第51話 ギルドに戻る

 ゲートに向かい始めてすぐにラルフはルーの体を気遣う。


「おい、ルー。さっき何回もふっ飛ばされていたけど体は大丈夫なのか?」

「えぇ、特に何ら支障はありません」


 確かに言う通り、ルーは平然としている。実際に擦り傷程度しか目立った傷はない。

 ドラゴンと戦ってどうして擦り傷程度で済むんだ?という疑問を持ちながらもラルフはルーにポーションを1本差し出す。


「ルー、飲め」

「そんな、このポーションはお店の店主から頂いた物じゃないですか!頂けません!」


 店主は閉鎖的なラルフが心を許した数少ない1人だとルーは知っている。その人からもらった物を自分が使うわけにはいかないと頑なに拒否をする。


「いいから気にするな。おっちゃんは必要だと感じたら惜しみなく使えと言った。今がその必要な時だ。だから飲め」


 半ば強引にルーにポーションを渡す。


「すみません、頂きます」


 ルーは申し訳無さそうに答え、ポーションを口にした。ポーションのおかげでルーの体は癒える。だがそんなことより、ラルフが自分の身を心配してくれたことが何より嬉しかった。


(ラルフ、ありがとうございます)


 ポーションでは体の疲れを取る事は出来ないが、ドラゴンとの戦闘の疲れをかき消すほど、ラルフの優しさに満ち足りた思いでいた。だがそんな有頂天も次のラルフの言葉に現実に戻されてしまう。


「でも、鎧は随分ボロボロになっちゃったな」

「————!」


 ミスリルの装備の代わりにズーから渡された鋼の装備一式。装備としては申し分ないのだが、やはりドラゴンとの闘いには付いていけなかったようだ。


「ごめんなさい!」


 ルーは勢いよく頭を下げる。頭が膝にくっついてしまうのではないかと思うほどに。


「バカ、気にするな。この装備のおかげでルーは擦り傷程度で済んだんだ。それに、こいつを守れたんだ」


 そう言ってラルフは少女の肩に手を置く。少女もいつお礼を言おうかタイミングを計っていたため、すぐに感謝の意を述べる。


「さっきは助けてくれてありがとう」


 礼を言い慣れていない少女は照れくさそうに言った。


「…おい、ルー。お礼を言われているんだからちゃんと応えてやれよ」

「えっ?私ですか?てっきりラルフにかと」

「俺は動けなくなったただの足手まといだ。助けたのはお前だよ」

「そんなことない!お兄ちゃんも私を助けてくれた」


 ラルフの言葉をかき消すかのように少女は声を出した。


「そうです、ラルフ。この子が踏み潰されそうになった時、助け出したのは間違いなくラルフです」


 ルーは微笑むように、そして自信を持って欲しいという思いを込めて頷いた。そして少女も頷く。


「そうか、うん、まぁ…どういたしまして」


 礼を言われる事に慣れていないラルフはこれまた照れくさそうに目線を合わせずに答えた。


「それでラルフ、足の方は大丈夫なんですか?」


 ラルフはルーを心配していたが、ルーはそれ以上にラルフの足を気に掛けていた。


「いや、それがまだ若干痺れが残っているんだ。これはなんだ?」


 するとルーの顔つきが割と真剣な顔つきになる。


「ラルフは、体の魔力を使用したものと思われます。あの時のラルフは本当に爆発的に加速しました。今はその反動かと」

「そうだったのか。あの時は本当に無我夢中で、自分でもよく分かってないんだ。それにどうして俺が魔力を使えたんだ?」

「それは私にも。本来は修行を重ね、ようやく使いこなせるものなのです。ラルフがあのような動きを出来たのは奇跡に近いものかと。ただ」

「ただ?」

「ラルフは足に関しては割と自信を持っているんですよね?」

「あぁ、とにかくトラブル回避のために逃げ回っていたからな」

「それが功を奏したのだと今は思う他ありません。痺れに関しては時期に治るかと」

「まぁそう言う事にしとくか…ところでお前の名前は何だ?」


 ラルフは思い出したかのように少女に名前を問う。


「サラ。私の名前はサラ」

「サラか。お前昨日も見かけたけど、さっきのドラゴンはどうしようもないとして、とにかく気を付けろよ。危なっかしくて仕方がない」


 ラルフはサラの恰好を見てスラムに住む人間だと容易に想像がついた。そのため魔界に足を運ぶ理由やあまり来ない方がいいなどとは言えなかった。


「うん…分かってる」


 サラの心情的には「分かっている」の前に「そんなことは」という言葉を付けたしたかった。こんな危険な場所に赴いていつ死ぬか分からないリスクを背負っているなど十分承知の上だ。だが、生きるためには魔界で金になりそうな物を探すしかないのだ。それしか選択肢がないのだ。

 そんなサラの気持ちをラルフはすぐに察した。


「そうか、そうだよな。俺もそうだった」


 すると目を丸くするサラ。


「お兄ちゃんも?」

「あぁ、俺も10歳くらいの時からずっと1人で魔界を活動してきた。サラを見ているとなんだか昔の自分を見ているようでな。でも俺はもうちょっと周りを注意してだぞ」


 ラルフは微笑みながら優しくサラの頭にポンと手を置く。


「お兄ちゃんもそうだったんだ」


 仲間意識が芽生え、気を許したのか、サラには笑顔がこぼれた。


「まぁとにかく、気を付けろよ」

「うん」


 今度は素直にラルフの言葉を受け入れた。一方、それを見ていたルーはこのような若い少女が生きて行くために自分の命を削りながら生きているこの厳しい現実に胸を痛めていた。王女という立場を捨てたが、簡単に気持ちを切り替える事が出来るわけではない。このどうしようもない現状を憂いていた。


 会話が終えた所でゲートにたどり着く。ゲートを通り、無事にナルスニアへ戻る事が出来た。


「それじゃあな、サラ。元気でやるんだぞ」

「うん、ありがとう」


 そう言ってサラはラルフたちの元から去って行った。


「さて…」


 ラルフはサラと別れたので先ほどのドラゴンの件へと話を戻す。


「まずはギルドへ報告した方がいいんだよな?」

「もちろんです。ドラゴンの被害者が出ていますし、今後の方針を聞かねばなりません。もしかしたら討伐隊を組むなんて事も」

「なんだって!?すぐ戻ろう…いてて」


 ラルフは走ろうとしたが、足に痛みが走る。


「ラルフ、無理をしてはいけません。限界を超えた動きをしたのですから。大丈夫、すぐに討伐隊が動くわけではありません。それにギルドはすぐそこです」

「あぁ、悪いな」


 ラルフはルーの言葉に甘える事にした。


 ギルドにたどり着くと、ギルドの中は慌ただしい状況にあった。

 ギルド職員たちが魔界から命からがら戻って来た開拓者たちから情報をかき集めていたのだ。その中にはもちろんイリーナも含まれていた。

 そのイリーナがラルフたちの存在に気付くとすぐ2人の前に飛んで来た。


「ラルフ君!ルーさん!」


 イリーナは周りを考慮してルーの事を「さん」付けで呼んだ。


「ケガはない?大丈夫?」


 心配そうな顔で2人を見つめるイリーナ。


「えぇ、大丈夫です。それよりも聞いて下さい。ドラゴンの話です」


 イリーナはルーの鎧の傷やへこみ、そしてラルフが足を若干引きずっているのを見逃さなかった。だがそれよりもドラゴンの件で優先すべき事があるのだろうと察した。


「えぇ、私たちも今、必死で状況を集めているの。詳しく聞かせてちょうだい」


 ラルフたちはドラゴンと戦闘したことを話す。それを聞いたイリーナは驚愕の表情をする。


「えっ?ルー様、ドラゴンと戦われたのですか?」


 イリーナは信じられなかった。今、ギルドの中はドラゴンから逃げる時に傷を負った開拓者が多数する。しかし、目の前のルーは、逃げた時に追った傷ではなく、戦って負った傷なのだ。


(もしかしてラルフ君が足を引きずっているのも)


 すぐさまラルフに目を向けるイリーナ。その見開いた目にびくっと反応するラルフ。


「俺がへまをしたせいで、ルーが戦闘する羽目になりました。すみません」

「いえ、違うのです!ラルフは女の子を助けたんです!だから仕方がなく」


 それを聞いて少し呆れた表情をするイリーナ。だが、そこには笑みも含まれていた。


(なんだかこの2人らしいわね)


「それでなんとか逃げる事が出来たってわけね?」

「いえ、逃げたっていうか、ルーのおかげでドラゴンと話す事が出来ました」

「ド、ドラゴンと話した!?」


 思わず驚いて声を上げてしまうイリーナ。周りの視線が一瞬集まってしまう。


「ちょっとここじゃまずいわね。中で話しましょう。ねぇ、ちょっと」


 イリーナは傍を通った職員に声を掛ける。


「個室、空いているかしら?」

「いえ、今ギルド長が高レベルの開拓者たちを集めて話をしています」


 それに眉をぴくりと動かし反応するラルフ。


「あの、もしかして討伐隊を組もうとしてるんですか?」

「う~ん、分からないんだけど、多分そうじゃないかな?」

「討伐隊を組むのはちょっと待ってください。ドラゴンはもう無闇に襲って来ません!」


 訝しげな表情をする職員


「…一体どういう事だい?」


 周りの視線は完全にラルフへと集まってしまった。

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