第3話 そして2人は出会う

 シンシアが案内された場所。そこで目にしたのは男たちが1人の少年に暴行を加えていた。シンシアが少年と見間違えたのがラルフである。ラルフは今年15歳で成人している年齢である。

 そのラルフは男たちに成す術なくやられていた。


「そこで何をしているのです!」


 シンシアの声に反応する男たち。


「なんでここに騎士がいるんだよ、おいっ、逃げるぞ!」


 ラルフへの暴行を止め、男たちはスラム街の路地へ逃げていく。


「レオナルド!」

「はっ!」


 レオナルドは男たちの後を追った。

 ラルフはシンシアたちのおかげで殺されずに済んだ。

 少年たちはすぐに駆け寄る。


「兄ちゃん!」


 心配そうに見つめる少年たち。


「大丈夫、大丈夫だ」


 ラルフはちゃんと意識があった。

 ラルフは「大丈夫」と答えたが、シンシアにはとても大丈夫とは思えなかった。殴られた箇所からは血が溢れ、そして蹴られた場所は青アザになったり、赤くなったりしている。おそらくそれは顔だけでない。ボロ布を纏って見えないが、体中傷だらけだろう。

 シンシアはスラムの地面に膝をつき、ラルフをすくい上げるようにして自分の膝にラルフの頭を乗せる。

 そこへレオナルドが戻り、シンシアの行動に驚く。


「姫様、そのような者を抱きかかえるなど!」

「今はそんなことを言っている場合じゃありません。それにレオナルド、先ほどの者たちはどうしたのです?」

「…申し訳ございません、逃げられました。スラムは道が入り組んでおりますので」

「そうですか…」


 レオナルドは嘘を付いていた。その気になればレオナルドは男たちを捕まえることが出来た。しかし、それは同時にシンシアの元からかなり離れてしまう事にもなる。シンシアの身に何かあってからでは遅い。そのためにレオナルドは男たちを追うのを早々に止めたのだ。


「レオナルド、回復薬を」

「はっ!」


 レオナルドからシンシアへ、そしてシンシアからラルフの口へ回復薬を運ぶ。


「飲めますか?」

「こ、これは?」

「ポーションという回復薬です」

「ポーション?よく知らないけど高級品ですよね?俺にはそんな物を払えるお金はありません」

「大丈夫です、お金など要りません。さぁ、飲んで下さい」

「ありがとうございます」


 礼を言ってラルフはポーションを口へと運ぶ。すると、先ほどまで暴行を受けて体中傷だらけであったが、その傷がみるみる内に癒えていく。

 ラルフは殴られたために目が腫れ、ほとんど視界が遮られていたのにすっかりと見えるようになっていた。


「すごい…」

「よかった。大丈夫そうですね」


 ラルフは起き上がり、同時にシンシアも立ち上がる。


「あの…本当にありがとうございます」


 そしてラルフはシンシアに対し、深く頭を下げた。

 シンシアはラルフに対し、好印象を覚えていた。なぜなら先ほどの果物屋の店主は、はぐれ者を目の敵のようにし、第四セクターには足を踏み入れるような場所ではないと言っていたからだ。

 そして、シンシアが実際目にした第四セクターの光景。自分たちに敵意を向けるばかりのはぐれ者。やはり第四セクターという場所は心が荒んでしまうほどの厳しい場所なのかと思っていた。

 だが、ラルフのようなはぐれ者と呼ばれた者たちの中にもちゃんと礼を言える人間がいるのだと。シンシアにとって少し救われたような気持ちだったのだ。


 ラルフは完全に傷が癒えたわけではない。しかし、このように起き上がっても平気である。

 その様子に安堵したのか、途端に少年たちはまた泣き出してラルフに謝罪する。


「うわ~ん、兄ちゃんごめんよ~」

「あぁ…そうか」


 ラルフは声を漏らすようにして俯く。自身が必死になって貯めて来た1000Jを失ったことを思い出したのだ。


「あの…一体何があったんです——」

「——姫様、この者の治療は済みました。今日の所はもう城へ帰りましょう」


 姫を止めるレオナルド。

 レオナルドはこのスラム街と呼ばれる第四セクターから一刻も早くシンシアを立ち去らせたかった。これ以上、はぐれ者に関わらせたくなかったのだ。

 そんなレオナルドの顔を、ラルフは傷が癒えて戻った視界で、その時初めてしっかりと見た。

 その瞬間………ラルフは驚愕の表情をして固まる……まるで時が止まったかのように。


「お、お前は………」


 目を見開いたまま、口だけが動く。瞬きをせず、レオナルドを見据えていた。

 しかし、レオナルドの反応は薄い。


「なんだ?私に見覚えがあるのか?」


 まるで「スラムに住む者に知り合いなどいない」と言わんばかりの素っ気ない対応だった。

 ラルフは次第に怒りに満ちた表情へ変わって行く。

 レオナルドはラルフに対し、警戒をする。

 シンシアは状況が理解出来ず、混乱する。

 そして少年たちはラルフに対し恐怖を抱き始めていた。なぜなら先ほど男たちに向けていた怒りよりも何倍も険しいものであったから。

 ラルフがレオナルドに向けていた感情は殺気に近いものであった。


「お前の、お前のせいで…母さんは死んだ」

「何を言っている?」


 ラルフは険しい表情のまま視線を変え、少年たちに声を掛ける。


「おい、お前ら。どこかへ行け」

「えっ?どうしたの兄ちゃん?」

「どこかへ行けと言っている」


 いつもの優しい口調ではなく、少年たちに有無を言わさないような口調であった。


「分かったよ、兄ちゃん…」


 少年たちは後ろ脚を引かれるようにスラム街の奥へと入って行った。

 ラルフはまた近くにあった石を拾って握りしめ、レオナルドと対峙する。

 レオナルドはシンシアの近くで身構える。何が起きてもシンシアを守れるように。

 だが、剣の柄に手を掛けていなかった。ラルフが何をしてこようとレオナルドの敵ではなかった。


「2人とも、落ち着いて下さい!」


 シンシアは声を上げるが2人は一向に聞こうとしない。


「おい、なぜ私が原因でお前の母親が死んだのだ?私はお前のことなど知らん!」

「貴様…」


 ラルフは怒りで気が狂いそうだった。食いしばった歯がボロボロになってしまうほどに怒りを噛みしめていた。

 このままではいけないと、シンシアは2人を止めるためにも状況を聞こうとする。


「一体、あなたとレオナルドに何があったというのです?」

「…7年前、こいつは俺が見つけた奇跡の実を奪ったんだ」

「————!」


 その言葉を聞いた瞬間、レオナルドが目を大きく見開く。


「お、お前は…あの時の子供か………」


 思い出したかのように動揺するレオナルド。


「あぁ…お前は忘れたかもしれないが…俺は…お前の顔を決して忘れない」


 ラルフがレオナルドに向ける怒りに満ちた表情は変わらない。しかし、目には涙が浮かび上がっていた。


「…奇跡の…実…」


 そしてなぜかシンシアもその言葉を聞いて驚きを隠せない表情をしていた。

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