第36話 続・揺れる馬車の中で
「あの…本当にこれ…俺が食べてもいいんですか?」
ラルフは差し出されたパンと干し肉に生唾を飲み込みながらイリーナに尋ねる。
「何を言ってるの?当たり前じゃない。それはラルフ君の分よ。しっかり食べなさい」
「ありがとうございます…こんなごちそう、いただきます」
ラルフはただのパンと干し肉をごちそうと呼んだ。
しかし一般的には決してごちそうとは呼ばない。
どこでも手に入るものである。
だがまともな食事をしていないラルフにとって、まともな食事は全てごちそうの部類に入るのであった。
「おいしい」
ラルフはゆっくりと噛みしめるようにパンを頬張る。
イリーナとルーは顔には出さないが気の毒に思いながら見ていた。
改めてラルフがどれほど貧しい生活を送ってきたのか垣間見える場面だった。
さらに、
「もうお腹いっぱいだ、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまって…ラルフ君、まだ半分しか食べてないじゃない。全部食べていいのよ」
「いえ、一度にこんなにたくさんの量食べられないですから。後はイリーナさんとルーで分けて食べて下さい」
ラルフは今まで食事を取る事もままならない日々が続いていた。
そのため普通の者より極端に胃が小さいのだ。
一般的に男より食べる量が少ない女であるイリーナやルーよりもラルフは明らかに少食であった。
「…ラルフ君、これからは毎日しっかり食べなさい。開拓者として活躍するには健康な体を作る事が大前提よ」
「はい、なるべくそうします。それにしても腹いっぱい食えたのって、もしかしたら初めての経験かもしれません」
ラルフは腹が満たされる以上に心が満たされているのを感じていた。
そのラルフを見てルーは今一度自分を奮い立たせるのであった。
(ラルフは必ず…私が守ります)
3人の食事を終えた所でまた話を再開させる。
「ラルフ君は開拓者になってこれから今まで以上に頑張ろうと意気込んでいると思うけど…」
「はい、そのつもりです!!」
ラルフは返事よく答える。
「ならまずはしっかりと装備を整えなさい。幸いルー様に髪飾りを売却して頂いたおかげでお金には幾分か余裕がある。それでちゃんと装備を整えるの」
イリーナは先ほどまでとは違い少し真剣な表情をしている。
「まぁそのつもりですけど、いきなりちゃんとした装備なんて。しばらくはまたゲートの近くで活動するつもりですし。しばらくはこのままでも——」
「「ダメ(です)!!」」
イリーナとルーが同時に声を荒げる。
「ラルフ君、それは絶対にダメ。今まではそれでどうにかなっていたかもしれないけど、それは運が良かっただけ。開拓者として活動するならしかるべき装備を整えないとダメよ」
「そうです、ラルフ。装備の有無で助かる命も助からないかもしれないのですよ。もちろん、ラルフの事は私が絶対に守るつもりです。ですが私は正体を隠すためにこの騎士の装備から別の装備に変えなければなりません。今まで通りに動く事が出来なくなるのです。だからラルフはしっかり装備をしてもらわないと困ります」
2人が威圧するように迫って来る。
それに若干引き気味のラルフ。
「わ、分かったよ。それにしても、ルーが装備を変える事によって今まで通りに動けないってどういう事だ?」
「装備の質が下がるからです」
「やっぱり騎士の装備は良質な物ってことか。でも20000Jあれば同等の装備を揃えられないのか?」
「いえ、お金云々もそうですが、まず同等の装備を買う事が出来ないのです」
「————!」
「ルー様が今身に付けている装備と同等の物を買うにはレベルが足らないのよ」
「…どういう事です?」
「開拓者にはレベルという制度があるの。そのレベルが高くないと、ある程度しっかりした武器は購入する事が出来ないの」
「レベル…」
ラルフは以前の事を思い出す。
回復草を探していた時に新人と呼ばれる開拓者2人組が確かレベルの話をしていた。
「なぜそのようなレベル分けがされているんですか?」
「レベルの低い開拓者が高性能の装備を身に付けて身を滅ぼすのを防ぐためよ」
「身を滅ぼす?」
「それは装備に全て魔石が組み込まれているのが関係しているの」
「魔石って…魔素に関係があるものなんですか?」
「魔石というのは魔素が結晶化されたものなの。今の装備はその魔石を上手く組み合わせているものがほとんどなの。それによって本来持っている以上の力を出す事が可能なの」
「そうなんだ」
「でもそれ故に扱いが難しい。体への反動もある。低レベルの者は装備の扱いが上手く出来ずに自滅するってわけ」
「だからあの時見かけた新人っぽい開拓者は速くレベルを上げたいって言っていたのか」
開拓者のレベルの低い者が購入できる装備は限られる。
しかしレベルが上がれば高性能の装備を購入する事が出来る。
即ち魔界で活躍する機会が増え、周りに認めてもらう事も出来るのだ。
もっとも、開拓者レベルが高い時点で周りから一目置かれるのは言うまでもない。
開拓者になる者たちはほとんどが自分の欲望に忠実な者たちである。
魔界という危険な場所に平気で足を踏み入れる者たちだ。
そう言った者たちは「周りから見とれられたい」という承認欲求も決まって人一倍高いのだ。
「それでルーは登録をし直すからまたレベルが1って事になるから装備も満足の行かない物になっちゃうってわけか」
「そういう事になります」
「お前やあのレオナルドがやたらめったら強いのは、魔石の力を上手く使っているって事なのか?」
「はい、私やレオナルドに限らず強い者は皆そうです。魔素とは本当に不思議な物です」
「ふぅ~ん…でもルーはこれから弱くなっちゃうのか、困ったなぁ」
「ラルフ君、それについては安心なさい。装備のレベルが落ちたからと言っても、ルー様が強い事に変わりないわ。ラルフ君の行動範囲の魔物にやられる事はまずあり得ないわ。それに他の開拓者を比べても群を抜いているはずよ。よほど名の知れた開拓者で無い限りルー様がやられる事はないと思うわ」
「そんなイリーナさん、買いかぶりです」
ルーは慌ててイリーナの言葉に反応している。
ラルフはそんなルーをじっと見つめていた。
(見た目は至って普通の女に見えるのにな。本当に強いなんて驚きだな)
ラルフは改めて魔素に秘められた力に興味が湧く。
「あの、その魔素って体の中にもあるんですよね?」
「まぁそうね。ポーションなどで摂取もしているし、魔界で活動していると自然と魔素が含まれた環境の中で過ごしているから。でもそれがどうかしたの?」
「魔石が力を発揮するなら、この体の中にある魔素も上手く利用出来ないのかなって」
「————!」
目を見開くイリーナ。
「イリーナさん、どうしたんです?」
「…鋭いところに目を付けるわね。ラルフ君の言う通りよ。さっきルー様が装備の質が落ちても強いと言ったのもその理由が1つ。ルー様くらいになると体内の魔素を上手く力に変換出来る事も可能なのよ。それで超人のような力を発揮できる」
驚いた顔をしてルーを見るラルフ。
「あ、でもラルフ君は無理よ」
「えっ?どうしてですか?」
そう言われてすぐにイリーナに顔を戻すラルフ。
「まず前提として魔石を使った装備の経験が全くないでしょ?そんな力の使い方全く分かってない者が体内の魔素を上手く扱えないってことよ。それに今日や明日で習得出来るものじゃないの。何年も戦いに身を置いて経験を蓄積してやっと習得出来るものと言った方がいいわね」
それを聞いてラルフはルーの顔を見つめる。
「お前って実はすごい奴なんだな」
「そんな…」
恥ずかしそうに顔を赤らめるルー。
ただでさえラルフに見つめられるのに抵抗があるのに褒められるなど全く免疫がない。
ルーはこの状況から逃れるために話を進める。
「ただ、体内の魔素をもっと上手く扱える者がいる話を聞いたことがあります」
「ん?もっと上手く使う?」
「ただ身体能力を上げるだけでなく、もっとこう具現化かさせる事が出来る者がいるようです。なんでも炎を出したり、水を出したり出来るとか」
「あっ、私もそれ資料で読んだことがあるわ。確かそういう力の事を…「魔法」っていうみたいね」
「そうです、本当にお伽話の様ですが、その魔法を実際に使う者がこの世にいるみたいです。実際に私は目にした事はないですが」
「………」
「ラルフ君!?」
「いやぁ、話が別次元で付いて行けなくって」
「ごめんなさい。とにかくラルフ君はまず現状で手に入れる事が出来る装備をしっかりと整える事。そして魔石の力の使い方を学ぶ事。今話した事は第一線で活躍する人たちの事だから。ラルフ君は気にしなくていいわ」
「えぇ、とりあえず自分のやる事が分かりました。ありがとうございます。それとルーちょっと頼みがある」
「なんでしょう?私に出来る事なら何でも」
「別に大した話じゃない。後でお前の力をちょっと見せてもらえないか?」
「分かりました。今日の行程が終えた後でもよろしいですか?」
「あぁ、構わない、よろしく頼むよ」
騎士であり、開拓者でもあるルー。
魔界で活躍する者の実力、そして自分がこれから目指すべき姿をしっかりと目に焼き付けようと思うラルフであった。
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