第7話 1ヶ月後
ラルフの出会いから1ヶ月後、無気力となってしまったシンシアはほとんどを自室の中で過ごした。何もすることなく、1日窓の外を眺めて過ごす時間が大半であった。
あれほど精力的に活動していた騎士としての活動もあの日以来一度も鎧を身に纏うことは無くなってしまった。
シンシアのことを心配した侍女は気晴らしに散歩を進めてきたが、曖昧な返事をするばかりで結局外に出ることはなかった。
別の侍女がシンシアの部屋を訪ねてくる。
「姫様、今日もレオナルド副団長がお話ししたいと申しておりますが…」
「…申し訳ないのですが、忙しいと伝えてもらえますか?」
以前のシンシアはレオナルドに好意に近い物を寄せていた。しかし、ラルフの一件以降、その気持ちは完全に冷めてしまっていた。自分が原因なのは分かっているが、それでもかつてレオナルドの取った行動を許容できるものではなかった。
部屋の外で待つレオナルドに侍女が言いにくそうに謝罪する。
「申し訳ございません、姫様は今日も忙しいとのことでレオナルド様との時間を設けることができないそうです」
今日もシンシアの代わりに頭を下げる。
「分かった。では明日また伺う。失礼した」
レオナルドは姫のいる方へ頭を下げ、戻って行った。
この姿に周囲は困惑していた。以前の2人は、時には兄妹のように、また別の時には恋人のように仲睦まじい姿をよく見かけた。周りの者たちはそれを微笑ましく見守っていた。
しかし、2人が一緒にいることは無くなった。まるで喧嘩別れでもしたかのように。
もちろんそれをチャンスと捉える者たちも多かった。シンシアの地位、そして何よりシンシアの美貌に惹かれ、関係を一歩踏み込みたいと懇意に寄せる者たちからの手紙やプレゼントが多く届いた。プレゼントはどれも高価な物ばかりでキラキラ輝いた物ばかりであった。
(高そうな物ばかり、一体いくらするんでしょう?)
貧困に苦しむスラム街の住人、そして真意を知らぬがドブネズミと呼ばれたあの少年(ラルフ)のことを思うと胸が締め付けられ、高そうなプレゼントに嫌悪感を抱いた。
そんな元気のないシンシアを心配した彼女の父親であり、この国の王であるハワード・ド・アルフォニアが見舞いに来る。
「シンシア、最近随分元気が無いようだが一体何があったのだ?」
「ご心配かけて申し訳ございません、お父様」
「何があったのか、父には話してくれないのか?」
「………」
母の命を救った奇跡の実はスラム街に住む少年から奪い取った物であったなど口が裂けても言えなかった。
「…分かった。無理に聞こうとはせぬ。もし打ち明けてくれる気になったらその時は話しておくれ」
ハワードは優しくシンシアに微笑んだ。
ハワードの子供はシンシア1人のみであった。王という立場からすれば世継ぎを作ることは義務である。しかしハワードは側室を設けようとはしなかった。また、シンシアの母でもあるハワードの妻は体が弱いという事もあり、出産に耐えられる体ではないため、2人目は諦めたのだった。そして妻が亡くなった今も新たに嫁を受け入れようとしなかった。
傍から見れば、義務を果たそうとしない烙印を押されてしまうような王である。しかし、1人の男として見れば、死しても尚、妻への愛を貫く姿には好感が持てた。
そのような事情あって、1人娘のシンシアには少し甘い所があった。
「そう言えば、民も最近シンシアの顔を見れずに寂しい思いをしているそうだぞ。気晴らしに出かけてみてはどうだ?ほら以前わしに孤児院のことを話してくれただろ?」
「…孤児院!?」
シンシアはその孤児院に強く反応した。
その孤児院は第四セクターから比較的に近い場所にある。
(そこに行けばもしかしたらあの少年(ラルフ)が近くを歩いているかもしれない)
シンシアは急に立ち上がる。
「お父様、ありがとうございます。私、孤児院の視察に行ってきます!」
「そ、そうか。気をつけてな」
ハワードは急に元気を取り戻した娘を見て、驚きながらも部屋も去って行った。
シンシアは外に出る準備をする。身に纏うのは騎士の白い鎧。シンシア個人としてはやはりドレスよりこちらの方がしっくり来ていた。
準備が整ったシンシアは部屋を出て、広い廊下の真ん中を堂々と歩く。見送ろうとする侍女が時々駆けなければならないほど早く歩いていた。気持ちに急かされていた。もちろん、孤児院に行く事でラルフに会えるわけではない。ただここにいるよりは会える可能性が秘められている。それだけで足を運ぶには十分な理由だった。
シンシアは護衛も無しに1人で孤児院に向かおうとする。すると後ろから追いかけるようにレオナルドが駆けて来た。
「姫様!お1人でどこに向かわれるつもりなのです!?」
「第三セクターの外れにある孤児院に行きます」
「では私もついて行きます」
「なりません。ついて来ないで下さい」
「ですが姫様をお1人で外に出すわけには行きません!」
「では護衛の者を急いで呼んで下さい」
「それならば私が——」
「——レオナルド、申し訳ないですが護衛はあなた以外の者にお願いします」
シンシアは拒絶するように頭を下げる。
もしラルフに会えることが出来た時、またレオナルドが近くにいればまた衝突を生んでしまう。それだけは絶対に避けたかった。
「…では変わりの騎士をお連れします。少しお待ちください」
レオナルドは代わりに騎士を2名連れて来た。
「お前たち、何があっても姫様をお守りするんだぞ」
「「はっ、この身に変えましても必ず姫様をお守りします!」」
騎士たちは強い決意と共にレオナルドへ宣言した。
シンシアは孤児院に向かう途中たくさんの民たちに声を掛けられる。
久しぶりにシンシアの顔を見ることが出来、大衆は喜んでいた。
普段なら立ち止まり笑顔を振りまく対応をする。しかし今日のシンシアは会釈をするだけで笑みをこぼすことはなく、そして立ち止まる事も無かった。一刻も早く第四セクターの方へ向かいたかったのだ。
「今日の姫様、どうしたんだ?」
「そう言えばいつも一緒にいるレオナルド様もいらっしゃらないわ」
いつもと様子と違うシンシアに不思議に思う大衆。しかしそれを気に留める様子もなくシンシアは大衆から離れて行った。
第三セクターの外れにある目的地の孤児院にたどり着いた時、シンシアはあたりをキョロキョロと見渡していた。主にスラムの方を中心に。
治安が悪くなってきた場所にいる事をシンシアが警戒していると勘違いした騎士の1人が声を掛ける。
「姫様、ご安心ください。周囲の警戒は我々にお任せを」
しかしその声はシンシアには届いていない。シンシアは懸命にラルフの姿を探していた。だがいくら探してもラルフは見つけることが出来なかった。
(いないか…まぁ当然の結果よね)
シンシアは肩を落とし、諦めて孤児院の中に入る。
「————!」
するとそこにはラルフと懇意にしている少年たちが居た。少年たちは今、他の孤児と一緒に畑で作業をしていた。
「あの…」
シンシアは少年たちに声を掛ける。すると、シンシアに気づいた少年たちが敵意をむき出しにする。
「何しに来たんだ!」
少年の1人がシンシアに向かって畑の土を投げて来た。
それに護衛の騎士が強く反応する。
「貴様、姫様に何をする!子供だからと言って容赦せんぞ!」
土を投げた少年を捕まえようとした時、シンシアが声を上げる。
「止めなさい!」
シンシアの鋭い目つきに騎士はたじろぐ。どちらが正しいと言えば騎士が正しい。子供と言えど、王女に手をかけようとする者は容赦なく罰するのが当然である。
騎士の表情に気づいたシンシアは騎士たちに謝罪する。
「ごめんなさい。でも大丈夫です。子供のすることです。許してあげて下さい」
「いえ…姫様がそうおっしゃるのでしたら問題はありません」
騒ぎを聞きつけたこの孤児院のシスターが慌てて駆けつける。
「姫様!」
「シスター…お久しぶりです」
シスターは土を投げた少年を連れて頭を下げさせる。
「姫様、何卒お許しを」
「いえ、いいのです。それに彼らは私の知り合いですから」
「知り合い?この子たちがですか?」
シスターは驚いた顔をする。そして少年たちの顔を覗く。
少年たちはシンシアに対し、未だに敵意の表情をむき出しにしていた。
シンシアはそれに対してばつが悪そうな顔をする。それでも少年たちに尋ねた。
「あなた方は孤児院の子たちだったんですか?」
「…違う。1ヶ月前からここに入ったんだ。兄ちゃんのおかげで」
「————!」
シンシアは急に表情を変え、少年の両肩に手を置き、顔を近づける。
「兄ちゃんとは、あの少年のことですか?あの時の方のことですか?」
まるで真相に迫るかの表情だった。
「そうだよ、お前の連れていた騎士が乱暴した兄ちゃんのことだよ。それと兄ちゃんは少年じゃない。もう兄ちゃんは立派な大人だ」
「彼が…」
シンシアは少年の目線まで落としていたが、立ち上がりそしてスラムの方角を見る。
「…この子たちが来た時のお話、お聞きになりますか?」
そこへシスターが割ってシンシアに話しかけて来た。
「ぜひ、聞かせてください!」
シンシアは力強く頷いた。
シスターは孤児院の個室にシンシアを案内した。そこにシスター、シンシア、そして3人の少年たちが椅子に腰を下ろした。騎士たちは部屋の外で待機させている。シンシアが無理を言って中に入らないようにお願いした。
落ち着いたところでシスターと少年たちはあの日のことをゆっくりと話始めた。
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