第27話 金の問題
イリーナがラルフに今後どうするつもりなのかを尋ねる。
「それでラルフ君。ラルフ君はこの国を出てどこへ行こうと思っているの?」
「俺は外の国のことなんかよく知らないから…とりあえずは一番近い国に行こうと考えています」
「何も知らないか…まぁ無理もないわね。うん、それでいいんじゃない?このホープ大陸には敵対している国なんかいないんだし。ですよね?シンシアさ…あれ私もルー様とお呼びした方がいいんでしょうか?」
「シンシアは捨てた名前なのでルーでお願いします。出来れば敬語も控えて頂くとありがたいのですが」
「それはちょっと抵抗があるんですが…努力はします。とりあえず今はこのまま敬語を使わせて頂きます」
「分かりました。それでこのホープ大陸には我がアルフォニアの他にナルスニア、ディファニア、ソルエドの3国があります。どの国もアルフォニア国とは友好関係にありますので問題ないです」
「それでルー。この国から一番近い国はどこなんだ?…おい、ルー?」
「あっ…はい、ごめんなさい」
頬を赤く染め、若干うろたえるルー。今までラルフに「おい」、「お前」という呼び方のみで「シンシア」とは一度も呼ばなかった。そのため、ルーは初めて自分の名前を呼ばれたことに嬉しさと恥ずかしさが入り混じった感情を抱いていた。
だがラルフはそんなこと知る由もない。
「おい頼むぞ、ルー…ん?国同士の仲が良いのならお前がこの国の王女だって身バレするんじゃないか?悪いが面倒事に巻き込まれるのは嫌だぞ?もう貴族や王族のクソ共と関わるのはこりごりだ」
ラルフは基本、人嫌いである。なぜならほとんどの者がラルフを見下すような目を向けて来たからだ。平民も貴族も、そして同じ穴に住むスラムの住人でさえも。
だが昨日の一件で貴族に対して強烈なインパクトをラルフに植え付けた。それはトラウマと言っていいほどに。だからこそ関わるのを極力避けたかった。
「確かに2年前、私が成人した時の誕生日パーティで一度三国の王族の方々とは顔を合わせています。でもそれ以来顔は合わせていません。私は国政を父に任せきりで騎士として活動ばかりしていましたから。それに開拓者として活動するならば王族と顔を合わせるような事はほぼありませんので問題はないはずです。それに…」
ルーは基本貴族や王族にも礼節を弁えていると伝えようとしたが、口から出掛かった所でその言葉を飲み込んだ。それはこれまでの自分が王族という立場であったために貴族や王族たちは礼節を弁えていたのかもしれない。何も持たないラルフを目の前にしても同じような立ち振る舞いをするとは言い切れなかった。
1年前の純情なシンシアであったならば何の迷いもなくラルフに「大丈夫です」と答えていただろう。だが、人間の本質を学んだルーは「疑い」を覚えた。そのためラルフの言葉を否定することは出来なかった。また、かつての自分のように意図せず権力者としての力を行使してしまうことがあるかもしれないのだから。
「それに…もし何かあれば私が必ずあなたをお守りします。ラルフの行く手を阻む者は私が全力でなぎ払います」
ラルフは昨日ルーがロンを思い切り殴り飛ばした光景を思い出し、心の中で少し苦笑いをする。
「…まぁ昨日のようなことも早々起こらないだろう。臆病になり過ぎか」
2人のやり取りを聞いていたイリーナがラルフに声をかける
「ラルフ君、この世界は確かに見た目や偏見で判断してしまう人がたくさんいるわ。それは否定しない。でもそんな人ばかりじゃないわ。これも確かなことよ」
「イリーナさん」
この言葉はイリーナからだからこそ言える言葉であった。
イリーナはラルフの見た目や噂に左右されず、ラルフを1人の人間として向き合い、ラルフという人間を高く評価した。
ラルフ自身もイリーナがそのように見てくれている事を自覚しており、高い信頼を寄せていた。
だからこそイリーナの今の言葉はラルフに納得させるだけの力があった。願わくは、人を毛嫌いせず、普通に接する事が出来るようになって欲しいとイリーナは願っていた。
「それでラルフ君、ここから一番近い国はナルスニアになるんだけど、そこへはどうやっていくつもりなのかしら?」
「えっと…道を尋ねて歩いて行こうと思っていましたが」
ホープ大陸の国同士は物流などを考慮し、簡単ではあるが道が整備されている。ラルフはそのことを知らないが歩いて行く事態は不可能な事ではない。が、普通他国まで歩く事はあまりしない。
「食料はどうするつもりだったの?」
「まぁそこら辺の虫とか捕まえて食えばいいだけですし…」
イリーナはそれを聞いて顔が引きつりそうになった。
「それに開拓者登録の時に余った1Jと回復草を売った20Jがありましたから。あぁ、でも昨日10Jさっそく使っちまったから後11Jか。食料って買ったことがないんですけど、それだけあれば干し肉とか乾パンって買えますかね?」
「まぁ…少しなら買えるわね」
「なら問題ないですよ」
「ね、寝る時はどうするの?」
「フードがありますから、これで十分です。普段から外で寝ているようなものですから」
「でも夜は危険な動物もいるかもしれないわ。ホープ大陸にモンスターはいないけど肉食獣はいるわよ」
「あぁ、それなら大丈夫です。木の上で休むようにしますから」
「そんなの体が休まらないじゃない」
「普段から俺は熟睡することはありませんから。ほらスラムっていろんな奴がいるでしょ?だから俺は壁にもたれるようにして寝ているんです。決して地面に背中は付けて寝ないんです」
イリーナはラルフの行き当たりばったりな移動で生じられる問題点を指摘しようとしたが、逆にラルフの凄さに気づかされた。劣悪な環境で生き抜いてきた力がそのままサバイバルで活きているのだ。
「でもルー様もいるのよ。その辺も考慮しなきゃ」
「あぁ、そうか。ルーも仲間になったんだった。でもまぁ、問題ないと思いますよ。だって今まで騎士として魔界で活動してきたんですから。野営なんて俺よりやって来たはずです。そうだろルー?」
「えぇ…まぁ…」
(言えない…私の野営は設備が整っていて、温かい食事が用意されていて、交代で体を休める事が出来ていたなんて…言えない)
ルーは自分の野営が非常に甘やかされた状況だと思っているかもしれないが、本来の野営とはそういうものである。然るべき準備をして臨むのが当たり前だ。食事や寝床に多少なり制限が掛かるが、それでも必要最低限の栄養と休息を取ることが必要不可欠であり、それが翌日からの活動に繋がるのだ。
もっとも、ルーは王女という立場であったため、最初は見張り番を務めることなどなかった。しかし本人がそれを頑なに拒否するので仕方なく他の騎士と同じように見張りを務めた。それでも見張りの時間は最初か明け方という一番楽な時間帯であった。それに加え、ルーが見張りの時は必ずレオナルドが兼務していた。
このようにラルフの野営とルーの野営では根本的な部分が違うのだ。
ラルフは人間というより、一種の動物に近い状態であった。危険を感じればすぐに目を覚まして行動することを心掛けており、食べる物もその日暮らしの状態であるため、常にサバイバルな状態であった。このようなことはルーに出来ない。
だがラルフは自分よりも開拓者として経験が長いルーはそのようなことは出来るものだと勝手に思い込んでしまっていた。
「ほらイリーナさん、大丈夫ですよ」
イリーナはちらっとルーの方へ顔をやる。
すると、ルーは若干引きつった笑みを浮かべていた。
(心中お察しします、ルー様)
イリーナはこの2人の差異を解消するためにラルフに説明しても良かったが、今は他に話すことがあるのでこの話題を頭の隅へと追いやった。
「それでラルフ君、あなたの今の全財産は11Jなのね?」
「はい!」
意気揚々に答えるラルフ。開拓者になったラルフにとって手元にある11Jは初めて自由に使えるお金と言って良かった。心が軽かった。
しかしイリーナはその反対だった。いや、ラルフ以外全ての者は同じ事を思うだろう。
(11Jって…何も出来ないじゃない。安い宿に泊まる事さえ出来ない。これからもっともっとお金が必要になって来るというのに)
両腕を組んで難しい表情をするイリーナ。
ラルフはそんなイリーナの顔を少し不思議そうに見つめていた。なぜそこまで悩む必要があるのだろうと。
イリーナはルーの方へ視線を変える。
「それでルー様はどれほどのご用意を?」
ルーはそこで答えにくそうな顔をし、イリーナやラルフから視線を外しながら答えた。
「申し訳ないんですが、持ち合わせはありません」
「えっ?」
イリーナは驚きの表情を浮かべる。
正直ルーの資金力を充てにしていた。
腐っても王族。
しばらくの間、生活に困らない資金を持たせてくれるだろうと予想していた。
「朝、すぐに出てきてしまって全くそのような事を準備せずに出て来てしまって」
イリーナはルーを見る。
よく見れば旅道具を何1つ持ち合わせていない。
「もしかして…お金どころか何も持たずに?」
「はい…何も」
イリーナは思わず手を顔に運び、眉間を抑える仕草をした。
「あ…でも、騎士の鎧や剣はこの通りしっかり装備しています」
すると今度はラルフが答える。
「おい、ルー。悪いがその鎧や剣を使うのは無理だぞ。そんな物見せびらかしたら分かる奴には分かっちゃうだろ、お前がアルフォニアの騎士だってことが」
「あ…」
ルーは俯く。
「とりあえず今はフードで身を隠せ。その姿は他の奴に見せるな」
「はい…」
「当面の資金どころか今日の寝る場所にも困るような状況なのね」
するとそこでラルフが何やら思いついたようでルーに提案をしてきた。
「お前、金目の物を持ってないのか?それを売ったらどうだ?」
「お金になる物…ですか?私、飛び出してきたので本当に何も…あっ」
するとルーはフードから長い髪を止めるためにしていた髪飾りを取り出したのだった。
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