第32話 出発
「ラルフ君、こっちよ!」
ラルフとルーはとりあえずイリーナさんが駆けて行った方へ向かった。
しばらく向かうと、イリーナが馬車を手配して待っていた。
「イリーナさん、お待たせしました」
「ラルフ君、大丈夫?どこもケガをしてない?」
フード越しのラルフを心配するイリーナ。
「大丈夫です。どこもケガしていません」
それを聞いて安堵の息を漏らすイリーナ。
「それなら良かった。こっちは今急ピッチで準備をしてもらっているわ」
「ありがとうございます」
「それで…レオナルド副団長は?追いかけて来ないの?」
「えぇ、大丈夫です。奴は今絶望の中にいますから。追って来ることはないと思います」
「絶望の…中?」
「王女がいなくなる事が相当のショックなのでしょう。奴にはそれが受け入れ難いようで」
イリーナはルーを見る。何とも言えない表情をしている。
「そうだとすれば尚更追いかけて来るんじゃないの?」
「いえ、それはありません」
その問いに対して、ルーが返答する。
「私がレオナルドにはっきりと「私は私の意志でラルフに付いて行く」と言いましたから」
ルーは力強く答えた。
「そういう事です。だから俺がルーをさらったわけではないと伝わったわけですから。とりあえず今は追いかけてくる事はないでしょう」
「その言い方だと、後になってまた追いかけて来そうね」
「面倒ですが、あいつの並々ならぬ思いを感じたので…そういう事になるかと。まぁ将来的には俺も奴に用がありますから」
「用って…」
すると、ルーも心当たりがあったのか、ラルフに尋ねる。
「ラルフ、先ほども「今は奴に用はない」とおっしゃっていましたが、それは一体どういう事なのですか?」
ラルフはルーの方へ顔を向ける。そして淡々と答えた。
「俺は奴を殺す」
「「————!」」
その言葉を聞いた瞬間、ルーとイリーナは心臓が鷲掴みにされるような衝撃を受けた。ラルフがこのような発言をする事が信じられなかった。母に恥じぬ生き方をしようと盗みもせず、奪いもせず、ただ愚直に懸命に生きて来た人間が「人を殺す」と明言したのだ。
ルーもイリーナも今のラルフが自分たちの知っているラルフと到底結びつかない。
「母さんの命を奪ったあいつを俺は絶対に許さない。だから殺す。でも今の俺じゃあ力不足であいつに逆に返り討ちに遭うのがオチだ。だから今は我慢する。でもいつか力を付けて…この手であいつを殺す」
右拳を握るラルフ。その時のラルフは決意に満ちた表情をしていた。この発言に嘘偽りはないのだろう。現に何年も掛けて、自分の力で開拓者になったのだ。
「ラルフはレオナルドを殺す」
ルーとイリーナにはそれがいつか必ずやって来る現実だと認識した。「そんなことは止めてほしい」と口に出したい2人であったが、ラルフの過去の経緯を知る2人にとってはその言葉を易々と発言することが出来なかった。これもまた血塗られた運命の中にあるのだ。
「それでイリーナさん、出発までどれくらいですか?」
「う、うん、もうちょっとってとこかしら?」
やはり動揺を隠せないイリーナ。平然と普通の会話に戻る事など出来なかった。
「おい、お前…ラルフだろ?」
「————!」
急に背後から声を掛けられ、慌てる3人。もう貴族たちの回し者がやって来たのではないか?気持ちを切り離し、警戒した表情をして振り返る。しかし、その警戒はすぐに解かれる事となった。
「おっちゃん…」
やって来たのは、追っ手ではなく、ラルフがよく買取りをしてもらっていた店主だった。イリーナもルーもこの店主の事は知っている。
「やっぱりラルフか。さっき、ギルドのイリーナさんとフードを被って歩く奴を見かけてよ。ひょっとしたらって思ったんだ。ラルフ…おめぇ遂に開拓者になれたのか?」
「うん…」
ラルフは恥ずかしがりながら嬉しそうな顔をする。2人の会話を見ているイリーナはラルフに声を掛ける。
「ラルフ君、まだ時間があるから話をしてもいいわよ」
「はい、ありがとうございます」
ラルフ自身も店主と話したかったのでこれを喜んだ。
2人が嬉しそうに談笑する姿を見ながら、イリーナとルーも話を始める。しかし、この2人は至っては真剣な表情をしていた。それは先ほどの件を話しているからだ。
「ルー様にお願いがございます」
「…何をおっしゃりたいのか、なんとなく察しが付きます。先ほどのラルフの発言の事ですね?」
「えぇ…私はレオナルド副団長の事は正直どうでもいいです。ですが、ラルフ君を人殺しにさせたくありません。だからお願いします。ラルフ君を止めてあげて下さい」
「分かっています…私が必ず………ラルフを人殺しにはさせません」
ルーはこの時、「ラルフを止める」とは返事しなかった。自身を含め、最愛の母の命を奪った相手を許す事など無理な事だと。ラルフを止める事は出来ないと感じていた。
(ラルフに人殺しはさせない。絶対に。でも…)
ルーはラルフの背中を見つめながら、先ほどの事を思い出していた。
レオナルドがラルフに襲い掛かろうとした時、ルーは躊躇なくレオナルドを攻撃した。子供の頃から今までずっと一緒に過ごしたはずのあのレオナルドを。
冷静になった今、それが何を意味するのか?ルーは想像するだけで全身に悪寒が走るほどであった。
(私はその時になったら、一体…どのような行動を取るのだろう?)
このまま運命を辿れば、その時は必ずやって来る。だからその時が来ないよう、今は全力で回避しようと強く思い、そして強く願った。
そんな事を知らないラルフは店主と談笑していた。
「なぁ、なんでこの国から出るんだ?この国にいちゃダメなのか?」
「俺もそうしたいんだけど、いろいろと面倒事があってさ」
「そうか…残念だな。お前も大変だな」
「まぁでもほとぼりが冷めたら帰ってくるからさ、そしたらまた世話になるよ」
「バカ、お前はもう開拓者だろ?俺の店には用はねぇはずだ。でもお前がいいなら来てくれて構わねぇんだぜ?買取り額はギルドの1/3だけどな」
「あはは、それは困るな…」
「………」
若干の沈黙が流れる。
すると、店主はラルフにある物を渡す。
「持ってけ」
「えっ?」
店主はラルフにポーションを3本渡した。
「おっちゃん…」
「なに、元はお前が取って来た回復草だ。材料を持っていくと加工費だけで済むからな」
店主は笑って答える。
「おっちゃん、ありがとう。大切にするよ」
「バカ、大切にするんじゃねぇよ。傷を負ったらすぐに使え。出し惜しみするんじゃねぇぞ」
「うん、分かった」
「本当は装備もプレゼントしたかったんだが、そんな金も無くてな、悪いな」
「それについては大丈夫だ。仲間になった奴がちょっと金を持っていてさ。その金で装備を整えるよ」
「おぉ、そうか。良かったな。でも装備を整えたからといって過信するなよ。油断したら簡単に命を落とすからな。今まで通り臆病でいろ。何かあったらすぐに逃げろ」
「うん、分かった」
するとそこへイリーナのラルフを呼ぶ声が聞こえる。
「ラルフ君、こっちはそろそろ準備が終わりそうよ」
「分かりました!——おっちゃん、そろそろ出発するよ」
「そうか、元気でな」
店主はラルフの肩を叩く。
「ありがとう、おっちゃん」
「感謝してるなら、何かいい成果物を俺の店に持って来て格安で売ってくれ。なんならタダでもいいんだぞ」
「商売人だなぁ…考えとくよ」
ラルフは店主との話を終え、イリーナたちの方へと戻ろうとする。
「おい、ラルフ!」
店主の声に振り返るラルフ。
「生きて帰って来い!死ぬんじゃねぇぞ、絶対に!」
「あぁ、分かってる」
ラルフは笑って手を上げて答えた。
ラルフたちは馬車に乗り込み、アルフォニアを発った。
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