第42話 宿に泊まる
食事を終え、店を出た所でイリーナとは別れる事となる。
「あと1週間くらいの間は何かと都合付けてナルスニアに滞在するつもりだから何か問題が起きたらいつでも相談してちょうだいね」
「イリーナさんここまで本当にありがとうございました」
ラルフは深々と頭を下げ、ルーもそれに倣って頭を下げる。
「いえいえ、どういたしまして。いつでも頼ってくださいな」
そう言ってイリーナは2人に微笑みかけた。
「それとラルフ君」
「はい?」
「今日からちゃんと宿に泊まりなさい。もう汚い恰好じゃないんだから気後れする必要はないでしょ?」
「まぁ…はい」
「体をしっかり休めるのも開拓者の仕事のうちの1つよ。いい?今日はちゃんと泊まるのよ」
「…分かりました」
ラルフはしぶしぶ了承をする。
「それと、あんまり安い宿には止まらないようにね。あんまり言いたくないんだけど、安い宿の方が宿泊者同士のトラブルが起きやすいの。それにお店の衛生的にもね。横にいる方が元王族だって事もちゃんと考えてね?」
そう言われてラルフはルーの方を見る。
すると、
「そんな、私はどこでも構いません」
とルーは答える。
だがラルフはそれ以前の問題であった。
「あの…ごめんなさい。そもそもの基準が分からないです。宿に泊まった事が無くて。どれくらいの値段だとトラブルが起きなくて且つルーを泊まらせても問題ないのでしょう?」
それを聞いたイリーナはそうだったという顔をして、
「そうね。2人合わせて100Jあれば問題ないんじゃないかしら?」
「ひゃ、100!?」
ラルフはその値段に驚いた。
100J。そのお金はラルフが開拓者になる前、高級食材であるハチの巣を取った時の報酬と同じであった。
顔中をハチに刺され、もう二度とハチの巣には手を出すまいと心に誓うほど辛かった。
「1晩で…100J」
ラルフは金額を確かめるように呟いた。
「2人ならそれくらいすぐ稼げるようになるから大丈夫よ。とにかく今日はそれくらいの宿にしなさい」
「分かりました」
他ならないイリーナの言う事だ。ラルフは素直に従う事にした。
イリーナと別れ、ラルフとルーは宿を探す。
2人共、挙動不審のように辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いていた。それもそのはず、旅の途中はイリーナが全てこういうのを手配しており、2人は全く経験していないのだ。
1人は貧しすぎる故に宿を利用した事がなく、もう一方は身分が高すぎる故に利用した事がない。どちらも必死になって宿を探した。
イリーナは敢えて何もアドバイスをしなかった。こういうのを自分たちで見つけるのも2人には必要だと感じていたからだった。
「ラルフ、とりあえずあそこ入ってみませんか?」
「そうだな。高かったり、安過ぎたら出ればいいしな。よし…行こう」
2人は緊張した面持ちで宿に入った。
「いらっしゃい、何名だい?」
「…2人です」
ラルフは緊張しているからか、自然と敬語になった。
「あの…一泊いくらですか?」
「うちは1人50Jだよ」
それを聞いてラルフとルーは顔を合わす。2人合わせてぴったり100Jになる。
「じゃあ2名お願いします」
今度はルーが答えた。
「はいよ、それじゃあ部屋のカギね」
すると店主は部屋のカギを2つ渡した。
「えっ?2つ?」
ラルフは不思議そうに反応した。
「あぁ、一緒の部屋で良かったのかい?それなら2人1部屋で一泊80Jだ」
「ほんとに!?おい、ルー!20Jも安く済むぞ!」
ラルフは嬉しそうにルーに言葉を掛けたがルーは恥ずかしそうにしていた。
「えっ…あの…ラルフと私、一緒の部屋なんですか?」
「だって一緒の部屋だと20Jも安く済むんだぞ?だったらそれでいいじゃないか?」
ラルフは「何が問題あるんだ?」という顔をルーに向ける。
(ラルフは異性と同じ部屋に泊まる事について何も感じないのでしょうか?私としては別の部屋がいいのですが。でもお金の事を考えると、ここは…
)
「わ、分かりました。そうしましょう」
ルーの困惑する表情を見ていた店主がもう一度確認した。
「一緒の部屋でいいんだね?」
「あぁ、問題ない。2人一緒の部屋でいい」
「分かった、じゃあ80Jだ。先払いだよ」
「分かった。ルー、金を頼む」
「は、はい」
ルーは覚悟して店主にお金を払った。
カギを受け取り、部屋に入るラルフたち。
「この部屋に泊まれるのかぁ」
ラルフは嬉しそうに言葉に出した。
この宿は至って普通のレベルに当たる。安くもないが、高くもない。しかしそれは一般的な感想であり、常に野宿するのは当たり前のラルフにとっては、雨風が凌げ、その上ベッドの上で寝られる事は最高の贅沢の部類に入った。
一方、ルーの方は部屋に入り、さらに緊張が高まっていた。
(ラルフと同じ部屋、ラルフと同じ部屋)
ルーに恋愛経験などない。そのため男女が1つの部屋で一晩明かす事がルーにとってはとてつもなくハードルが高かった。
「…おい、ルー!」
「ひゃ、ひゃい!?」
「どうした?さっきから呼んでるのに。何かあったのか?」
「いえ、ごめんなさい。考え事をしてて」
「お前、着替えるんだろ?その恰好で眠ったりしないよな?」
ラルフは道中の宿場町の女将より服をもらい、それを着ていた。そのためそのまま眠る事が出来る。
だが、ルーは鎧を身に纏い、フードを被った状態だ。さすがにそれで眠る事は出来ない。
「着替え…たいです」
そのため、ルーは着替えを持っていた。寝巻きの用の服だ。
これはナルスニアに来るまでの宿場町でイリーナに用意してもらったものであった。
「じゃあ部屋の外にいるから着替え終わったら教えてくれ」
そう言うとラルフは部屋の外に出て行った。
ルーはその後、寝巻の服に着替えた。ラルフにこの姿を見られると思うと恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。そのため、ラルフを呼べないでいた。
だがしびれを切らしたラルフが扉の外から声を掛けてくる。
「おい、ルー。まだ着替えられないのか?」
「た、ただいま開けます」
ルーは観念して扉を開けた。そこにはこちらを見るラルフが立っていた。ルーは頬を赤らめる。
だがラルフは何も反応せず、2つある内の1つのベッドに腰を下ろした。そして普通に会話を始める。
「明日からの事なんだけど…」
「は、はい。なんでしょう?」
「明日は装備を整えるために何軒か店を回ろうと思う」
ラルフが装備を真剣に考えている事を聞き、ようやくルーのスイッチが切り替わった。
「ぜひそうしましょう!」
「良く分からないんだが、装備を売っている店って1件じゃないんだろ?どの店がいいんだ?」
「それならまずはギルドに聞きに行きませんか?それにイリーナさんもまだ何日か残るっておっしゃっていましたし。ギルドを頼ればいいんですよ」
「おっ、そうか。よし、そうしよう」
ラルフは嬉しそうに答えた。ギルドに気兼ねなく尋ねる事が出来るという事が嬉しいのだろう。
「よし、じゃあもう寝るとしよう」
「え?あっ、はい」
ここでまたルーはスイッチが切り替わってしまった。ラルフと同じ部屋で1晩を過ごすという事実に直面し、心臓の鼓動が早くなった。
相変わらずラルフは全く動じていない様子だった。もう寝ようとしている。
そんなラルフにルーは声を掛ける。
「あの…ラルフ」
「ん?どうした?まだなんか話があったか?」
「いえ、そうではないんですが…ラルフはその姿勢で寝るんですか?」
ラルフは寝転ぶ事をしなかった。枕を壁に立てかけ、そこへもたれるように体を預けている。
「あぁ、これでいい。こうすれば熟睡しないで済むからな」
「熟睡しないって、それじゃあ体が休まらないじゃないですか?」
「前にスラムで熟睡していたら暴漢に襲われてな。それ以来、こうやって寝ているんだ」
「ここはスラムじゃなく、町の宿です。安心して寝ても大丈夫なのですよ?」
「分かってる。でも慣れたからこれで十分だ。さぁもう寝るぞ」
これで話は終わりと言わんばかりにラルフは目を閉じてしまった。
「………」
ルーも先ほどまでの胸の高まりは消え、寧ろ今は冷静な気持ちでいた。
そしてラルフと同じように壁を背にして目を瞑ってみた。しかしすぐに目を開ける。
(こんな姿勢じゃ眠る事が出来ない。体を休めるなんて気休め程度にしかなりません)
ルーは改めて境遇の違いを目の当たりにした。
ラルフの恐ろしいまでの危機管理能力。これは、そうせざる得ない日々を過ごして生きて来たという事実の裏返しなのだ。それはいつしか習慣となり、今は宿という比較的安全な場所にいるにも関わらずラルフは周囲に気を配り続けている。
この実力に伴わないほど以上に高い危険を察知する能力があった故に、昼間のギルドで他の能力者から実力を測られていたことを察知出来たのだ。
そんなラルフを見て、ルーはより一層ラルフを守る力が欲しいと願った。
(ラルフ、一緒に強くなりましょう!)
そしてルーも再度目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます