第18話 誕生日パーティ
この世界には明確な階級が存在する。
王族、貴族、平民。
生を与えられると同時に身分が与えられ、この身分はちょっとやそっとの事で変わる事はない。言わば絶対的なものだ。ここに支配と服従が組み合わさる事により関係が成り立ち、社会が成立する。
貴族は王族と共に国を運営する立場にあるが、全ての貴族が政治を担うわけではない。主に2種類に分けられ、「第一階」と「第二階」が存在する。
まず、第二階は比較的新しく貴族になった者たちを指す。成り上がりと言っても良い。そのため、政治には関わらせない。
そして、第一階は古くから王族へ忠誠を誓って来た貴族であり、信頼関係がしっかりと結ばれている。中には王族に近しい者たちも含まれる。この第一階は王族と共に政治を担う。
このように、貴族と言っても、第一階と第二階では明確な差が存在する。もっとも、表向きは同じ貴族として平等に扱う事になっている。 第一階の者たちもその事に関して特別不満を抱いておらず、権力をひけらかすなどして、第二階貴族を無碍に扱う事はない。
どちらかと言うと、第二階貴族ほど権力に依存しており、また平民に対し誇示する事が多い。その影響もあってか、平民の貴族に対する感情はあまり良いものではない。
その日の夜、社交界が開かれ、シンシアは参加していた。
シンシアは元からこういった行事はあまり好きではない。ドレスを着て作り笑顔を浮かべるよりも、鎧を身に纏い剣を振るっていた方が性に合っている。
加えてラルフと出会ってからは拍車がかかり、特に贅沢をすることに嫌悪感を抱き始めていた。しかし、今日は参加しないわけには行かなかった。なぜなら今宵の主役はシンシア自身なのだから。
シンシアは17歳の誕生日を迎えており、それを祝うパーティであった。仕方なく腕を通したドレスを身に纏い、招待客に挨拶回りをしながら愛想のよい笑顔を振りまいていた。
別に自分の誕生日を祝福されることが嫌なのではない。寧ろありがたいと思っている。しかしどうしてもラルフのことが頭の中でよぎってしまうのだ。
「シンシア様、お誕生日おめでとうございます」
挨拶に回る度に同じ言葉を貴族から投げかけられる。
「ありがとうございます」
面倒くさそうな顔を微塵も滲ませず、シンシアは笑顔で対応する。
「早いものですね、シンシア様の16歳の誕生日を祝ったのがつい先日のような気がします。いやぁ歳ですな」
とある中年の貴族が無邪気に語る。
「1年…本当に早いものですね」
しかし、シンシアは別の事を考えていた。
(ラルフと出会ってもう1年は過ぎたのですね。彼も私と同じように歳を取った。1年…あっという間です。)
シンシアは自然とラルフと初めて出会った時のことを思い出していた。
ラルフと初めて出会った日…それは母の命が助かった真相を知った日でもあった。
シンシアの母であり、王妃という頂点の存在は、平民ではぐれ者と呼ばれる最下層に位置する1人の人間の命が犠牲になる事によって助かった。支配と服従が形となったあまりにも無情な現実。
シンシアはその現実に苦悶の表情を浮かべ、胸を掴む。
「シンシア様、ご気分でも悪いのですか?」
彼女を取り囲むように群がった貴族の1人がシンシアの表情を見て心配そうな顔をする。
「いえ、何でもございません。ちょっと久しぶりに着たドレスが苦しくって。私には鎧を着ている方がいいのかもしれません」
「そんな、とんでもございません。とてもよくお似合いですよ」
シンシアは自身のドレス姿を好ましいとは思っていない。だが意に反して、ドレスを着飾った彼女の姿は男女関係なく多くの者を惹きつけていた。
またシンシア自慢の長く美しい艶やかな金色の髪がより彼女をより高貴な存在へと引き立たせていた。
魅了された第一階、第二階の貴族の男たちはシンシアが自分たちの場所へ来るのを今や今やと待ち望んでいた。
そしてシンシアが挨拶をしに来たら、少しでも長く居てもらおうと積極的に話しかけていた。
着飾った貴族の男たち、そしてシンシア自身が身に纏うドレスやその装飾品。それは権力や財力を象徴するような衣装でもあった。
そんな衣装を見て思い浮かべるのはやはりラルフの事。
(…彼らの服や私のドレス、一体どれほどのお金が掛けられているのでしょう?きっとラルフが必死に貯めようとしている1000Jの何倍も何十倍もお金が掛かっているに違いありません)
だが皮肉にもその権力や財力を見せつけていたのはシンシア自身だった。
単にドレスや装飾品がシンシアに似合っているだけではなく、王族と呼ぶに相応しい代物だった。
それを身に纏うシンシアは、自分の容姿を褒められる度に胸がもやもやとした。
損なこととは露知らず、次のグループへと移動した際、すぐに別の貴族がシンシアの容姿を褒める。
「今日のシンシア様のお姿は美しさをより一層引き立てていますね」
その貴族はこのような臭いセリフを惜しみなく使う。セリフを吐いた男の名はロンであった。
ちなみにロンの家は第二階貴族である。今はロンと親しい貴族の第二階の者たち数名に囲まれ、話をしていた。
「まぁお上手ですこと。でもありがとうございます」
「いえ、私の本心ですよ。シンシア様の美しさはこのアルフォニア王国一…嫌、大陸一と言っても過言ではないでしょう」
「そんな…」
シンシアはいくら何でも大げさだと困ったように笑う。
しかしロンはシンシアの表情を見て、嬉しくて恥ずかしがっていると捉え、ほくそ笑む。この男は何かと自分に都合のいい解釈をする男であった。
(いいぞ、純粋な姫様はこれだけでかなり心が揺らいでいる。17歳にもなってまだフィアンセも決まっていない姫様を落とすのは今日しかない)
「シンシア様、この私と一曲踊って頂けますか?」
ロンは自身に満ちた顔でシンシアを誘った。
先を越されたとばかりに目を大きく見開く別の貴族の男たち。
しかしロンはそれに臆することなく、勝ち誇った表情を見せる。
「…ごめんなさい」
シンシアはロンにむかって頭を下げた。
「えっ?」
「いえ、別にあなたと踊るのが嫌というわけじゃないんです。これを」
するとシンシアは急にドレスのスカートをたくしあげる。シンシアの右足の踝には包帯が巻かれていた。
膝から下ではあるが露わになった足に男たちは顔を紅く染めながら釘付けになる。
普段鎧を身に付けているため、シンシアのすらりと伸びる長い足は何度も見たことがあったが、このように不意にドレスから出された足に思わず魅入ってしまう。
「魔界での遠征中に少し足をくじいてしまって…踊ることができないんです。ごめんなさい」
ロンはシンシアに話しかけられ慌てて視線を戻す。
「あぁ、そうでしたか。それは残念です。でもお怪我の方は大丈夫なのですか?」
「えぇ、もう歩く分には何も問題ありませんので、後2、3日すれば完治すると思います」
「快方に向かわれているようで安心しました」
シンシアは少しだけロンに罪悪感を抱いていた。なぜならシンシアは足をくじいてなどいないからだ。
今日の自分の誕生日パーティには多くの貴族を招待していた。
シンシアは17歳になるが自分のフィアンセが未だに決まっていない。それは気乗りがしないからだ。
本来であるならば国の王女として跡継ぎのことを考えなければいけない立場である。自分自身の気持ちなど二の次である。だが父親である国王のハワードはそれを許した。無理やりフィアンセを見つけるようなことをさせなかった。
無論、これまで引く手あまたの声が連日のように掛かるのは言うまでもない。しかしシンシアはその声に応えるような事はなかった。なぜなら、かつて同じ騎士団の副団長であるレオナルドに恋心に近いものを抱いていたからだ。その想いもあり、今日まで誰とも婚約する事がなかった。
だがそんな恋心も今やかつてのものとなってしまった。ラルフと出会ったあの日が全てを変えた。まるであの日までの自分と今の自分を全くの別人と錯覚してしまうほどに。良くも悪くもシンシアは成長した。人間は美しく儚い生き物だとかつての自分は信じていた。しかし、今は同時に醜く卑しい生き物でもあるとも思っている。それは自身を含めて。
かつては言われた言葉をそのまま正面から受け止めるような純情さがあった。それが今は、どこか一歩引いているような感じであった。斜に構えるとまでは行かないが、自身の分身が上から客観的に眺めているような状態なのだ。そんな状態で、新しい恋を始める気など毛頭ない。誰とも関係を深めたいなどと思わなかった。踊りたくなかった。何より自分だけがこのような時間を過ごすなど許されないとさえ感じていた。だから足をくじいたことにし、それを理由に踊ることを免れようとしたのだった。
事情を知ったロンもシンシアが自分を嫌って踊る事を拒否したのではないと知り、残念であるが仕方がないと自分に言い聞かせる。だがこのまま立ち去るのも勿体ないと感じ、そのまま話を進める。
「魔界ですか。昨日私も魔界で活動しておりました」
「まぁ、ロン様も魔界で活動されているんですか?」
「えぇ、私も一応開拓者なので」
ロンはこれをシンシアに自分の武功を示すチャンスと捉えた。
父親に半ば強制で登録された開拓者。
なぜ自分のような高貴な者が開拓者として活動せねばならないのかと。しかしその理由(わけ)を今理解した。
1人の男として力があることは魅力となる。
魔界という死地に立ち、冷静な判断が求められる場所で活動することは早々誰にでも出来ることではない。
現にシンシアはロンが魔界で活動している事に驚きを覚えていた。
ちなみにシンシアが驚いていたのは、ロンの魔界で活動するには相応しいと呼べる体型ではなかったからだ。しかしその表情をそのまま表に出すわけにも行かず、シンシアは好感を示すように笑みを含めて驚いた。
そのためロンはさらに調子に乗ってしまった。
反対に他の貴族たちはロンのことを悔しそうな顔で見ていた。
「昨日は魔物共と一戦交えておりました」
これは本当と言えば本当であり、嘘と言えば噓になる。なぜなら実際に戦ったのは彼の護衛兵士である。
「大丈夫だったのですか?お怪我はなかったのですか?」
表面上はロンに心配そうな顔を作り、中身は疑いの目でロンを見る器用なシンシア。
(本当に魔物と戦ったのかしら?とても戦えそうには見えないけれど…)
「えぇ、大丈夫です。戦ったのはゲート周辺でしたから。そんな場所で出くわす魔物には私は後れを取りません」
「そうですか…安心しました」
「シンシア様にご心配頂きこの上ない幸せを感じております」
ロンは周りの貴族より自分をアピール出来た事に上機嫌になっていた。
(よし、他の者たちより完全に俺は一歩リードしたぞ。これを機にシンシア様と関係を深めよう。もしかしたらシンシア様がこの俺の…絶世の美女を俺の物に出来る!)
ロンは無粋な思いを隠すことが出来ず、顔に出てしまうほどであった。そんな妄想をしている内に他の男たちがシンシアに語り掛けようと手を伸ばす。
「シンシア様、私も父に魔界で活動し、経験を積むように言われており近々魔界に行くつもりです。何かアドバイスを頂けませんでしょうか?」
ロンはハッと我に返り、妄想を止める。そしてもう一度シンシアと話をするために話を遮り、少し大きめの声で自分の話をし出す。
「そういえば、昨日面白い者を見かけましたぞ」
大きな声に反応し、シンシアを始め多くの者がロンに顔を向ける。
話を遮られた男は嫌な顔をロンに向けていた。
しかし、ロンは気にせずシンシアに話しかける。
「魔界だと言うのに碌な装備を身に付けず、単独で行動して者を見つけましたぞ」
シンシアはそれを聞いた途端目が大きく見開く。瞬時にそれはラルフのことだと勝手に推測していた。
客観的に考えればそれがラルフだとは断定出来ない。単独で活動している者などいくらでもいる。また、装備もままならない者も同様だ。
ただ、シンシアの直感がラルフであると囁いたのだ。そこには少なからず願望が混じっていたが…
「あの危険な魔界で…そのような方がいらしたのですか。どの辺りでお見かけになったのですか?」
シンシアはラルフへの感情を抑え、落ち着いてロンに尋ねる。その時のシンシアはロンの正面を向いていた。先ほど話しかけて来た貴族には背を向けていた。
ロンもシンシアがこの話に食いついたことに思わず笑みをこぼす。
「先ほど話した魔物と一戦交えた後でしたので、ゲートに割と近い場所ですよ」
「具体的にどの辺りでした?」
「ゲートから西の方角に森がありますよね?その手前といったところでしょうか?」
「森…」
シンシアは以前から魔界に足を運んだ時はラルフのことを気にしていた。無意識の内にラルフを探してしまうほどに。そして今この瞬間も。
(森…ゲートから少し離れ過ぎでは?大丈夫でしょうか?)
ちなみにシンシアの実力からすれば西の森は全くと問題のないと言っていいほどの場所だ。しかし、今のシンシアはラルフ基準で判断していた。
「その男がまた何とも汚らしい恰好をしていて…」
その言葉にシンシアはピクリと反応し、思考を止める。
「私と一緒にいた者はそいつのことをドブネズミと呼んでいました。なんでも口にする泥をすするような生き方をする者だとか。あの卑しいスラムの者たちの中でもバカにされているようでして」
ロンはバカにするように語る。本来はシンシアの気を引くために話していたが、思いのほか周りの貴族たちの食いつきが良いので誇張するように身振り手振りを交えて話し出す。
すると周りの貴族たちも不快な顔をしながらもどこかバカにするような笑みを浮かべていた。
「魔界ではそういう輩とも対峙しなきゃいけないんですよね。だから私は魔界に足を運びたくないのです」
辟易したような顔で別の男が答える。
さらに、
「スラムの者たちは身なりだけでなく、意地まで汚くずる賢い連中だ。どこまでも汚い人間だ。だからはぐれ者と呼ばれるのです」
今、シンシアが会話をしている貴族たちはスラムの住人に対して悲観的であった。それどころか寧ろ露骨に見下していた。
もしここに、第一階の貴族がいるならば、将来、政治を担う者としてもう少し俯瞰してはぐれ者たちを見ることが出来たのかもしれない。
もしかしたら擁護する声を聞こえて来たかもしれない。
しかし、今会話をしている者たちは全て第二階の貴族たちばかりであった。
「あいつらは下手をすれば魔物よりも質が悪い。まぁでもそんな奴らは駆逐すればいいのですよ、力で屈服させれば」
ロンは手を胸に持って行き力強く握って見せる。
「おぉ、やっぱり魔界で活躍する人は言う事が違うなぁ」
最初ロンに先を越され、煮え湯を飲んでいた貴族の男たちもはぐれ者の話になるとみんな同調するような素振りを見せた。
ロンはそれにさらに気分を良くし、さらに饒舌に語る。
「もし自分があのドブネズミのような立場だったら…考えるのも嫌ですな。あんな者は人間じゃない」
「…人間じゃない?」
この言葉にシンシアは我慢出来なかった。
「確かにスラムに住む者たちは貧しさ故に心が荒んで行き、悪事を働く者がいるのは確かです。そういった者たちが魔界で活動しているのも見かけます」
セクター四…通称スラム街。セクター三の平民街とは環境や雰囲気がガラリと変わる。
シンシアはセクター四の劣悪な環境を強いられる中で生きている者たちの事は耳にしていた。しかし、その現状を目の当たりにしたのはここ1年の出来事だ。
「そうなんです、魔界にはそういった汚い者がたくさん——」
「ですが、全ての者たちがそのような者ではありません!懸命に生きている者もいるのです!」
シンシアはロンと取り巻く貴族たちに決然と言い放った。声の大きさに周りの貴族がシンシアの方へ振り向くほどに。
そのシンシアの表情は、いつもの優しさが消えており、真剣そのもので気迫がこもっていた…男たちが思わず視線を反らすほどに。
場の静寂と周囲の驚きの表情にシンシアは我に返る。
「ごめんなさい、少し足の状態が優れませんので失礼します。皆様はごゆっくりお楽しみ下さい」
シンシアは頭を下げ、その場からすぐにでも離れたいと早歩きで退室してしまった。足の状態が悪いと言った事を忘れてしまっていた。
幸いなことにシンシアが別室に移動した時、その部屋には他の貴族の姿は無かった。
別室には軽く軽食が用意されており、小腹が空いたらそこで食事が取れるようになっていた。
だがシンシアはそれらに手を付けず、執事から水だけを受け取り口にする。
「ラルフ…」
思わず名前を口に出していた。幸いなことにその声は誰にも聞かれる事は無かった。
改めて先ほどのロンたちが放った言葉を思い出す。
王族として、騎士として、シンシアは自分なりにも模索しながら生きて来た。弱き者に手を差し伸べ、共に笑い、共に歩む事が必要だとシンシアは感じていた。これはスラムの現実を知る前も知った後にも変わりはない。ただ、今はこの考えはただの理想に過ぎないと理解したが。
しかし、少なくとも上に立つ者が少なくとも弱き者を踏みにじるような行為はあってはならないと強く思っていた。だが、実際の貴族たちは、はぐれ者を忌み嫌いしていた。
理想とかけ離れた変えられない現実にシンシアは胸を傷めた。
一方、会場ではロンが悔しそうな顔をしていた。
「くそ、せっかくシンシア様にお近づきになれたのに…ドブネズミのせいで」
ロンは、はぐれ者対してより一層嫌悪感を抱いていた。
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