第50話 子を想う親の気持ち

「ドラゴン、あなたの事情を詳しく聞かせてもらえませんか?卵を盗まれたとは一体どういう事なのです?」

「こざかしい小娘め」


 ドラゴンの脳震盪は今も続いているようで、顔をしかめ、頭を左右に振っている。

 ルーはそれを見て、しばしドラゴンが落ち着くまで待つことにした。だが同時にすぐに襲い掛かって来ても対処出来るように警戒は怠らない。そこへラルフと少女がやって来たので、すかさず忠告する。


「ラルフ、ドラゴンはすぐにまた襲い掛かるかもしれません。私が対処しますがいつでも逃げる準備はしておいてください」

「分かっている」


 ルーに言われずともラルフは緊張感を漂わせていた。口で呼吸し、額に汗が滲み溢れている。少女はドラゴンが怖いのかラルフにしがみついていた。


「ドラゴン、もう一度聞きます。卵を盗まれたとは一体どういう事なのです?」

「お前たち、お前たち人間が私の卵を盗んだのだ」


 ようやく口を開いたが、依然としてドラゴンの怒りは消えていない。鋭い目をルーに突きつけ、怒りを滲ませた声を出すが、それを聞いてルーは納得がいった。

 だが、「そうだったのですか。お怒りはごもっともです。どうぞお好きなように人間を殺して下さい」などとは言えるはずもない。


「事情は分かりました…ですが、むやみに人間を殺す事などあなた方は決してしないはず。どうか無抵抗の人間を殺すのを止めて下さい」

「なぜだ?」

「なぜって…」

「私はお前たち人間が憎い。だから殺すのだ。大勢の人間を殺し、私の卵を盗んだ事をひどく後悔させてやるのだ。私は人間を手あたり次第殺す」


 怒りと共に決意したかのような意志を示すドラゴン。同時に体制を整え始める。それを見たルーも緊張感を高める。


「ま、待って——」

「——卵を取り返せばいいのか?」


 ラルフは声を上げた。ドラゴンとルーが同時に驚いた顔をラルフに示す。


「お前が卵を取り返すだと?」

「卵を取り返せばいいのかと聞いている」


 ドラゴンはため息交じりの息を漏らす。まるでその仕草は人間のようだ。


「私を前に一歩も動くことが出来ぬおまえなぞがどうやって卵を取り返すと言うのだ?笑わせてくれる」

「だったら今すぐ取り返せよ。取り返せないからこうやって恨みを晴らすために人間を殺す事しか出来ないんだろ?俺以下じゃないか」

「小僧」


 ドラゴンはラルフを威圧する。ドラゴンはラルフの事を自分より非力でひ弱な格下と見ている。だがそれ故に、的を射たラルフの発言が思った以上に自分の心を逆なで、威圧という行動に移ってしまった。

 その威圧をまともに受けたラルフは全身の毛穴が逆立つ。横に居た少女も恐怖を紛らわすために、さらにぎゅっとラルフにしがみつく。ルーは剣を抜き、ラルフを庇うように前に立つ。

 だがドラゴンはラルフたちを襲おうとしなかった。代わりにドラゴンはやりようのない悲しみを吐露した。


「お前たち人間が設置したゲートさえ通る事が出来れば、我が子を、我が子を…」


 そこでドラゴンは話すのを止めた。怒りと悲しみ、そして自分の無力さを痛感し、ただ打ちひしがれているのであった。

 そんなドラゴンの様子を見ていたラルフは拳を握る。そして、


「俺が取り返してやる!」


 そう啖呵を切った。


「ラ、ラルフ?」


 以前ラルフはハミングバードの卵を盗もうとしたことがあった。鳴き声がきれいで貴族の間で、高値で取引されていると聞いたためだ。だが、その時は親鳥の必死の抵抗に合いそれを諦めた。

 ハミングバードからすれば決死の覚悟でラルフに襲い掛かったのだろう。先ほどラルフがドラゴンに覚えた恐怖と同じように、自分より何十倍も大きな体を持つ者に襲い掛かるのは並大抵の事ではない。

 ハミングバードにどれほどの知能があるのかは分からない。ただ、恐怖よりも卵を取り返す事が凌駕したのだ。

 また、以前ラルフが母のために奇跡の実を探しに魔界へ行った時、戻って来たラルフを母は思い切り抱きしめた。その時のラルフの母は流行病に体を蝕まれ、もう立ち上がる体力も残っていなかった。それにも関わらず、体を酷使してラルフを探し回っていたのだろう。

 ラルフが今目の前にしているドラゴンもハミングバードやラルフの母と同じなのだ。子を想う親の気持ちというものは何よりも勝り、きっと本能的なものなのだ。


「ゲートをくぐれないお前は卵を取り返す可能性はゼロだ。でも俺はゲートを通れる。ゼロじゃない。俺が取り返してやる!」


 決然と言い放つラルフ。先ほどまで臆していた姿と比べると、まるで別人だ。


「………」


 ドラゴンはラルフを黙って見ていた。

 可能性は限りなくゼロに近い。そんな事は分かっている。だが目の前のラルフを見るとその可能性に掛けてもいいと思えた。

 自分より非力で踏み潰せば簡単に命を奪えてしまうような存在に変わりないが、決意が灯った力強いラルフの瞳を見ると、何とも頼りがいのある大きな存在に思えてくる。


「ドラゴン、私もラルフと一緒にあなたの卵も取り返します。私と刃を交えたあなたなら私が少しは戦える事は分かるでしょう?ラルフと私が協力すれば可能性はさらに上がります」

「お前たち…」


 ドラゴンは少し沈黙し、


「分かった。お前たちに掛けてみる。私の代わりに我が子を取り返してくれ」


 ドラゴンはラルフたちに託すことにした。


「よし、任せてくれ。それでルー。ドラゴンの卵って食べるわけじゃないんだろう?」

「まさか!そんな事をするはずがありません。もっと別の意図が合って持ち帰ったのだと」


 ラルフはそれを聞いて頷く。そしてもう一度ドラゴンの方へ向き、


「おい、卵を盗られたのはいつなんだ?」

「昨日だ。だから私は盗んだ者たちを追いかけここまで来た。だが盗んだ者たちはもうお前たちが用意したゲートとやらをくぐってしまったのだろう」

「昨日か。なぁその卵は後どれくらいで孵るんだ?卵が孵ってなきゃ盗んだ奴だってどうする事も出来ないだろう」

「後20日程度だ。それで卵は孵る」

「じゃあ後、20日。20日以内に俺が卵を取り返してやる」


 何も根拠はない。だが取り返すと心に決めていた。それはもう確定した未来のように。


「それでお願いなんだが、その20日間の間、人間を殺すのを止めて欲しいんだ。俺は出来た人間じゃない。自分以外の人間がどうなろうと基本どうだっていい。でも、やっぱりこのまま放っておくのもどうかと思ってな」

「安心しろ。今の私はもう落ち着いている。むやみに人間を殺す事などせぬ。だが私を襲ってくる者に関しては容赦なく殺すぞ」

「あぁ、それは正当防衛だ。好きにしてくれ」


 ラルフは微笑しながら答えた。


「じゃあ俺たちは戻る。早速戻ってギルドに話を通そう」

「えぇ、そうですね」


 そう言ってゲートに向かおうとした時、ドラゴンがラルフの背中に向かって声を掛ける。


「ラルフとルーで良かったか?」

「あぁ」

「はい」


 同時に降り返る2人。


「どうか我が子を、よろしく頼む」


「「任せろ(任せて下さい)」」


 2人は再度心に火を灯し、ナルスニアへと戻って行った。

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