第37話 ルーの実力を知る

 夕暮れ。馬車はある場所で止まった。

 御者とイリーナが話している。今日はどうやらここまでのようだ。そこには簡易宿泊所のような建物が何軒かあった。

 国同士の関係は良好なので、日々、人々の往来がある。そのため行路の途中でこのような宿がところどころ設けられているのだ。

 宿に入る前、先ほどの事を思い出したラルフはイリーナに話しかけた。


「イリーナさん、ちょっとルーと出てもよろしいですか?」

「分かったわ、でもなるべく早く戻って来てね」

「分かりました」


 先ほどの事とは、ルーに実力を見せてもらう事だった。ルーもイリーナもその件だと気付いたのだろう。ラルフに素直に従った。

 ルーの実力を見せてもらうに、簡易宿泊所のすぐ横でもいいのだが、他の旅人たちがいる。

 正体がバレると後々面倒なので、人目を避けるために少し移動した。


 ホープ大陸には緑が少ない。荒野が続くばかりだ。同じような景色が永遠と続く。そんな中でラルフたちはなるべく人目に付かない場所を探し、移動する。

 幸いな事に宿に近い、赤い岩に囲まれた場所についた。これなら周囲から見られる事もない。

 ラルフとルーは10mほど離れて向き合う。


「よし、ルー。ちょっとお前の実力を見せてくれ」

「実力を見せろと言っても、どうすれば?」

「そうだよなぁ、俺と戦ったって俺が弱すぎて意味がないし…とりあえず適当に動いてみてくれよ」

「適当に?う~ん、望まれているように出来るか分かりませんが、とりあえずやってみます…では、行きます」


 ルーは自信無さげに答えた。

 ラルフはそんなルーの動きを目で追うつもりでいた。

 しかし次の瞬間、会話をしていたはずのルーが姿を消す。


「————!」


(消えた?)


 首を左右に動かし、ルーを探すラルフ。しかし、ルーは見当たらない。


「…ルー?」

「はい?どうされましたか?」

「————!」


 ルーはラルフの真後ろにいた。


「いつの間に?」


 ラルフは驚きを隠せなかった。ルーが姿を消したと思ったら自分の真後ろに立っていたのだ。

 だがこの時、ルーも違う意味で驚いていた。

 ラルフの顔が眼前にあり、自分が思った以上にラルフに接近していた事に驚いていた。


(私としたことが、何も考えずにラルフの目の前に来てしまいました)


 ラルフに凝視され、心が落ち着かなかった。


「も、も、も、もう少し動いてみます」


 再びルーは姿を消した。ラルフは辺りをキョロキョロと見渡す。しかし、ルーの姿を確認する事が出来ない。


(どうなってるんだ?)


 一向にルーを目で捉える事が出来ないラルフ。ただ、ルーが地面を蹴ったであろう音だけがラルフの耳に届いていた。

 ラルフは目でやみくもに探すのを止め、耳の感覚を研ぎ澄ます事にした。そして、地面を蹴る音がした瞬間にその方角を見るようにし、ルーの姿を捉えようとしたのだ。


「ザッ!」


 ルーの乾いた地面を蹴る音が聞こえる。ラルフは瞬時にその方角へと視線を向ける。しかしそれでもルーの姿を捉える事が出来なかった。

 また、音が聞こえるのは何も地面からだけではなかった。背の高い岩を蹴る音も聞こえる。

 ラルフはルーが四方八方に動いているのだろうと理解した。


「こんなことも出来ます」


 ラルフは声がする方へ視線を向ける。そこでようやくラルフはルーの姿を捉える事が出来た。

 ルーは上空にいた。普通の人間では到底不可能と思われる跳躍をしていた。

 だがルーがラルフに見せたかったのはここからであった。上空に舞っているルーは剣を抜き、その剣を目の前にある岩に振り下ろす。その岩は大人を優に超える大きさであった。そんな岩をルーは一刀両断したのだ。


 軽い砂煙が起こる。

 そこには息を切らさずに平然としたルーが立っていた。


「こんなので良かったでしょうか?」

「…あぁ、十分だ。ありがとう」


 呆気に捉られるラルフ。


(ここまですごいのか)


「この動きはやっぱり装備をしているから可能なのか?」

「まぁそうですね、魔石の力を利用しているから可能な動きになります」

「そうか」


 ラルフはそう答えたが、信じられないでいた。目の前にいる人間が自分と同じ人間なのか?違う生き物ではないのか?疑念を抱かずにはいられなかった。

 それでも、動きを止めた今のルーを見れば一般的な女性に何ら変わりない。装備を整える事でこうも超越した動きが出来るものなのだろうか?


「ルー、でも今の動きはお前が今のその騎士の装備をしているから可能なんだろ?開拓者なりたての装備になったら今のように機敏に動いたり、岩を割ったり出来なくなっちゃうのか?」

「う~ん、この程度なら別に初心者用装備でも可能だと思いますけど」

「この程度…お前、今のはまだ全力じゃなかったのか?」

「えぇそうです。全力で動いてしまえば魔石もその分消費してしまいますので」

「そうか、すごいな。はは」


 またもや平然とするルーに、今の言葉に嘘偽りがないという事を感じ取ったラルフであった。


(こいつの実力は一体どれほどすごいんだ?)


 これには苦笑いするほかなかった。


「ですがラルフ、ラルフが私と同じ装備をしても今のようには動けませんよ?」

「あぁ、なんとなく分かる。お前のように動けるイメージが全く湧かない」

「その通りです。いくら装備を整えたからといっていきなり動けるわけではありません。イメージを湧かせ、イメージ通りに動く訓練をせねば出来ません。それにいきなりこのような動きをすれば体の筋肉は断裂してしまいます」

「まぁそうだろうな。お前のように動いたら俺の足は多分千切れると思う。とりあえず実力が見られてよかった。戻ろう。イリーナさんが心配する」


 ルーの実力確認を早々に切り上げ、イリーナの元へ戻るラルフ。宿に戻る際、ラルフは考え込むような顔をしながら歩いていた。


「ラルフ、どうしました?」

「いや、ちょっと想像を超えていたからな。正直舐めていたよ」


 今後、開拓者として本格的に活動を開始する。危険を伴う活動も徐々に増え始めるであろう。そんな危険な活動で生き残るためには、先程のような動きを取らなければならないのだ。出来なければ、死に直結してしまうのだ。

 ラルフの顔には焦りと不安が入り混じっていた。

 そんな顔を見てルーが察する。


「ラルフ、大丈夫です。ちゃんとあなたも強くなれますから。でもこれで装備の重要性は分かって頂けましたか?」

「あぁ、痛いほどにな」


 装備の事は気にも求めていなかったが、ナルスニアについたら真っ先に装備を整えようと心に誓ったラルフであった。

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