沈めたの?」

「怒りというか、俺が話した時のドラゴンは悲しみに暮れていました。もちろんルーと戦闘していて疲弊していたからだと思いますが」

「それで?」

「だから俺が言ったんです。卵は俺が取り返してやるって。だから人間を襲うなって。そしたら了承してくれました」


 ラルフは真剣に答えた。だが周りの反応は薄い。首を横に振る者もいる。そして話を聞こうと促したイリーナ自身もラルフの言葉に驚いていた。気持ちとしてはラルフの事を信じたい。だが客観的に考えて、どうしても疑いを持ってしまう。


「イリーナさん、本当です」


 ラルフはそんなイリーナの反応を見ていた。だからイリーナだけに向かってもう一度念を押した。

 イリーナはラルフの目を見る。どこまでもまっすぐなラルフの瞳を。


(あぁ、そうだった。この子が嘘をつくはずがない)


「私はこの子の話を信じるわ」


 イリーナは職員に向かって話した。


「イリーナさん…」


(本当にこの新人たちの言う事を信じるのか?)


 職員はラルフたちの話を全く信じていなかったが、優秀で憧れでもあるイリーナが「信じる」と言った事に動揺していた。


「おいおい、なんか騒がしいと思って様子見に来てみりゃあ、何ガキの言う事に振り回されてんだ?」

「ア、アレス?」


 周りの開拓者たちがアレスの登場に困惑する。アレスはこのナルスニアの高レベル開拓者の1人である。体格は割かし細身ではあるが、高身長である。赤い髪をオールバックにし、ルーと同じ鋼の鎧を身に纏っている。自信に満ち足りたその表情は謙遜という言葉がこの中で最も遠そうな男である。


「おい、ガキ。さっきからべちゃくちゃと嘘をしゃべりやがって。何がドラゴンを止めただ。お前みてぇな奴が無理に決まっているだろう」


 自分が高レベルである事を前面に押し出し、そして低レベルの開拓者を思いっきり見下す。その姿はかつてラルフを嘲笑した者たちと同じである。


「俺がドラゴンを止めたなんていつ言った?俺はただ話をつけただけだ。止めたのはルーだ」


 そう言われてアレスはルーに目をやる。そしてルーを見た途端に大きく目を見開き、そして口笛を鳴らす。


「どけ」


 ラルフを払いのけ、ルーに近づく。まるでドラゴンの事などどうでも良いと言わんばかりに。


「初めましてお嬢さん。ルーさんで良かったかな?俺はアレスと言います。以後、お見知りおきを」


 そう言って膝をつき、ルーの手を取りキスしようとする。

 アレスはこれまでこのような恥ずかしい行為を恥ずかしがる事無く行って来た。アレスの外見は決して悪くない。寧ろ整っていると言った方がいいだろう。また、高レベルの開拓者ということもあり、女に困っていなかった。その女に困っていないアレスでさえ、ルーの美貌には敵わなかった。一瞬で心を奪われたかのような衝撃を受けた。それと同時に、ルーを自分の女にしたいという思いがアレスに行動を起こさせた。

 だが、ルーの反応は冷ややかなもので、そして怒気が混じっていた。ルーはアレスの手を払いのけ、


「ラルフに今、何をしました?」


 アレスは本来自分が無碍に扱われればその相手を許さない。だが、ルーの場合は違った。


(ほう、清楚な女に見えるが、気の強い女も悪かねぇ)


「あぁ、このガ…ラルフ君だったかい?君の知り合いだったのかい?悪かった。でもあまりにも嘘が過ぎるからねぇ」


 周りはそのやり取りは黙って見ていた。アレスの普段の行動は褒められたものではないが、今の発言には納得が言った。ラルフの言う事がどうしても信じられないでいた。イリーナが信じると言ったところで、所詮は他国のギルド職員。イリーナの事など知りはしない。


「嘘ではありません。私がドラゴンを止めました。そしてラルフがドラゴンと話を付けてくれました」


 アレスはルーの鎧を見る。確かにあちこち傷がつき、凹みが見える。


「ドラゴンと戦ったのは本当だったんだね。大丈夫かい?」


 アレスは先ほどルーに手を払いのけられたのにもう一度ルーに近づこうとする。だがルーはそれを再度拒否する。


「申し訳ありませんが、近づかないでくれませんか?」

「おや、緊張しているのかい?」


 これにはさすがのルーも顔をしかめた。ただでさえ、ラルフを軽んじ頭に来ているのに、その上気持ち悪いと感じていた。


「とにかく、その低レベルな開拓者の言う事は信用できない。君がドラゴンと戦ったのは分かるが止めたなんて事は——」

「——だから何度も——」

「——ルー、よせ」


 ラルフはルーを止めた。ラルフはある程度、この状況は理解出来ていた。低レベルの自分たちの話など信じてもらえるはずがないと。今まで何度も味わって来た。話しても信じてもらう事が出来ない。それだけの事だ。

 だが、ルーは違った。なぜ懸命に話しているのに信じてもらえないのだと。悲しみと悔しさが心を侵食する。ラルフがこれまで味わって来た屈辱を、身を持って体験していたのだ。

 そこへまた、新たに1人の開拓者が乱入してきた。


「なんだかもめているようだな」


 アレスはその開拓者を見るなり舌打ちをする。

 その者はラルフと先日対峙していた、アッザムだった。

 これにギルド内は騒然とする。アッザムはスラムのボスである事は知られている。しかし同時に開拓者でもあり、実力者でもあるのだ。


「おい、小僧、嬢ちゃん。久しぶりだな。なんだかドラゴンとひと悶着あったらしいな」

「他人事だと思いやがって」


 ラルフは軽く笑うように返す。そのラルフの言動に周りは再度驚く。アッザムに軽く口を聞くような話し方が信じられないでいた。


「それで、嬢ちゃんがドラゴンを止めたんだって?」

「はい、そうですけど…今までここにいなかったのになんだか詳しいですね」

「俺の情報網を甘く見るなよ。そんな事は筒抜けだ。それでどうしたんだ?」

「私がドラゴンを止めて、ラルフが話を付けたんですが、それを皆さんに信じてもらえないので困っているんです」

「まぁそうだろうな。レベル1のお前たちじゃしょうがねぇ。ま、俺は信じてやるぜ」


 その言葉に周りはまた驚いていた。あのアッザムがラルフたちの事を信用すると言い始めたのだ。これにより、風向きが変わり始める。だが、アレスが黙っていない。


「おい、アッザム。いきなり来て場を乱してるんじゃねぇぞ」


 明らかにアッザムに対し敵意を向けるアレス。


「これはこれは高レベルのアレスさんじゃありませんか。おぉ、こえ~」

「てめぇ」


 挑発するようなアッザム。その言動にアレスはさらに怒りを覚える。その顔を見てアッザムはさらに不敵に笑う。しかし、何かを思いつき、


「おい、小僧、嬢ちゃん。信じてもらいてぇなら証明しろ。その力で」


 ラルフはその言葉を理解出来なかったが、ルーは理解したかのように笑顔で応える。


「そうですね。そうしましょう!あの、アレスさんでしたか?私と手合わせ願いますか?」


 急な展開にアレスを始め、周りはまた騒然とし始める。だがルーはそんなものは意に介さず、ギルド職員に話しかける。


「これからこの高レベルなアレスさんと手合わせをします。それで私がアレスさんを倒したら私たちの話を信じてもらえますか?」


 ギルド職員は困惑する。


「いや、そんなこと急に——」

「——いや、いいだろう。私はこのルーさんと戦おう」

「本当ですか、ありがとうございます」


 ルーはアレスに頭を下げる。


「その代わり僕が勝ったら、ルーさん君は僕の女になってもらう」

「ええ、いいです——」

「——おい、勝手に話を進めるな!」


 ラルフは叫ぶように止めに入った。それにルーはビクッと反応する。反対にアレスはラルフに怒りをぶつけるような視線をぶつける。低レベルのお前が入って来るなと言わんばかりに。


「おい、ルー」

「はい…」

「何かあってお前が負けたらどうするんだ?それにお前はさっきまでドラゴンと戦っていたんだぞ?」

「分かっています…でも」

「でもじゃない。自分の身ならどうなっても構わないのか?自分をそんなに安く売りつけるな!」

「ごめんなさい」


 ルーはアレスに向き直り、謝罪する。


「そういう事ですので、申し訳ないのですが手合わせは止めておきます。ごめんなさい」


 アレスは舌打ちをし、ラルフを再度睨む。


「クソガキが。お前のせいで」


 ルーの実力は知らないが、アレスは自分の方が絶対に強いと思っていた。そして、ルーが自分の女になる事は決定事項であると思っていた。しかしそれをラルフに潰されてしまった。この場に誰も居なかったらラルフを殴り殺していまいたいほど、憎んでいた。

 だが今度はアッザムが割って入る。


「まぁ、待てよ。おい、アレス。受け取れ」


 そう言って、アッザムは親指でアレスに向かって硬貨を弾いた。アレスはそれを受け取る。


「ん?なんだこれは?10000Jじゃねぇか?」

「この金を払うから嬢ちゃんと手合わせしてくれねぇか?勝っても負けてもその金はくれてやる」

「へぇ、そりゃいい話だ」

「おい、小僧。これでどうだ?これなら万が一に嬢ちゃんが負けてもアレスに奪われる事はねぇ。これでどうだ?」


 ラルフはアッザムに訝しげな表情を見せる。


「いいのか?」

「あぁ、俺としては別に構わねぇ」

「よし…ルー行けるか?」

「はい!」


 ルーは任せて下さいという目でラルフに頷きながら答えた。

 一方、アレスも方も内心ほくそ笑んでいた。


(これで俺の力を見せつければ、このルーという女も俺になびくだろう)


 これでルーとアレスの手合わせが行われる事が決定した。ギルド職員は慌てて個室に行き、ギルド長に成り行きを説明しに行き、了承を得に行った。

 そして手合わせはギルドに併設してある、修練上で行われることとなった。


 修練上には先ほどギルドにいたほぼ全員が手合わせを見に来た。それに加え、ギルド長、そして他の高レベルの開拓者たちも見に来ている。


「ラルフ、安心して下さい。絶対に負けませんから」

「あぁ、でも油断するなよ」

「ルー様、頑張って」

「イリーナさん、ありがとうございます」


 イリーナもラルフの横で見守っていた。


 ルーとアレスが向き合う。

 アレスはルーを見ているが、ルーを舐め回すかのように見ており、そして笑みをこぼしていた。


(この女、絶対に俺が落として見せる)


 そんなアレスにルーは話しかける。


「アレスさん、私はあなたに対し、いささかではない不快な感情を抱いております。だから手加減を誤って、あなたにケガを負わせてしまうかもしれません。それでも許していただけますか?」


 それを笑って返すアレス。


「君は随分自信があるんだね。いいよ、大丈夫。もし傷を負っても、君に治療費や罪に問わない事を約束しよう。これを証言としてもいい。証人はここにいる者たちで構わない」

「それを聞いて安心しました」


 ルーは胸を撫でおろした。

 会話が終わるのと同時に、両者の中央にいたギルド職員が取り仕切る。


「それでは、私の合図を持って、試合を開始します。いいですか?」


 職員は右手を上げる。


「あの、アレスさん?ちょっといいですか?」

「どうしたんだい?止めるかい?」

「いえ、とんでもないです。ラルフ!」

「どうした!?集中しろ!」

「すみません、でも一言だけ。開拓者の皆さんにレベル1の私たちの話を信じてもらうためにはただ勝つだけじゃダメなんです」


(何を言ってるんだ、こいつは)


「じゃあどう勝てばいいんだ?」

「圧倒的に勝つのです。そうすれば信じてもらえます。だからごめんなさい。目立ってしまいます」

「もう十分目立ってる!気にするな!」

「分かりました!アレスさん、お待たせしました」


 待ちかねていた職員が合図する。


「それでは試合を開始します。始め!」


 職員が腕を降ろした。


「じゃあ行きます!」


 ルーはその声と同時に一瞬でアレスに間合いを詰める。


「えっ?」

「アレスさん、私はあなたに触れたくないのでみぞおちに攻撃します。防御を高めて下さい。行きますよ」


(おい、どうなっている?どうなっている?来る、来る!みぞおちにこの女のパンチが!耐えろ、耐えろ!腹に力を入れろ!)


 しかし、ルーのパンチが届くと同時に食いしばった表情は苦悶に満ちた表情へと変わる。ルーの拳は、鋼の鎧を砕き、アレスの腹へと突き刺さったのだ。

 そして、アレスはそのまま地面に倒れ込んだ。


 その場は静寂に包まれていた。ルー以外の誰しもがこんな展開を予想していなかった。


「あの…」


 ルーの言葉に職員が反応し、慌ててアレスに駆け寄る。


「試合続行は不可能です。ルーさんの勝利とします。それと担架を!肋骨が折れている可能性がある。もしかしたら肺に突き刺さっているかもしれない!」


 ルーは言葉の通り、圧倒的な力で持ってアレスを圧倒した。


「まさかここまでとはな。あの時引いて正解だったぜ」


 アッザムは冷や汗を掻きながらもルーたちと初めて対峙した時を思い返していた。やはり自分たちは狩られる側であり、身を引いたのは英断であったと、過去の自分を褒めていた。

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