第46話 スラム街の鍛冶屋、ズーに会う
アッザムに言われた通り、ラルフたちはアジトを出て右に向かって進み始めた。そしてつきあたりまで移動した。
「ラルフ、鍛冶屋がありましたよ。あれですね?」
ルーは、鍛冶屋の看板を指差す。
しかしラルフの反応は薄い。
「いや、違うな。あれじゃない」
「でもちゃんと看板がありますよ?あのお店ですよ」
するとラルフは向き直り、ルーを見る。
「まだまだだなぁ、お前は」
「えっ?」
ルーは呆けた顔をする。
どうやらラルフに言われた事の意味が理解出来ないらしい。
「さっきは金の偽物の見抜き方を知っていたから感心したのに…あのなぁ、ルー。俺たちはこれから面と向かって堂々と商売出来ない店に行こうとしてるんだぞ?にも関わらず、鍛冶屋の看板がぶら下がっていると思うか?」
「あっ…」
ルーはようやく気が付いたようだ。
「そういう店は目立たないようにひっそりとあるもんなんだよ。だからあの鍛冶屋はカモフラージュだ。多分向かいの方だ。行くぞ」
するとラルフは何も看板が掲げられていないひび割れが生じた建物へと向かって行く。
ルーはその後をくっつくように歩いて行く。
(私はまだまだ常識がないようですね。早く身に付けたい)
人を疑う事のなかった王女は「疑い」を学んだ。しかし、それが実用社会で生かされるにはまだ経験が足らない。目の前の看板が掲げられた鍛冶屋をカモフラージュとは見抜けないのだ。
純情であった事が王女という立場ではプラスに働いたが、今のルーにとって、それはマイナスにも働き兼ねないのだ。
店の中に入ると1人の男が暇そうに座っていた。
「なんだい、あんたたち。人の家に勝手に入って来て」
「鍛冶屋があると聞いてここに来たんだが」
「鍛冶屋?鍛冶屋なら目の前にあるだろう?」
「…アッザムに教えてもらったんだが」
すると男の眉がピクリと反応する。
「アッザム?このスラムのボス名前を出してどうしたいんだ?脅しか?」
「ズーという爺さんにならいろいろと都合を付けてもらえると聞いた」
それを聞いた男は黙ってラルフを見つめた。そしてゆっくりと口を開く。
「…入りな」
男は奥の扉を開けた。どうやらここが鍛冶屋で間違いないらしい。
ラルフたちは男の後に続き、部屋の奥へと入る。その部屋の中へ入ると武器や防具が所狭しと並んでいた。
そこに1人の老人が椅子にもたれながら目を瞑って休んでいる。
「爺さん、あんたに客だ」
「んん?」
ズーは起こされた事に少し機嫌が悪そうに答えた。
「じゃあゆっくりしてきな」
紹介した男は戻って行った。
「あんたがズーか?」
「あぁ」
頬杖をつきながら面倒くさそうに答えるズー。
「で、何の用だ?」
「俺たちは開拓者だ。装備を売って欲しいんだ」
「装備?装備なら目の前に鍛冶屋があるだろう?」
この部屋に装備が並んでいるのにそれを無視するように答えるズー。
「いや、アッザムに紹介してもらったんだ。あんたに頼めばいろいろ都合を付けてくれるってな」
「ッチ。あの野郎。面倒なことを」
ズーはラルフたちに見向きもせず、頬杖をついている逆の手で頭を掻きむしっている。
ラルフはズーを見ても何も思わなかったがルーは違った。ズーの態度に動揺していた。これが客に向ける態度かと。
「俺たちは開拓者なりたてのレベル1なんだ。だから普通じゃ初心者装備しか手に入らない。でもあんたに頼めばちょっといい装備を揃えられるって聞いたんだ」
だがそれを聞いたズーはさらに機嫌が悪くなる。
「レベル1?そんな素人が俺から装備を買おうってのか?そんな死にたがりに売るもんはねぇ。帰った、帰った」
手で払いのける仕草をし、帰れと煽って来る。だがここで帰るわけには行かない。
「いや、俺は正真正銘のなり立てのだから別にいいんだ。初心者装備で。でも、こいつは違うんだ」
するとズーは初めて片目を開き、こちらに向ける。
「おめぇじゃねぇって言うと、そっちの嬢ちゃんがか?」
「あぁ。こいつに見合う装備が欲しい」
ズーは先ほど開けた片目でルーを見る。
(確かに素人には見えねぇな。あの下はどうなってるんだ?)
ルーはマントで全身を覆った状態だ。
「今はその下は装備を付けているんじゃないのか?」
「付けているんだが、訳があって今の装備を公に晒す事は出来ないんだ。面倒事が起こる」
「面倒事ねぇ。開拓者に面倒事は付き物だろ…それで、その嬢ちゃんは強いのか?」
「強い…と思う。まぁ俺が弱すぎるだけなのかもしれないが」
「さっきから嬢ちゃんは何にもしゃべってねぇが、嬢ちゃんはどうなんだ?自分がどれほどの強さなのか言えねぇのか?」
ズーは片目ではあるが、ルーの目をまっすぐ見て問いただした。
「私は自分が強いなどと思った事はありません。ただ、先ほど会っていたアッザムという男。あの男の組織と私1人が戦う事になったとしても私は負けないでしょう」
「言うじゃねぇか、アッザムと戦って勝てるってのか?」
「はい、勝てます」
ルーもズーの目をまっすぐに見て答えた。
(こいつはまんざら嘘をついているってわけじゃ無さそうだな)
「そのマントを外して今している装備を見せてみろ。一概には言えねぇが、装備の質と強さは大体比例する」
それを聞いたルーはラルフを見る。「この男に見せてもいいのか?」と。
それを読み取ったラルフは頷く。
「問題ないだろ。ズーも公に出来ない商売をしているんだ」
「そういう事だ。さっさとマントを取りな」
ルーは言われた通りマントを外し、装備をズーに見せた。
「————!」
先ほどまで興味を無さそうにしていたズー。
しかし、ルーの装備を見た瞬間に目が見開く。しかも両目だ。
「お、おめぇ…それは」
よろめきながらも椅子から起き上がりルーに近づく。
その様子にたじろいだルーは後ずさろうとする仕草を取る。
ズーはどんどんルーに近づく。そしてルーの目の前にまで移動し、ルーの腕、小手を掴んだ。
「おめぇ、この素材…もしかして」
「えぇ、ミスリルです」
「ほんとか!?」
大概の男たちはルーの顔を見れば、そのルーの美貌に見惚れる。
しかし、ズーが見惚れたのはルーではなく、ルーの装備しているミスリルに見惚れていた。
どうやらズーにとって、ルーの美貌などミスリルに比べれば取るに足らない事らしい。
「ミスリルってお前、普通は手に入る代物じゃねぇぞ。嬢ちゃん、お前一体何者だ?」
なぜこのような若い娘がミスリルの装備を身に付けているのか?
ズーは疑いを通り越し、怪訝な表情をルーに向ける。
「だから訳ありなんだよ。察してくれ」
ラルフはズーの背後から声を発した。
ズーは視線をルーからラルフへと変える。
「訳有りどころじゃねぇだろ、ミスリルだぞ?ミスリル」
視線は変えても手はミスリルから離そうとしなかった。
「そんな顔を向けられても俺にはそのミスリルがどれほどすごいものなのかよく分からん」
ズーは再びルーの装備へと視線を戻した。
「こんな大層な装備、それに白を基調としている…お前さん、どこぞの騎士だな?」
「————!」
ズーの観察眼にルーは驚く。だがラルフは冷静だった。
「おい、詮索はよしてくれ。それでどうなんだ?ルーの装備を用意してくれるのか、してくれないのかどっちなんだ?」
ようやくここでズーはルーの手を離した。そして長く伸びた自慢の顎髭を少し触ってから答えた。
「まず結論から言おう。用意は出来かねる」
ルーは平然としていたが、ラルフの顔が歪む。
「どうしてだ?」
「まぁ待て。まず簡単に言うと、こんなミスリルの装備と同等な物なんて用意出来っこねぇんだ」
それを聞いたラルフは神妙な面持ちをルーに向ける。
「ルーの強さにも驚いたが、そんなすごい装備もしていたんだな」
「小僧は相棒の嬢ちゃんの事、全く知らないんだな。とにかくこの装備は一流も一流だ。そして嬢ちゃんもきっとそうだろう。小僧、もしこの嬢ちゃんに装備が用意出来なければどうするつもりなんだ?」
「用意できないならもう初心者装備しかないだろ」
「初心者装備…確かにそれは酷な事だな」
「ラルフ、私は初心者装備でも構いませんよ?」
「まぁ待ちな。まだ話は途中だ。お前さんたちが問題視しているのはその見た目だろう?だったら見た目を変えてやれば問題なかろう。それでどうだ?」
「出来るのか!?」
「あぁ出来る。俺たちならな。色もこんな目立った白から黒に変えてやって、多少なり無駄な部分をはぎ落として形を変えてやりゃあ、そう前の物と同じ物だとは分からんだろ」
ラルフとルーは顔を見合わせる。
装備の質が落ちる事を覚悟していたが、現況の装備をアレンジ出来るのならそれに越したことはない。
「ズー、よろしく頼む」
ラルフは頭を下げた。ルーもまた同様に頭を下げた。
だがもう1つ越えなければならない問題がある。
「それで金の事なんだが…」
「金はいらねぇ」
「————!」
「こんなミスリル、滅多に触れる事ができねぇ。職人なら一度は触ってみてぇもんなんだよ。逆に金を払いてぇくらいだ」
ズーはルーの装備を凝視していた。早くもどのように加工するか考えているようだ。
「よし、ルー。ズーの気が変わらない内にすぐに脱げ!」
「えっ?脱ぐ?」
いきなり装備を脱ぐように指示され、さすがに慌てるルー。
「脱ぐって。私、他の装備持っていませんよ?」
「そうか、ちょっと待ってろ。おい!」
すると先ほど案内した男が入って来た。
「おやっさん、どうしました?」
「鋼の装備、一式あっただろ?あれを持ってこい」
「えっ?鋼の?あれを持ってくるんですか?」
「いいから俺の言う通り持ってこい!」
「はい!」
男は忙しなく奥へと入って行った。
「この部屋にある装備は全部ガラクタばかりだ。良いモンはちゃんと奥にしまってある」
そして鋼の装備を一式持って来た。
「嬢ちゃん、加工と言ってもしばらくは時間が掛かる。それまでの間、これで食いつないでくれ。ミスリルには及ばねぇがそれでも鋼装備は一般的に言えば上質なもんだ。もちろん魔石も使用してある」
「分かりました。お言葉に甘えます。それじゃあ少し着替えて来ます」
そう言うとルーは奥に入り、着替えに入った。
その間、案内役の男がラルフに話しかけて来た。
「お前は本当に開拓者になりたてっぽいな。でもどうしてお前みたいな奴があの子と知り合いなんだ?」
「…さぁな。腐れ縁ってやつだ」
それを聞いていたズーが笑う。
「はは、そういうもんなんだよ。傍から見ればどうしてと思う奴らが出会って繋がるもんなんだよ、運命ってもんはな」
ラルフはその通りだと思った。
国の頂点に君臨する王族と最底辺であるはぐれ者が偶然出会い、そして今こうして肩を並べて開拓者の道を歩んでいるのだ。
自分の運命に少し笑ってしまう。
「お待たせしました」
そうこうしている内にルーが出て来た。
「おっ、女性もんがあってよかったぜ。大きさは問題ないようだな」
「…ですが、重いですね」
「そりゃミスリルに比べればな」
「とりあえず兜は要りません。視界も悪くなりますし、聴覚も鈍ります」
「そ、そうか」
ルーは装備を確かめるように少し体を動かす。
「う~ん、やはり重いですね。もう少し軽くしたいです。なんとかなりませんか?」
「へっ、わがままな嬢ちゃんだ」
「なっ!わがままじゃありません。こだわりと言って下さい。こういうのが生死を分けるのですから」
「分かった、分かった。検討しよう」
その日はズーとルーの話し合いで日が暮れてしまった。
案内役の男もラルフからルーのしている装備がミスリルだと知らされ驚いていた。そしてこれからミスリルに触れられる事に非常に興奮していた。
夕暮れ、ラルフとルーは昨日止まった宿に向かって歩いていた。
「すみません、ラルフ。私のために1日時間を潰してしまって」
「気にするな。それよりもあれだな、俺も強くなってちゃんとした装備を身に付けたいと思ったよ」
「明日までに鋼の装備をなんとかすると言っていましたから、その時ズーさんに打診してみましょう。いつかラルフの装備も作って頂けるように」
ラルフは「自分は本当に強くなれるのだろうか?」と疑問に思いながらも
「そうだな」
とルーに答えた。
―アッザムのアジトにて―
「よくもまがい物をつかませてくれたな」
アッザムの前に1人の男が座らされていた。
「め、滅相もございません」
その男はラルフたちが入店した宝石店の男だった。宝石店の男はただアッザムの前で震えていた。
「おい、この石は磁石だ。磁石の性質はお前も知っているだろう。これを今からお前から買った金の宝飾品に近づける。お前の目でしっかり見ていろ」
男は全身から汗を拭きだしていた。
(なんでなんでなんでなんで…)
アッザムは磁石を金の指輪に近づけた。すると、金の指輪は磁石に反応し、磁石に引っ付いた。
それを見た宝石店の男は青ざめる。
(なんで、なぜこんなスラムに住む底辺の男がこんな事を知っているんだ?どうして?なんで?)
「お前、俺が分からないと知っていて、まがい物を俺に売り付けたな」
アッザムは宝石店の男の眼前に顔を突き出し、そして凄んだ。
だが宝石店の男にはアッザムの表情が見られない。なぜなら宝石店の男の瞳の前には大きく見開いたアッザムの瞳があるからだ。それでもその見開いた瞳でアッザムが激昂している事は十分に理解出来た。
そしてすぐさま、宝石店の男は土下座した。
「申し訳ございません。どうやら間違えてしまったようです。代金はすぐにお返しします。そしてちゃんとした代物をすぐにご用意致します」
「………」
何も返事がない。
ゆっくりと顔を上げる宝石店の男。
「ひっ!」
ここでようやくアッザムの顔を確認出来た。「お前を許さない」と表情から見て取れた。
「もちろんお金は要りません。あなたが欲しいだけ何でもお渡しします。ですのでどうか…」
「俺たちは舐められたら終わりなんだ。だから容赦はしねぇ。俺はお前の全てを貰う」
アッザムはもう一度、宝石店の男に顔を近づけた。
「もちろん、お前の命も俺が貰う」
「そ、そんな」
宝石店の男は恐怖のあまり、意識を失った。
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