第33話 メディーナ家の断罪
ラルフたちが慌ただしく動いている一方、アルフォニア城の中でもまた一波乱が起きようとしていた。ハワードは第二階の貴族たちを朝から呼び出したのだ。
呼び出された貴族は全部で5人。どの貴族も有名で力を伸ばして来ているとの声を聞いている。その中に昨日、ラルフともめ事を起こしたメディーナ家も呼ばれていた。
ハワードは玉座へと腰かけ、その横にはアルフォニア騎士団、団長のジラルドが立っている。
形式的な挨拶をした後、さっそくメディーナ家の当主、ゴルムが声を上げた。
「陛下!私の息子の件でご報告があります!」
語気を強めるゴルム。
「昨日、私の息子ロンはシンシア王女に殴り飛ばされ、挙句の果てに失神しております。これは一体どういうおつもりですか!?」
ハワードはその報告を聞いて失笑する。
「笑い事ではありませんぞ!」
ゴルムの今にも飛び掛からんとする姿を見て、他の貴族は面を食らっている。
だが、ハワードの態度が変わらない。
そしてジラルド団長も無表情だ。
「私も聞いてびっくりしていたところだ。まさかあのシンシアが人を殴るとは。未だに信じられんよ」
「私も初めは耳を疑いました。ですが私の息子はシンシア様に殴られたのです。現に息子は殴られた左頬を抑えながら苦痛に顔を歪めております」
「そうか…まずは君の息子にケガを負わせてしまった事に関しては子を持つ親として申し訳なく思う。だが同時に疑問を抱いているのだ。なぜあの優しいシンシアがロンを殴るまでに至ったのか?その理由が」
ハワードは昨晩、シンシアから事情を聞いている。また、ギルドや現場に居合わせた者たちからの報告も全て受けている。だが弁明を、ロン側としての主張も聞くのが筋である。よってその機会を与えた。
「息子のロンははぐれ者と呼ばれる第四セクターに住む犯罪者を捕まえたのです。はぐれ者がどこからか盗んできたお金を所持していた点。そして開拓者でもないのにギルドへ魔界からの成果物を持ち込もうとしていた点。よって息子ははぐれ者を捕まえました。しかし、シンシア様が事もあろうことか、そのはぐれ者を庇い、何も非もない息子が殴り飛ばされるという悲劇が起きたのです」
「ふむ…」
ハワードは眉をしかめる。
「陛下、この問題をどうなさるおつもりですか?なぜ無実の者が罰せられ、罪を犯した者がのうのうと生きていられるのですか?それにシンシア様はそのはぐれ者と面識があるようでした。これは由々しき問題ですぞ」
「それがメディーナ家、お前の息子、ロンの主張か?」
「これは主張ではありません、事実を述べたまでです」
ハワードはため息を吐く。
「ジラルド」
「はっ」
ここでジラルドがハワードの代わりに口を開く。
「ゴルム。確認したい。その当事者である平民はひどくケガをしていたらしい。それはどうやらロンが傷を付けたようだ。なぜロンはその平民を傷付ける必要があったのだ?捕まえるだけならそんな必要はあるまい」
「それははぐれ者が抵抗したからでしょう」
「だがロンには護衛が2人付いていただろう?抵抗されても抑え込めたのでは?ケガをさせる必要はなかったのでは?」
「詳細を聞いておりませんのでなんとも。もしかしたらそれに関しては過剰防衛だったやもしれません。ですがそれほどはぐれ者が怖かったのでしょう。仕方のない事だと私は思っています。なぜなら奴らは本当にどうしようもない者たちですから」
正当防衛の範疇にある。自分たちは何も悪くない。寧ろこのような事情徴収をされている事にゴルムは腹を立てており、言葉にも顔にもそれが現れていた。
「どうしようもないのはお前たちだ」
「————!」
だがそれもハワードの声に一変する。
「ゴルム、もう事情は全て分かっている。確かにシンシアは少々やり過ぎかもしれんが、私もその場所に居合わせたならお前のバカ息子を殴り飛ばしているところだ。寧ろシンシアを褒めてやりたい気分だ」
「なっ!いくら陛下でも言葉が過ぎますぞ!」
ゴルムは語気を強めるがハワードは全く動じない。しかも大きなため息を吐いている。
「まぁ、こんな些細な事はどうでもいい。本題に入る」
「待ってください陛下、問題はまだ解決——」
「——今日、ゴルム以外の者たちにも集まってもらったのはお前たちに忠告をしに来たからだ」
それまでただの傍観者であった他の第二階の貴族たちは急に緊張が走る。
「陛下、まだ話は——」
「——黙れ」
鋭い視線とその一言にゴルムは固まる。
「ゴルム、先ほど私に言ったな。「なぜ罪を犯した者がのうのうと生きていられるのか?」と?」
ゴルムは返事をしない。固まったままだ。王の威厳を当てられ、反応出来ないのだ。緊張と恐怖が全身を覆う。
「私も未熟な自分に日々反省するばかりだ。力不足を感じている。だからこれから罪を犯した者を裁こうと思う」
ここでハワードは呼び出した5人の貴族全員に目を向けた。
心臓をわし掴みされるような恐怖に襲われる貴族たち。
「ゴルム。お前ははぐれ者と呼ばれる者たちをさらい、人身売買を行っていると報告が上がっている」
「なっ!陛下、それは誤解であります。私は決してそのような——」
「——黙れと言った」
さきほどよりもさらに強い重圧に圧し潰されそうになるゴルム。
「もう調べはついている。どう転んでもお前に言い逃れは出来ない。——ジラルド」
「はっ」
「我が国は人身売買や奴隷制は禁止だ。それを破った者の処罰は?」
「死罪です」
「だそうだ、ゴルム」
その時ハワードが向けた目はとても冷徹な目をしていた。どこまでも冷たく、そして無慈悲であった。
その目を向けられたゴルムはこれ以上言い逃れをすることは許されないと悟った。そんなゴルムがした事は命乞いをする事であった。
「へ、陛下、何卒お許し下さい。何卒…もう二度とこのような事はしないと。もし生かしていただけるなら必ずや陛下のために尽力を尽くすとお約束します。もちろん先ほどの私のバカ息子の件も。私の方から厳しく言っておきます。ですので——」
「——何度言っても黙らない口だ、このまま私が直接罰を与えようか、ジラルド、剣を貸せ」
「陛下、落ち着いて下さい。このような犯罪者を陛下自ら鉄槌を下すことは必要ありません。それに王の間が汚い血で汚れます。おい、こいつを連れて行け!」
「へ、陛下!何卒」
「ゴルム、ついでに言っておこう。お前の妻もこの件に深く関与している。よって死罪は免れまい。そしてメディーナ家の第二階貴族は剥奪だ。よってロンは平民になる。刑が執行されるまでの残された時間、面会に来たお前のバカ息子にもう貴族では無くなる事をしっかり教育しておけ!」
ゴルムは何か喚いているようだが、そのまま兵士たちに連れて行かれた。
「さて…」
ハワードは残った貴族たちに視線を移す。
恐怖におののく貴族たち。
「次にお前たちだが…お前たちに至ってはまだ取り返しがつく。超えてはいけないラインに立ち、今は片足を上げている最中だ。はぐれ者たちを使って劣悪な環境で働かせようとしているのだろう?良かったな、まだその事業が始まっていなくて。始まっていたならお前たちを処罰しなければならなかった。死罪とまでは行かないがそれ相応の対応をしなければならなかった」
全てが筒抜けになっている。もはや何を言っても無駄。ハワードの顔を見る事が出来ず、視線が下がる第二階貴族たち。王の間の赤いじゅうたんを見つめている。その間も嫌な汗が全身から止まることなく噴き出ていた。生きた心地がしなかった。
そんな第二階貴族たちをさらにジラルドが釘を刺す。
「付け上がるなよ、第二階貴族が。お前たち如き、その気になればいつでも潰す事が出来るのだぞ」
「————!」
第一階貴族と第二階貴族は対等に扱われる。しかし、実情として第二階貴族は第一階貴族に遠く及ばない。財力についてはさほど変わらないが、実権を握っているのは第一階貴族なのだ。
成り上がり貴族たちが出来る事はせいぜい平民に威張り散らす事しか出来ないのだ。そのためにこのような勘違いをした第二階貴族が現れる。
ちなみに騎士団長のジラルドは言うまでもなく第一階貴族である。
「ジラルド」
「申し訳ございません、言葉が過ぎました。だが敢えてもう一言——お前たち、自分たちの目の前にいるお方がどれほどの存在なのか、その頭でよく考えるのだ」
その言葉に反応し、第二階貴族たちは国の頂点であるハワードに顔を向ける。絶対者として君臨するハワード国王を。
貴族たちは平民に対し、威張る事は出来るが、支配する事はできない。だが、王は貴族たちを支配する事が出来る存在なのだ。
「お前たちにもう一度よく考えて欲しい。貴族は何のために存在するのか?上に立つ者として考えてみて欲しい。私からはそれだけだ。だがこのまま間違った行為を続ければ容赦なく断罪する」
第二階貴族たちが返事をしようとした時、ジラルドがハワードに提言する。
「陛下、何もお咎めなしでよろしいのですか?」
「あぁ、反省してくれればそれで——あぁ、そうだ。近くに魔界に向けて大規模侵攻を実施するつもりだ。そのために少しでも資金を調達しておきたい。そのためにお前たちから各自20%の財産を提供してもらいたい」
「————!」
20%。それほどの財産を差し出せば財力が全てである第二階貴族としてはほとんど力を失う事になる。貯め込んできた財力をほとんど奪われることになるのだ。だが自分たちの目の前にいるのは支配者。拒否することは許されない。
「「「「仰せのままに」」」」
第二階貴族たちはハワードの言葉を呑んだ。
第二階貴族たちが退出した後、王の間に残ったハワードとジラルド。
「はぐれ者か…」
「その言葉を貴族たちも平気で使うようになってしまったのですね」
「貧しく苦しい思いをさせているのは間違いなく私たちが原因だ。早くこの現況を脱却しなければ…」
「それならば今度の大規模侵攻、必ず成功させましょう」
「そうだな、成功させなければならない。私たちに残された時間は少ないのだから…」
ハワードは指に嵌めた「王家の指輪」を見ながら答えたのであった。
ロンは広い屋敷の中にいた。
「おーい、誰か」
しかし返事はない。
「そうか、誰もいないんだった」
ゴルムが捕まって以降、屋敷にいた使用人たちは全て姿を消した。みんな金のために仕方がなく仕えていた者たちだ。雇用関係が崩れた今、残っている者などいない。
「俺はこれからどうなるんだ?」
自分が貴族である事に優越に浸り、その特権を行使して生きて来た。だがそれももう使えない。貴族ではなくなるのだ。
ロンは無意識の内に屋敷の外に出ていた。するとそこにはロンの護衛を務めていた2人が立っていた。
「お前たち…」
ロンは嬉しそうに護衛たちに近寄る。
しかし、護衛たちはそんなロンを殴り飛ばす。
「な、何を!?」
「てめぇがあのはぐれ者にちょっかい出したせいで、俺たちがこんなとばっちりを受ける事になっちまったじゃねぇか」
「とばっちりって何を?」
「どこも護衛として俺たちを雇ってくれなくなっちまったんだよ。ちきしょーこんな奴に仕えるんじゃなかったぜ」
ロンはショックで驚きの表情になる。今まで自分に媚びへつらってきた者たちが敵意をむき出しにしてくるのだ。
護衛たちは容赦なくロンを蹴る。地面に倒れるロン。
「やめろ、やめてくれ」
「ふん、これからは平民として地面に這いつくばって生きて行くんだな」
そう言うと護衛たちはどこかへ行ってしまった。
「俺は…これから…」
その後、ロンの姿を見た者は誰もいない。
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