第31話 選択権を委ねる
レオナルドはラルフたちから50mほど離れた場所に立っていた。
ラルフとルーは互いにフードを被っている。
本来なら正体を隠せているはずだが、レオナルドはまっすぐにこちらを見ていた。
「…ラルフ君、どうする?走る?」
「そうしたいのは山々なんですが…ルー逃げても無駄なんだろ?」
「えぇ。すぐに追いつかれます」
「そうか…逃げ切れるわけないよな。全く、俺の悪い予感ってのは必ずと言っていいほど当たるな」
笑える状況ではないのにも関わらず、ラルフは苦笑いしていた。
そんなラルフを他所に部外者であるはずのイリーナが一番慌てている。
「ねぇ、どうするの!?」
「申し訳ないんですが、イリーナさんは走って馬車の手配をして頂けますか?俺たちもすぐに後を追うので」
「わ、分かったわ。気をつけてね」
イリーナは一足走って馬車乗り場の方へ走って行った。
「さて…」
ラルフは視線をレオナルドの方へ戻した。
レオナルドはゆっくりとこちらの方へ向かって歩み寄って来る。
「ルー、俺たちはフードを被っているけど、気づかれているんだよな?」
「えぇ、間違いなく。ラルフ、レオナルドは私に用があるのでしょう。ですのでラルフもイリーナさんの元へ行ってもらっても構いませんよ?」
「いや、いい。俺も奴に用がある」
「…分かりました。でも一応気をつけて下さい。あなたの事は私が守りますが、レオナルドは強敵です」
「分かった」
レオナルドは距離を詰め、ラルフたちからおよそ5m前に立っていた。そしてラルフを一睨みする。
ラルフもまたレオナルドを睨み返す。思えばこの2人は出会った時からお互いを睨み合ってばかりである。
しかし次の瞬間、レオナルドは膝を付いた。
「何の真似だ?」
すかさずラルフが問いただす。
「ラルフ殿にお願いがある」
「お願い?」
「姫様を…姫様をどうか連れて行かないでいただきたい」
レオナルドは今自分の中でこの上ないほど喪失感を感じていた。 朝方、シンシアにラルフの元へ行くと告げられたが、レオナルドの心はそれを受け入れる事が出来なかった。拒否と言った方が的確だろう。自分の知らない所でシンシアの存在がそれほどまでに大きな物となっていたのだ。
日々、国のために忠義を尽くすという考えであったが、今のレオナルドには今までのそれが全てシンシアのためであったように感じられるほどであった。
シンシアを失いたくない。その思いが形となり、今、ラルフの前で膝を付いてお願いするという行動になっていた。
「この通りだ…頼む」
ラルフは無表情でただ黙ってレオナルドを見ていた。
そのラルフの横に立つこの国の王女、ルーは内心穏やかではなかった。
(レオナルドはここまで…)
レオナルドはラルフから奇跡の実を奪った。
しかし、それはシンシアのために王妃の命を救いたかったからだ。
(もし、あの時の私が気丈に振る舞う事が出来れば…)
ルーは過去の自分を悔いる。だが、それは無理な話だ。 9歳の少女に母親が死にそうな状況を耐えられるはずなどないのだ。
あの日の出来事はどうする事も出来ない。どう足掻いても悲しい結末が付いて回ったのだ。全てが救われる運命など存在しなかったのだ。お互いがお互いに譲れない物があり、自分たちの主張を押し通す事しか残された道は無かった。結果、強者のレオナルドが救われる運命を辿り、弱者のラルフが悲しい運命を辿る事になった。血塗られた運命であったのだ。それ故に因果律となって、今ラルフ達は対峙しているのだ。
ラルフはレオナルドに返答せず、ルーの方を見る。そしてルーに問う。
「悪いがもう一度答えてくれ。お前の思うままに答えてくれ」
ラルフはルーをまっすぐに見つめる。
「お前は誰だ?」
ラルフは選択権をルーに委ねた。どちらに転んでも受け入れるつもりでいた。実際の所、懇願されるような形でルーを仲間にしたのだ。
ルーが仲間でいる事は、戦力的にも、金銭的にも非常に助かる事は確かだが、そこまで思い入れは無かった。1人になったら、それまでの事。これまでのように1人で開拓者として活動していくだけの事である。だからどちらに転んでも良かった。
しかし、ラルフはどちらの方に転ぶか、それは明白に分かり切っていた。
問われたルーは、今一度、レオナルドの方を見る。そしてレオナルドと目が合う。
レオナルドはルーの方をじっと見つめていた。それは懇願しているようにも見えた。
ルーは再びラルフを見つめ直す。そして口を開く。
「私は…ルーです」
「そうだったな。お前はルーだ」
そしてラルフはレオナルドに返答する。
「という事だ。何を言っているかは知らないが、ここに王女はいない。だからお前の願いは聞き入れられない」
「————!」
レオナルドの表情が崩れる。
先ほど、ラルフは選択権をルーに与えたが、それがレオナルドにとって一番残酷な結末をもたらした。ラルフが「お前には渡さない」と拒否すれば、まだ小さな望みのような思いを持つことが出来た。姫様はラルフに強制される形で仲間になっているのだと思う事が出来た。 しかし、ルー自身がラルフを選んだ事により、一片の望みを残すことなく摘まれたのだ。シンシア(ルー)は、ラルフを選んだ。国でもない、そしてレオナルドでもない、ラルフを選んだのだ。
辛く、惨い現実がレオナルドにのしかかる。
「頼む…お願いだ…姫様を奪ないでくれ。この通りだ…」
ラルフは無言で去るつもりだった。今ここで奇跡の実を奪われた時の事を掘り返すつもりはなかった。だが、そのレオナルドの懇願する姿にかつての自分を投影してしまう。
「ラルフ、何を!?」
ルーが声を掛けるが、ラルフはそれに反応せずにレオナルドに近寄る。そしてレオナルドの眼前であの時の憎悪が声となって溢れ出した。
「お前は…あの時…俺が奇跡の実を返すようにお願いしたのに、お前はその願いを聞き入れてくれたか!?それなのに自分が都合が悪い時はこうやってお願いするのか!?ふざけるな!助かったかもしれない母さんの命を…お前は…俺から奪い去ったんだ。俺はお前を絶対に許さない。絶対にだ!」
レオナルドはそのまま放心状態となってしまった。何も言い返す事が出来なかった。
「ルー、行くぞ」
「………はい」
ラルフとルーはイリーナが向かった馬車乗り場の方へと歩き出す。レオナルドはどんどん背中が小さくなっていくルーの姿を見て、心が張り裂けそうになる。
「姫様…」
弱々しい声を出しながら、よろけながら立ち上がる。そして雄叫びを上げる。
「姫様を返せーーー!」
「「————!」」
ラルフとルーは後ろを振り返る。
飛びかかってくるような勢いのレオナルド。
「ラルフ、下がって下さい」
ラルフが言葉を返そうとする前にルーが動き出す。ルーもまたレオナルドの方へ突進していく。
(ひ、姫様!)
一瞬、たじろぐレオナルド。
ルーはその隙をついて、レオナルドを蹴り飛ばす。カウンターのように腹に入った蹴りはレオナルドの体を吹き飛ばした。
「………」
吹き飛ばされたレオナルド。
痛みはない。
正確には、驚きのあまり痛みを感じていないと言った方がよい。
目の前には自分を見下ろすルーが立っていた。
「レオナルド、心が乱れていますよ。私よりも強いレオナルドがそんな精神状態では相手になりません」
「姫様…」
「もう一度はっきり言っておきます。私は私の意志でラルフに付いて行きます。ラルフが望んでいるのではなく、私が彼に付いて行くことを望んでいるのです。だから諦めて下さい。それに…もし、またラルフに仇を成すようであれば今度は容赦しません」
その時のルーはとても鋭い目をしていた。明らかにレオナルドに対し、敵意を向けていた。しかし、
「レオナルド…元気で」
その言葉を発した時の目は悲しみに包まれ、うっすら涙を浮かべていた。ルーは踵を返し、ラルフの方へ駆け寄る。
「ラルフ、ごめんなさい。行きましょう」
「もういいんだな?」
「はい、大丈夫です。今度こそ」
「分かった。俺も今はあいつに用はない。行くぞ」
絶望するレオナルドを残し、2人はイリーナの元へ駆けて行った。
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