新たな門出
第35話 揺れる馬車の中で
ラルフたちを乗せた馬車はナルスニアに向けて移動していた。
「イリーナさん、お金いいんですか?ちゃんと払いますよ…まぁ俺の金じゃないんですけど」
ラルフは「俺の金じゃない」という所からばつが悪い表情をし、声が小さくなっていた。
「ラルフ、遠慮する事はありません。私たちは仲間です。だから私たちのお金ですよ。それに私もラルフと同じ考えです。イリーナさん、ナルスニアまでの旅費、お支払いします」
ルーは先ほどのラルフの言葉に対し指摘し、そしてラルフと同様にイリーナに支払いをする意思を示す。
「いいのよ。これは2人の新たな門出に対するささやかな贈り物と思ってちょうだい。それに2人はこれからお金が必要となるんだから。少しでも残しておいた方がいいわ」
そうイリーナは笑顔で返した。
「すみません、ありがとうございます」
「申し訳ないです」
ラルフとルーはイリーナに向け頭を下げた。
「この話はもうおしまいにしましょう。それじゃあ私から開拓者の話を主にラルフ君にしていいかしら?」
「お願いします」
ラルフは顔を引き締める。
だがイリーナはラルフの顔を見て笑う。
「そんなに畏まらなくていいのよ。気軽に聞いて。まずラルフ君を含め開拓者は魔界で活動をするわよね?その魔界ってどんな場所か知ってる?」
「いえ、全然。ただゲートをくぐってこの世界のどこかに繋がっているとしか。正直、魔界と聞いてしっくりこないなと。俺たちのいるホープ大陸と違って緑豊かな所だし」
「まぁそういう認識よね。じゃあラルフ君、その魔界が私たち人類の以前住んでいた場所って言ったら信じられる?」
「えっ!?」
ラルフは信じられないという表情を浮かべる。
そして、そのまま横にいるルーの方へ目をやり、イリーナが嘘を付いていないか確認を取る。
ルーは真面目な顔で頷く。
「本当に住んでいたんだ」
ラルフはそれが事実だと認識したが以前表情は変わらない。
「ロストワールド…」
ルーが小さく呟いた。
それに反応し、ラルフはルーを見る。
「ロストワールド。魔界の別名です」
「ロストワールド…」
「失われた世界。私たちは魔界から逃げて来たのです」
「どうして逃げることになったんだ?魔物のせいか?」
「それもありますが、直接の原因はその魔物が誕生するきっかけとなった魔素が原因なのです」
「魔素?」
「えぇ、その魔素が全てを変えました。生態系に影響を与えたのです。そして人類はその魔素に上手く適応する事が出来ないと判断されたため、今私たちのいる魔素の影響が少ないこのホープ大陸へと逃げて来たのです」
「………」
ルーが告げた事実に衝撃を受けるラルフ。
「ラルフ君?」
「えっ?あ、はい」
イリーナの問いかけに我に返る。
「私たち開拓者ギルドは再び魔界に人類が住めるように整備する事。ラルフ君、あなたはそういう使命を背負っているのよ。だから開拓者と言うの」
ラルフは先ほどから驚かされてばかりだった。
話に付いて行く事が出来なかった。
ただなんとなくゲートをくぐり、世界のどこかに繋がる魔界という場所に行き、そこで活動をする。
そんな風でしか物事を捉えていなかった。
しかしそこには壮大な夢が掲げられているのだ。
魔界に人類が返り咲くという大きな夢が。
「なんだか、すごいな」
ラルフは漏らすように声に出した。
「ふふふ、ごめんね。大層な事を言ったけど、ほとんどの開拓者は魔界から資源を持って帰ってもらっていると言った方がいいわね。そういう認識でいいわ。そっちの方がしっくり来るでしょ?」
「はい、いつもの感じって気がします。それで1つ気になる事があるんですけど」
「ん?どうしたの?」
「魔素って今も魔界にあるんですよね?大丈夫なんですか?」
「今は落ち着いているから大丈夫よ。じゃないと今まで何度も魔界へ行っているラルフ君の体調がおかしくなっているはずでしょ?」
「あっ、それもそうか」
「そういう事。さぁここからが本題。魔界で活動するためにはその魔素と密接に関係する事になってくるの。例えばポーション」
「ポーション?」
ラルフは先ほど店主から受け取ったポーションを取り出す。
「あの店主からもらったの?そのポーションにも魔素が含まれているのよ」
「えぇ?そんな、ポーションで傷を治してくれるのに。体に悪いものだったんですか?」
「う~ん、半分正解って事かしら。ポーションは回復草と魔素が組み合わさって作られたもの。ポーションの回復力はラルフ君も体験済みよね?」
「はい、そりゃもう」
「だけど今言った通り、ポーションには魔素が含まれている。だからポーションを過剰摂取すると魔素中毒を起こしてしまう危険性があるのよ」
「薬にもなるし毒にもなるって事か」
「人体が受け入れられる魔素の許容を超えてしまえばアウトって事」
そこへルーが話に入り込む
「ラルフ…私たちが初めて出会った事を覚えていますか?」
「…あぁ、覚えているけど、それがどうかしたのか?」
「あの日、ラルフは暴漢に襲われ傷を負っていました。そこで私とレオナルドが偶然その場に居合わせ、ラルフにポーションを飲ませました。ですがその後、再び…レオナルドに襲われ気絶されたのはご存じですか?」
ルーは申し訳無さそうに話す。
「あぁ、あの野郎にふっ飛ばされたのは覚えている。でもそこで記憶が飛んだな」
「その時、レオナルドはラルフを治療するためにもう1度ポーションを与えようとしました。ですが、魔素中毒を起こすかもしれないと懸念してポーションを与えるのを止めて回復草を与えたんです」
「う~ん、ポーションって傷を何でも治してくれるすごい薬と思っていたけど、結構慎重に使わないといけないんだな。それにしても俺は1本しか使う事が出来ないのか」
「あの時は2本目を使用するのを止めましたが、ラルフなら問題ないかと」
「どういう事だ?」
「それはラルフ君が魔界で活動して日々、魔素に触れているからよ」
再び視線をイリーナの方へ戻す。
「魔界で魔素に日々触れている事によって人体が魔素になれてくるの。だから間隔を開けずに2本目のポーションを飲んでも問題ないって事。多分その時のルー様たちはラルフ君が魔界で活動しているなんて知らなかったから2本目を使用するのを止めたのよ」
それを聞いたルーはこくりと頷いた。
「ふ~ん、魔界で活動するためには魔素に順応しなきゃいけないって事か。それで今の俺はポーションを連続して何本飲んでも平気って事ですか?」
「いえ、そういう事にはならないわ。やっぱりポーションを過剰に摂取すると魔素中毒は起こすわ。それにラルフ君はゲートに近い場所で活動をしていたでしょ?だから比較的魔素が薄い場所で活動していたからそんなにポーションは飲めないはずよ」
「あ、そうですか」
ラルフはがっくりと肩を落とす。
「開拓者にとってポーションは必須のアイテム。だからといってポーションありきで無茶を繰り返せば破滅してしまうわ。だからケガを負わない事に越したことはないのよ。分かった?」
「分かりました」
「ポーションを連続して服用するのはなるべく避ける。これは誰でも共通して言える事よ。そして体の魔素を処理するには一晩は開けないとダメ。これは覚えておいて」
「はい」
「それじゃあ次に装備について話をしたいところだけど、ちょっと休憩にして食事でもしましょう」
イリーナは御者にお願いし、休憩を取る事にした。
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