再出発
第9話 報酬は1/3
母を亡くし、8歳という年齢で1人生きて行くことになったラルフ。いつ死んでもおかしくないそんな状況下でラルフは今日まで生き延びて来た。これは半分奇跡に近いものなのかもしれない。
たがもう半分はラルフの意地と言ってもいい。死んでしまいたいと思うほどの悲しみに暮れる中で母に託された「生きて」という言葉が何度も頭の中で甦り、母の想いに応えようと必死に耐え抜いて生きて来た。
その支えがいつの間にか信念へと変わり、10歳を迎えた頃には開拓者を目指すようになった。
約5年…耐え忍ぶ生き方をして、ようやく集まった1000J。そんな1000Jもスラムの子供たちを助けるために使い切ってしまった。
振り出しに戻されてしまったラルフ。それでも歩みを止める事は無い。なぜなら自分は開拓者になると、そう決めたのだから。
再び1000Jを集める事になったが、やはりラルフの活動拠点は魔界にあった。
アルフォニアに仕事がないわけではない。しかし、日雇いなどの仕事は競争率が激しい割に報酬が乏しい。
また瘦せこけたラルフの体を見ても雇ってもらえない。必然的に残された道は魔界探索しかないのだ。
危険が伴う上に魔界探索の成果物の報酬も開拓者でないために二束三文であるのは重々承知している。それでもやはり魔界しかないのだ。ラルフに選択肢はない。
ゲートはいつでも開いている。開拓者たちがいつでも魔界に向かえるように、いつでも魔界から戻って来られるように。
ゲートの先は魔界に繋がっているが、ゲートからは魔界の緑溢れる景色は見ることが出来ない。暗闇のモヤが掛かっており、その中へ足を踏み入れることで魔界に行くことが出来る。
ちなみに魔界の魔物たちがゲートを渡ってこちら側へ来ることはない。暗闇のモヤを異常なまでに恐れ、ゲートに足を踏み入れることはしないのだ。恐らく直感的に危険だと感じるのだろう。現に人間たちはゲートをくぐって転移しているのだから。魔物たちの直感は当たっている。
ラルフが魔界で活動するのは基本このゲート周辺である。魔物に襲われたらいつでもゲートに逃げ込めるように。どんなにお宝が眠っていても命あってのもの。
これは魔界に来てから身に付いたものではなく、スラムで身に染みていた。スラム生活で唯一役に立っていると言っても過言ではないかもしれない。そのおかげでラルフは危険に対して過敏になった。
また、かつて母のために奇跡の実を探して初めて魔界に足を踏み入れた時に森でゴブリンに追いかけ回された記憶が鮮明に残っていた。今のラルフは危険に過敏というより、臆病になっていた。
それにも関わらずこの魔界に足を踏み入れるのは、やはりラルフには捨てきれない開拓者への思いだった。もはや執念である。
ゲートの前に立つ。
ラルフは太陽が姿を現すのと同時に活動を始め、太陽が沈む前に必ずゲートから戻って来る。夜に魔界で活動することは避けている。
ラルフに仲間はいない。いつでも単独行動である。装備もない。ボロを身に纏い、穴が空いたくたびれた靴。そして成果物を持って帰るためのボロ袋。単独でキャンプ道具もない状態で光の乏しい夜に魔界で活動するには無理がある。以上のことを踏まえ、ラルフは日中しか活動しなかった。
ラルフはその日も薬草採取に励んでいた。採取するのは専らポーションの原料となる回復草である。魔界での活動はほぼ回復草の採取なので、要領は掴んでいる。どこで多くの回復草が採取出来るか、自分の中で採取ポイントを見つけていた。
ラルフに限らず、魔界で活動をするほとんどの者たちも同様に見つけている。他人には教えない。自分だけが分かるように目印を付ける。また時には罠を仕掛けたりする。
当然、採取ポイントが被り出くわす事もある。そういった場合は基本先にその場所に訪れていた者が優先となるが、そこは欲の深い人間。奪い合うこともままならない。対峙した瞬間に相手の力量を推し量り、勝てるか勝てないかを判断する。また、取り分を残せてもらえるかどうかの話が通じる相手かどうかも一緒に推し量っている。
ラルフがこのようなニアミスが発生した場合はすぐにその場を退いた。衝突してラルフが勝つ見込みはまずない。その上ラルフがせっかく採取した回復草を奪われる可能性まで出てくる。そのため、ラルフがポイント場所に他の者が現れた場合はすぐさま場所を明け渡し、別の場所へ移動した。
もちろん全ての者が奪い取ろうする人間ではない。だが、ラルフの周りにいる人間はいつもラルフからむしり取ろうとする人間ばかりであった。そんな経験がラルフに人を信じられなくしていた。自分に絡んで来る人間は基本、害を与えてくる人間だと。トラブルを回避するために、人との関わりを持とうとはしなかった。ラルフが早朝から行動を開始するのもそのためである。
「よし、このポイントも粗方取り終えたな」
全ては取り切らず、幾分か残して次の場所へ移動しようとした時、人が近づいて来る気配がした。ラルフは近くの木に隠れ様子を伺う。やって来たのは男女ペアの新人と見られる開拓者だった。
「あちゃ~、ここも取られちゃって…あ、まだ残ってる」
「ほんとに?よかった。でもこれを取れば、さっきの分と合わせて回復草10本になるわ」
「回復草10本から買い取りしてくれるんだっけ?いくらだった?」
「10本で確か10Jね」
「10Jか…安いなぁ」
その言葉にラルフは顔をしかめる。
(10J?十分じゃないか。こっちは薬草10本で3Jでしか買い取ってもらえないんだぞ。30本集めてもまだお前たちの方が稼いでいるじゃないか)
自分が開拓者でない事に悔しさを感じる。このボロ袋には回復草が約50本入っている。本来ならば50Jの稼ぎになるところ、開拓者でないために15Jでしか買い取られないのだ。
「まぁ安いのは諦めましょう。それよりも実績を積んで早く、開拓者レベルを上げることが重要よ」
「そうだな。ボクらの開拓者レベルはまだ2の駆け出しだ。せめて5にならないと」
レベルとはギルドが開拓者個々につけた評価と言っていい。レベルが高いほどギルドは高く評価しているということ。レベルが低いからと言って冷遇されるわけではないが、レベルが低いとギルドから受けられない依頼が存在する。
また装備も高レベルじゃないと購入出来ない場合がある。これが一番大きいかもしれない。高水準の装備でないと、より過酷な場所での魔界探索は出来ないからだ。それ故に開拓者はレベルを上げる必要があるのだ。
だが、開拓者でもないラルフにとって今の話は無縁である。肌を隠すためだけにボロを身に纏っているラルフにとってレベルの話はまだまだ先の話である。
「あ、見て…あそこ。ゴブリンがいるわ」
ラルフは木の影から女の開拓者が指差した方向を見る。間違いない、ゴブリンである。
ラルフは恐怖で全身がすくみ上る。
その一方で開拓者の2人は相談を始めた。
「数は…3匹か…行けるな」
「そうね、一気に叩きましょう」
ラルフはこの場を2人に任せ、一目散に立ち去った。ある程度離れたところでラルフは息をつく。
ラルフは自分の身軽さ、とは言っても満足に食べられないがための身軽さなのだが、足の速さには自信があった。持久力もある。 実際に魔物やスラム街で襲われそうになった時、その自慢の足で逃げ切ったことが何度もあった。
(もし、開拓者になったら…まずは足の装備から整えよう)
そんな期待を膨らませながらその日は戻ることにした。
帰り道、ラルフは道端に生えたキノコを見つける。
(これって食えるのかな?)
食べられそうな物ならなんでも口にしていたラルフはとりあえずそのキノコを3本採取し、ボロ袋に入れた。
ゲートからアルフォニアへと戻って来たラルフは早速回復草を買い取ってもらうことにした。開拓者ならばゲートのすぐ横にあるギルドへ直行するのだが、ラルフはそこを素通りする。そこから少しだけ移動した小さな店へラルフは入った。
「買い取りを頼む」
「あぁ、おめぇか」
ラルフは何度もこの店に訪れているため、店主とは顔なじみになっていた。
「また回復草か」
「あぁ、あまりゲートから離れたくないからな。今日は50本あるはずだ。数えてみてくれ」
店主は慣れた手つきで回復草を数える。
「あぁ、確かに50本あるな。それに質が悪いのもねぇし、取り方が雑で傷ついた物もねぇ。いいぜ、全部買い取ってやる。お前さんの回復草は状態が良いから助かるよ」
ラルフはほっと一息つき、15Jを受け取る。
ちなみに店主はこれをギルドへ25Jで買い取ってもらう。何もせずに10Jの儲けを得るように見えているが、一番の利益を上げているのはギルドだ。開拓者が同じ数量の薬草を持ち込んでいれば50Jで買い取っているのだから。
この店主はギルドにはない苦労もしている。なぜなら開拓者ではない者たちからの成果物を買い取る場所を提供しているからだ。開拓者ではないどこの馬の骨か分からない、ラルフのようなはぐれ者も混ざっている。そんな者は何も知識を持たない素人同然であり、基本粗悪な品を持ってくる場合が多い。商売としてはなかなか成立するのが難しいのだ。
そんな素人ばかりの客の中で、ラルフは質の良い成果物を持ち込んで来る。店主としては、ラルフは数少ない上客であった。
また、ラルフもこの店主のことを信用していた。理由は店主が自分たちのようなはぐれ者を蔑んだりしないからだ。
ラルフは知らないが、この店主もまたスラム街出身の人間である。チャンスをものにし、小さいながらも店を構えること出来た。スラム出身の人間としては大成功を収めた人間と言ってもいい。
「それと…このキノコはどうするんだ?」
「あぁ、悪い。それは俺の飯にするつもりだ」
「ん?お前、これを食うのか?」
「そのつもりだが…毒でもあるのか?」
「毒はねぇが、これを食べると強い眠気に襲われる」
「そうだったのか…」
(これを食うと眠っちゃうのか。それはちょっとまずいな)
「これって買い取りとかしてもらえないのか?」
ダメ元で聞いてみるラルフ。
「悪いがうちはこういった商品は正直扱ってねぇんだ。それにあんまし需要がねぇからな」
「需要がない?」
「いや、魔物をおびき寄せるエサとかに混ぜ込むことがあるんだよ。でもあいつらって基本、鼻がいいだろ?食わねぇことが多いんだよ。だからせっかく用意しても無駄になることが多いんだ」
「そうなのか…」
「まぁ…いつも質のいい回復草を持ってきてくれるってことで1Jだな」
「1Jか…それをギルドへ2Jか3Jで売るのか?」
「いや、手見上げに渡す程度だな。いつもお世話になっていますってことで。もしかしたら受け取ってくれねぇかもしれんがな」
そう言って店主はラルフに笑って見せた。
「それなら金はいいよ。おっちゃんが受け取ってくれ」
「いいのか?」
「これを食っちゃいけないキノコだって教えてくれた情報提供料だ。このキノコはおっちゃんの好きにしてくれ」
「…まいど」
店主は驚いた顔の後、もう一度笑って見せた。
「じゃあまた来るよ」
「おい、ラルフ」
「ん?」
ラルフは名前を呼ばれた事に少し驚いていた。いつものやり取りで名前を呼ばれる事はない。それに自分の名前を店主に教えたことなど忘れていた。
だが店主はラルフの名をしっかりと覚えていたのである。
「魔界では慎重に行動するんだぞ。魔界においては臆病なのがちょうどいいんだ。天気が悪いとかでもいい。とにかく悪い予感がしたらすぐにこっちに戻って来い。それに魔界にいる人間たちにも気を付けろ。魔界にいる人間たちはリスクを負うことに平気な人間でタカが外れていることが多い。そんな連中は欲望に素直でその欲望を満たすため他人に危害を与える事も厭わない。とにかく気をつけるんだ、いいな?」
「……わかった」
店主の余りの真剣な表情、そして真剣な声に圧されていた。それと同時に無性に嬉しくなった。自分のことを心配して注意してくれる存在がいることを。
「おっちゃん…ありがとう」
この店を出る時のラルフの表情は笑顔だった。
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