第47話 魔界にて

 翌日、ラルフたちは再びズーの元を訪ねた。

 ズーは鋼装備一式をきっちりルー好みにアレンジしていた。「久しぶりに徹夜しちまったよ」とズーは疲れた顔で言っていたが、その顔はなんだか嬉しそうにしていた。

 ルーもまた改修された装備を見て、大層喜んでいた。

 当初は全身を覆うような鎧であったが、腕や特に下半身部分は省いてしまった。ルーは防御力より俊敏性を選んだ。

 ルーの満足した顔にズーもホッと息を漏らし、「今日は休ませてもらうが明日からミスリル装備に取り掛かる」と言っていた。

 その時ラルフも「俺にも何か作ってくれ」と頼んだが、「ミスリルの後で気が向いたらな」と気のない答えが返って来ただけであった。

 ちなみに剣はそのままミスリルソードをする事になった。柄の部分を少し変更すればそれだけで見た目が変わった。


 こうして2人は魔界に行くための装備を整える事が出来た。

 2人ともレベル1ではあるが、装備に差異が生じていた。一方はどこから見てもなり立てだと分かる初心者装備をしている者。もう片方は上級者とも思わせるような鋼装備をしている。

 ルーがレベル1にも関わらず初心者装備をしていない点において、ギルドから処罰を受ける事はない。レベル1の者に初心者装備を売ってはいけないのはあくまでも店側のルールであり、開拓者には適用されない。なぜなら開拓者になる者は他にもいろいろな肩書きを持っているからだ。騎士であったり、犯罪者であったり、貴族であったり等。そのような者たちは、それぞれの立場、金、コネを最大限利用し、装備を整えたと認識されるだけである。

 特に貴族に至っては、初心者装備などしていれば周りから嘲笑される点や自分の命を守るためにはそれ相応の装備が必要であると考えているため、初心者装備をする事は絶対にない。

 以上の事からルーが鋼装備をしていても全く問題ではなかった。そのため、マントで自分の姿を覆う事はしなかった。


「ルー行くぞ」

「はい」


 ラルフとルーはナルスニアのゲートをくぐり、初めて魔界の中へと足を運んだ。


「ここが、ナルスニアの魔界か」


 ラルフは辺りを見渡す。


「確かにアルフォニアと違うのは分かるが、雰囲気はあまり変わらないな」


 ラルフの目には相変わらず魔界と呼ばれるのが不思議と思われるほどに緑豊かな自然が広がっていた。


「どの国も安全な場所でゲートを繋ぐようにしていますから。でも間違いなくアルフォニアとは離れた場所にあります。魔界は広大ですから」

「広大か。ルー、しばらくは散策をしたい。お前は退屈かもしれないがそれでもいいか?」

「いえ、それで構いません。逆に魔物と戦おうとするなら私は止めていました」

「俺は臆病だからな。いきなりそんなことはしねぇよ。さぁ探索をしよう」


 この日、ラルフはゲートを周辺の散策を徹底した。特に今までの習性からか、回復草が生えていそうな場所を探すのに偏っていた。

 ゲート周辺であったため、他の開拓者とすれ違う事が多々あった。また、開拓者ではないと思われる者たちも多く見かけた。


「こういうのもどこも同じか」


 ラルフは呟いていた。その中で1人少女とおぼしき人物が回復草を探していた。

 少女は回復草を探すのに夢中で少し周りの警戒が疎かになっているように感じた。

 他者と関わるつもりはさらさらなかったラルフであるが、いつの間にかその少女に声を掛けていた。


「おい、回復草を探すのもいいが、周りも注意しろよ。それにゲートから離れすぎやしないか?」

「————!」


 少女は驚いた様子でラルフたちを見ていた。無言で鋭い目つきでこちらの様子を伺っている。

 自分に害を為そうとする者たちではないのか?

 少女は一歩、また一歩と後ずさりそのまま走って行ってしまった。

 その場にはまだ回復草が取り残されていた。


「なんだかちょっと悪い事しちゃったな」


 ラルフは親切心で声を掛けていた。おそらく今までの自分を少女に投影していたのだろう。

 だが少女にとってそれは大きなお世話だった。少女の目つきが物語っていた。

「簡単に人間は信用してはならない。人間は卑しい生き物だ。」

 余裕がない時のラルフと同じ目つきをしていた。

 少女は間違いなくスラム出身の人間だとラルフは確信していた。


「ルー、今日はこれくらいにしようと思うがどうだ?」

「はい、私としては問題ありません」

「じゃあ明るいうちに戻ろう」


 その日は探索を終え、戻る事にした。

 帰路の中でルーがラルフに提案をした。


「ラルフ、明日からなんですが…」

「ん?どうした?」

「少し修行をしませんか?」

「修行?どういう?」

「魔物と対峙するための修行です」

「魔物か。今まではひたすら逃げ回っていたけど、開拓者になった以上、いつかは戦わなきゃいけないんだよな。ちょうどいい機会だ。ルー、よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします」


 それを聞いた教える側の立場であるルーが頭を下げていた。


 翌日、朝から魔界に繰り出す。今日からルーの修行が始まる。

 ルーはとりわけ緊張していた。なぜならこの修行を行う事でラルフの気分を害さないか心配していたのだ。

 ラルフはルーの事を仲間だと思っている。

 だが、肝心のルーはラルフの情けにより、付いて回る事を許された程度にしか思っていない。

 ラルフが死ねと言えば死に、ラルフが殺せと言った相手は殺さねばならないと思うほどの覚悟を持っていた。下僕になったと言ってもよい。

 そんな下僕が主人に対して修行を行おうとしているのだ。ルーは気を使わずにはいられない。


(ラルフが開拓者として生きて行くためには強くなってもらわなければなりません。でもこの修行をしてラルフが私の事を嫌になったら)


 その思いは緊張となって顔に現れた。

 ラルフはその顔を見てルーに声を掛ける。


「おい、ルー。どうした?どうしてお前が緊張してるんだ?」

「いえ、あの…変な事を聞いてもいいですか?」

「変な事?」


 ルーはもじもじした後、言いにくそうに口を開いた。


「この修行で私の事を嫌いになって、ラルフが私を追い出したりしないか心配で…」


 ラルフがそれを聞いて「はぁ?」と呆れ顔をする。


「お前がこれからどんな修行をするのか知らないが、俺のためを思ってしてくれるんだろ?それでどうしてお前を追い出す事になるんだ?」

「ほ、ほんとうですか?」

「本当だ。安心しろ。だから思いっきりやってくれ」


 それを聞いたルーは嬉しそうな顔をする。


「はい、頑張ります!」


(そのセリフは俺だと思うんだけどな)


 修行はゲートのすぐ近くで行われる事になった。

 実際に魔物と対峙するわけではないようだ。


「ルー、それでどんな修行をするんだ?攻撃の仕方か?もっと基礎のナイフの扱い方か?」

「いえ、違います。もっと重要な事です」

「もっと重要な事?」

「生存率を上げるための行動を学んで頂きます」

「要は逃げろって事か?それに関して俺は得意分野だぞ。それに無理な戦闘をするつもりは毛頭ないぞ。なんてったってすぐに逃げるからな」

「分かっています。でも急襲された時の対処です。ラルフの警戒心が高いことについては理解していますが、それでも絶対ではないのです。学んでおいて損はありません」

「そういうことか。分かった」


 ルーは近くに落ちている手ごろな木の枝を探し始めた。


(今の俺はあれで十分という事か)


 自分が弱いと理解はしているが、少しだけ悔しく、みじめな思いがした。

 ルーはそれを気にも留めず、拾った木の枝を素振りし、感触を確かめていた。

 それが終わると、ルーはラルフに目を向ける。


「では、行きます」


 その言葉を発すると同時にルーはラルフに目掛け突進してきた。




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