8-8
あの…カッコいい赤間さんが…ブラコンこじらせた…アブナイ男…。
「だからね、赤間くんの眼中には可愛いえれんちゃんしか無いわけ、弟くんだけに赤間くんの関心はロックオンされてんの。
そんなアブナイ男に恋したってどーにもなんないって、私が言ってるのはそういうこと、理解した? マナちゃん」
仁見先生の言葉が、大岩のような重みを持ってずっしりと私の恋心へと、のしかかってくる…。
どこかで何かがガラガラと崩れて壊れていく音が聞こえた気がした…。
そのあと…何がどうなって私はうちに帰ったのか覚えていない。
なんか途中、ステファニーちゃんの飼い主さん一家にものすごく感謝されたような記憶があるような気もするけど、やっぱりよくわからない。
仁見先生にもなんか言われた気がしたけど、ぜんぜん思い出せない。
とにかくぼんやりとしているうちに、気が付いたら月曜日になっていて、心の内のどこかがボケーッとしているものの、いつものように私は仁見先生の医院の受付の仕事をしていた。
そして午前中には、事前に来院をお願いしていたお向かいの佐藤さんちのおばあちゃんが診察にやってくる。
別に目が悪くなんてなってないんだけどねぇ…なんて不思議そうにはしていたけれど、仁見先生がどうしてもっていうから検診にやってきたっていう軽いカンジでおばあちゃんは診察室へ入っていったけれど、そのあとなかなか診察室から出てこない。
受付で、他の患者さんたちと接しつつ仕事をしながら、佐藤さんちのおばあちゃんの様子を気にしていたら、そのうちに、慌ただしい様子でおばあちゃんの息子さんが迎えにやってきた。
おばあちゃん、来たときは一人だったのに、どうしたんだろう…って思っていたら、会計のためにやっと診察室から戻ってきた仁見先生の記入済みカルテには、大学病院への紹介状が挟まっている。
つまり…おばあちゃんの眼には、仁見先生の医院の規模では処置しきれないほどの大きな病気があるっていうわけで…そのままおばあちゃんは、紹介状を持った息子さんに連れられて、大学病院へと旅立っていった。
おばあちゃん、大丈夫かな…。
佐藤さんちのおばあちゃんの眼が心配で、さすがにこのときばかりは私も失恋の痛みを忘れ、おばあちゃんの眼と例の…昼間にだけ視える幽霊の因果関係について考えてみる。
仁見先生が、もしかしたら佐藤さんちのおばあちゃんの眼に疾患があるのかもしれないと考えたのは、私が、おばあちゃんが昼間に仁見先生の医院の方で見ることがある幽霊の話をしたのがきっかけだったから、あれが…何かの病気の症状だったっていうことなのかな?
でも、昼間に幽霊を目撃すると、それが眼の病気の可能性があるって…それって何の病気なんだろう?
うーん…と私が悩んでいると、お昼休みの時間がやってきて、診察室に引きこもり系医師な仁見先生もお昼ごはんを食べるためにへらへらと外に出てきた、そこを私はつかまえて、仁見先生におばあちゃんと昼間の幽霊の謎について質問する。
受付の前で足を止めた仁見先生は、ニマッっと笑ってから、まずこんなことを言ってきた。
「そうねぇ、マナちゃん…おさらいですけど、眼球の重要な部位を五つほど復唱してみてくださーい」
うぐっ、佐藤さんちのおばあちゃんの眼の症状について質問したのに、逆に眼科クイズを出されてしまった!
眼科の受付のお仕事をしていくうえでは、当たり前かもしれないけど、ある程度の眼科の知識が必要になる。
だから、腰を痛めたうちのおばあちゃんのピンチヒッターとして受付のバイトをするって決めたあと、私はみっちりと仁見先生やおばあちゃんから眼科知識に関するレクチャーを受けた。
(最初はおぼえるの、ちょー大変だったよ!)
なんで、医師や看護師さんみたいに直接治療に関わらない受付のお仕事でも眼科のくわしい知識が必要かって言ったら、それはお会計に影響してくるからだ。
お会計のために、診察室から戻ってきた(仁見先生の汚い字でざらざらと書き込まれた)カルテを見て、私はレジを打たないといけないわけなんだけど、それはまさに料理のレシピと同じようなもので、たとえば…そこに「牛肉を300gとニンジン1本、玉ねぎとじゃがいも1個ずつ使った」って書いてあるのを確認したら、なるほど、じゃあこのお客さんはさっきカレーを注文して食べたんだな、つまりカレーの代金を請求すればいいわけね、って理解してお会計の準備をする…そんな流れなのね。
でも、もし自分がレシピの内容をよく理解できていないと、勘違いして、カレーを食べたはずのお客さんに肉じゃがの料金を請求しちゃう恐れがある…みたいな。
そういう理屈で、受付担当の私も、ある程度の眼科知識は持ってないとダメってわけなの、レストランに行って自分が食べたのと違う料理のお金を請求されたら嫌でしょう?
それと同じで私も、仁見先生が(きったない字で)書いたカルテに記載された内容…こういう検査してこんな処置や手術をした、っていう履歴をしっかり確認してから、毎回患者さんにお会計をしてもらっているのです。
「うっ…ええと、水晶体、硝子体、強膜、ぶどう膜、網膜…です」
たどたどしく思い付いたものから五個ほど、眼球の部位を答えてみる。
(いきなりこういう試され系のクイズだされると、ドキッとするよね)
私の答えを聞いて仁見先生は、「わあ~マナちゃん、すごーい」とか言ってぱちぱちと手を叩いてから、佐藤さんちのおばあちゃんの症状について解説を始める。
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